便利屋第九話
「便利屋です。斯くなる上は嫌な奴でも頼むしかない 中編」
例えば、猫が居なくなったから、探してくれ。と頼まれて、失踪した猫なんてそうそう見つかるわけがない、なんて思いながら道路を歩いていると、高確率で発見する。見るも無残な姿になっていて、どうやって説明しようかと迷う。見つかりませんでしたと言うべきか、それとも素直に見つけましたと言うべきか。見つけたと言えば下手に喜ばせてしまうので、まず最初に残念ですがと付ける。仕事でなければはぐらかしてしまうが、少なくとも金銭を貰って仕事をしているのでほとんどは本当のことを言う。そういう時は、大体、お金を貰うことは諦める。依頼主が悲しみに暮れている中、金をよこせだなんて非人道的なこと桐生には出来なかった。
自分がそんな死神みたいな体質だと気付いたのは、便利屋を始めて数ヵ月後だった。小間使い以外の仕事は、ほとんどそんな依頼だったからだ。生き物を探して全部が死んで見つかるのだ。嫌気どころの問題ではない。一時期、ノイローゼになりかけて、生き物を探す仕事は断っていたほどだ。偶然と言えば、そうかもしれない。現に三隅は「偶然に決まっとる」と桐生をバカにした。偶然だと言い聞かすも、確信したのは三隅からの依頼だった。
探してる奴がいると言われて、大阪市内を走り回った。面倒だったが、三隅からの仕事は断れない。それに会社の金を着服しただのなんだので、三隅がかなり怒っていたこともある。面倒なことになる前に、探してしまった方が良いと思ってその時は素直に探した。
男は木にぶら下がっていた。見つけたのは、桐生だ。遺書も何も無い。どうして死んだのかも不明だったが、見つけたことには見つけたので三隅に連絡した。その後のことはよく覚えていない。気付いたら、便利屋の事務所のソファーで眠っていた。テーブルの上に沢山の瓶と缶が転がっていて、頭を襲う鈍痛が昨晩の深酒を意味していた。携帯には何十件も着信があり、掛け直すと物凄く怒られた。怒られた理由もよく分からなかった。記憶がぷっつり切れている間に、何かをしたらしい。それから、出来るだけ生き物を探す依頼は受けなかった。かと言って、全てを断れるかと言えばそうではなく、この前のように失踪した人を探すことはごく稀にあった。
もうこんなことは嫌だから、人探しだけはやらないと三隅に話した。頼みたくもないのに、わざわざお願いしたと言うのに、三隅はそれ以降も桐生を使って人を探すことがあった。その意味は後に知ったが、そう言う意味で使われるのが一番嫌だ。だから前回も、今回も、億劫でたまらない。いっそのこと、見つからなければ良いと思う。それなら、苦しまずに済むから。
湯浅の車に乗り、外を見つめる。まだ日が照っているせいか、外はまだまだ暑い。秋に差し掛かり、長袖を着てる人もいる。現に湯浅は長袖だった。後部座席に座った青島の表情が、ミラー越しに見える。桐生の顔を無表情で見つめていた。何か探ろうとしているのに気付いているが、不用意に近づいてくるわけでもないので、放置していた。今は誰かに気を遣っている余裕なんてない。学校に近づくに連れ、気分はどんよりとしてくる。それは人を探すと言うこともあるが、なんせお嬢様学校で有名な高校に行かなければいけないのだ。そんなところで聞き込みをすれば、通報される可能性が非常に高い。何より、それが一番嫌だった。
校門の近くに車を停め、「しゃぁないから、俺が行ったるわ」と言って湯浅が車を降りた。桐生が行くより、湯浅が行った方が確実だろう。始めは警戒していた女生徒も、湯浅の人柄に打ち解け楽しそうに会話をしていた。それを椅子に凭れかかって、見つめていた。
「ああ言うの得意そうですね、湯浅さんは」
どうでも良さそうな声が、後ろから聞えてくる。振り向くと、青島は運転席と助手席のシートに肘をつき、気だるげな顔をして湯浅の様子を見つめていた。確かに得意そうだと、桐生は思う。まさか、湯浅が自ら動いてくれるとは思っても居なかった。おそらく、桐生がああいう風に話しかけても、警戒して逃げられていただろう。そして確実に警備員を呼ばれている。それから不審者が現れたと言って、この近辺のパトロールが強化されるはずだ。そうなると、桐生はもう、聞き込みをする術が失われてしまう。今回ばかりは、湯浅に助けられた。
数分後、楽しそうな顔をした湯浅が車まで戻ってくる。バタンとドアが閉まり、車が揺れる。
「なぁんか、どうも胡散臭そうなお嬢さんやでぇ」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、湯浅がそう言う。三隅が関わってる時点で、胡散臭いことは分かっていた。桐生は湯浅を見て、「ほんで?」と続きを求める。湯浅はわざとらしく咳払いをしてから、話を再開させた。
「まぁ、お嬢さん軍団の中でも浮いた存在で、ちょっとあぶなーいことに首を突っ込んでたらしい。ヤクザとの関わりもあったんやないかーって噂になっとってやな。一ヶ月学校に来ないとか普通やから、今回もサボってるだけちゃうかってな」
「めんどい女やなぁ」
「せやな。ろくでもない女は、何してるか分からんからめんどいな。今回ばっかりは、見つけるの大変ちゃうか」
そう言いながら、湯浅は車を発進させた。そう厄介だからこそ、桐生は探すのが簡単だと分かっている。嫌な予感はどんどんと的中していき、可能性が出てくる。
「彼氏の居場所聞いてきた。次は桐生の行けるところやから、夜、行ったらええんちゃう?」
「どこやねん」
「アメ村や。アメ村の服屋で働いてる、アサノって言う男や。場所はここな」
湯浅は取り出した地図の上を、指で叩く。ここまで協力したのだから、残りは自分で行けと言うことだ。わざわざ彼氏のところへ行く必要はあるのかと思うが、人探しは基本虱潰しだ。一件一件思い当たるところを回るしか方法はない。気乗りしないため、何もかもが嫌になってくるが、拒んでいても余計に物事が悪化するだけだ。桐生は湯浅を見て「アメ村まで送ってってや」と言う。夜まで待たずに、店へと赴いてみる。湯浅は満足げに笑い「ええで」と言った。
サイドミラー越しに青島と目が合う。何かを言うわけでもなく、ジッと桐生を見つめてからにこりと笑い向こうから先に目を逸らした。桐生の視線も、自然と景色に向かう。何か言いたげであるが、言わないので桐生も問い返さない。窓を開けてポケットに突っ込んだタバコを取り出した。
「一応、禁煙やねんけどな。この車」
火をつけた途端に、湯浅がそう言う。
「ええやろ。お前やって吸うんやから」
ええけど、と小さい声が隣から聞こえてくる。愚痴などお構いなしにタバコを吹かしていると、景色は見慣れたものに変わってくる。心斎橋がそろそろ近い。あっという間に到着してしまい、ずきずきと頭が痛む。ただの二日酔いなのか、思い出したくない記憶なのか。一人の少女を探すだけでこんなにも億劫になるとは、誰も想像してないだろう。ため息と共に煙も吐き出し、灰皿にタバコを押し付ける。路肩に停めようとしてるのか、車は徐々に減速を始めた。
「この辺でええやろ。その通りをまっすぐに行ったところに、店あるから」
「ついでにお前もこいや」
いっそのこと、面倒な聞き込みは湯浅に任せてしまおうかと思ったが、湯浅は「残念やけどなぁ」と悪びれも無く笑いながら呟く。
「俺は俺で、別件を三隅さんから頼まれてんねん。桐生の誘いを断るのは忍びないけど、愛想いい奴は後ろにもおるやん?」
そう言いながら、湯浅は後部座席を指差す。指された等本人は車から降り、「さ、桐生さん、行きましょう」と湯浅の存在などなかったことにしている。相変わらずの態度に、湯浅は笑っていた。
「害虫の車に乗ってると、仲間が寄ってきちゃいますよ」
「仮にも送ってやった人間に対して、その態度はなんなん?」
コメカミを引きつらせた湯浅に、青島は慇懃な態度で礼をする。
「あぁ、失礼しました。ありがとうございます」
こうも礼儀正しく礼を言われると、それはそれでまた怒りの対象になるが、こんなところで口論をしている暇はない。桐生も車から降り、「ありがとうな」と湯浅に向かっていった。悠然とした笑顔を返され、車は車道へと戻る。遠ざかっていく高級車を見送り、細い路地に体を向けた。
「アサノ、やったっけ」
「えぇ、湯浅さんの情報が正しければ、ですが。まぁ、正しいでしょう」
いつも悪口ばかり言っている青島が、珍しく湯浅の言動を肯定するので、桐生は目を丸くした。敵対ばかりで湯浅のことなど認めてないと思っていたが、認めるところはしっかり認めているようだ。驚いて固まっていると、青島が怪訝な顔で振り返る。
「どうしたんですか、桐生さん。行くんでしょう?」
「あ、あぁ……、せやな」
「……どうせ、その辺で遊んでるんじゃないんですか。女子高生なんて」
言い切る青島の言葉には、確信があるようだった。しかし、三隅が探せと言ってる以上、何か裏がある。それは見つかることが三隅にとって不都合なのか、それとも見つからなければ不都合なのか、考えてみたが前者しか思い当たる節がない。そもそも、生き物を探すのは苦手だと、再三言っているのに、それでもなお、探せと言うときはその人物が三隅にとって不用であることが多い。暗に、死体を見つけろと言ってる様なものだ。桐生に探させると死体で見つかることが多いからこそ、頼んでいる可能性だってある。
この前の木村楓の件だってそうだ。たまたま、人探しの依頼が舞い込んできたのかと思えば、裏で三隅が絡んでいた。その途端、あの探していた人物は生きていると困ると分かってしまった。死体で見つかったとき、やっぱりと心の中でどこか達観していた。死体は見慣れている。三隅の仕事は、汚いことも多い。
「好奇心、猫をも殺すと言うからなぁ……」
「生きてないと」
「……多分、な」
多分ではなく、確実だった。
それでも、少ない可能性にも賭けたいという良心は、桐生の中に残っている。もし、今回、少女を生きた状態で見つけることが出来れば、この呪縛から逃れられるかもしれない。そう思うと、胸のうちに自然と希望が沸いてくる。だらだらと歩いている青島の隣を追い越すと、「元気になりましたね」と楽しそうな声が聞こえてくる。空元気やで、と言いたかったが、わざわざ深く問い詰められるようなことをしたくなかったので「気のせいや」と誤魔化した。
少女の彼氏とやらが働いている店は、爆音でレゲエが流れるアメリカンカジュアルの服を多く置いた古着屋だ。狭い店にぎっしりと並んだ衣類の間を通り、桐生と青島はレジへと向かった。服が乱雑に並んでいるせいで、店員がどこにいるかすら分からない。やたらと強い香の匂いが気に食わないのか、終始、青島は顔を顰めていた。
「アサノって言う男を、探してるんやけど」
鼻や耳、舌にまでピアスを空け、肩にタトゥーの入った一見プロレスラーのような男は、桐生を見るなりに通ってきた反対側の通路を顎でしゃくる。くちゃくちゃとガムを咀嚼する音が不快を煽る。青島の眉がぴくりと動いたが、桐生は気にせず反対側の通路を覗きこんだ。
通路の先には一人、レジに居る男と似たような男が服をハンガーに掛けている。桐生と青島の視線に気付いたのか、目が二人に向けられた。あからさまな敵意が向けられる。棚に服を乱暴に投げると、尊大な態度で近づいてきた。
「何やねん。何か用か」
「お前がアサノか?」
「せや。だからなんや」
アサノであることを確認すると、桐生はポケットの中から写真を取り出す。それを見せると、アサノの目の色が一瞬にして変わった。二人は変わったのを見逃さなかった。関係者であることは確かだ。彼女かどうかは、まだ分からないが。
「ゆ、……ユリやないか」
「お前の彼女やな?」
「……お、おう」
何で知ってるんだ、と言う目で見られる。彼氏であることは確かな情報のようだ。汚れなど知らないお嬢様の情報は、あまり信憑性があるとは思えなかった。残りはこの男が、どこまで知っているか。それに掛っている。桐生は写真をポケットに仕舞い、本題に踏み込んだ。
「どこにおるか、しっとるか?」
「お、俺の方が知りたいわ! 急に連絡が取れんようなってしまって……。どこにおるかも分からへん」
「思い当たる節とかないんか」
「あったら探しとるわ! おっさん、何か知ってんなら教えてくれ!」
アサノは桐生の肩を掴み、前後に揺さぶった。おかげで昨晩から残ってる酔いが、ぐるぐると体を駆け巡る。アサノの手を振り払い、桐生は「落ちつけ」と宥める。
「知りたいのはこっちや。……この女、なんかヤバいことに足突っ込んでるんちゃうんか?」
「ヤバいこと……? そういやこの前、ヤクザがとか言うとったような……、冗談やと思うて聞き流しとったけど……。ほんまなんか?」
「ヤクザ?」
嫌な予感が全身を駆け巡る。ヤクザが関わっているとしたら、かなり厄介だ。桐生が介入できるほど、その世の中は甘くない。それにはっきり言って、関わりたくなかった。どうりで、三隅がわざわざ桐生を使ってくるわけだ。本人もあまり関わりたくないから、面倒事を桐生に押し付けただけだ。わざわざ、この少女を探す理由は体裁なのか、それとも別の理由なのか。少なくともこの少女の両親が三隅に頼んだのだから、それなりに関わりのある人なのだろう。邪魔になった、と言う線は、よく考えれば無いのかもしれない。余程、人手が足りていないか。もしくは、三隅が関われない案件なのかもしれない。三隅に敵が多いのは、桐生が一番、知っている。
「良いこと知っちゃったとか、言うとった気が、すんねん……」
「……内容は?」
「聞いてへん。だって、嘘やと思うたんやもん!」
「やもんちゃうわ! お前、少なくともこの女の男やろうが! しっかせぇよ!」
桐生が怒鳴ると、アサノは怒られた子供のように肩を竦ませ、しゅんとなってしまった。予想以上に知っている情報は少ない。どうして良いのか、一瞬にして分からなくなってしまった。頭痛が酷くなる。桐生は大きく息を吐いて、俯いた。
「桐生さん」
先ほどまで黙っていた青島が、とんと肩を叩く。
「彼に聞いてもこれ以上は分からないでしょう。怒っても仕方ありません。また、一から聞き込みを始めましょう。……嫌な予感がします」
いつにも増して真剣な顔をして、青島がそう言う。眉間に皺を寄せ、アサノには興味すらも示していない。確かにアサノにこれ以上聞いても、有力な情報は出てこないだろう。それに、彼の言う通り、ただちょっと興味を持ってほしくてそんなことを言ってしまった可能性だってある。金持ちの少女が、ヤクザの情報なんてどこで耳にすると言うのだろうか。現実味がない。
嫌な予感は、先ほどからひしひしと感じている。
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