便利屋 第五話
「便利屋です。忘れものと無くしもの。前編」
冬もそろそろ終わり、春が近づこうとしていたころ、便利屋にも仕事がちらほらと舞い込み始めていた。毎日毎日、忙しそうに働いている桐生を助手として青島が見守る。そんな生活に慣れてきたころ、一人の女性が桐生の元へやってきた。
その女性を見たとき、青島が固まった。
「……僕、ここ数年、毎日のようにこの事務所通ってますけど、女の人が来たの、初めてです」
「せやなぁ……」
桐生自身、依頼者が直々にここへ来ることは珍しいようで、驚いていた。皮に穴が開き、隙間から綿の見えているソファーに座って、女性は桐生を見つめていた。
「えー、で、よくここが分かりましたね」
「知り合いに聞いたんです。ここの便利屋さんは何でもしてくれるって」
「まぁ、便利屋ですから。なんでもしますよ」
桐生は女性の対面に座って、背もたれにもたれかかる。それにならうように、青島も桐生の隣に座った。基本的に、こうして面と向かって人と話をするのは得意ではない。元々、柄の良くない地域で育ってきてしまい、言葉遣いもお世辞にも良いとは言いがたい。電話でなら多少は誤魔化すことが出来るが、面と向かっては誤魔化すことができない。面倒くさいなと思いながら、自分と同い年ぐらいの女性を見つめた。
「何でも……、ですか」
「えぇ。まぁ、そりゃ、法に引っかかるようなことは出来ませんけどね」
人の言ったことに対してケチをつけるのが得意な地域であるから、出来ないことは前もって知らせておく。何でもすると言って、人を殺せなど言われても捕まるのは桐生だから出来るわけがない。はっきり言うと、女性は息を飲み込んで桐生の目を見る。
どこか必死そうな、そんな目だった。
「人を探してもらいたいんです」
女性ははっきりと、凛とした声でそう言った。そのとき、桐生の動きが、わずかであるが止まったのを青島は見逃さなかった。桐生は「……ええと」と、それを誤魔化すように声を出し、身を前に乗り出した。
「家出とか、そんなんですか?」
「いえ。誘拐されました。警察には言うなと言われているので、ゆーてません」
そんな事件性のあることを便利屋に依頼してくることが可笑しいと、桐生は思った。この女性がこんなにも必死なのか予測はついているが、口には出せなかった。何でもすると言ってしまった手前、手助けぐらいはしなければいけない。厄介なことに巻き込まれたと、思った。青島はそのやり取りを見つめて、一切、口出ししなかった。
「あんまりにも危険でしたら、警察に通報することをオススメしますよ」
「それはこちらの判断で行いますので、身代金の受け渡しもお願いします」
一方的な物言いに、否定は出来ないと悟った。仕方なくその仕事を請け負った桐生は、女性の名刺をもらい、事務所から出て行ったのを見送ってから盛大にため息を吐いた。
「木村楓ねぇ……」
「あれ、知ってるんですか? さっきの人」
桐生が仕事を請け負った以上、そのことに関して青島は何も言わない。いつものように話しかけ、様子を伺っていた。明らかに危なさそうな仕事なのに、どうして桐生がそれを引き受けたのかが分からない。便利屋だからなんでもする。そう答えてしまったから、断りにくいというのも青島は分かっていた。
「まぁ、有名な会社のシャチョー夫人や。まぁまぁ、最近の企業は何をしてるんか全然わっからへんからなぁ。恨みかなんかあるんやろ。……それにしても、子供にしてはごっついデカイし、兄弟にしては偉い若いな。なんやねん、この男」
情報としてもらった誘拐された青年の写真を見つめ、桐生は呟く。青年の名前は木村俊夫。木村楓との関係は聞いていないが、何かワケがありそうな怪しい関係にも見える。年齢は20才、現在無職。金色の髪の毛と、派手な顔からして愛人にしか見えなかった。
「愛人でしょー、コレは」
「せやでなぁ。どう見ても、愛人にしか見えへんでなぁ」
桐生はポツリと「面倒なもん、引き受けてもぉた」とぼやき、ソファーに寝転がった。その様子を対面で見ながら、青島は「まぁまぁ、謝礼弾みそうだから良いじゃないですか」と楽しそうに答えて、桐生の様子を見つめ続ける。木村楓と話しているときに見せた、あの動揺が何なのか、気になっていた。
「まー、アレでしょ。身代金渡してー、そいつらの後を追っかけてー、そんで助けちゃえば良いんですよね」
「お前なぁ、そない簡単に出来るわけないやろうが。身代金渡すだけでも、やっかいやで」
「あぁ、それ、僕がやりますよ」
けろりと答えた青島を見て、桐生は少し驚いた。日々、仕事に関してはあまり協力的ではなく、見守ると言いながらサボっている青島が、手助けをしてくれるとは思わなかった。かといって、そんな高額な給料を払っているわけでもないのに、危ないところだけ手伝わすのも嫌で、桐生はあまり良い顔をしなかった。
「なぁーんですか。僕、そんな簡単な仕事でトチったりしませんってー」
「そうやなくて、何があるかわからへんからなぁ」
「あれ、桐生さん。僕のこと、心配してくれてるんですか!?」
青島の笑顔を見て、桐生は「ちゃうわ」と即座に否定する。心配しているわけではないが、何が起こるか分からない仕事を、他人に任せるのは嫌だった。それ以上何もいわない桐生に、青島は立ち上がって少し上から見下ろした。
「でも、多分。僕、桐生さんより強いですよ」
「……は?」
「日頃のストレスを発散するかのように、殴りかかってきてください」
ちょいちょいと挑発するように人差し指を動かすが、そんな挑発に乗るほど、桐生も若くなかった。「何をゆーてん」と興味無さそうに青島から目を逸らし、まじまじと名刺を見つめる。その名刺を奪われ、さすがの桐生も苛立ちが増してきた。
「だーから、なんやねんて! 俺はお前と殴り合いのケンカなんか、したくないわ!」
「別に殴り合いのケンカをするなんて一言も言ってないじゃないですか。…………それに、桐生さんぐらいじゃぁ、僕の相手にはなりませんよ」
ニッと口元に嘲笑を浮かべ、桐生から奪い取った名刺をひらひらと落とす。腕っ節に自信があるわけではないが、線が細くガタイのあまりよくない青島にバカにされるほどではない。かと言って、こんな安い挑発に乗るほど桐生もバカではなかった。
「もうやめぇや。んなことしたって意味無いやんけ」
「じゃぁ、言い方変えますね。僕に襲いかかってきてください。痴漢でも暴漢でも何でもいいです」
「あー、もー、分かったわ」
桐生は仕方なく立ち上がり、軽く突進する程度のスピードで青島に向かった。あまりよく見ていなかったこともあるが、気付いたら右手を後ろに取られ地面にうつ伏せになっていた。ひやりとしたものが頸動脈に突き付けられていて、背筋がぞっとした。一連の動作があっという間すぎて、何が起こったのか分からなかった。
背中に重みを感じて、上に青島が乗っていることにようやく気付いた。
「こう見えて、日本にある武術のほとんどは習得してるんですよ」
楽しそうな声が耳元から聞えて、桐生は少し顔を上げる。苦し紛れに左上を見ると、青島の顔が近くまで近づいてきていて、拒もうにも腕を拘束されていて動かすことがままならなかった。馬乗りになっているため、足を動かしても意味は無い。
「おい、分かったから。離れろ!」
「イヤですよ。こんな機会、滅多にないんですから」
耳たぶを舐められ気持ち悪いと思ったが、腕に力を入れようにも青島をどかすことが出来ない。見た目からして非力そうに見えるのに、込められた力は想像以上に強いものだった。
「ちょ、おいっ! 悪ふざけはいい加減にっ……!!」
さすがに今回ばかりは貞操の危機を感じたのか、桐生は必死になって青島をどけようと抵抗を試みるがびくともせず、どかすことが出来ない。何がどうなってこういう状態になったのか油断しすぎて分からないが、危険な状態であることはよく分かった。
「この状態だったら、犯すことは出来ますけど、ソレは僕の趣味じゃないんで……。退きますよ」
必死になっている桐生を嘲笑うかのように、力が抜かれ、青島が上から退いた。ようやく身動きが取れるようになった桐生は立ち上がり、ニコニコと笑っている青島を見つめた。青島が首を傾げたと同時に、後ろで縛っている髪の毛も揺れる。
「ってことで、僕が身代金をお渡しする役で異存はありませんね?」
「はいはい。そないに金渡す役がやりたいなら、やりーや」
「変装もばっちりしますし、大丈夫ですよ。任せてください! 桐生さんを危険な目に遭わすなんて、僕としてはありえないことですからね」
人懐っこい笑みを浮かべたままの青島に、桐生は「お前が一番危険な存在やけどな」と小声で呟き、気だるげに息を吐き出してソファーに座る。それを見た青島も、同じように座って桐生を見つめた。
「だってこうしないと、桐生さんは絶対僕に任せてくれなかったでしょ?」
「まぁ、せやなぁ」
言われて見ると、お金を渡す役なんて危ない仕事を、青島に任せるつもりなど無かった。それは見た目からして青島は弱いだろうと言う判断と、少なくとも助手としておいているからと言うのもある。しかし、本人がここまでしてやりたいと言うなら、桐生も止める気が失せた。
青島が何者なのか、つくづく、気になった。
かと言って、探りを入れて逆に探られても困るので、桐生はそれ以上踏み込まなかった。青島がいるエリアはどこか危険な感じがする。そんな感じがしながらも、近くにおいておきたくなるのはどうしてなのか分からない。少なくとも、恋愛感情とかそんなのではなかった。
放っておけないのだ。
人によって行きながらも、人を寄せ付けない雰囲気を持っている。桐生のことを好きだと言っているが、そんなのウソをついているようで信じられない。放っておけないと思いながらも、互いに大人なんだから深入りはしなかった。
「じゃぁ、僕、この後、人との約束があるんで帰りますね。また、明日来ます」
「こんでええよ」
「桐生さんがいらないって言っても、僕は喜んでここに来ますから」
青島は笑顔でそう言うと立ち上がり、アイポッドのイヤホンを耳につけて手を振りながら出て行った。いつも楽しそうな素振りを見せているが、それが本当なのかどうか、桐生は分からない。深く考えてみると、青島のことはあまり知らないことに気付く。
「……ほんま、厄介な奴しか周りにおらんな……」
桐生はテーブルの上に乗っている名刺を手に取り、天井にかざしてから、もう一度テーブルの上に名刺を置いてため息を吐いた。
人を探す仕事ほど、面倒な仕事は無かった。
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