便利屋第十三話
「便利屋です。月に負け犬」
便利屋の朝は比較的騒がしい。毎日、九時を過ぎると青島がやってきて、勝手に部屋でくつろいで仕事を手伝う日もあれば、面倒くさがって留守番を買って出る時もある。それから時たま湯浅がやってきて、青島とケンカをして帰る。それが便利屋で起こる騒動のほとんどだ。桐生は呆れ顔でそれを見るか、うんざりして怒るかのどちらかになるけれど、それが当然になっているのに未だ気づいていなかった。
日常と言うのは、突然、壊れるものである。
まず桐生が異変を感じたのは、青島が三日も姿を現さなかった。どんなに遅くても昼過ぎ以降には顔を出して、どうでもいいことを話して帰る。おそらく、桐生が一日事務所を空けてる時も、青島は来ていたはずだ。何かしらの痕跡がいつも残っていた。来ない日と言えば、年末年始ぐらいでそれ以外は毎日顔を出していた。
そんな青島が三時になってもやってこない。何かあったのではないか、と一瞬、頭を過ったが、青島は殺しても死ななそうなので、心配しても杞憂に変わると確信していた。それにわざわざ心配するのもバカバカしい。助手になってくれなんて頼んだこともないのに、自ら助手を名乗り、手伝ってくれるのかと思いきや、仕事はえり好みする。いつもアイポッドとミネラルウォーターを持ち歩いていて、味覚は鈍いくせにやたらとグルメだ。そして桐生には弟の名前を教えていた。どうしてそんなことをしたのか、桐生には分からない。何かしらの理由があっただろうし、そこをわざわざ深掘りするつもりはなかった。
誰しも心には闇を抱えているものだ。桐生もそうだし、三隅も、湯浅もそうだろう。だから青島だって抱えているに違いない。そこに触れていいのは、許された人物だけだ。
カンカンカンと慌ただしい足音が聞こえてきた。青島の足音ではない。では依頼人だろうか。緩慢に視線を入り口に向けるとノックもなく戸が勝手に開いた。扉の向こう側に居たのは、青島の弟、カイだ。
「リクは?」
「え?」
「リクは……、いないのか?」
かなり動揺しているらしく、外は長袖を着ないと寒いぐらいだと言うのに、弟は袖をめくりあげて額からは汗が流れていた。
「リクって、あぁ、青島か。まだこっちには来てへんで」
冷静に答えると、弟の顔から血の気が引く。がたがたと震える手で自分の額を押さえると、その場にしゃがみこんでしまった。一体、何が起こったのか。桐生は立ち上がって弟に近づく。
「どないした……」
声を掛けると今にも泣きそうな表情で弟が顔を上げた。そんな目で見られても、どうしていいのか分からず桐生は戸惑った。何があったのか、薄々であるが予想できてしまった。
「リクが、いなくなった」
「たまたまちゃう? そのうちふらっと帰ってくるやろ。アイツのことやし」
大げさや、と笑い飛ばしてみるが、弟は首を横に振るだけで納得しなかった。どうもいなくなったと確信してるらしいが、青島はもうここに三日も顔を出していない。鬱陶しいほどどんなことがあっても、青島は犯罪をしてまでここに来ていたのに、三日も来ないのはどう考えてもおかしい。分かっていたが、桐生はあえて考えずにいた。だが、そのふりももう出来ない。
「東京に居た時と同じだ。やっと見つけたのに、どうしてリクは俺の前から姿を消すんだ……」
「それ、どういうことやねん」
「リクのことだから、あんたには何も話してないんだろう。まあ、人に話せるようなもんでもないし、黙っていた理由は分かる。でもなんで、リクが大阪にいるのか、俺は全く知らない」
「俺だって、知らんわ。……青島が大阪に来たのは三年前やで」
「三年前? 俺の前からいなくなったのは五年前で、俺はずっとリクの情報を集めてた。リクがどうして俺の名前を名乗っていたのか、今となったらちょっとだけ分かった。リクは俺が追ってくるのを知ってたから、わざと俺の名前で攪乱させたんだ。でも、もっと上手い方法があったはずだ。偽名なんてたくさん持ってただろうに……」
ぶつくさと呟きながら自分の思考をまとめている弟を見つめて、桐生は疑問点を挙げてみる。まず、青島には空白の二年間があること。それに偽名をたくさん持っていると言うのはどういうことなのか。普通の仕事をしている人が偽名なんてたくさん持っているはずがない。それに一度変装しているのも目にしている。普通でないのは前々から知っていたが、弟の話を聞いて疑いがもっと大きくなった。
「アイツは一体、何者なんや」
これまではぐらかされ続けた質問を、弟にぶつけた。せこいだろうけれど、消えてしまった今、この質問を阻む人はどこにもいない。弟は桐生を見つめる。
「……桐生さん、あなたはどこでどうやってリクと出会ったんですか?」
「人の質問には答えんと、自分ばかりぶつけるのは卑怯やないのか?」
「答えてくれたら言います。絶対。俺はリクと違って、嘘つきじゃない」
まだ知り合って間もない人物の言葉は信じられないけれど、黙っていても話は前に進まない。ひとまず、桐生は弟の言葉を信じることにした。
「俺がアイツを初めて見たのは三年前の冬や。俺は仕事でたまたま……」
何度か忘れようと思ったが、あの衝撃的な光景は忘れられなかった。あの日、桐生は三隅の依頼で、南港のフェリーターミナルへ向かった。三十分前に電話が掛かってきて、今から人を向かわせるから書類を受け取り、南港へ今すぐ持っていけ、という、いつも通りただの小間使いのような仕事で、ボロい軽トラに乗って書類を運んだ。日中はコンテナを運ぶトラックが往来しかなり混雑しているが、夜だったので道はガラガラに空いていた。時間通りフェリーターミナルへ行くと、スーツを着た男が立っていて書類を渡し、お疲れ様でした、と温かい缶コーヒーを渡され、頼まれた業務はあっという間に終わった。
仕事が終わった報告を三隅にし貰ったコーヒーを冷める前に一気飲みして、さっさと帰ろうと思った矢先なんだかトイレに行きたくなったので、桐生はたまたまフェリーターミナルのトイレに入った。用を足そうと思ったとき、ふと視線を個室に向けた。何で向けたのかは今でもあまり分かっていない。直感と言えばそうかもしれないし、ただ目がそこに向いてしまったのだ。向かなかったらきっと、青島と出会うことはなかったかもしれない。
便器にぐったりと座り込んでいる人が居た。男なのか女なのか判別もつかない中性的な肉付きに、めちゃくちゃになった髪の毛、殴られたのか目元には痛々しいほどの痣があり、口は切れて血が流れていた。ダウンを着てるので体はどうなってるのか分からないが、だらんと落ちた手からは血が流れ落ち、床に血だまりを作っていた。
仕事柄、リンチされた人は何度も目にしているが、あまりに突然だったので桐生はそれを見て固まっていた。死んでいるのかと思い、一歩、その人に近づいたとき目にもとまらぬ速さで突進され、タイルに背中をぶつけた。
「ッ……、なん、やねんな」
腕で胸を押さえられてるせいか、かなり息苦しい。視線を下に落とすときらりと何かが蛍光灯に反射した。それはしっかり桐生の頸動脈を狙っていて、少しでも動かせばたやすく命を奪われるだろう。息を飲み込むのにも勇気がいる。
「お、おい」
どうして殺意を向けられてるのかさっぱり分からない。通り魔にしては傷を負いすぎだし、本当に通り魔だったら桐生は今頃殺されている。何かしらの目的があるのは間違いないけれど、それを聞く前に拘束が緩んだ。そして体がぐらりと傾く。
「ちょ……!」
甲高い音を立ててナイフが床に落下する。気を失ったのか、桐生に凭れかかりながらずるずると落ちそうになったので、咄嗟にその体を支えてしまった。襲われかけて助けるなんてバカバカしい話だが、負傷している人も放っておけなかった。お人よしだ、と嘲笑われたりするだろうが、人として間違ったことはしたくない。汚いことの助太刀をしてたとしても、それを知らなかったら悪いことをしてる自覚もないので自分の中で納得できる。無知は悪いことかもしれないが、そうでもしないと罪悪感で押しつぶされそうになる。
お人よしで居たいから、この男を助けた。腕を肩にかけて引きずりながら軽トラまで運ぶ。夜でほとんど人が居なかったおかげで怪しまれることはなかった。
殺されかけたというのに助けてやるのは可笑しいのではないか、と気づいたのは、事務所まで担ぎ上げた後だ。今更、そんなことを考えても遅い。ソファーに寝転がらせて、まずダウンを脱がせた。そして戦慄する。
シャツにべったりと血がついている。大怪我をしてるのではないかと思い、桐生は服を捲ってみるが真っ白な身体にはうっすら服越しについた血が移っただけで、傷は一つもない。つまりこの血は本人のものではなく、他人のものだ。それからシャツを脱がせると、腕に止血したあとが残っているが、血は滲み出してソファーを汚している。この腕の傷が服を汚したのかと思い巻いている布を外してみた。ぱっくりと割れてとめどなく血が流れてきてるが、この腕の血が上半身につくとは思えない。まず清潔なタオルを熱湯消毒し傷口を拭く。傷がかなり深いので、処置をしなければ出血多量で死ぬ可能性も出てくる。だがこの素性の怪しい人物を病院に連れて行くのもかなり気が引ける。
どうしようか迷って、桐生は立ち上がった。押入れの中に救急セットがある。以前、使ったので麻酔は残っていないけれど、針や糸はまだ残りがあるので、念のため取っておいた。まさか、今日、使うはめになるとは。それでも病院に連れて行くデメリットなどを考慮したら、ここで桐生が処置するのが一番だ。あまりいい衛生状態と言えないが、失血死するよりマシだろう。シンクの下に隠してあるもらい物のスピリタスを取り出し、傷口にぶっ掛ける。かなりの痛みがあるはずなのに、青白い顔をした男はピクリとも動かない。死んでしまったのかと思い、首元に手を当てると鼓動は聞こえた。
何とか傷口を縫った桐生は、男を自分の寝床に移動させてソファを掃除した。血まみれのシャツはどうしようもないので後で焼き捨てようと黒いビニールに入れる。ダウンは洗濯すれば何とかなりそうだったので、カゴにぶち込み血で汚れた自分の服も黒いビニールの中に入れて、箪笥の中から新しい服を取り出す。片付けも終わり、やっと一息がつけるとソファに座り込んだところで、自分が帰ってきてから一度も一服してないのに気づいた。どうしてそんなに必死だったのか分からない。テーブルの上に置いたタバコを手に取り火をつける。窓を見ると空はうっすら明るくなり始めていて、時計を見ると午前五時だった。
タバコを吸い終わってから、焼酎のロックを飲んでいたらかなり疲れていたようでそのままソファで寝てしまった。久しぶりに血を見て、ピンセットを握った。人の皮膚を縫う感触がやたらと指先に残っている。もう、こんなことはしないと誓ったのに。天使のような真っ白い服を着たエリナが名前を呼ぶ。でも、エリナの先にいるのは自分ではなく、ああ、あれは親友だ。馬は合わないのに性格は知り尽くしていて、支えあうような関係ではなかったものの、よき理解者だった。それを壊してしまったのは自分だと、罪悪感だけが今は残っている。楽しかった日々はもう戻ってこない。エリナも、三隅も、もうこの世にはいない。
ハッとして目が覚めると頭上に誰かがいる。ジッとこちらを見る目は寝顔を見つめていた、と言うより、こちらの様子を伺っているみたいだ。目が合っても、相手は逸らさない。
「……なんやねん」
おはよう、なんて言わさない雰囲気だったので、とりあえず尋ねてみるもの、相手は口を開かない。死にそうになったところを助けてやったんだから、殺される心配はないかもしれないが、この様子だと少し怖い。
「これ、アナタが縫ったんですか?」
想像していたより低い声だった。見た目は二十代前半ぐらいの下手したら少年にも見えそうな顔立ちだったので、もう少し声は高いと勝手に思い込んでいた。
「あ……、あぁ、せやで」
「上手ですね。で、何のために僕をここへ?」
何のためかと聞かれても答えはない。さぁ? とはぐらかすと、眉間に皺が寄る。
「アナタは一体、誰ですか」
なんだか、妙な質問だな、と思いつつも、桐生は「自分から名乗るのが礼儀ちゃうの?」と言い返してみる。上から見下ろされている状態で話すのも不愉快なので桐生は体を起こした。
「僕は……、青島、です」
「青島ねぇ。俺は桐生や」
「桐生さん、ですね。助かりました。ありがとうございます」
青島と名乗った青年はぺこりと頭を下げると、つかつかと出口に向かって歩き出した。いくら起きれるようになったと言っても気を失うほどの大怪我だ。そう簡単に出歩けるはずもないが、青島は真っ直ぐ歩いている。
「ちょ、お前、とりあえず安静にしてないと」
「大丈夫です。眩暈しますが」
「大丈夫ちゃうやん。路上で死んでたとか、明日のニュースで見たないで、俺は!」
「僕がどこで野垂れ死にしようと、僕の勝手でしょう」
「お前、性格悪いって言われへんか? これだから東京人は……」
「僕は性格悪いとよく言われますけど、僕一人が性格悪いからって、東京にいる人を全員性格悪いと言うのは、大阪人はみな、厚かましくてお節介だといってるのと一緒になりますよ?」
「お前、俺のこと、厚かましいお節介やと思うてるんやな」
「そう取っていただいて結構ですよ」
「取るも何も、お前がそう言うたんやろうが。まあ、ええけど。確かに東京人を一括りにしたんは俺のせいやからな。俺が悪かった」
「へえ、謝れるんですね」
「慇懃無礼っちゅーんは、お前みたいなんを言うんやな」
口論のようになり、桐生は項垂れる。口先だけは敬語だが、態度はかなり尊大で言葉もかなり攻撃的だ。どうもピリピリしてるように見える。
「とりあえず、お前はまだ安静にしてないといつぶっ倒れるか分からん状態や。だから大人しく寝とけ」
「……良いんですか?」
「ええよ、もう。俺が拾ってきてもうたんやし」
呆れながら言うと、「じゃあ、世話になります」と言って青島はこちらに戻ってきて布団に入った。態度や口は元気だったが、怪我のせいで熱があるのか顔が赤い。抗生物質を飲まそうとするなら、まず食事をさせなければならない。桐生は買い物に行こうと立ち上がる。
「……あの、桐生さん」
「何や」
「僕、青島カイって言います。桐生さんの下の名前は?」
「陽一や。太陽の陽に、数字の一」
名前を聞いた青島が、少しだけ目を見開いた。
「それから一週間ぐらい寝込んだけど、すぐに元気になって事務所を出て行った。これで顔を合わさんし、清々するわーって思うとったら、俺のことを気に入った、って言って、青島がうちに来るようになったんや」
話を聞き終えた弟は大きく息を吐いた。
「南港のフェリーターミナル……。桐生さんは、何の仕事へそこに?」
それは客のプライベートが、と言ってはぐらかすことも出来たが、これもきっと青島の居所に繋がるのだろう。どうしていなくなったのか、なぜ三年間もここに通いつめたのか。気になることはそれなりにあるし、やはりこれまで一緒に仕事をしてきた仲間でもあるから、簡単に見捨てたりできなかった。いくら毎日、消えてほしいと思っていても。
「あれは、三隅の仕事で」
「三隅!?」
「な、なんや」
まさか三隅の名前で反応するとは思ってなかったので、桐生は驚いて身体を仰け反らせた。大仰な反応など目もくれず、弟は相変わらず何かを呟いている。
「これはリクが隠したかったことだから、俺が喋れば殺されるかもしれないけど、桐生さんには言っておくべきだと思うから、言います」
「ちょ、殺されるって大げさやな。それに聞いた俺も殺されるんちゃうん?」
「ああ見えて、リクは情けかけるような人間ではないですが、受けた恩は忘れないタイプです。あれなりに桐生さんのことは大切にしていたと、思います」
「確証ないんかい」
「ええ、長い時間一緒にいましたけどね。分からないこといっぱいですよ。それに殺されるのは本気です。冗談じゃありません」
真顔で桐生を見る弟は、言葉通り冗談を言ってるように見えない。青島が弟と言ったのだから、戸籍上は弟なのだろう。本当の弟かどうかは分からないけれど、目元や雰囲気などは似ているから、血の繋がった兄弟だと桐生は思っている。そんな大事な家族を、わざわざ手に掛けたりするだろうか。以前にも三隅が言っていたが、たった一人でも消すのはかなり難しい。
「リクは裏の仕事をしてました」
「あぁ、淫乱やもんな。似合いすぎててむしろ意外やわ」
「違います」
「は?」
「掃除屋です」
「掃除屋ぁ? アイツ、確かにちょっと潔癖なところがあるから向いてるような気がせんでもないって言うか……」
なんと言うか……、とまで続けて、自分が白々しいウソを吐いてるのに呆れてしまった。裏の仕事で掃除屋と言えば一つしかない。しかもそれがしっくり来てしまったから、余計に言葉が出てこなかった。あの身のこなし、変装術、何をとっても完璧だ。
「で、何でアイツが三隅に……。まあ、狙われる理由も分からなくは無いっつーか、なんつーか、うーん。理解したけど、解せん部分は多い」
「掃除屋をやってるぐらいですから、色んなコネを持ってたんですよ。リクは普段からふざけてますけど、ああやってバリアを作り人とは極力関わらないようにしてました。でもアイツも人間ですから、人に惹かれたり、なんて事もありました。まあ、その人、殺されちゃったんですけどね」
「……え?」
「嵌められたんですよ。リクも、その人も。掃除屋の仕事って、絶対成功させなきゃいけないんです。色々、秘密を抱えちゃってますから。嵌められたリクは仕事失敗して、東京から離れなきゃいけない状態になったんですけど、その失敗した原因が三隅だって……、言ってたんです。折角、築き上げてきた信頼とかもぶち壊されたんで、リクは仕事をやめなきゃいけなくなっちゃったんです。血まみれで倒れてた、とするなら、リクは三隅を狙ったとしか思えない」
「でも、アイツはその時、自分の会社に……」
「ガセネタでも掴まされて罠に引っかかったんでしょう。恨みの感情が強ければ強いほど、前は見えなくなるもんですから。簡単な罠に引っかかりやすい。それに失敗したって言っても、それまでは確実な実績があったわけですから、誰かに刺されたりなんてヘマ、リクはしませんよ。だとしたら、やっぱり最初にリクを嵌めた三隅の仕業としか俺は考えられないんです。唯一の天敵、って言ってもいいでしょうね。でも、一つ疑問があります。どうして、桐生さんに仕事させたんでしょう。三隅は」
弟に聞かれて、桐生も疑問に思う。確かにどうしてあの時、桐生に仕事を任せたのか。そこへ行けば青島と会うのは分かっていたはずだ。もし、三隅が青島を襲った原因だとすれば。だが、弟の憶測だけで考えを進めるのは良くない。三隅なんて沢山いる。だが、裏社会のほうまで手を伸ばせれる三隅は限りなく少ない。
なるべく考えないようにしていたが、あの二人には因縁があると思う。その因縁のある二人を引き合わせてしまったのは紛れも無く桐生だ。そう言えば三隅と会った次の日、青島は願いが叶ったと言ってあの男の癖に鬱陶しい髪の毛を切っていた。
「おそ、らく、三隅は俺が青島を助けるって分かっとったんちゃうか」
「どうして」
「お人よし、やからや。多分、三隅と青島は顔見知りやなかった。だから三隅は自分が襲った相手が誰なのか知りたくて、俺に雑用を押し付けた。まあ、アイツが怪我をしてどこかに隠れてるって知っとったんやろう。半ば、賭けや。あの日、俺はいきなり三隅から電話が掛かってきて南港に行けって言われたんや……」
急に依頼してくるのはいつも通りだし、何も疑ってなかった。トイレに行ったのはコーヒーを飲んだからだが、そこまでは計算してなかったはずだ。居場所が分かっていたら、自分達で何とかしていたに違いない。生かす理由がほとんど思いつかなかった。
「もし、桐生さんがあそこで警察に通報してたら、とか、考えなかったんですかね」
「それはないやろ」
「どうして? リクは怪我をしてたんですよね」
弟は自分の命を危険に晒してまで、青島の情報を与えてくれた。なのに自分が隠し事をするのはあまりにも卑怯だ。桐生はガリガリと頭をかいてから弟を見る。
「医大、通っとったから」
「え……、えぇ?!」
「応急処置ぐらいは出来る。まあ、やらされてた、がほとんどやけどな」
大がかりな処置になるとお手上げだが、傷口を縫うぐらいなら何度もやらされていた。だから手慣れているのもあるし、桐生なら出来る範囲でやると分かっていたのだろう。幼いころから一緒に居たので、性格は熟知されている。
「残りの詳しいことは、湯浅と言う男に聞きましょうか」
「え? 湯浅?」
「知りませんでしたか? あの人、情報屋なんですよ」
どうして来て間もない弟が色々知っていて、自分が全く知らないのか。湯浅が情報屋をしてるなんて全然知らなかった。
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