便利屋第十四話

「便利屋です。裏側への入り口」


 湯浅なんぞ、呼びつけたほうが早いのではないかと思ったが、「こう言うのは相手に逃げられないよう、先手を打つのが最善なんです」と弟がそう説明した。湯浅が逃げたりなんてするとは思えないもの、これまで桐生の思考を上回る出来事が頻発しているので、ここは大人しく弟の言うことを聞くことにした。
 よくよく考えれば、湯浅の家に行くのは初めてだ。場所は知っているがそこへ行く用事もなければ、呼べば本人が喜んで来るので行く必要が無かった。大阪駅で電車を下りると、弟は躊躇することなく湯浅のマンションへと向かっていく。どうやら弟も場所を知っているようだった。
 湯浅との出会いは、青島と会う二年前、便利屋を開こうと思ったときに、三隅から紹介してもらった。色んな物件を持っているから、自分の要望を伝えれば似合ったものを見つけ出してくれる、と言ったように、湯浅は桐生が提示したふざけてるような要望も二つ返事で受け入れて、その数日後にはあの事務所を紹介してくれた。
 それから付き合いがあるわけだが、どうも気に入られたらしく、湯浅は暇さえあれば桐生のところへ来た。青島とは馬が合わないせいか、しょっちゅうケンカをするし、隙あらば桐生に襲い掛かってくる。それが当たり前だと思っていたのに、青島がいなくなってから桐生の日常はどこかへ行ってしまった。前を歩く弟の背中を見つめていたら、なんだか寂しさが込み上がってきた。いつも前を歩いていたのは桐生で、グダグダいいながら青島がついてくる。そこに湯浅がいれば、湯浅は桐生の隣に並んで歩幅だってあわせてくれた。
 うんざりするような高級感溢れるマンションの前に立ち、桐生は湯浅の部屋の番号を押す。
『なんや、桐生やん』
 スピーカーから湯浅の声が聞こえた。どうやらカメラが付いているらしい。
「ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
『ええよ。開けるわ』
 湯浅がそう言ったと同時に、自動ドアが開く。まず先に弟が入り、その後に桐生が続いた。エレベーターに乗って最上階まで上がり、弟は玄関についているインターフォンすら鳴らさずドアを開けた。どうやら鍵は掛かっていなかったようで、あっさりと扉は開いてしまった。なんだか取り立てに来たヤクザのようにも見える。
「何やねん、勝手に入ってきて……って、あぁ」
 ソファーに座っていた湯浅が弟を見てニヤリと笑う。これまで何度かそんな表情を目にしているけれど、弟から滲み出るオーラがあまりにもドロドロとしていて空気は一気に険悪となった。
「キミが青島君の弟か」
 弟が湯浅の存在を知っていたように、湯浅も青島の弟のことは知っていたようだ。
「何で、桐生と一緒におるん?」
「青島がおれへんくなったからや。湯浅、お前、知らんか?」
 単刀直入に質問をぶつけると、湯浅は少し間を置いてから噴出すように笑った。
「あんだけ嫌がっとったのに、いなくなったら必死になって探すん?」
「まあ、気になるっちゃぁ、気になるしなぁ」
 煽られたのは分かったが、それに反応するほど青くない。桐生は冷静に反論したが、どうやら弟はまだまだ若く青いらしく、湯浅の言葉に拳を握り締めていた。
「知ってるんやろ? 教えてくれへん?」
「何で俺が青島君の行方なんて知ってると思ったん」
「お前、情報屋なんやろ。コイツから聞いたわ」
 裏の事情に通じているのを黙っていたからと言って、湯浅の評価は桐生の中で変わったりしない。もちろん桐生だって湯浅に隠し事をしてるし、医療行為が少しだけならできるのも話したりなどしたことはない。情報屋、と言うぐらいだから、知ってるかもしれないがわざわざ自分から言い出すことではない。誰だって闇は抱えている。裏事情に詳しいなら、特に。
「なんやー、バレてもうたんかー」
「隠す気もなかったくせに」
 呆れた口調で言うと、湯浅は子供のように笑って「まぁな」と頷いた。いちいち人の裏まで調べようと思わなかったし、三隅にも湯浅がどんな人間なのか尋ねなかったから言わなかっただけで、湯浅は最初から隠そうとしなかったはずだ。時折事務所に届く、奇妙な封書なんかは全て湯浅に渡していたけれど、あれもその裏に繋がっているのだろう。想像したくもないから、考えはそこで止めておく。
「でまぁ、青島の居場所を知りたかったら、対価を払えっちゅーことやな」
「せやな。まあ、桐生は一応お得意さんやし、知り合い価格にしてやりたいのは山々やけど……。危険やねんなぁ」
「は? どういうことやねん」
「詳しいことはそのオトートが一番知ってると思うで」
 湯浅の視線が弟へ向かったと同時に、桐生も弟を見た。二人の視線を一気に浴びた弟は青島が時たま見せるような冷たい目で湯浅を見下ろしている。
「いくらなんですか」
「え?」
「だから、いくらかって聞いてるんです」
 余計なことは喋りたくないと、弟はすぐに交渉へ出た。さっきからずっと嫌そうな顔をしているのが気になるけれど、今は雑談などしてる余裕はない。だが、桐生はこのまま一緒に、弟と青島の行方を探すのも嫌だった。
 人を探せば、必ず死んで見つかる。この状況が既にフラグが立っているけれど、何とか回避するにはどうすればいいのだろうか。
 もう、知っている人が死ぬのは見たくない。それが誰であろうとも。
「いくら出されても話す気はないで」
「……あなた、情報屋でしょう?」
「せやけど、俺にも選択権はある。喋って死んだ、とかアホらしいやん。喋るメリットがないねんな」
 どないする? と湯浅が試すように尋ねながら桐生を見た。
「どないする? って言うても、お前に喋る気がないなら、何をしても無駄やろ。その死ぬって意味もいまいち分からんし……」
 話している途中で弟との会話を思い出した。彼もまた、湯浅と同じように喋れば殺される可能性があるなんて言っていたけれど、これから手にしようとしている情報はそれほどまでに危ないものなのか。それは相手が青島だからなんだろうか。裏で掃除屋をしていたぐらいだ。人を消すなんて、青島にとっては造作ないことなんだろう。それに恐れていると言うなら、湯浅が喋りたがらないのも納得だ。
 桐生の前に立つ弟が首だけ振り返りこちらをジッと見つめている。もう引けないところまで来てしまったのだ。つくづく、自分はお人好しだと桐生は思う。青島なんか知らない。どこかへ行ってしまったなら清々する、と言えば、こんなことにも、探すことにもならなかったのに、どれほど嫌だと思っていても、居なくなったと聞いたら探さずには居られなかった。
 ここはもう、腹を括るしかない。
「湯浅、お前だけに危ない橋は渡らせたりせぇへんよ」
「そう言い切れる証拠は?」
「青島が姿を消してもう三日。俺達が勘付き始めたんやから、アイツはもう動いとるやろ。お前の所へ来る余裕はないと思うねんな」
「でも、終わった後に来るかもしれない。俺もな、とんでもないもんに関わってもうた、と思うてんねん。これまで色んな情報扱ってきて、それなりに危険な目にも遭ってきたけど、アイツは違う。あれは危ないとかそんなんちゃうねん」
「どうせ、ただの青島やろ」
 ケラケラと笑いながら言うと、湯浅は呆気に取られたような顔で桐生を見つめる。
「俺の知っとる青島は、ド変態でサボり魔。自称ばっかりで何を考えてるか分からんやつやけど、そこまで悪い奴とは思われへん」
「だからそれは……、桐生の前やから、やろ!」
「まぁ、そうかもしらんけど、お前も青島とは仲良うしとったやん」
「別に仲良くないわ!」
 声を荒げた湯浅を見て、いつも通りだと笑ってしまう。みんな殺されるだの、死ぬだの、物騒な言葉を口にしているけれど、どうしても桐生は青島がそこまでするとは思えない。楽観視してると言われればそれまでだが、もし、本当にそこまで危険な人物ならば、喋る前に消すのではないかと思う。危ない仕事をしている人ほど用心深い。
「なあ、湯浅。青島探すには、お前の力が必要やねん。協力してくれへんか?」
「死んだら責任取ってくれんの?」
「どうやろな。まあ、俺は、お前も青島も死んでほしくないって思うとるけどな」
 これだけの言葉で桐生の考えが湯浅に通じたとは到底思えないけれど、話さなければここから退く気はない。それは薄々感づかれていたのか、湯浅は諦めたように大きく息を吐いた。
「料金貰わん。けど、俺は頷くことしかしない」
「まあ、それでええやろ。な、弟」
 不服そうな顔をしている弟を見ると納得はしてないようだが、話さないと言った湯浅もかなり妥協はしている。これで何とか納めないと、前に進めない。そして時間もない。
「仕方ありません。実力行使に出ても良いんですが、時間の無駄ですからね。今持ってるネタが正しいのか、予想が当たってるかどうかだけでも分かれば動くことはできます」
「せやな……。まあ、大方、何をするかぐらいは想像できとる」
 桐生はガリガリと頭を掻いて湯浅を見る。
「青島の狙いは、三隅やな。目的は、殺すこと」

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