青空に浮かぶ月 6
家に入るなりに、偉そうな支配人さんは「狭い家だな」と感想を漏らした。
「……うるせーよ。お前の家が普通だと思うなよ」
怒りを抑えながら言うと、椎名は鼻で笑って「俺の家が普通だなんて、いつ言った?」と揚げ足を取られた。
「じゃぁ、そこにベッドあるから、勝手に寝て。俺はソファーで寝るから」
リビングの隣にある寝室を指さして、俺はソファーの上にゴロンと寝転がった。明日は土曜で仕事は休みだ。久しぶりに夜更かしをしたから頭がズンと重たかった。
「お前もベッドで寝ればいいじゃないか」
「お前の部屋のベッドと違って、うちはシングルベッドなんです。男二人がそんな狭いベッドに寝れるか」
キングサイズと言うか、人が何人も寝れるような椎名のベッドと違い、俺のベッドは一人しか寝れない。それこそ、二人で寝るって言うならぎっしりと詰めて寝なければならない。
私的にそれだけはやだった。
「良いから、こい」
椎名は俺の腕を引っ張って無理やり移動させようとする。何となくこの後何が起こるのか分かってしまった俺は「ヤダ!!」と叫んでソファーの肘かけに掴まった。
「俺を家に入れたってことは、ちゃんと覚悟ぐらいしただろ」
「してねぇよ! つーか、お前が勝手に家に入って来たんじゃねぇか!!」
そりゃ、確かに俺も家に入ってきたことに何も言わなかったが、あの状態じゃ「歩いて帰れ」なんて言えるわけない。さすがに可哀想だ。
まぁ、最終的に俺は引きずる様にベッドまで連れて行かれて、朝方まで椎名に付き合わされた。
今日は少し肌寒くて、気だるい身体を無理やり起き上らせて服を着たんだ。と言っても、パンツとズボンがはけたぐらいで上を着る気力はなくて毛布を被っていたわけだが。
いつの間にか椎名は俺のベッドですーすー寝てて、その寝顔を見ながら俺も眠りに着いた。
寝始めて三時間か四時間ぐらい経ったときに、人の叫び声で俺は目を覚ました。
「きゃああああ!!」
聞き覚えのある声に目を覚ますと、俺のベッドのまんまえに真美が立っていた。
ちなみにだけど、真美って言うのは俺の彼女なわけですが。
「……ん、あ、おはよう」
俺はごしごしと目をこすりながら真美に挨拶をすると、「おはようじゃないわよ!」と怒鳴られた。ちらっと時計を見ると、もう12時が過ぎていた。
真美はなんで怒ってるのか分からない。昼過ぎてるのに「おはよう」と言ったから怒られたのかと思って、「こんにちは」と言うと殴られた。
「いった……。すぐ殴るなよ」
「殴りたくもなるわよ!!」
相変わらず、何で怒っているのか分からない俺はガリガリと頭を掻いて真美を見上げる。顔を真っ赤にして、フーフーと口で息をしている辺りとても怒っているようだ。
「……何で、そんなに怒ってんの?」
真美に尋ねると、真美はぶるぶると手を震わせながら俺のベッドを指さした。俺はここで、ようやく真美が怒っている理由に気付いた。
「……誰よ、コイツ」
大声で怒鳴り散らしていたにも関わらず、俺の真横で寝ている椎名は目を開ける気配が無い。スースーと規則的に寝息を立てて、熟睡していた。
「椎名俊平……。23歳。さそり座のAB型……」
「そんなこと聞いてるわけじゃない!!」
バシンと頭を叩かれて、俺はやっと目を覚ました。きっと真美は誤解しているんだろう。俺と椎名が一緒のベッドに寝ているから、俺が浮気したと思ってるんだろう。
いや、俺がしていることは浮気に近いもんなんだけど……。誤解してる通りのことを、俺たちは朝方までやってたから言い訳もできないんだけど。
「会社の後輩ですよ。ねぇ、深見さん?」
いきなり俺の背後から声がして、俺と真美はバッと寝転がっている椎名を見た。会社の先輩ってどういうことだ!? いつの間に、俺はこんな後輩を手に入れたんだ。
俺は受け答え出来ずにジッと椎名を見た。
「昨日、深見さんが暇そうにしてたんで一緒に飲みに行ったんですよ。俺も深見さんも酔っ払っちゃって、知らない間に寝てたんですよね」
椎名は俺と初めて会った時のようににっこりと笑って俺に言う。コイツが笑顔で話すときは猫かぶってるし、ウソついてる時なんだなって思ってしまった。
「……あ、そうなんだ……」
椎名の話を信じた真美は「怒鳴っちゃってごめん」と呟いた。どうして良いか分からない俺は「……あ、うん」と適当な返事をしてしまった。
真美はジッと椎名を見つめている。俺は気だるげに起きあがって椎名を見てから、真美に視線を移す。
「深見さんの彼女さんですよね? 話はよく聞いてますよ」
「……え」
真美はちょっと嬉しそうに笑った。俺は椎名に真美の話なんて一切したこと無いのに、コイツは何を言ってるんだと突っ込みかけた。
「綺麗な人ですね。羨ましいです」
嘘みたいな笑顔を向けて、椎名は真美を見てから俺を見た。俺と初めて会った時の笑顔に、俺はちょっと引いてしまった。
何か企んでいそうな笑顔だ。
「つ、剛……。私、また後で来るから……。じゃぁね」
真美は顔を赤くして手を振ると、バタバタと足音を立てて家を出て行った。バタンと扉が閉まると同時に、椎名が大きく息を吐いた。
「平凡カップル」
「はぁ!?」
椎名はいつもの表情に戻って、俺を見て嘲笑った。
「どういう意味だよ」
「そのまんま。二人揃って平凡な顔」
俺はともかく、真美のことまでバカにされたから俺はカッとなった。初めて、人を殴りたいと思った。
「うるせぇよ!」
ガンと枕を殴ると、椎名は鬱陶しそうな顔をして大きく息を吐いた。テーブルの上に置いたタバコを手にとって、火を付ける。俺はタバコ吸わないから、この家に灰皿は無い。
「おい、ちょっと……。灰皿無いんだけど」
「缶あるだろ。取ってきて」
俺は怒っているはずなのに椎名の言う通り動いてしまって余計イラつきが増した。
「ほらよ」
テーブルの上に乱暴に置くと、椎名は灰を缶の中に落とした。俺も椎名も上半身裸なんだが、これを冷静な目で見たら誤解されてもおかしくないなって思った。
良くあの時、真美は「後輩」の一言で納得したなって思った。やっぱり人間、顔なんだろうか。
椎名みたいなのに微笑まれたら、そりゃー何でも「はい」って答えたくなるだろうよ。
「帰る。送って行け」
「は?」
「だから、家に帰るって言ってるんだ。お前、車持ってるだろう」
椎名は缶の中にタバコを入れて、立ち上がった。昨日脱ぎっぱなしにした服を着ると、すたすたと勝手にリビングへと向かった。
俺はベッドの上に座ったまま、ボーっと椎名が歩いて行くのを見つめていた。
アイツと話していると、なんだか俺の調子が狂う。さっきまで怒ってたはずなのに、今はそうでもない。
って言うか、俺が怒ってたこともスルーされてる気がする。
ため息をついてタンスの中からTシャツを出して、着ながらリビングへと向かうと椎名は自分の家のように寛いでいた。
どうやって淹れたのか分からないが、俺のマグカップにコーヒーを淹れてテレビを見ながら飲んでいた。
「マズイコーヒーだな。これがインスタントってヤツか」
「……自分でコーヒーとか淹れれたんだ」
嫌味を込めて言うと椎名は鼻で笑った。マグカップに入ったコーヒーを一気に飲み干すと、立ってテレビを消した。
「早く送って行け。今日も仕事があるんだ。雇われのサラリーマンと違って、仕事が多いもんでな」
「はいはい、支配人様は大変ですねー」
茶化すように言うと、椎名に「当たり前だろう」と返され少しだけムカついた。
渋々椎名をホテルまで車で送って行き、帰り道に真美から電話があった。
「もしもし。今、車運転してるんだけど」
『あ、そうなの。家で待ってるから』
「はいはい」
携帯の通話を切ると俺はなるべく早めに家に帰ることにした。色々詮索されないか少し不安になってたのもあると思う。
椎名は俺の後輩じゃない。ウソをついてしまった後ろめたさと、これからどうして良いのか分からない懸念が俺を襲っていた。
家に帰ると真美はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。さっきまで椎名が座っていたところには、まだマグカップが置かれていた。
「ただいま」
「あ、おかえり。送って行ってたの?」
「……そうそう」
テーブルに置かれているマグカップをシンクへ持って行き、真美の隣に座ると真美は俺に身体を向けた。
「剛にも後輩居たんだね」
「え?」
「さっきの人、剛の後輩なんでしょ? かっこよかったわね」
真美はきゃっきゃしながら、俺に椎名のことをいっぱい聞いてきた。別に椎名のことなんて知らないことばっかりなのに、どういう性格でとか趣味はなんなのかとか、色々詮索された。
このとき、俺はまだ何も考えずに「アイツのことは良く分からない」と真美の話を出来るだけ流していた。
あんなことしてるってバレないために、どうすれば良いんだろうしか頭の中に無かった。
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