便利屋第九話

「便利屋です。斯くなる上は嫌な奴でも頼むしかない 後編」


 振り出しに戻った、と言うのが、妥当な表現だろう。青島と現地で別れた桐生は、事務所に戻っていた。手がかりがない以上、どこから虱潰しをすればよいのか、検討すら付かない。何か情報があればすぐに連絡をくれとアサノに伝え、今はその連絡を待っている状態だった。しかし、少女と連絡が取れない以上、あまり芳しくはなかった。
 どうしようか迷ったが、最善は三隅に尋ねることだった。それが一番だと分かってるけれど、三隅の手はあまり借りたくない。しかし、背に腹は変えれないので、渋々、連絡を取ることにした。携帯電話を取り出し、電話を掛ける。掛かってくると予測されていたのか、滅多に電話など出ないくせに、三隅は三コールで電話に出た。
『もしもし』
「あぁ、失踪した女の話やけど」
『行き詰ったか』
 バカにしたような笑い声が、受話器から聞こえる。その瞬間、この電話を切ってやろうかと思うが、いちいち目くじらを立てていては気が持たない。怒りは全てため息に変え、ぐっと黙り込む。
「なんか知らんのか」
『そう言う電話やと、思ったわ。あったら、ちゃんと説明しとる』
「ないんやな」
『はっきり言えば……、そうやな』
 もったいぶった説明をする三隅に、苛立ちは隠せない。依頼をした三隅が何も知らないと言うことは、あまり動いてないのだろう。動いていないと言うより、動けないのだ。となると、かなり厄介な仕事を請け負ったことになる。
「ヤクザが関わってるんか」
『……らしい。と言うことぐらいしか知らん』
「その女は、何をしたんや」
 面倒なことは全て省いて、直球で尋ねた。長い沈黙が続いたので催促しようとしたが、これほどまで黙り込んでいるのも珍しい。桐生は三隅が何かを言うまで待つことにした。ジョリと受話器の向こうから、髭をさする音が聞こえる。三隅が顎をいじるときは、大抵の場合、考え込んでいるときだ。
『今から家に来い』
「はぁ? 嫌やわ」
『電話で出来る話ちゃうんや。分かれ、それぐらい』
 そう言って、三隅は一方的に電話を切った。分かれ、それぐらいと言う横暴な言い方に腹を立てたのは言うまでも無く、繋がっても居ない電話に「ふざけんな!」と怒鳴りつける。もちろん、その言葉は本人にも伝えるつもりだ。鍵を手に取り、ポケットに携帯を押し込んでから事務所を出た。なんだかんだ言いつつも、三隅の言うとおりに動いている自分が情けなく思ったのは、サラリーマンが沢山乗った電車に揺られているときだ。つり革を掴み、大きく息を吐く。草臥れたティシャツに薄汚れたチノパンを履いた自分が、ピシッとしたスーツの集団に囲まれているのを見ると、何だかもっと情けなくなってしまった。
 最寄り駅に到着すると、迎えが駅前で待っていた。わざわざ、車を寄越す辺りがわざとらしくいやらしいが、運転手に罪は無い。桐生の姿を見つけるなりに、初老の運転手が車から出てきた。
「お疲れ様です、桐生様。どうぞ」
「わざわざすんません」
 軽く頭を下げてから、桐生は車に乗った。いちいち呼び出してきたのだから、相当な理由があるのだろう。そう期待しないと怒りが収まらない。車はゆっくりと発進し、閑静な住宅街へと向かっていく。見慣れた家が近づいてきた。
 あっという間に到着してしまい、桐生は車から降りた。
「自室でお待ちです」
 屋敷の入り口で待っていた男が、桐生に向かってそう言う。どうやら本人は部屋に篭ったまま出てくる気も無いようだ。桐生は無言でやり過ごし、家の中に入る。まっすぐ進んで左に折れる。その突き当たりに三隅の自室があった。ノックもせずに扉を開けると、電話をしている三隅と目が合った。指でソファーに座れと、指示される。
「相変わらず、お忙しいことで」
 嫌味のように呟き、ソファーに座る。テーブルの上に乗っかっている灰皿を見たら、急にタバコが吸いたくなった。まだ喋っている三隅を見てから、桐生はポケットからタバコを取り出す。吸おうとしたときに、携帯が震えた。
 時計を見る。午後十時だ。こんな時間に電話が掛かってくるのは珍しい。最近は依頼の数も減ってしまい、暇な日が続いていた。夏場、冬場はそれなりに依頼があるが、どうも春や秋などの気候の良い日はあまり依頼が入りにくい。携帯を取り出すと、画面には青島と表示されていた。
「もしもし」
『あ、桐生さん。今、どこですか? 僕、事務所にいるんですけど』
「事務所、鍵が掛かってなかったか?」
 記憶が間違っていなければ、桐生はしっかりと鍵を掛けたはずだった。それにも関わらず、事務所にいると言うのはどう考えてもおかしい。受話器の向こうからは至極真面目な声が聞こえた。
『開けました。ピッキングで』
「……さよか」
『で、今はどこなんです。大事な話があるんですけど!』
 珍しく慌てている青島の声を聞いていると、どうやらかなり急を要しているみたいだ。ちらりと三隅を見ると、桐生を凝視している。どうも、青島のことを警戒しているようなので、「ちょっと出かけてる」と誤魔化した。厄介ごとには巻き込まれたくない。
『あー……、そうなんですか。失踪人の件、ちょっと分かったことがあるんですけど。どうしますか?』
「分かったことって?」
『居場所までは分かりませんが、関わっていた人物については知ることができました。……ご褒美くれたら、教えますよ』
「遠慮しとくわ」
 思わせぶりな言い方は、いい気がしなかった。白々しくそう言うと、『冗談ですよぉー』と明るい声が聞こえる。性質の悪い冗談に引っかかるつもりは無く、「で?」と桐生は催促した。まさか、真面目に取り組んでいるとは思っていなかったので、桐生は少し驚いていた。
『えーっとですね。やっぱりヤの付く人たちが絡んでました。それもまぁ、結構、過激な組らしくてですね。彼女はその組の幹部と交際していたみたいなんですよ』
「はぁ? 男はアサノちゃうんか」
『二股、じゃないですか。股の緩い女だったんでしょうね』
「お前、散々やな」
『知的な女性はまだ嫌いじゃないんですけど、基本的に女は嫌いなんです。お喋りだし、好奇心旺盛だし、なんせすぐに嘘を吐く』
「あぁ……、お前、どっちかって言うとゲイ寄りのバイやもんなぁ」
 普段の言動を思い出し、しみじみ言ってしまう。
『まぁ、僕のことはどうでもいいんです。それに僕はゲイです。女の人とも寝ますけど、まぁ、必要に応じないと……、やっぱりね。掘られるほうが好きなんで』
「お前、今さっき、自分のことはどうでもいいって言ったばかりやないか。はよ、本題に入れ」
『な、桐生さんのせいじゃないですか。……まぁ、いいですよ。それでですね。どうやら、組の仕事内容を他の組にポロリと零してしまったみたいなんですよ』
 たまらず、はぁ、と大きいため息が出てしまった。厄介なことに首を突っ込んでしまったものだ。その元凶となった三隅を睨みつけ、桐生はようやくタバコに火をつける。吸っていないとやってられない。
「……で?」
『こっからが重要ですよ。それでですね、組は親に賠償金を請求してるらしいんですよ。七千万、ぐらいだったかな。金額までは分からないんですけど』
 確かに青島の言うとおり、重要な情報だった。それから漠然と、三隅に対する猜疑心が生まれた。ただの目撃者にさせるつもりではないのか。やはり、今回の依頼は死体を捜すことなのではないかと、徐々に気持ちが翳っていくのを感じる。
『桐生さん。ここで手を引いたほうが良いんじゃないんですか?』
 心配する声が聞こえる。もちろん、青島の言うとおりだ。こんなに危険な仕事、わざわざ買って出る必要も無い。いずれ、この答えにたどり着くのを知りながらも、三隅が桐生に依頼してくる理由はあてつけなのかもしれない。そう分かっていながらも、桐生は引くことを許されない。
「……それはできひん」
 沈黙が生まれた。ざわざわと、受話器の向こうからは音が聞こえてくる。事務所にいるのなら、電車の音だ。
『そうですか、分かりました』
 返事が聞こえてきたのは、随分と経ってからだった。青島なりに色々考えた答えなのだろう。
『明日は、事務所に居ますよね?』
「帰る予定やけど」
『分かりました。では、また明日』
 静かに電話が切れた。携帯を耳から離すと、電話を終えた三隅が桐生の対面に座る。いつの間にか、テーブルの上にはお茶が置かれている。
「今の誰や」
「ある程度分かってるくせにいちいち尋ねんなや。青島やし」
「やろうな。で、何か分かったんやろ?」
 まだ火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付け、桐生は「……まぁな」と小さい声で答える。この情報をどこでどうやって手に入れたのか、さっぱり分からない。元々は東京に住んでいたという青島が、経った三年程度で知り合いを沢山作れるだろうか。しかも、青島が手に入れたのはヤクザの情報だ。桐生ですら手に入れにくい情報だと言うのに、どうして青島が簡単にそんな情報を手に入れることが出来たのだろうか。考えるだけでおぞましい。
「だから言ったやろ。キナ臭いって」
「そんなん、お前より先に気付いとったわ」
「なら、何で一緒におんねん」
 単刀直入な質問に、桐生は言葉が詰まった。要注意人物だと分かりながらも、一緒にいる理由はあまり無い。毎日のように事務所へ来て、鍵を閉めていてもピッキングで開けて来るから性質が悪い。それに加え、勝手に助手だなんて名乗って桐生のあとをついてくる。最初は怒っていたが、いつの間にかそれも面倒になり、一緒にいるのが当たり前になってしまった。
「面倒が起こる前に手を引け」
「そんなん、分かっとるわ」
「分かってないから、言うてるんやろうが。まぁ、ええわ。バレても構わんように情報を流したのは俺やからな」
 やはり三隅はこの騒動に、何枚か噛んでいるようだった。知らないと言いながらも、ほとんどのことを知っていた三隅に桐生は呆れたように息を吐く。三隅は自分の前に置いたコップを手に取り、喉を潤した。カチと、ライターをつける音が聞こえて、桐生もタバコに手を伸ばす。三隅の言ってることは理解できているが、行動にはできない自信があった。なんだかんだ言って、三年は一緒にいるのだ。それなりに情も沸く。互いに何か隠していることに気付きながらも、それに触れないのは触れたらこの奇妙な関係が終わってしまうからだ。敵なのか味方なのか、どっちつかずの中途半端な関係であるが、この中途半端加減が丁度いい。あの胡散臭い笑顔が、桐生は嫌いでなかった。
「親っちゅうんは、二種類あってな。どんな子供でも愛してやれる親と、愛してやれない親がいる。特に金を持ってる連中は後者や。自分の敷いたレールから外れた子供なんて、存在しないほうが良いと思うてる奴が多い」
「……今回の依頼は、どういうことやねん」
「見つかり次第、始末せぇって話や」
「それは金を要求されてるからか?」
「あぁ、そこまでもう流れてるんやな。まぁ、被害に遭った奴らもその女のことを探しとる。どっちが早く見つけるか、競争ってところやな。まぁ、その女と付き合ってた男も、かなり酷い目に遭わされたみたいやしな。どっちにしろ、俺は手が出せんところの話や。だからお前に探せと依頼した。人を探すのを嫌がってるって知っておきながらな」
 どん底に落ちたような絶望が襲い掛かってくる。その中でもわずかにだが、光明が見えた。誰よりも先に、その少女を探すことが出来れば何とか逃してやれることができるのではないか。そんなことを思いついたが、それをすれば三隅も被害にあった組も敵に回すことになる。他人のために、そこまでしてやる必要があるのだろうか。
「まぁ、噂話やけど、もう相手方がとっ捕まえたみたいやな。さっき、その連絡が入ってきた」
「……なら、もう探す必要なんてないやん」
「噂や、って言うたやろ。何も見つかってない以上、お前の仕事は残ってる。分かったな」
 有無を言わさぬ声だった。
「お前は見つけるだけで十分や」
 それ以上の声は、脳内で遮断した。
 どうせ眠れないと思っていたが、無理やりに酒を飲んだせいか、気付けば眠ってしまっていた。見慣れない天井に驚き、体を起こす。事務所とは違う高級なソファーで寝たせいか、体の節々は痛くなかった。遮光のカーテンの隙間から覗く光を見て、桐生は慌てて携帯を取り出した。丁度、正午を過ぎたところだ。携帯には何件か、着信が入っていた。そのうちの一つは、青島だ。事務所に行っても居なかったことに疑問を覚えて連絡をしてきたのだろう。掛けなおすと数コールで出た。
『もしもーし。今、どこですか?』
 声は若干、不貞腐れているようにも聞こえた。家の主は既に出かけたようで、部屋の中は誰も居なかった。
「あー、すまん。今から帰るわ。寝とった」
『もぉー、待ってたんですよ。電話にも出ないし』
「悪いんやけど、駅の改札で待っててくれへんか。あと電車に乗ったら十分ぐらいやから」
 いいですよーと呑気な声が聞こえ、通話を切った。情報は沢山あるが、何をしていいのか分からない状態だ。とりあえず、昨晩三隅に指定された場所に行ってみようと思っていた。部屋から出ると昨日車を運転した初老の運転手が、桐生に近づく。
「お帰りになられるんですか?」
「あー、はい」
「では、駅までお送りしましょう。そう、言付かっております」
 普段だったら遠慮しているが、三隅からの言いつけであることと、青島を待たせてしまった罪悪感があり、桐生は言葉に甘え送っていってもらうことにした。
 昨日と同じ車に乗り込み、流れていく景色を見つめる。昨日よりかは幾分、過ごしやすい気候だ。徐々に秋が深まっていくのを感じる。青々と生い茂っていた木々も、わずかながらに元気が無く見える。駅前で下ろしてもらい、丁度やってきた急行列車に乗り込む。予想以上に早く、新今宮の駅に到着した。ホームから改札に移動すると、見慣れた姿を発見する。壁に凭れ掛かり音楽を聴いている様は、どこからどう見ても大学生みたいだった。若者らしい格好をしているわけでもないのに、若く見えるのは本人が幼いからなのか、それとも若作りをしているせいなのか、年齢も知らないので分からない。
「待たせたな」
 前に立つと、青島が顔を上げる。
「思ったより早かったですね。これから電車で移動ですか?」
「せやな。ド田舎へ移動や」
 返事をする代わりに、青島がにこっと笑った。
 最寄り駅までの切符を買い、桐生はまた電車に乗る。三隅の家の近くの駅から乗ったほうが近かったが、青島をそこまで呼ぶわけにもいかなかった。三隅の家にいると言っていないが、感づいているはずだ。どこへ行ってたのか、青島は追及しなかった。けれど、どこか探っているような視線は常に感じていた。ガラガラに空いた電車に揺られ、景色はどんどんと寂しくなっていく。急行で二十分も乗っていると、景色はどんどんと変わり畑が増えてきた。副都心と言えど、二十分も乗っていれば田舎と大差ない町並みが出てくる。
「なんかこうやって電車に乗って移動って久しぶりですね」
 青島が独り言のように呟いた。
「いつぶりやろうな。最近は近辺が多かったからなぁ」
「この頃、危なさそうな仕事が多くないですか?」
「そないなことはないやろ」
 小間使いのような仕事が多かったので、適当にあしらってみると青島は「そうですかねぇ」と珍しく食い下がってきた。桐生は「アホか」と一言で終わらせる。
 最寄駅の名前がアナウンスで流れる。田園風景の広がる質素な街だ。こんな街にわざわざ来たことが無意味になるか、意味のあるものになるのか、桐生は分からない。でも、漠然とした不安は常に襲いかかっていた。
 電車の空気を吐く音が、ため息に聞えた。それと同時に、扉が開く。外へ出ると新今宮より乾いた風が、桐生にぶつかっていく。半袖では少し、肌寒かった。カンカンカンと踏切の音が鳴り響き、きゃっきゃと子供の騒ぐ声も聞こえてきた。改札に向かって歩き出すと、どこか懐かしい感じがした。桐生の生まれた街の改札と、良く似ている。
 改札を通り過ぎてから、ポケットに入れた地図を広げる。これからまた、山に向かわなければいけない。駅前に停まっているタクシーに乗りこうもとすると「珍しい!」と茶化す声が聞こえた。
「遠いねん。歩いて行ったら日が暮れる」
「そうなんですかぁ。ま、僕は楽が出来て良いですけど」
 桐生の気が変わらないうちにと、青島が先に乗りこんでしまった。後を追うように、桐生も車に乗り込む。年配の運転手が振り返って「どこまで?」と無愛想に尋ねてきた。
「阪和道のインターを越えて欲しいんや」
「……はぁ」
「近くになったら、また説明する」
 三隅から貰った地図は、山中を示していた。そこにおそらく、何かしらの証拠があると言うことだが、何がなんだか桐生にはさっぱり分からない。監禁されているのを助け出せ、と言っているのか、それとももう、ここには誰も居ないことを確認してくれば良いのか、はたまた、他の何かがあるのか。考えるだけで頭が痛くなってくる。
 嫌な予感だ。
 ようちゃんと懐かしいあだ名で呼ぶ声が、どこか遠くから聞えてきた。
「桐生さん?」
 頭を押さえて俯いていると、青島が桐生の腕を掴む。隣を見ると、いつものように胡散臭い笑みを浮かべた青島が「どうしたんですか?」と好奇心を丸出しにして、尋ねてくる。聞きたがっている素振りを見せるが、そんな表情をしていれば桐生が何も言わないのを知っている。でも、今は少しだけ吐き出したい気持ちに駆られた。
「多分な、俺、呪われてんねん」
「はい!?」
 青島の驚く声は、初めて聞いた。隣を見ると、目を丸くして桐生を凝視している。腕を掴んでいた手を離し、その手を桐生の額に当てる。
「熱は無いようですね」
「……病人ちゃうわ」
「えー、でも、僕の認識によると、桐生さんはそう言うの全く信じてなさそうなタイプなんですけどねぇ。心霊スポットに行っても、いわくつきの物はぶっ壊してから帰ってきそうなのに」
「そないなことせぇへんわ」
「とにかく、どうしちゃったんですか? 呪いとか信じるタイプじゃないでしょ」
 青島の認識通り、そんな物を信じるような性格ではない。けれど、言葉では説明できない因縁が、桐生にはあった。怪訝な顔をしている青島を鼻で笑い、桐生は外を見る。山がどんどんと近づいてきていた。
「まぁ、そのうち分かる」
「僕は信じませんよ。そんなもの」
 てっきり、じゃぁ楽しみにしてます、と興味を示すような言い方をするのかと思っていたので、青島の返答は意外だった。隣を見ると、真剣な顔をしている。
「大嫌いなんです。呪いとか、怨念とか、そう言う類」
「お前のほうが、心霊スポットでいわくつきの物をぶっ壊して帰りそうやなぁ」
「もちろんです」
 無駄に張り切ってそう言う青島を見て、桐生は吹き出すように笑った。
 阪和道のインターを過ぎたところで、桐生はタクシーから降りた。ここからは徒歩で山を登らなければいけない。中腹にバツ印が付いていた。けもの道のような細く狭く舗装されてない道を歩き出すと、すかさず後ろから文句が聞こえてきた。
「もー、山を登るなら登るって言ってくださいよ!」
「うっさいなぁ。なら、今から言うたるわ。山を登るわ」
「遅いですよ! もー、今日のスニーカー下ろしたてなのにぃ!」
 どうやら、靴が汚れてしまうことが、青島にとって許せないようだ。振り向くと機嫌の悪さを表に出し、慎重に歩いていた。何度かぶつくさと文句が聞こえたが、桐生は無視して山を登る。歩き始めて十五分ほど経ったところで、水たまりが大きくなったような池と言うにはあまりにも小さい湖沼が現れた。地図にはそんな印は無く、桐生はその脇を通ろうとしたとき、靴が見えた。
「なぁ、青島」
「何です?」
 青島は靴の存在に気付いているのかいないのか、返事は淡々としていた。怒っているわけでも無さそうだ。
「俺の呪いなんやけどな」
「……えぇ」
「人を探すと、必ず死んで見つかんねん」
 ザワと木々が揺れる。風に吹かれて水面も揺れる。ぷかぷかと浮いている靴が移動し、浮いている草なども移動した。現れたのは目にしたくもない光景だ。
「木村楓からの依頼、覚えとるか?」
「一年前ですね」
「あの時も、そうやったやろ? そういや、お前が見つけたんやっけ」
 えぇ、と言う返事は風の音に消されて桐生まで届かなかった。携帯を取り出して電波の有無を確認すると、やはり山の中なだけあって、不安定な状態だった。これでは電話が掛けられない。まず最初に、どこに掛けようかと思ったが、こう言うときはちゃんと誰に電話するのか決まっている。桐生は湖沼に背を向け、来た道を戻る。
「なぁ、青島」
「……何ですか?」
 足をぴたりと止めると、後ろを歩いていた青島もぴたりと止まった。振り向くと青島は、無表情で桐生を見つめていた。
「俺、お前が居なくなっても、絶対に探さへんからな」
「……やだなぁ。そんないきなり失踪するみたいな言い方、しないでくださいよ」
「でも、お前、突然俺の前から消えるやろ」
 今まで踏み込まなかった部分に踏み込むのは、それなりの勇気を必要するかと思ったが、案外簡単に聞くことが出来た。無表情のまま、青島は答えない。
「だから、居なくなっても絶対に探さへん。……もうな、知り合いを死体で見つけるのは、嫌なんや」
 はっきりと言い、背を向ける。そのまま歩きだしても、青島は桐生の後を追わずその場に立ちつくしている。
「けど」
 一際、大きい声が聞こえて、桐生は立ち止まった。僅かに距離が出来てしまったせいか、青島を見上げる形になった。逆光のせいか、顔が真っ暗で何も見えない。夕日に照らされた桐生は、日を遮るように手を翳す。
「桐生さんのことだから、どんなに嫌でも僕を探してくれるんでしょう?」
 自信のある声だった。
「大丈夫ですよ。僕はそう簡単に死んだりしませんし。……それに、呪いとか怨念とか、科学的根拠のないものは大嫌いなんです」
 表情は分からないが、いつものように胡散臭い笑顔を浮かべているのだろうと、桐生は思った。
 青島がそんな表情をするときは、大体、嘘を吐いている。
 でも、そんな嘘に今は縋るしかなかった。

Back<<<<<<<<<<< Index >>>>>>>>>>>