便利屋プロローグ「便利屋です。なんでもします。」





 何でもします。コンビニに行くついでに、頼んでみませんか?
 御用件がある方は、こちらの番号までお電話ください。
 金額に関しては、相談いたします。
 06-XXXX-XXXX
 便利屋 桐生


 大阪環状線、新今宮駅の近くにある雑居ビル。昼も夜も電車の音でうるさいし、近くには学校があって学生でにぎわってたり、ホームレスたちやちょっと危ないおっさんたちが歩いていたり、何かと混雑している大阪市浪速区。
 築何十年も経っているそのビルの4階、もちろんエレベーターなど付いていないから行くには細くて急な階段を上がっていかないと辿りつかない。
 その階段をるんるんで上がっていく青年が一人。長く伸ばした髪を一つにまとめて、ポケットに手を突っ込み、お気に入りのアイポッドを操作しながら適当に耳に音を流し込む。
 パッと見は、大学生くらいの若い青年。しかし、その素顔を知る人物は少なく、何処で生まれ、何歳なのかも知っている人は少数だった。
 手には近くのコンビニで買ったミネラルウォーターと、チョコレートのお菓子。あとはミント系のガムが一つ、中に入っていた。
 もちろん、全て自分の分だ。
 階段を上がるたびに、背中に垂れた黒い髪の毛がゆらゆらと楽しそうに揺れる。青年の表情も豊かだった。
 扉に油を差していないせいか、ギーギーと煩い扉を開けると狭い事務所が姿を現した。
 部屋の一番奥には、会社の事務で使いそうなデスクとこの部屋には似合わない最新型のパソコンが一つ。
 そして、その机の前には汚く薄汚れたソファーと木でできたローテーブルがある。そのど真ん中には、ヤクザの事務所にありそうなガラスの灰皿が置かれていた。
「ただいま帰りましたー」
 大声でこの事務所の主に挨拶をすると、事務所の奥からぼりぼりと頭を掻いてタバコを銜えたおっさんが出てくる。
 この人が、この事務所の主、桐生 陽一だ。
「桐生さん、寝起きですか? もう12時回ってますけど」
 冷蔵庫の中にミネラルウォーターを入れ、腕に付いた腕時計を見て青年は桐生に言う。桐生は無精ひげをごしごしと擦ってから、青年を見る。
「……てめぇ、うちに来るなって何百回言えば分かるんや」
「そうですねぇ、せめて何兆とかそんな数字ですかね」
 冗談交じりにえへっと笑うと、桐生はけっと息を吐きタバコを灰皿に押し付けた。クーラーの無いこの部屋で寝ているのが辛いのか、桐生はぽパンツ一丁と言う何ともおっさんくさい格好だった。
「桐生さん、そんな恰好してると襲っちゃいますよ」
「いっぺん、死んでこい」
 そんな暴言にめげることなく、青年は買ってきたガムの封を開けて一つ口の中に入れる。スーッとしたミントの香りが、喉から鼻に突き抜ける。すると、鼻の奥がむずむずとしてくしゃみが出た。
「……風邪か?」
「いえ。なんか、スーッとするガム食べるとくしゃみ出るんですよ。僕だけですかね?」
「お前だけや」
 桐生はそう吐き捨てて、ソファーにドカッと座った。それを見て、青年は対面に座った。
 何でもします。と言うのをキャッチフレーズに、便利屋を開いたのは今から4年前のことだ。当時、28歳だった桐生陽一は無職のフリーターだった。
 特にすることも無く、怠惰な毎日を過ごしていた。その時住んでいたアパートの大家から「猫が居なくなったから、探してくれ」と言われ、暇つぶしに探すことにした。
 2、3日かけて猫を探したが、結局猫は国道で車に轢かれ死んでいた。どうしようか迷った結果、近くにあった段ボール箱にその猫を入れて、大家の所へ持って帰った。
 死体を見た大家は泣きだし、桐生のことを責めるのかと思いきや、泣いて礼を言った。
「死体でも、探してきてくれてありがとう。死んでいたのは悲しいことだが、墓を作ってやれる」と。
 そして、謝礼としてそこそこの金額を貰った。それに味をしめた桐生は、バイトで金を溜め、かなり例外の安さだったこの雑居ビルを借りて、便利屋を開くことにした。
 庭木の剪定、蜂の巣の除去、人探し、伝言、お使い、本当にいろんな仕事が桐生の元へ舞い込んでくる。金額はそれぞれだが、今のところ生計は立てれている。
 貧乏暇なし。その言葉が似合うぐらい、彼はそこそこ忙しい人間だった。
 中にはヤクザが関わっている危ない仕事があったが、それも問題なくこなしたり、仕事に関しては定評があった。
 桐生は大阪府の南の方に生まれた、生まれも育ちも大阪。生粋の大阪人だ。
 もちろん、世界の中心はこの大阪で、東京は敵。阪神タイガースをこよなく愛し、お好み焼きをおかずにご飯を食べることはしょっちゅうだ。
 たこ焼きを語らせたら、右に出るものはいないと自称していて、口も達者だ。特技は値切り。早口でまくし立てて、相手を威嚇することもたびたびある。
 青は進め、黄色も進め、赤は注意して進め。基本的にせっかちで、時間にはうるさい。歩くスピードは常人の倍。もちろん、電車は自分が先だ。降りる人など関係ない。
 吉本新喜劇を見て育ったせいか、笑いにはうるさい。テレビを見て突っ込みを入れることも多々ある。そして、うどんの出汁に関してはとてもうるさい。
 一度、東京に行ってうどんを食べたことがあるが、あんな真っ黒なうどんは初めて見たと、うどん屋で激怒した過去がある。
 そして何より「バカ」と言われる事を嫌う。「アホ」なら許せるが、「バカ」だけはどうしても許せない。それで一度、幼馴染と殴り合いのケンカをしたことがあった。
 自分が喋っている言葉は「関西弁」でなく、「大阪弁」だ。もっと細かく言うと、南部の生まれなので「泉州弁」なのだ。これを間違えると、ごちゃごちゃと文句を言う。
 とにかく、うるさい人物なのだ。
「青島。お前、いつ入ってきたん?」
「今さっき、ドアからですけど」
「……鍵、閉めてなかったか?」
「えへ、ピッキングで」
 この青島と呼ばれる青年は、桐生が2年前とある仕事で出会った謎の青年だ。本人いわく「東京のヤクザから追われて大阪へやってきた」と言っているが、ヤクザに追われるような青年には一切見えない。
 名前は青島 カイ。これも自称で身分を証明するものなど持っていないから、本名かどうかも分からない。
 男でも女でも誰とでも寝ると本人は言うが、そんな姿は想像できなかった。桐生はしょっちゅう誘惑されているが、他の人物を誘惑しているところなど見たことも無かった。
「いや、人間って逃げる人を追いたくなるじゃないですか。桐生さんがノってくれないから、僕は追いかけるんです」と明るく話す。
 基本的にちゃらけていて、真面目な顔などあまりしない。桐生の仕事を手伝ってくれるが、文句ばかりであまり役には立たない。
 それでも身軽で、手先は器用なので役には立つのだが、何より文句が多い。誘ってくることも含め、桐生はこの青島のことがあまり好きではなかった。それでも、こうして近くに居て手伝ってくれるから、拒みきれないのが本音だ。
「……それ、不法侵入って言うんやで」
「知ってますよ。でも、人間、法を守ってないこと多いじゃないですか。桐生さんだって、赤信号無視するでしょう?」
「赤信号無視と、お前がやってることは全然ちゃうやろうが!! 揚げ足取るな!!」
「桐生さんだって、しょっちゅう揚げ足取ってるじゃないですかぁー」
 あくまでも青島は明るく言う。喋り方から青島は関東の生まれと分かるが、それすらも本当かどうかも分からない。
 時たま見せる表情は、大人びていて、喋れる言葉もそこそこ多い。以前、仕事で外国人が来た時は青島が対応した。その時の流暢な英語は、桐生の耳に今でも残っている。
 詮索されるのは嫌いだが、知りたがりなので聞きたい。なので一度「お前、何者なん?」と聞いたところ、「ベッドの上でお答えします」と明るく言われてから聞くのをやめた。
「桐生さん。今日の予定は?」
「今日はなんも無い」
「へぇ、珍しい」
 青島は冷蔵庫に直したミネラルウォーターを取り出し、パキッと封を開ける。一応、シンクがあるがこの雑居ビルの水は消毒液臭くて、ぬるくて、マズイ。飲めたもんじゃなかった。
 煮沸洗浄しても、まだうっすらと匂いが残るから青島は決して水道の水を飲もうとしなかった。
 そんなことは全く気にしない桐生は、ガブガブと飲むが。
「しかし、お前、水ばっかやな」
「僕、あんまり味覚無いんですよねー。何食べても同じ味しかしないんですよ。だから、水で十分なんです」
「……へぇ」
 興味なさそうに頷いて、桐生は引き出しからセブンスターを取り出した。ばりっとビニールを破って、銀色の紙を引きはがしてからトントンと真ん中を叩き、タバコを引き抜く。
 以前、健康診断と称して病院で色々検査してもらったときに「あー、心臓の血管が細くなってますねー。タバコやめてくださいねっ」と軽く言われたが、タバコをやめる気にはならなかった。
 その時ですら「うっさいわ」と医者に文句を言って、医者の顔をひきつらせた。
「あ、でも、精子の味ならよくわかりー……」
「下ネタはいらん」
 きっぱりと拒否され、青島はふて腐れた。その表情は少し幼く、少年っぽさが出る。本当に何歳なのか判別の付かない人物だった。
「あっついですねー……。ねぇ、クーラー買いましょうよ」
「お前が買うならええけど、俺の金ならやらん。そろそろ、家賃の催促も来るしやな……」
 そう桐生が言うとカンカンカンカンカンと甲高い音が響く。壁が薄くて、鉄でできた階段から人が上がってくるとすぐに分かる。この足音に桐生は眉間に皺を寄せた。
「あーあーあー、うっさいのが来たで」
「確かに、今回ばかりは桐生さんの言うとおりでしょうね」
 笑みを浮かべた青島の頬がひくっとする。二人揃って事務所の入り口を見て、タジタジとしている。
 バァーンと開いた扉の向こうには、高価な服を着た男前が一人。黒いテンガロンハットを押さえて、モデルのように立っている。
「このカッコ付けが。はよ、帰れや」
「いややなぁ、桐生。今日は家賃をもらいに来たんやって」
 バッと帽子を外すと、カールのかかった金髪と端整な顔が現れる。この雑居ビルの持ち主でオーナーの湯浅 稔だ。生粋の日本人だが、顔は日本人離れした外人のように見えなくも無い。
 今年で28歳になる桐生より4つ年下だが、親が金持ちでビルの管理だけを任され、1年のほとんどは遊んでいるような奴だった。
「まだ早いやろうが」
「先に体でもらおーかなーって思ってん。桐生がその気になれば、もっと良いビル、タダで貸してあげんで」
「いらん。死んで来い、ホモが」
「そーだそーだ」
 桐生の暴言に青島も乗る。その顔は楽しそうに笑い、湯浅を見る。青島と湯浅の仲はさほど良くない。と言うより、あまり話さない。
「イヤやなぁ。俺がこんなにアピールしてるのに、乗ってこないのは桐生だけやで」
「湯浅さんのお誘いに乗るぐらいだったら、僕の上に乗ってますって」
「だから、お前ら下ネタはやめぇや。俺はホモちゃうねん。お前らにヤられるぐらいやったら、ソープ行くわ」
「えー、僕だったらソープ嬢より上手くヌいてあげますよ。タダで」
「青島君より、俺のが上手いで」
 二人の間で見えない火花が散り、近寄ってきた二人を桐生は片手であしらう。湯浅が来ると青島の機嫌が確実に悪くなる。顔には出さないが、うっすらと殺意が込みあがってくるのだ。
 2年一緒に居ただけだが、桐生にはそれが分かった。
「僕のテクニックを知らないくせにそんなこと言わないでください」
「青島君のテクニックがどんなんか知るつもりも無いけど、青島君より俺のが桐生のいいところは知ってんでってこと。お風呂も一緒に入った仲やしな」
「な!? 桐生さん、湯浅さんと一緒に風呂入ったんですか!? あんな便所虫と一緒に風呂入ったら、全身便所臭くなりますって。あああ、今から消臭力買ってこなきゃ」
「便所虫ってなんやねん」
「あ、失礼しました。便所虫は失礼すぎますね。害虫にランク上げしておきます」
 青島はこれまでに無いぐらい最高の笑顔を湯浅に向ける。湯浅もそれを笑顔で返すが、こめかみがヒクヒクとしている。訂正しておこう。二人の仲は相当悪い。
 まぁ、基本的に桐生の取り合いなのだが。
「侮辱罪で訴えんで」
「金払えばなんでもしてもらえると思ったら、大間違いですよ。お坊ちゃん」
「もー、いい加減にせぇや、お前らっ!!」
 桐生がドンとテーブルを叩くと、二人の口論はピタッと止んだ。最初は黙って聞いていたが、どんどんレベルが下がっていく口論に桐生は嫌気が差した。
 それが自分の取り合いだというのが分かっているから、余計だ。
「俺はホモやない! だから、お前らがどんなに頑張っても靡くことは無い! 分かったか!?」
「分かりません」
「わからへん」
 何度言われてもめげない二人は同時に答える。桐生は大きくため息を付いて、またタバコに火をつける。この二人と一緒に居るから、自分はタバコを数量が増えたのではないかと疑う。
 この様子では、いつ心筋症になってもおかしくない。
「青島! それ以上、下ネタ言うなら、二度と出入り禁止にすんで!」
「はぁーい」
「湯浅! 家賃の日はまだや! 期限になったら、来い!」
「しゃーないなぁ」
 湯浅は渋々桐生に背を向けて、階段を降りていく。湯浅の姿がなくなったことで、青島もほっと息を吐いて薄汚いソファーにもたれかかった。
「……あ。桐生さんが湯浅さんに、クーラー買ってってたのべば最新の買ってくれたかもしれませんね」
「後々面倒になるやろうが」
「そんときは俺が桐生さんの代わりに体を差し出しますよ」
「問題は湯浅が受け取るかどうかだろ……」
「まぁ、そうですね」
 受け取らないのを知っていて、青島は楽しそうに言った。結局、こうして今日は音沙汰なく日が暮れていった。

 便利屋の一日は、いつになったら始まるのやら……。



新連載って言うわけでもなく、何となく「ワトソンとは違う探偵ものが書きたいなぁ」ってことで、1話完結の読み切りを書こうかなと思います。
プロローグは人物紹介みたいなもんです。

全ての大阪の人がああいうわけではありません。かなり過剰に書いてます。
なのであまり、真に受けないようにしてください……。
この辺に関してのクレームは一切受け付けません。怖いので。笑

思いついた端からぱっぱとUPしていきます。
今は最初なんで、ちょくちょくやっていこうかなって思ってます。

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