凍える指先の理由


「寒い」
 知らない間に舞い始めた雪を見つめながら、呟く。
「い、い……、イルカ」
 ライトに照らされた雪は、きらきらと反射させて、見ているだけだったらとても綺麗で心が安らぐ。
「か、か、カイロ……。誰か、ほっかいろ!」
 そんなもん、ぶるぶると震えながら見てたって、綺麗どころか、恨めしくなるのが人間の本能ってもんだった。
 呼び出したのは自分だってのに、当本人は一向にやってこない。所沢に全て押し付けるから、大丈夫だ、とか、ふざけたことを言っていたけど、やっぱり押し付けられなかったんだろう。なんとなく分っていた。分っていたけど、俺もこんなところで待ちぼうけ食らうバカに成り下がってしまっていた。今年のクリスマスはどうも、ホワイトクリスマスのようで、椎名を待ち続けて、そろそろ2時間が経とうとしていた。
 さすがにもう、帰ってもいいはずだ。十分待ったと、誰かが言ってくれている。まぁ、俺の脳内だけど。これ以上待っていたら、この場で凍死する。それぐらい、体は冷え切っていた。
 それにしても、遅くなるなら遅くなるで、一言ぐらい言ってくれてもいいはずだ。そんなことを考えながら、ポケットの中でうんともすんとも言わない携帯を取り出す。約束は、8時だったっけ。もう10時半じゃねぇか。連絡をしない俺も悪いかもしれないけど、誘ってきたアイツが、俺にするべきだ。
 そう思って電話なんて一切しなかったけれど、こんなところで待ちぼうけ食らってるのもバカバカしく、苦痛を味わえと思いながら、俺は家に帰ることとした。
 マンションの前に到着して、エレベーターに乗ってる最中、携帯が鳴った。もちろん、椎名からだってのは分ってる。だから、無視した。
 怒ってないはずがないだろう。俺だって、仕事を無理やり終わらせてきたんだ。ほんと、呆れた。マジで呆れた。待っていたのが悔しかったわけじゃ、ありません。遅れてるのに、連絡無かったことでキレてるんです。
 頭の中にいろんなことが駆け巡りながら、俺は家の鍵を開ける。真っ暗な部屋は無人であることを示していて、部屋の中まで凍えるほど冷たかった。家はもちろん、ロックを掛けておく。今日も渋々、ホテルへ戻れ。つくづく、アイツのマイペースには付いていけない。ついていけるやつって居ないと思う。
 それから数十分後に、ゴンゴンゴンゴンとドアを叩く音が響き渡った。
 思った以上に、帰ってくるのが早かった。俺は2時間、待ったんだ。正確に言えば、2時間半だ。だから、2時間半、外で待たせるつもりだ。深々と降り注いでいる雪を見つめて、一人しりとりやりたくなる気持ちを味わえばいい!
 そう思っていた矢先、鍵が開けられ、チェーンが引っ張られる音が聞こえてきた。隙間からは「おい!」と叫ぶ声が聞こえ、不機嫌なのは見なくても分かった。あいつも不機嫌かもしれないけど、俺はもっと、不機嫌だ。
「開けろ!」
 出ましたよ、命令口調。いっつもいっつも、俺に対して命令するのはいいけど、いい加減、いらいらし始めた。お願いはできないのか。まぁ、今日はお願いされても開ける気無いけど。椅子に座りながら、怒鳴り散らしている椎名の声を聞いていたら、こんなことしてる自分がバカバカしくなってきた。
 後でグチグチ言われるのもウザイから、仕方なく開けに行く。ほんと、不本意だけど。
「おかえりなさいませー」
 脱力気味にそう言い、俺は扉を開け放つ。そのまま背を向けて、リビングに戻って、なーんもおもしろくないテレビを見つめていたら、目の前に椎名が現れた。
「何で、ロックかけたんだ」
「思い当たる節、無い?」
「……あると言えば、あるが」
 どうやら、俺を待たせたのは分かっていたらしい。シラっとした目で見てやると、椎名は呆れたように息を吐き、「仕方ないだろう」と言った。えぇ、仕方ないですとも。仕事だって言われたら、俺だってなんとも言えませんとも。けどもね、俺には「いいから終わらせろ」と言いながら、自分は「仕方ない」ってどういうことですかね。いくら、ホテルの支配人だからって、自分に甘すぎじゃぁありませんかね。
 怒ってたって仕方ないのは、俺だって分かってる。そこまでバカじゃないし、ガキでもない。でも、いい加減、そんな扱いに飽き飽きしてるのも、現状だった。
「そうですね、仕方ないですね」
「……何を怒ってるんだ」
「俺、2時間半ぐらい、ずっと待ってたんだ。バカみたいに。それなのに、どっかの誰かは連絡一つも寄越さない。別に、待たされた事を怒ってるんじゃなくて、待たせてるのが当たり前になってんのを怒ってんだよ」
 こんな日に、わざわざ、こんなことを言わなくても良いんじゃないかと思ってたけど、言い始めたら止まらなかった。何度も、仕方ないと言い聞かせて諦めてきたけど、やっぱり諦めるなんて無理だった。いつまでもいつまでも、俺が待たなきゃいけないなんて、おかしい。間違ってる。
「だからそれは……」
「仕事が忙しかったから? 押し付けられなかったから? できないなら、最初から押し付けるとか言うなよ」
 出来ないと分かっていても、あんな自信満々に押し付けるって言われたら、こっちだって期待するだろ。ほんとに、コイツは口先だけで言ったことを守った事が無い。忙しいのは、言われなくても分かっていたんだ。あぁ、期待した俺がバカだってことか。
「悪かった」
「……はいはいって、あ?」
「だから、悪かったって言ってるだろう。これでも押し付けてきたほうなんだ。機嫌を直せ」
 コイツが悪いと謝ったのは、いつぶりだっただろうか。そんな事を考えてしまうほど、恐ろしく珍しい事だった。俺は目を丸くしたまま、椎名を見つめて、うんともすんとも言えなかった。
「クリスマスには、プレゼントってもんを渡すんだろう? 去年、それをお前に教えてもらったから、買いに行っていた。だから、遅くなった。8時には仕事は終わっていたんだ」
 椎名も俺を見たまま、事の経緯を説明していく。8時に仕事が終わってから、プレゼントを買いに行っていただと? じゃぁ、どうして、2時間半も俺を待たせたんだ。そこまで考えて、自然と答えは引き出された。柄にも無く、迷ったってとこだろう。
「連絡するなんて、すっかり忘れていたんだ。悪かったな」
「……へぇ。俺、なんも用意して無いや」
 去年は用意して無いとうるさいかなって思って、用意したけど、今年は別にいらないかなって思って用意してなかった。椎名は真面目な顔をしたまま、「別に構わない」と言って、俺の隣に座った。
 誕生日プレゼントを用意してるなんて意外すぎて、嫌味も何も浮かんでこなかった。
「まぁ、もっと早く、帰ってると思っていたがな」
「30分待った時点で、帰るつもりだった」
「じゃぁ、何で待っていた」
 追及する声が隣から聞こえて、俺は視界から椎名が消えるよう、そっぽを向いた。何で待ってたかなんて、俺が過去の俺に聞いてみたいわ。せめて文句が言いたいとか、待ちたくて待ってるわけじゃないとか、いろんなことを考えていた気がするけど、今じゃ全く思い出せない。純粋に、待っていたいと思ってたのだろうか。
 こんなワガママで浮気性のために。
 雪が降る中、
 わざわざ、待とうと思う俺も、大概だ。
「来るって思ってたからだよ」
「……確かに行ったが」
「アレ以上は俺が待てなかったの。……だってさ、椎名は時間を守る事は無いけど、嘘をつくことだって、無いだろ。行くって言った以上、来ると思って、仕方なく待っててやったんだよ。あー、俺って超健気。雪が降ってきたときは、本当にどうしようかと思った。通り過ぎるカップルに悪態つくのだって疲れたし、なんかみんな幸せそうだし、俺一人であんなところで待たされるなんて本当に拷問だなって思ったよ。なんか秘密を吐けって言われたら、俺、たぶん、普通に吐いてるね」
 言葉にしたら、待ってた理由がしっくりした。そうだ。嘘だけは絶対に吐かない。……多分だけど。だから、絶対に来ると分かってたんだ。
「とりあえず、悪かった。これ、プレゼントだ。ありがたく受け取れ」
「これがなかったらなぁ、俺、許してやったのに」
 悪かったといいながらも、偉そうにプレゼントを渡してきた椎名を見つめ、俺は差し出された箱を受け取る。あまり大きくない箱の中身は、ある程度、想像できた。この大きさからして、ネクタイピンか? ま、仕事で使うからありがたいけど。
 包装紙を破いていくと、箱が現れる。その箱を開けて、中に入っているケースを取り出してから、蓋を開くと……。
 絶句した。
 顔が火照るのを感じる。
 どうして良いか分からなくて、俺は俯いた。
「何か言え」
「もっとさぁ、こうさ、渡し方とか言い方とか、ある程度の説明とかしろよ……」
 あんまりにも普通に渡すから、ありきたりなもんだと思ってた。根っからのぼっちゃんが、ありきたりなもんを出さないのは想像できたはずなのに、俺はありきたりなものを考えてしまっていた。
 箱に入っている光り輝く銀色のリング。
「どこで渡そうが一緒だろう」
「……お前さ、女とかいっぱいいたのに、その辺の考慮とかないのかよ」
「何でお前を、今までの女と同じように扱わなきゃいけないんだ」
 あまりにもはっきりそう言うから、ちょっとだけ嬉しくなってしまった。震える指で、はまっている指輪を取り出し、俺は天井にそれを翳す。とてもシンプルな指輪だけど、かなりの値段がするんだろうな。そう言うところでは、本当に手を抜かない奴だし。何も刻印されていない指輪は、蛍光灯を反射させ、かなりの存在感を出している。
「貸せ」
「え」
 持っていた指輪を引っ手繰られ、椎名が俺の左手を取る。薬指に通された指輪は、ひっかかることなく、根元に収まった。サイズもぴったしだ。いつの間に、サイズを測ったんだ。
「ちょうどだな」
「……いつ測ったんだよ」
「寝てるときにだ」
 本当、こういうところの準備は抜かりないって言うか、なんて言うか、はまった指輪を見ていたらニヤけて、機嫌がよくなっている俺がいてびっくりした。ほんと、単純だと思う。
「レストランを予約しているから、行くぞ」
「今から?」
「あぁ。遅れる連絡はしてある」
 俺にはしなかったくせに、レストランにはしたのかよ。本当にムカツク野郎だけど、コレが椎名だから仕方ない。立ち上がった椎名は、俺の腕を引き、無理やり立たせる。
 暖房が効いていて、部屋はとても暖かいのに、椎名の指はとても冷たいから、笑ってしまった。

+++あとがき+++
本当に遅くなって申し訳ありませんでした!!!!!!
メッセージにて、続編を読みたいとリクエストしてくださったので、クリスマスネタに追加したまでは良かったんですが……。
中々、浮かばず、出来ませんでしたorz

正月ネタにしようか凄く迷ったんですが、結局、クリスマスにしました。残りはあとひとつですね。
数日中にやっちゃいたいと思ってます。

リクエスト、ありがとうございました。
ご意見ご感想、何かありましたら、お気軽にコメントください。
よろしくお願いいたします。

2011/1/29 久遠寺 カイリ
<<<<<<<<<<< Index >>>>>>>>>>>