便利屋 第三話

「便利屋です。肉まんとアイスは一緒の袋に入れてはいけません。」





 便利屋の電話は鳴りやまない。
「はい、もっしもーし」
 桐生が不在なので、今回は青島が電話を取った。青島の声に、電話先の主は「えっと、あの、便利屋さん……ですよね」ときょどった声が聞こえた。
「はいはい、そーですけどぉー」
 陽気な青島の声に安心したのか、電話の主は「……良かった」と小さく安堵の息を吐いた。
「で、御依頼は何ですかー? 何でも承りますよ」
 少しだけ急かすように青島が言うと、電話の主は思い出したかのように話し始めた。
「あ、あのですね。1日だけ、コンビニのバイトをお願いしたいんです……。人手が足りなくて……」
「はぁ……。2名居ますけど。何人ご利用ですか?」
「じゃ、2人お願いしたいんです」
 相当切羽が詰まっているようで、その依頼主は明日の9時に本町のコンビニまで来てほしいと手早く青島に伝えた。
 青島はそれをしっかりメモに取り、「じゃぁ、明日はよろしくお願いします」と一礼述べてから電話を切った。
 電話でのやり取りはそこそこ得意だった。
 今日、桐生は夕方まで戻らないと、朝、青島に伝えていた。青島はイヤホンを耳に付けアイポッドをいじくり音量を小さめにして眠りに着いた。
 カタ……と、小さく音がして青島は目を覚ました。きょろきょろと周りを見渡すと、仄かに小さく誰かが階段を上がる音が聞こえた。
 その足音に聞き入って、青島は桐生が帰ってきたことに気付いた。気だるげに階段を上がる音は、きっとヘトヘトなんだろう。
 そんなことを考えていると、建て付けの悪いドアがギーギーと鈍い音を立てて開いた。
「あ、おかえりなさーい」
「……お前、まだ居たんか……」
 桐生は心底がっかりした顔で青島を見た。そんな表情を見て、青島はにっこりと微笑んだ。
「やだなぁ、桐生さんがお疲れで帰ってくると思って、待ってたんですよ」
「……なんでやねん」
「僕の笑顔で癒してあげようかなって思って」
 ここぞとばかりに青島は笑顔になる。
「……お前の笑顔見たら、余計に疲れたわ」
 桐生はポソッと呟くと、軍手の入ったビニール袋をソファーの上に投げてどさっとその上に座った。
 相当疲れているようで声にも覇気がない。青島は冷蔵庫から冷たいお茶を出して、桐生の前に置いた。
 丁寧に、キャップまで開けて。
「……どういうことや?」
「お疲れなんで、つめたーいお茶でもどうかなって思って」
「まず、お前が飲め。そっから俺が飲む」
「僕と間接ちゅーしたいんですか? それなら、直接ちゅーしてあげますよ」
「この前、睡眠薬入れたやろうが!!!」
 桐生が気力を振り絞って叫ぶと、青島は「あはは」と笑って桐生の目の前にあったお茶を持って、口の中に流し込んだ。
 この前、桐生が疲れて帰って来た時に、青島は睡眠薬入りのお茶を差しだし半分眠たくなって身動きが取れなくなった桐生を襲いかけたことがあった。
 唇を噛み、眠気を吹き飛ばした桐生に抵抗されて計画は失敗に終わったのだが、それ以降、どうやら桐生は青島の出すお茶に抵抗を覚えたようだ。
 今回は本当に何も入れてなかったので、青島はペットボトルに入った冷えたお茶をゴクゴクと全部飲みほしてやった。
「これで満足ですか?」
「……もう、俺にお茶なんかだすな」
 桐生はため息交じりにそう言い、立ち上がって自分のデスクに向かう。丁度目につきやすい場所に、青島の文字が書かれたメモを発見し桐生はぴらっとそれを手に取る。
「コンビニ……?」
「ああー、それ、今日の昼過ぎにかかってきたんですけど。僕と桐生さん、2人来てほしいって」
「あー、なら、明日やな……。9時か、早いな」
「本町ですから。すぐそこじゃないですか」
 青島は本町がある方向を指さし、桐生を見る。桐生は渋った顔をして、「うーん」と唸った。
「……電車でいかな遠いやろ」
「まぁ、電車ですね」
「電車賃、もったいないやん。御堂筋のらなあかんし」
「難波から歩いたらいいじゃないですか」
「……難波までが高いやん。南海やし」
 提案した案をことごとく潰され、青島の顔もむすっと不機嫌になる。難波まで行くのがイヤなら、どうすればいいんだと表情で訴えかけると桐生は「あ、そうや」とポンと手を叩いた。
「湯浅に送らせよう」
「……え?」
「丁度、明日の朝に湯浅がここへ来るってゆってたんや。丁度ええやん」
「あんなゴキブリの車、乗りたくないですよー」
 少し不機嫌だった青島の顔が一層不機嫌になる。湯浅の車に乗るのは、相当イヤなようだ。しかも、この前便所虫から害虫にランクアップされたが、虫の車には乗りたくないようだ。
「だったら、お前一人、電車乗ったらええやん」
「湯浅さんの車に、桐生さんと二人きりにしたら、それこそ桐生さんの貞操の危機ですよ」
「な、何でやねん……」
 少しだけどもった声になったのを、青島は見逃さなかった。
「何か心当たりでもあるんですか? いきなり裏路地入って、押し倒されちゃったとか」
「何でお前がそれをっ!!!」
「……勘で言ったのに、当たっちゃいましたかぁ。おとなしく、電車で行きましょうね、桐生さん」
 問答無用だと言わんばかりに、青島は笑顔で桐生に言う。以前、送ってくれと頼んだ時に襲われた過去があっただけに、桐生は反論することができずに「うん」と頷いてしまった。


 翌朝、湯浅のうるさい声と青島の半ギレの声で桐生は目を覚ました。
 現時刻、午前7時半。8時に湯浅が来ると聞いていたが、思った以上に早くて桐生は毛布を押しのけて事務所へと向かった。
 腹を下して以降、昼と夜の温度差が激しくなり、桐生は毛布をかけてTシャツとジャージで寝ることにしていた。
「うっさいわ、お前らっ!! 今、何時やと思ってんねん!!」
「あ、桐生さん、おはようございます」
「お、桐生やん。おはようさん」
 桐生が怒鳴ったと同時に、二人は口論をやめ桐生を見る。これだけ気が合うと言うのに、なぜケンカするのか桐生には謎だった。
「ほんま、マジうるっさいわ。お前ら、まだ朝やで!? ケンカなら外でしぃや」
「ほんまも、マジも、同じことですよ、桐生さん」
「せやで。頭わるぅみえんで」
 二人揃って桐生の言葉を注意したことに、「うっさいわ」と怒鳴りつけてから桐生はソファーに座ってタバコに火を付けた。
 ぷはーと息を吐きだしたのを見て、青島が桐生の対面に座った。
「さ、桐生さん。早くしてくださいね。僕とデートなんですから」
 青島がニコニコと笑って言うと、その言葉に湯浅が反応する。
「なんやて!? 桐生!! なんで、俺とやなくて、青島君とデートやねん!!」
「……仕事や、仕事!!」
 きっぱりと否定すると湯浅はほっとした顔をして、青島を見た。青島は一瞬不貞腐れた顔をしてから、湯浅を目が合いニヤッと笑う。
 そう言うところに、少しだけ性格の悪さが出ていた。
「どこで仕事なん?」
「本町や。今日はコンビニの仕事」
「……へぇ、本町か。送って行ってやろか? 桐生だけ」
 桐生だけと言うところにアクセントを付け、湯浅は桐生を見る。桐生は今ちょうどタバコの煙を肺に吸い込んだところで、言葉が発せれなかった。
「桐生さんは僕と電車で行きますから、結構です」
「……電車なんて金がかかるだけやんか。俺やったら、タダやで」
 タダと言う言葉に桐生の心が揺らいだ。ゆっくりと息を吐いて、青島を見てから湯浅に視線を向ける。最初は湯浅に頼んで送って行ってもらう予定だった。
 基本的に金にうるさい桐生だ。タダと言う言葉にはとても弱かった。
 それが分かっているから、湯浅もわざとタダと言ったのだ。
「……青島も一緒に乗せたってくれ」
 青島が嫌がると分かっていても、桐生はタダと言う言葉に負けて湯浅に頼む。
「えぇー……」
「ゴキブリの車には乗りたくありません。僕の家、ゴキブリ出ないのに30匹ぐらい出そうになるじゃないですか」
「そういや、便所虫から害虫にランクアップしたのを忘れとったわ」
 ゴキブリと言われ湯浅はケラケラと笑う。こうして青島に罵られるのも、だんだんと慣れてきた。
「……青島。湯浅の車に乗らんなら、もう二度とこの事務所に入れへんで」
「分かりましたよぉー」
 青島は不服ながらも良いと返事して、プイッとそっぽを向いた。こうした子供っぽいしぐさを見ると、青島もまだ子どもなんだろうと思ってしまう。
 桐生は灰皿にタバコを押し付けると、湯浅に前の住民宛てに来ていた手紙を手渡した。
「これ、前の住民やろ。その封筒、何回も来てうっといねんけど」
 茶封筒に書かれた宛先を見て、湯浅は「ふぅん」と頷く。こんなもののために朝の8時から呼び出しを食らったのだ。
 桐生じゃなかったら、確実に断っていた。
「ありがとう。どうにかしとくわ」
「じゃぁ、準備するから送って行ってくれ」
「りょーかい」
 湯浅はジッと茶封筒を見つめ、無愛想に返事をした。その仕草を、青島はジッと見つめていた。
 午前9時10分前、計画通り湯浅に送ってもらった桐生は少しだけ上機嫌でコンビニの前に立った。しぶしぶ車に乗った青島は不機嫌だ。
「ささ、行きましょ。依頼主は店長の田中さんです。女性の方でした」
「湯浅の車に乗ったぐらいでそないに不機嫌になりなや」
「ゴキブリ臭が身体について無いか不安で不安で。どうしよ、某ゾンビゲームみたいに大量のゴキブリが襲ってきたら……」
「……大丈夫や。いくらゴキブリでもお前を襲おうとは思わん」
 両腕を掴んでガリガリと掻いている青島を無視して、桐生は裏口へと回った。裏口に付いているインターホンを鳴らすと、ガチャッとすぐに扉が開いた。
「あ……、便利屋さんですか?」
「そうです。桐生と申します」
「電話に出た青島ですー」
 二人が自己紹介をすると、依頼主の田中は「わざわざありがとうございます」と二人に頭を下げた。見た目からして礼儀が良さそうな気品のある女性だった。
「じゃぁ……、早速」
 田中は苦笑いで二人を見る。既に店の中はサラリーマンでいっぱいになっていて、二人は夕方までほぼ休憩無しで働かされた。
 ヘトヘトになっている二人の前に、田中が姿を現す。便利屋に依頼をしなければいけないほど、今日は人手が足りていなかったようだ。
「これ、今回の」
「……あぁー……、どうも」
 桐生は田中の手から封筒を受け取り立ち上がった。帰りは電車で帰らなければならない。
「疲れましたねー」
「コンビニがこんなにしんどいとは……。知らなかったですねー」
「あぁー、そうそう。お前、言おうと思って言えなかったけど。豚まんとアイスを一緒の袋に入れるな!」
「……へ?」
 青島は惚けた顔をして桐生を見る。ホットフードの販売を開始したので、肉まんの注文も相次いだ。たまたまアイスと肉まんを一緒に頼んだ奴が居たが、それを青島は一緒の袋に入れていた。
「アイスは溶けるわ、豚まんは冷えるは。いいところないやろ」
「アイスと肉まんを一緒に頼む人の心理が分からないですけどねー」
 青島は自分の非を認めずに、他人のせいにして笑った。




+++あとがき+++
まぁ、何と言うか、当たり前の話です。笑
ファストフードと冷たい飲み物を一緒の袋に入れられたらムカつきますが、「わけますか?」と尋ねられたら「一緒で良いです^^」と答えてしまうんですよね。笑
肉まんとアイス、一緒に食べたいときもあるはずです。甘いもの嫌いなんで、私はありえませんが。爆
2009/10/12 2:51 移転に伴い追記。

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