青空に浮かぶ月 11
気晴らしにと思って、風間の誘いに乗った俺だったが……。集合場所に見慣れた人物を発見してしまい、速攻で帰りたくなった。
「……椎名……」
秋に入り涼しくなったせいかTシャツだけでは肌寒くなった。椎名は灰色のニットとそれに合わせたパンツを履いているだけなのに、雑誌のモデルのような雰囲気を醸し出している。通る人の注目の的になっていた。
キャビンアテンダント全員、椎名に寝とられるに違いない。
「……なんでお前がここに居るんだ」
「それは俺のセリフだ」
俺の姿を見るなりに椎名はげんなりとした。こんな風にばったりと出会ってしまうことも椎名が仕組んだ罠なんじゃないかと疑いながら、どんな服を着ていてもかっこいいんだなと客観的に見てしまった。
椎名は何を着ていても、目立つ。ホテルの支配人の服装だってかなり似合っているし、それこそ泊まりに来た客を寝とってもおかしくないぐらいだ。
それだけじゃなくて、こんなラフな服装すら似合ってしまうのがムカつく。
「彼女にフラれた傷を慰めるために、合コンか? 優雅なもんだな」
「そう言うお前はどうなんだよ。お前なんて、合コンなんか来なくても女は作り放題だろ」
俺がそう言うと椎名はにやりと笑ったまま、何も言わなかった。あの笑みを見るたびに、俺の中がズキンと痛む。
ムカつくとか、そんなんじゃなくて……。なんだか、良く分からない感情だ。
「たまたまな……。呼ばれたから来ただけだ」
「……へぇ」
俺と椎名の間に繋がりなんて無いと思ってただけに、ここでの再会は驚いた。俺も風間に誘われただけだったが、風間の友人と椎名が繋がっているんだろう。
そんな風に考えながら、俺はちょっと洒落た居酒屋の中に入った。
予約されていた一番奥の個室へ行くと、俺の他に3人男が座っていた。
「おー、深見。遅かったな」
「悪い悪い」
椎名のことなど意識しないように俺は風間の隣に座った。席は一番奥の静かな場所だ。周りを観察しながら雰囲気でも楽しめたら良いと思った。
俺より少し後に椎名がやってくる。椎名は一番端に座っている男を見るなりに「久しぶりだな」と声をかけた。どうやら、一番端に座っている男と面識があるようだ。
「久しぶり。元気そうだな」
仲よさげに話している姿を見て、俺はプイッと目を逸らした。よく分からないが、もやもやとする。これで男5人全員揃ったわけだが、俺は椎名と風間以外面識がない。
「河野、紹介するわ。俺の友達の深見」
先ほどまで椎名と喋っていたヤツに風間が話しかけた。どうやら、その河野とやらが今回の主催者らしい。
「深見です。よろしく」
「よろしくー」
河野と言うヤツはちょっとちゃらけていて、俺のことなどどうでも良さそうだった。それだけ言うと、河野は隣に座った椎名に一所懸命話しかけている。
なるべく視界に入れないように、俺はメニューをジッと見つめていた。
「こんばんはぁー」
撫でるような声が聞こえて、男全員が顔を上げる。派手に着飾った女の子たちが、にっこりと微笑んで俺たちの前に座った。
「いやー、よく来てくれたねー。ありがとー」
主催者である河野が元気よく目の前に現れた女に挨拶をする。みんな今日のために凄く頑張って化粧した感じがして、俺はふっと顔を逸らしてしまった。
こう言う頑張っている女の子は可愛いと思うけど、俺の好みじゃなかった。
「さー、みんな。飲み物先に頼んでねー」
河野は先々とメニューを女の子たちに渡し、にこにこと微笑んでいる。正直、もうちょっと落ち着いた合コンだと思っていただけに、俺は最初から疲れた。
女の子たちは猫を被ってニコニコと微笑んで、河野が爆発して、俺はボーっとその姿を眺めていた。女の子全員の視線が椎名に向いていることは、すぐに分かった。
所詮、俺なんか目にも入っていない。
風間もその隣に居た名前も知らない男も頑張って女の子の関心を引こうとしているが、生返事で聞いちゃいなかった。
俺はあんまり惨めな思いをしたくなかったから、ビールばっかり飲んで女の子が何を話しているのかとか聞かないことにした。
全員、椎名を手に入れるために必死すぎるからだ。
そんなことをしている間に時間は刻々と過ぎて行って、女の子たちが一斉にトイレに行くと男たちは2次会に行くかどうかと言う話が俺の前でされている。全然聞いて無かったし、早く帰りたかった俺は「帰るよ」と言ってお金を置いた。
「深見君は帰るのね、りょーかい」
俺のことなど興味がないと言う感じで、河野が右手を差し出した。ポンとお金を置いて立ち上がると、椎名も一緒に立ち上がった。
「俺も帰る」
「えっ!? 椎名居なくなったら困るよ!!」
いきなり立ち上がった椎名の腕を河野が掴んだ。そりゃ、女の子全員椎名狙いなんだ。椎名が居なくなれば、女の子たちだって二次会になんていかないだろう。
椎名は少しだけイヤそうな顔をして「帰りたい」と言っても、河野が腕を離さなかった。
これ以上、椎名の顔なんて見て居たくない俺はそそくさと居酒屋から出て行った。
秋になって涼しくなった気候は、酒が入っているせいか肌寒く感じる。丸首のカットソーだけじゃ全然温かくなくて、ぶるっと体を震わせると早足で家まで向かった。
何に対して怒ってて、何にもやもやしてるのか分からない。酒を飲んで気晴らししたって、全然頭の中は晴れなかった。
家に帰って俺はゴロンとベッドの上に寝転がった。気晴らしに合コンへ行ったはずなのに、あんな場所に椎名が居たら気なんて全然晴れなかった。
けど、俺は心のどこかでこれが偶然なんかじゃないって思っていた。椎名は俺が行く場所に絶対に現れる。
そして、俺の頭の中を占領するんだ。
「……ほんと、記憶喪失になりてぇ」
ぼやくように呟いて、俺は目を瞑った。酒を飲んでいたせいか、すぐに眠りに就くことができた。
心地よく眠っていると、ぐっと体が重たくなって俺は目を覚ました。
ぼんやりとした頭で上を見る。窓は薄明るくなっていて、俺の近くからものすごい酒の匂いがした。
「…………おい…………」
下を見ると俺の上に誰かが乗っかっている。俺の家に勝手に入れるのは、今のところ一人しかいない。
腹の上が重たくてどかそうとしても、そいつは一向に動くことなく俺の腹の上ですやすやと寝息を立てている。
「椎名っ!!」
ベッドから転げ落とすようにどかすと、ドスンと大きい音を立てて椎名が床の上に転がった。薄く開いた目が俺を捉える。
捕まってしまった。
グイッと腕を引っ張られ、俺まで床に落ちてしまう。肩を強く打って呻いていると、ガバっと俺の上に椎名が乗っかった。
「ちょっとっ!!」
椎名は寝ぼけながらも俺の服を捲り上げる。これから何をされるか分かった俺は、椎名の手をどかそうと必死になるが手を押さえこまれてしまい抵抗できなくなってしまった。
「やめろよっ……!!」
今の椎名に、俺は触れられたくなかった。
空が明るいってことは朝ってことだ。椎名がこの時間になって俺の家に来たってことは、椎名は朝まで誰かと居たってことになる。
昨日の合コンを思い出せば、誰と居たか何となくわかった。
「触るな……」
「うるさい」
唇を塞がれて侵入した舌を噛むと、血の味が俺の口の中に広がった。酒の味と血の味が俺の頭を麻痺させる。
頭がくらくらとする。
椎名は唇を離すと俺を見下す。まだ暗くてどんな表情をしているか分からないけど、酔っ払っているせいか俺の腕を押さえる手は熱かった。
「……なんで先に帰ったんだ」
「はぁ?」
「お前が帰ってから、悲惨だったんだからな」
何が悲惨なのか分からないけど、俺は椎名が居た時点で悲惨だ。あんなつまらない合コンに何で参加し続けなきゃいけないんだ。
俺にだって自由はあるはずだ。
「……で、お前は何人の女を抱いてきたんだよ?」
椎名の言っていることを無視して試すように尋ねると、少しだけ場の空気が変わった。
黙ったまま、俺を見下す椎名は動かずにジッと俺を見つめている。
「お前は、複数の女を抱いてきたその手で俺を犯すんだな」
嘲笑うように言うと、俺の腕を握っている手の力が強くなった。
なんでこんなこと言ってしまったのか自分でも分からない。ただ、他の女を抱いた手で触られるのにものすごく嫌悪を感じた。
「だから、何だって言うんだ?」
椎名は俺の手を握ったまま、バカにするように言う。だから何だって言うんだ? と言われても、俺はなんて言って良いのか分からない。
どうして良いのか分からなくて、俺は椎名から目を逸らした。まだ暗いから目があってるかどうかなんてわからないけど、俺は椎名を見続けることができなかった。
「女と一緒にいて悔しかったのか?」
「違う」
「他の男と仲良く喋っているのを見て、イラついたのか?」
「……違うっ」
「俺が誰かと一緒に居るだけで、狂わされてる気分になるのか?」
「違うって言ってんだろっ!!」
勢いよく椎名の手を振りほどいて、椎名の下から抜け出す。椎名の言っていることなんかこれっぽっちもあってない。
絶対に違うんだ。
「じゃぁ、なんでそんなに必死になるんだ。お前はそう言う性格じゃないだろう」
「うるさいっ!! いい加減、黙れっ!!」
「お前が先に黙れ」
グイッと顎を持ち上げられて、唇が合わさった。何でか分からないけど、泣きそうになった。
俺はもう、椎名を拒むことすらできない。
他の女を抱いてきた手で触られるなんて凄くイヤだけど、何でイヤなのか自分でも分からなかった。
そして、また、俺は椎名を受け入れてしまうんだ。
「……ゃ……、やだ……、しいな……」
俺の尻に椎名のペニスがあてがわれる。その後に込み上がってくるのは最初のような痛みじゃなくて、気持ちいいものだと分かってしまってからは力を入れることができなくなってしまった。
ずずっと侵入してくる固いものに反応しながら、俺はギュッと枕にしがみついた。
「イヤイヤ言いながらも、お前のここはちゃんと受け入れているぞ」
椎名の手が俺の手を掴み、結合している部分へと先導する。熱くなった椎名のペニスを嫌がって無いことなんて、ずっと前から分かっていた。
ペニスに触れた瞬間、ドクンと俺の中が鼓動する。
「やめ……、ろ……」
手を振り払って枕にしがみつくと、椎名はクスッと笑って動き始めた。次に出てきたのは「イヤ」なんて言葉じゃなくて、ただの喘ぎ声だった。
自分の声とは思えないぐらいの高音が、俺の喉を涸らしていく。声が掠れた頃になると、ようやく椎名が俺の中で果てた。
床の上はゴリゴリと俺の骨を削って、痛みを生んでいるはずなのに……。途中から全然痛くなかった。
それにも腹が立った。
椎名と一緒に居るとイラついてばっかりだ。イライラしてばっかりで俺の頭の中がおかしくなりそうだ。
拒めない自分と、何を考えているのかさっぱり分からない椎名に俺はどうして良いのか分からなくなった。
得意だった諦めることも、今じゃできなくなってしまった。
俺はどうしたらいいんだろうか?
誰か分かりやすく教えてほしい。
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