君を愛する方法 前編
付き合って1ヵ月とちょっと。もう、良いだろ、って俺の中では覚悟を決めつつあった。俺と里井が付き合い始めてからの生活は、付き合う前と全く変わらず、俺は相変わらず里井の家に通い詰め、里井の家でご飯を食べ、そして、寝る前に帰ると言う何とも進歩の無い生活を送っていた。まぁ、それでも楽しいし、里井のおばさんが作ったご飯は美味いし、ゲームして遊んでちょっとちょっかい出して、キスしたりしての生活が充実してると俺は思っていたから、別にそれでも良かったんだけど。やっぱり、コイビトとやらになったんだから、ヤることはヤりたかった。つーか、ここ最近の俺の思考、それしかなくて男ってほんと、ケダモノって思った。
自分自身、そんなに性欲は強い方じゃないと思ってた。まぁ、オナニーとかはするけどさ。女とヤりてーなんて思ったことないし、俺の好きな人はずっと里井だったし、きっと里井は俺のことを好きになってくれないと思ってたから、一生童貞で居てやるぐらいの気持ちで居た。けど、偶然出会って、色々あって、何とか両想いになったら俺の欲望が爆発した。
前回は失敗したけど、次は失敗しねェ……。てなことで、俺は上司に頼んで4日間の連休を取った。今まで有給なんて1回も使わず、真面目に働いてきた俺だからこそ出来た所業であり、ブツクサいろんな奴には文句言われたけど、悔しかったら取ってみろ、と言い返し、反感を食らった。
そのうちの2日間は、里井と温泉旅行に行こうと思って、俺はさっそく予約を取った。俺が全額払うって言うと、里井がムキになるから、これはくじ引きで当てたってことにしておこう。高校卒業してから警官として働き始め、寮に住んでるから家賃は無いし、生活費も食費ぐらいしかかからない俺は、現在900万以上貯まっている。それを全額里井のために使っても良いのだが、今後の二人のことを考えたら全額ってのはダメだから、ボーナス全額をこの旅行に費やそうと思う。良い旅館を予約したし、あとは旅行に必要なもんを買ってやりたい。服とか、靴とか、いろんなもの。
ウキウキしながら、里井の家の中に入る。もう、チャイム鳴らさなくて良いって、里井のおばさんが苦笑いでそう言ったからだ。「お邪魔します」と言って、とりあえずはリビングに顔を出す。里井のおばさんとおじさんが、ソファーに座っていた。
「あら、岡君。お疲れ様。今日は仕事帰り?」
「はい。今日は日勤だったので、そのまま来ました」
「そうなの」
里井のおばさんがにこっと笑ったところで、「ただいまー」と背後から声が聞こえた。里井の姉ちゃんだ。振り返ると、里井の姉ちゃんの後ろには男がいる。あぁ、あれが噂の彼氏か。弟は一人しかいないことになってるって、この前、里井がボヤいていた。目が合ったから、「こんばんは」と挨拶をする。
「あ、こんばんは……。あれ、弟って一人じゃなかったの?」
マジでそう言う説明をしていたようで、里井の姉ちゃんの背後にいる男はこそっと耳打ちをしている。もしかしなくても、俺、弟と間違えられてるかな。弟の恋人だとは言えず、俺は苦笑いを返す。
「あ、あ……、実はもう一人の弟!」
「「え!?」」
俺と彼氏の声が被る。
「あ、そうなんだ……。か、カッコイイ弟だね」
困った顔をした彼氏が、里井の姉ちゃんを見ながらそう言った。俺は振り返って里井の両親を見る。あんな大声で言い切ってしまったため、二人もどう言って良いのか分からず、困った顔をしていた。どんだけ、里井のことを紹介したくないんだ……。今やもう、引きこもりじゃなくなってるのに。とりあえず、会釈をしてから俺は階段を上がって行った。部屋の中に入ると、不貞腐れた顔をしている里井がいる。
「おっす……」
「……聞えた」
どうやら、下の会話は里井に丸聞こえだったらしい。不貞腐れた顔をする理由も分かるから、「だってあんなに言い切られたら、否定できねーだろ」と言って里井の隣に座る。少し伸びた髪の毛を撫で、機嫌を伺う。不機嫌なのは変わらなかった。
「不機嫌な里井君に嬉しいお知らせ」
「……何?」
「温泉旅行、いかね?」
そう言った時、里井は少しだけ嬉しそうな顔をした。
案の定、里井はその温泉旅行はどうしたのかと尋ねてきたので、あらかじめ決めていた通りくじ引きで当てたと言った。あまり信用してなさそうな顔をしていたけど、里井は「ふぅん」と一応は納得し、行くと言ってくれた。前日は俺も服を買いたかったから、里井を連れて買い物に行き、そして今日、兄さんの車を借りて温泉へと向かっていた。
「車、運転出来たんだ」
「……まぁ、パトカーとか運転するし」
「あぁ、そう言えばそうだね」
確かに車なんか使わないから持ってないし、移動のほとんどがチャリか徒歩だから運転できないと思われたのだろう。仕事ではしょっちゅう運転してるし、下手ではないはず。ちらっと隣を見ると、里井は流れて行く景色を見つめていた。遠出するのも、久しぶりなはずだ。見ているのを邪魔するのも気が引けて、俺は黙って運転をしていた。
俺の頭の中は、夜しかない。
「何時ぐらいに着く予定?」
「ん、2時か3時ぐらい」
「ふぅん。そろそろだね」
とりあえず、旅館でチェックインをしてから、観光するつもりでいた。車だからチェックインする前に観光もできるけど、観光で疲れてるのに重たい荷物をわざわざ運ぶのも面倒だ。車で1時間ぐらいの距離にある温泉街は全国的にも有名で、里井は初めて行くと言っていた。夜云々は抜きにして、楽しんでもらいたい。
観光のパンフレットをガン見していたせいか、里井が少し酔ったと言うのでサービスエリアに停まる。ぐったりしている里井を車の中に居させ、飲み物を買いに行く。てっきり、車酔いなんてしないのかと思っていた。本読んでると酔うぞって注意すればよかった。でも、ぐったりとした様子を見ていると、不謹慎だが可愛いと思ってしまう。もっと、俺を頼ってくれれば良いのに。
スポーツドリンクとお茶、あとはレモン系のさっぱりした飲み物を買って車に戻る。12月に入って寒いせいか、車の中はガンガンに暖房をかけている。これも酔ったうちの一つなんだろう。冷たい風が入りこむと、里井は少しだけ気持ちよさそうな顔をした。
「どう? 具合は」
「ん、ちょっと楽になった」
「ほら、飲めよ」
そう言って里井に飲み物を手渡すと、素直に受け取り飲み始める。ゴクゴクと喉が震えている。その仕草を見ているだけでも興奮しそうな俺は、異常なんだろうか……。運転席に座り、俺は里井から目を逸らす。このままじゃ、ここで間違いを起こしてしまいそうだ。
「出しても大丈夫か?」
「ん、大丈夫」
俺はシートベルトをし、ギアを変え、車を発進させた。
そっからは30分ほどで旅館に到着する。ちょっと休憩しただけで気分が良くなったらしく、里井はすっきりとした顔をしている。荷物を旅館に運び、チェックインを済まし、一度部屋に向かった。仲居さんが旅館の説明をしてくれてる中、俺は部屋の中を見渡し、絶景が広がる窓際へ移動した。旅館の中でも一番良い部屋なだけあって、部屋は広いし、部屋の中に風呂は付いてるし、なんてったって一番上だからかなり景色が良い。里井も驚いたように目を見開いていた。
「では、何かございましたらフロントまでご連絡ください」
「はーい」
パタンと静かに扉が閉まり、俺は里井を見た。
「良い景色だな」
「……うん。ねぇ、岡。ここ、くじ引きで当てたってウソでしょ」
いきなりそう言われ、俺は固まる。どうして、バレたんだ。何も言えずに黙りこんでいると、里井はクスクス笑って「分かりやすいんだよ」と言った。ウソを吐いたことに怒っているわけではなさそうだ。それにホッとする。
「旅行に、行きたくて……。でも、俺が払うって言ったら、里井は行かないって言うと思ったから」
「まぁ、あながち間違っては無いかな。でも、こうやって連れてきてくれたことは凄く感謝してる。俺、行きたいところいっぱいあるんだ。早くいこ?」
そう言って、里井は俺の腕を引っ張る。ああ、理解力のある人で本当に良かった。意地を張って、行かないって言われたら俺は物凄く沈んでたと思う。俺の腕を引っ張る里井の手を、逆に引っ張ってやり、後ろから抱き締める。
「早くいこって」
「うん」
ちゅ、とほっぺにキスしたら、里井が俯いた。ああ、本当にこの場で襲いたくなったが、それはまだ我慢と自分の欲求を抑えつけ、「行こうぜ」と言い里井の腕を引っ張った。
持ってきたガイドブックを見つめながら、里井の行きたいところを聞く。どこへ行きたいのか里井は指をさしていくから、俺は地図を見ながらルートを考える。兄さんの車にはナビが付いてるから、迷うことはないだろう。でも、近いところから回って行きたい。
「岡は、行きたいところ無いの?」
ガイドブックを見ながら、里井がそう言う。俺が行きたいところ……、考えてみたけどあんまりない。あんまりって言うか、全然だ。里井が行きたいところが俺の行きたいところであって、里井がいないなら俺はこんなところにも来なかっただろう。けど、そんなことを言えばドン引きされるかもしれないから、言えなかった。首を傾げて、必死に考える。
「……無いの?」
答えられない俺を追い詰めるように、里井がそう言った。
「え、あ、そそ、そんなこと……」
「無理しないで良いよ」
そう言って、里井はガイドブックを閉じてしまった。なんか、ここで行きたい場所を言わなかったら、単に俺は温泉に来たいだけだった気がして、空しくなる。ヤりたいだけにここに来たわけじゃない。ああ、誤解されたくないなって思ったけど、ここで何か言っても全て言い訳に思われそうだから、俺は何も言えなかった。ギアを変え、車を発進させる。気付かれないように里井を見ると、里井は窓枠に肘をついて景色を見つめていた。
なんとか思いつかないかなと、必死に考えてみたけれど、ここに来ることだけで満足してしまった俺は、何も思いつかず、最初の観光地に到着してしまった。観光するには心地いいほどの晴天。ダウン羽織ってきたけど、少し暑いぐらいだった。車から降りるなりに、里井は「凄いな」と言って煙が噴き出している山を見上げていた。
「おー、スッゲー。やっぱりくせーな」
車に鍵を掛け、俺は山に近づく。途中までは登れるようで、山へと続く道がある。何だかこう言うところへ来たら、自然とテンションが上がる。有名な卵を買おうと思い、売店へと向かう。6個入りからしか売ってないってどういうことだよ。二人で6個って多すぎるだろ。
「里井!」
どうしようかと相談しようと振り返る。てっきり俺の真後ろを付いてきてるのかと思ってたけど、里井は遠いところに居た。先に歩く俺に、呆れてるようにも見える。売店のおばちゃんは「お兄ちゃん、どうするの」と俺を急かす。……まぁ、里井が食えなかったら、俺が食えば良いか。そんな安易な考えで、6個入りの卵を買う。お金を払ったところで、ようやく里井が俺に追いついた。
「思った以上に、楽しそうだね」
俺を見ながら里井が笑う。てっきり呆れてるのかと思ってただけに、笑ってもらえたのは嬉しい。「うん」と返事をすると、「良かった」と里井が言う。どうして、そんなことを言うのだろうか。
「どうして?」
そう尋ねると、里井は俺の前を歩き「実はさ」とちょっと小さめの声で話し始めた。
「俺のためだけにここに来たのかなーって思ってたんだ。折角来たのに、岡が楽しそうじゃなかったら、嫌だなって」
「……え」
「行きたいところも無さそうだし、本当にここでよかったのかな、って。俺は来たことないから楽しいけど、岡は来たことあるかもしれない。そう思ったら、なんか悪いなって思っちゃったんだよ」
振り向いた里井は少しだけ照れくさそうな顔をしていて、すんごく可愛いなって思った。今すぐ抱きしめたくなる衝動を堪え、俺ははっきり言う。
「里井とだったら、どこでも楽しいよ」
「……そっか」
里井はそう言うと、俯いて鼻の下を指で擦っている。さっきから、俺の萌えツボを刺激するのはやめてほしい。そんなことを思いながら、照れている里井を見てニヤニヤと笑っていた。
あぁ、早く夜になれば良いのに。ご飯を食べて、一緒にお風呂入って、あとは部屋で……。
里井といろんなところに回りたいと思ってる片隅で、夜、イチャつくことばかりを考えてしまっていた。
やっぱり、男ってケダモノだ。
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