便利屋第十二話

「便利屋です。Start of End」


「どうですか? 最近、桐生さんの様子は」
「これと言って、変わったことはないんちゃうかな」
「……そうですか。湯浅さんとの付き合いも、それなりに長かったので名残惜しいですが」
「はぁー、そんな顔には見えへんけどなぁ。俺も次はどんな表現されるのか、ちょっと楽しみにしてた部分があっただけに、ちょっと寂しいかもなぁ」
「えぇ、次会うときは、お互い、死体じゃないといいですね」
「はは、せやな。まぁ、俺は大丈夫やで。危険な橋は渡れへんし、黒に限りなく近いグレーの部分で立ち止っとるから」
「ちゃんとそう言う線引きできる人、少ないんですよね。この業界。湯浅さんは物凄く信頼してるんです。僕の信頼、裏切らないでくださいね」
「……なぁ、もし、裏切ったらどうなんねやろうな」
「そのときは……、まぁ、そのときですよ。僕の裏の顔が見れるんじゃないんですか?」
「お前、ほんまに何者なん?」
「…………ただの淫乱ですよ」
「わぁー、その言葉、ぴったしな気がするわぁ」
「そのうち、僕が何者なのか、分かる日が来ますよ」
 にこりと笑う青島を見送り、湯浅は玄関の鍵を掛ける。最後の言葉が気になっていたが、青島が何を狙っているのか湯浅は分かっている。自分の身が一番かわいいので、それを誰かに漏らしたりなんてことはしないが、気にはなっている。でも、それを知る日は来るのだろうか。一番危ない橋をこれから渡ろうとしている青島を、湯浅は止める権利なんて無い。ただ、求められた情報を必要な額に応じて渡していただけだ。にこやかな笑顔は裏を隠すための仮面で、ちらほらとそれが見えていた。三年間も温存してきた計画を、そろそろ実行するつもりなのだろう。どうなるか、予想をしてみる。
 おそらく、青島と顔を合わせるのは、今日が最後だ。


 エレベーターが止まり、慣れた道を歩く。鍵を開けて家の中に入ると、すぐに鬱陶しい存在が青島の前へやってきた。それから鍵を掛ける間も無く、腕を引っ張られ「……他の男の匂いがする」なんて、犬のようなことを言われた。鼻で笑うとカイは眉間に皺を寄せ、青島をソファーまで連れて行く。
「当たり前だろ? 他の男のところへ行ってたんだから」
 挑発するように言うと、すっとカイが青島の上から退いた。冷たい目で見下ろされ、カイの口元が微かに歪む。笑っているような表情だが、目は笑っていない。そんな冷たい視線が好きな青島は、背筋から欲望が込みあがってくるのを感じた。口の中に溜まった唾を飲み込み、「……カイ」と名前を呼ぶ。
「ヤろうよ」
 上目遣いで青島がカイを誘う。その目を見ていると以前に味わった恐怖を思い出すも、こう誘われては断れなかった。
「……じゃぁ、舐めて立たせて。リク」
 青島は体を起こし、すぐにカイの足の間に入り込んだ。ベルトを外してパンツのゴムを掴む。半分降ろすと、待ちきれんと言わんばかりに青島が食いつく。若さのせいか、すぐにペニスは固くなった。それを口いっぱいに含んで、舌を絡ませる。そんな兄を冷たい目で見下ろし、肘掛に凭れ掛かって何もしない。どうすればこのド淫乱な兄が喜ぶのか知っているから、余計に何もしなかった。手も足も出してやるような優しさは、この兄には必要ない。楽と言えば楽だが、色々としてやりたい衝動に駆られるのを必死に抑えるのは大変だ。全ての欲望は顔にも態度にも出ないが、今、青島が銜えているペニスには表れてしまっていた。だから、すぐに勃起してしまう。
「ん、くっ……、ふ、あっ……」
 自ら奥まで突っ込み、飲みこまん勢いで顔を動かす。足がウズウズと動いているのを見て、カイは視線を足の間に移す。ソファーに擦りつけて、自分の物を弄っていた。見ているのに気付いたのか、青島は口からペニスを離すと顔を上げる。
「踏んでよ」
「やだ。自分でやれば?」
 カイはその場から動かず、青島を見下ろす。決して優しさなんかを見せてはならない。どんなことを求めても、何も与えてくれなかった彼が、これだけは好きだと言ってくれるのでそれに全力を尽くす。一方的な思いほど、辛く重苦しい。それはお互いだった。
 どうすれば悦ぶのか分かっているから、無駄な手出しは絶対にしない。見下ろしながら言うと、口元に笑みを浮かべ自らズボンを脱ぎ始めた。喜んでいるのを見ているだけで十分だ。ドエムほど自己中な存在はいない。そして、そんな人を相手するときは、忍耐力との勝負だ。今にも押し倒して色々してやりたい衝動に駆られるが、そんなことを青島はカイに求めていない。所詮は、便利な棒にしかすぎない。
 自分のを弄りながら、また青島はカイのペニスを銜える。先っぽを舌で舐めまわし、先ほどとは打って変わってこちらに全力は注いでいなかった。今は自分のを弄るのに夢中になっているようだった。
「リク。気持ちよくない」
「ん、ッ、えー……」
 批難されたが青島はすぐに奥へ突っ込んだ。そうなると今度はこっちに夢中になって、自分へはおざなりになってしまう。こう、散々な扱いをされるのが大好きでたまらないのだ。優しくされるなんて、彼は全く求めていない。ペニスを弄っていた手を後ろに持って行ったところで、カイは「そっちはダメ」と言う。
「もう、口もあんまり気持ちよくないから乗ってよ」
 そう言うと青島はペニスから口を離して自分の指を舐めると、少し後ろを慣らしてからカイの上に乗った。動き始めたのを見つめたまま、カイは基本的に何もしない。このまま押し倒して動きたいが、それをすると青島の機嫌が極端に悪くなる。最初にそれをやってかなり怒らせているので、カイは動きたいのを堪える。
「ッ、あっ……、んぁ、かいっ……、触っても、いい?」
「ダメ」
「も、がまん、できなっ……」
 堪え切れないのか、手が前に回ったのを見てカイは青島の手を押さえた。
「今日、何しに行ってたんだよ」
「……なんだ、と、思う?」
 バカにするような目が向けられ、カッとなるのが分かった。こう言う受け答えをするときは、絶対に言わない時だ。どんなに問い詰めても、青島は口を割らない。それが無性に腹立って、カイは体を起こした。そのまま、青島を反対側に押し倒し、さっきまで堪えていた衝動を発散させるように、動き始めた。
「ん、あっ……、や、かいっ……、やめろ……!」
「どこ、行ってたんだよ。便利屋じゃなかったよな。匂いで分かるんだよ」
 手を押さえこんで、わざと青島の良いところを突く。勃起したペニスは腹に付きそうなほど立ち上がっていて、先端からは先走りが流れている。それに触れさせず、言わないと分かっているのに問い詰めてしまう。気になって仕方なかった。もう二度と、探しまわったりなんてしたくない。ようやく見つけたのだから、どこかへ消えてほしくなかった。それなのに、真下で感じている青島は蝶のような存在で、そのうちふらふらとどこかへ行ってしまうのではないかと不安を感じていた。特に、ここ最近はその危機感が強い。
「あっ……、んぁ、あああっ……、かい」
 人の話なんて全く聞いてなかった。そんな一方的な質問を続けてる方が馬鹿げているかもしれないが、思っていることは口にしないと気が済まない。どうして、逃げるように居なくなってしまうのか、全ては五年前、仕事に失敗してからがきっかけだった。カイはずっと近くでそれを見ていた。だから、ほとんどのことを知っている。けれども、今、青島が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「リク……、りく……」
 泣きそうな顔を見られないように、一回りほど小さい体を抱きしめた。
 人より少し冷たい体は、抱かれているのにも関わらず、熱を感じさせなかった。


 コップに水を入れたところで、ドアの開く音が聞こえた。この家の主が帰ってきたようだ。めちゃくちゃになるほど尋ねたにも関わらず、青島が口を割ることはなかった。嫌がることを沢山したせいか、今や口を聞いてくれないほど怒っている。それに疲れたと独り言のように言い、寝室へ向かってしまった。上半身裸で水を飲んでいるカイの姿を見て、工藤は苦笑いを漏らした。
「ケンカでもした?」
 笑いながら話しかけてくる工藤を一瞥して、カイはもう一度、コップに水を注ぐ。数分、無言が続いてから「俺が一方的に怒ってるだけだ」と言ってシンクにコップを置いた。
 カバンをソファーの上に置こうとして、工藤の動きが止まる。ぐちゃぐちゃになったソファーを見てから、またカイへと視線を移す。
「……後で片づける」
「今すぐやって」
「分かった」
 怒っているわけではなさそうだが、工藤の口調は厳しかった。今さっきまでそこで事に及んでいたのだから、汚れてしまうのは仕方ない。それに何度もこのソファーを汚したことがあるだけに、工藤は慣れっこのはずだ。しかし、そのソファーがかなりの値段がしたんだろう。早く片付けないとシミになってしまう。タオルを濡らして固く絞り、汚れた箇所を丁寧に拭った。
「リクは?」
「寝てる」
 綺麗に片づけるとようやく工藤がカバンをソファーに置く。ネクタイを緩めて上着を脱ぎ捨て、テレビの電源を入れた。ガヤガヤと喋り声が部屋の中に響くだけで、二人の間には会話はない。なので響いている音はやたらと虚しく感じられた。カイが対面に座ると工藤は「ん?」と言って首を傾げた。
「リクが何を考えてるのか、アンタなら分かるんじゃないのか」
 真剣なまなざしを見て、工藤は仄かに笑う。三年間、青島と一緒に生活をしてきたのだから、それなりに知っていることは多い。特にこの大阪での生活では、工藤の方がカイより遥かに上だ。これから何をしようとしているのか、何を企んでるのか、工藤なら絶対に知っている。そう確信があるにも関わらず、工藤は「……さぁ?」と言ってはぐらかした。そのはぐらかし方は青島と似ていた。
 堪え切れない怒りが、拳に出た。固く握りしめた手は膝の上に置かれ震えている。
「それにカイはそれを知ってどうするつもりなんだい? 手伝うのか?」
「俺にはそっちの才能はないから、手伝えない」
「じゃぁ、知っても意味はないよ。無駄な行動はリクの邪魔にもなる。俺はただ、寝床をリクに提供しただけだ。リクが何を考えているかなんて、さっぱり分からない」
 にこりと笑う目は、いつもと同じように優しかった。そうやって子供扱いして、知りたいことをはぐらかすから工藤のことは大嫌いだった。それに青島が懐いているのも、カイにとっては気にくわないことの一つだ。
「……知ってる癖に。またリクが消えそうで、俺は怖い」
「何で、消えると思うんだ?」
「前と一緒だったからだ。リクが自分から俺を誘ってくるなんて、今までに二度しかなかった。東京で仕事に失敗する前と、今回。リクが俺を誘ってくる時は、絶対に何かが起こる」
 だからずっと嫌な予感が、カイから離れなかった。まっすぐと確信を持った目を見て、工藤は息を吐いた。諦めたようなため息に、僅かながらの希望が生まれる。工藤は立ち上がるとキッチンへ向かい、コップに水を注ぐ。
「終わりが始まったんだ」
「……どう言うことだ?」
「始まったものはいつか終わらせなきゃいけない。だから、リクは終わらせようとしてるんだよ。……その失敗をね」

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