便利屋第六話

「便利屋です。青島の日常と桐生の裏側」


 ご馳走をたんまりといただいてきた青島は上機嫌だった。桐生はそのまま、三隅に連れて行かれ、青島は現地で別れた。最後まで「……お前も来いや」と言われていたが、「すみません、予定あるんで」と言って逃げてきた。飲みに連れて行かれるそうだ。三隅に連れて行かれると長いから嫌だと喚いていたが、青島は笑いながら桐生を見捨て、家路を急いだ。
 市内にあるそこそこ高級なマンションに青島は入る。ポケットの中から鍵を取り出し、オートロックを解除し、中に入る。正面にあるエレベーターに乗り込んで、十五階のボタンを押した。高層マンションのエレベーターは、あまり音が立たず、物凄い勢いで昇っていく。チンと音がなり、青島は鼻歌を奏でながら一番隅の部屋の前に立った。鍵を開け、中に入ると明かりが付いている。
「珍しい。遅かったな」
 中から声がして、「ただいまって言うの、久しぶりですね」と笑いながら言った。ソファーに座った男は、テレビを見ながら「そうだな」と答える。青島はネクタイを外しながら、その人の隣に座った。
「三件、仕事が入ってるが、どうする?」
「今日は工藤さんに報告したいことがあったんですけどねぇ」
 工藤と呼ばれた男は「そうか」と言い、テーブルの上に置いた携帯を手に取る。それから青島の格好を見て、「どうして、スーツなんか」と言って笑った。眼鏡の奥にある双眸は、優しい。
「本職ですよ、本職」
「……あぁ、便利屋の手伝いか。じゃぁ、こっちは副職か?」
「そうですよ。ま、僕としては副職って言うより、趣味ですけどね。エッチ、好きですし」
 そう言って青島は工藤の手から、携帯を奪い取った。便利屋の仕事だけでは生きていけないと分かっている青島は、食い扶持を稼ぐためにいくつか仕事をしている。そのほとんどは趣味を兼ねたものであり、桐生のところで働かなくともそっちだけで十分に稼いでいた。画面に映った仕事の内容を見つめ、「なんか、面倒くさそうですねー」と愚痴を漏らす。
「その分、割は良い。この前の客がお前のことを物凄く気に入っていた」
「だって、サービスしましたもん。あの人、中々、奇怪な趣味してますよ。僕だったから笑って受け入れましたけど、普通の子だったら、逃げ出してますよ?」
「一体、何をされたんだ」
「薬、盛られました。しかも、結構、強い奴」
 あぁ、と工藤は頷く。
「思い出しました?」
 ニコニコと笑いながら、青島は工藤の着てるバスローブに手を伸ばした。こらこら、と頭上から叱咤する声が聞こえたが、青島は無視して手を動かす。
「溜まってるなら、仕事をしてきたらいいだろう」
「工藤さんが良いって言ったら?」
 ソファーから降り、青島は床に膝をつける。フローリングの床は冷たくて痛い。工藤の膝元に顔を埋め、肌蹴た隙間から手を伸ばす。ボクサーパンツの上から舌を這わせると「汚れるからやめなさい」と先生が生徒を叱るような口調で言われ、青島は「はーい」と素直に返事をした。
 パンツのゴムに指を引っ掛け、少しだけ血がめぐり始めたペニスを指で掴む。そのまま、先端を舐め始めると工藤の足が動いた。少し開いた青島の足の間に右足が侵入してきて、思いっきりペニスを押しつぶされる。ビク、と身体が跳ね、動きが止まった。つま先で先端を潰すように踏み潰され、息が漏れる。後頭部を掴まれ、奥まで突っ込まれる。柔らかな表情とは裏腹に、していることはかなりサディスティックだ。けれど、青島はこれぐらいサドのほうが好みで、ゾクゾクと背筋から欲が込み上がってくる。奥まで突っ込まれた苦しさなど微塵も感じず、右手は工藤のペニスを扱き、左手は自分の臀部へと伸ばした。ペタンと床に尻をつくと、床と足でゴリゴリとにじられ先走りが出るのを感じる。気持ちよかった。臀部へ這わせた指を中に入れ、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜる。小さな笑い声が頭上から聞こえ、青島は目だけ工藤に向けた。
「お前がそんなに乗り気とは、よほど良いことがあったんだな」
 青島は舌の先で裏筋を舐め上げ、ペニスから口を離す。
「やだなぁ。僕はいつも乗る気ですよ」
「そっちの意味じゃない」
 工藤の足の力が、一際強くなり、ビクと青島の体が震える。
「……ん、くど、さん……。もっ」
「もうイくのか」
 そう言った途端に、踏みつけているペニスがびくびくと震え、青島の体も同じように痙攣した。ジワリとスラックスから精液が滲む。それを上から見下ろし、工藤は大きくため息を吐いた。青島は気持ち良さそうな顔をして、工藤の膝を掴んでいる。
「…………お前、それ、俺のスーツだろ」
「あ、バレました?」
 青島は立ち上がり、汚してしまったスラックスとパンツを一緒に脱ぐ。そのままそれを床の上に残し、工藤の体を押す。
「着たままイくなとこの前言っただろう」
「着衣プレイって燃えません?」
「……俺のスーツじゃなかったら、な」
 諦めたように目を瞑った工藤の上に乗っかり、青島は先ほどまで銜えていたペニスを尻に当てる。そのまま体重をかけると、中に入っていき、熱い息が漏れる。さきほどまで萎えていたペニスも、もう半分復活し、寝転がっている工藤の手が青島のペニスを掴み、親指を先端の割れ目に這わす。押しつぶすように鈴口を刺激され、声が漏れた。
「綺麗に洗ってから、クリーニングに出せよ。ワイシャツも俺のじゃないか」
「ん、だって……、ぼく、スーツとか、持ってないしっ……」
 動きに応じて、ソファーが軋む。工藤が動かないので、青島は必死に腰を振り、自分の気持ちいい場所を刺激する。上に乗って主導権は自分が握っているはずなのに、ペニスの先っぽを親指で弄くられているだけで犯されているような錯覚に陥った。痛いぐらいが丁度いい。親指は爪半分ほど、中に入っていた。
「ん、ッ……、ン、あっ……、なんかっ……、ぼく、工藤さんに、犯されてるみたい……、んっ……、あ……」
「俺はお前に犯されてるみたいだけどな。もうちょっと締めろ」
「ん、あっ……」
 言われたとおり、青島は腹筋に力を入れる。二年前、大阪にやってきたときから、青島は工藤の家で世話になっている。副職の斡旋から、欲求の解消、いろんなことをしてもらっている。かと言って、二人の関係は恋人と言う甘い関係でもなく、工藤はただ、青島に協力しているだけだ。二年間も一緒に居れば、善い所も知り尽くしている。青島の動きが、一層、大きくなった。
「ふ、あっ……、くどう、さんっ……、あ、イくっ……!」
 ぐっと力を込めた所で、工藤が腰を掴み動き始める。
「あ、んぁっ……、ッ……、んんっ!」
 青島がイったその後すぐに、工藤の動きも止まり、中で吐き出される。それを感じながら、青島は腕で汗を拭い「三隅に会いましたよ」と目下にいる工藤へそう言った。工藤は「それでこんなに上機嫌なのか」と言い、相変わらず優しい目で青島を見つめていた。


「謝礼は? 木村からの謝礼はどこやねん」
 青島が途中で抜け出し、三隅に連れて行かれた桐生は、車に乗り込んだと同時にそう言った。まだ木村からの謝礼は貰っていない。
「あぁ……、家や」
「はぁ? 嘘吐くな」
「嘘なんか吐いてへん。おい、家に向かえ」
 三隅の命令に、運転手は「はい」と返事をして、車を動かし始めた。桐生は不機嫌な顔をし、窓枠に肘をついて流れていく景色を見つめる。ニコニコと笑いながら見捨てていった青島のことは、当分、忘れないだろう。三隅と二人きりになるのは、できるだけ避けたかった。
「飲みに行くんちゃうんか」
「俺の家で飲めばええやろ」
「イヤや」
 即答すると、笑い声が隣から聞こえる。
「そんなに嫌か」
「嫌や。そもそも、青島がええーとか言わんかったら、お前と一緒に食事だってしたなかったんやからな」
「……何でや」
 伸びてきた手を桐生は叩く。
「そう言うところや」
 言い切ったと同時に顎を掴まれ、後頭部を窓にぶつける。ゴツンと鈍い音が車の中に響き渡り、唇を塞がれる。迫ってきた体を殴り、蹂躙する舌を噛む。口の中に、血の味が広がった。
「……やめぇや!」
「お前は俺を拒まれへん。そうやろ?」
「自信たっぷりなところを申し訳ないけどなぁ。こちとら、お前に話しかけられるだけでさぶいぼもんやわ」
 膝を立て、桐生はそれ以上、三隅が近寄らないよう阻止する。こうなるのが目に見えていたから、三隅の車に乗りたくなかったし、三隅と一緒に食事もしたくなかった。青島さえこの場にいれば、こんなことにもならなかったはずだ。笑顔で帰っていった姿を思い出し、舌打ちをする。スモーク越しに見える風景は、見慣れた風景で、そろそろ三隅の家に到着してしまう。何十回、何百回、何千回と行った事のある三隅の家。桐生が今、一番足を踏み入れたくないところだった。
「それは勝手やけど、お前は俺との約束を守らなあかん立場や、ちゅうことを……」
「分かっとるわ。だから俺はお前を拒めへんのや」
 はっきりと答え、桐生は体の力を抜く。車は家の敷地内に入っていく。住んでいる人数と割の合わない屋敷の大きさにも、もう慣れている。玄関の前に車が停まり、桐生は車から降りた。冷たい風が頬を撫でる。堂々とした足取りで歩いて行く三隅の後ろを、桐生はポケットに手を突っ込みながら歩いた。
 家の中に入ると、住民以上に存在する使用人たちが三隅に頭を下げる。いつもそうだが、この状態にはなれることができなかった。そっぽを向き、桐生は出来るだけ使用人達を見ない。一階の一番奥に三隅の自室がある。二人は黙ってその部屋に直行した。
 パタンと扉を閉め、桐生は部屋の真ん中にあるソファーに座った。テーブルの上に乗っかっているリモコンを手に取り、テレビを付ける。一人で見るにしては大きすぎるテレビには、大勢の人が映った。桐生はポケットの中からタバコを取り出し、火を付ける。
「何を飲むんや」
「焼酎」
 桐生の背後からカランカランと氷をグラスに入れる音が聞える。煙を吐きだし、灰皿に灰を落とす。見るものが無いのでテレビを見つめていると、桐生の前に焼酎が入ったグラスが置かれる。三隅はそのまま、桐生の隣に座った。
「あれが前に話していた青島クン、か」
「その前に金渡せや。そのためにわざわざここまで来たんやから」
「あぁ、せやったな」
 思い出したかのように言うと、三隅は立ち上がり、自分の財布の中から金を取り出す。その一連を見ていた桐生は「何でお前が払うんや……」と、怪訝な顔をする。
「何でか、知りたいか?」
「……少なくとも、俺が依頼を受けたんは、お前やなくて、木村楓やからな。お前から貰うんはどう考えてもおかしいやろ。それに、なんで誘拐された奴の居場所を知っとったんや。依頼の内容から可笑しいと思うとったけど……。お前、関わってるんか」
「いや、俺は木村にお前を紹介しただけや」
 平然とした顔で誤魔化すような説明したが、三隅がこの事件に関わっているのを桐生は感じ取っていた。しかし、説明しない以上、わざわざ問い詰めたりするのは、自分からその事件に関与してしまうことになるので、敢えて深入りはしなかった。知らないほうが良いことは、この仕事をしていると沢山ある。事件には巻き込まれたが、犯人として疑われたわけではない。裏でいろんな人が動いているのは見えるけれど、桐生は気付かないふりで回避するしかなかった。
「……面倒な仕事を紹介してくれて、どうもありがとうなぁ」
 嫌味を込めて言うと、三隅は笑って桐生の前に札を置いた。桐生はそれに目もくれず、グラスの中に入った焼酎を口に含む。飲みこむと喉が焼ける。
「で、なんや。青島のことが気に入ったなら、本人に言うといたるわ。アイツ、物好きやから、お前のこと気に入ってそうやしな」
「物好き?」
「せや。今日はお前の前やから言わへんかったけど、アイツ、二言目には下ネタやからな。お前みたいな下衆野郎にはぴったしちゃうか」
「そんな物好きを助手にしとるのは、お前やろ」
「助手にした覚えはない。アイツが勝手に、付いてきてるだけや」
 一度も青島に手伝ってくれと言ったことはない。けれども、二年間、こうやって一緒に仕事をしていると、それが当たり前になりつつはあった。今日の仕事は青島がほとんど動いていた。桐生だけだったらどうなっていただろうか。考えてみたが、面倒だと思って断っている可能性の方が高かった。
「青島クンと会ったのは、いつぐらいや」
「二年前……、やな。それもたしか、お前がらみの仕事やったな」
「……そうか」
 静かな声で頷くと、三隅は桐生の隣に座り肩を押す。抵抗するのを諦めた桐生は、グラスをテーブルの上に置く。その衝撃で、積み重なっていた氷が崩れ、カランと音を立てた。

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