君を愛する方法 後編


 岡が、温泉にいかね? って誘ってきた時点から、俺はどういうことなのかある程度は分かっていた。前々からどっかに行きたいと言ってたし、なんか俺を見てムラムラしてるのは気付いてたし、何より、俺だってもうそろそろ、時期なんじゃないかなと思うことだってあった。まぁ、別に俺としてはヤりたくないけど。岡が我慢してるなら、そこまで我慢させることはないと。しかし、さっきから感じる強い視線を無視することが出来ず、俺はいつも通りの自分では居られなくなっていた。
 観光を終え、7時過ぎには旅館へと戻る。さすが警官、と言うか、何と言うか。岡はしっかり法定速度を守った安全な運転をしていて驚く。まず、車が運転できることに驚いたんだけど、仕事上、車を乗ることだって多いだろうし、警官が法定速度守って無かったらそれこそクレームになるだろうし。職業がプライベートにまで出ちゃってて、少し笑えた。
「8時ぐらいだってご飯。どうする? 先に風呂、入るか?」
 部屋に入るなり、岡がそう言う。確かにまだ時間があるし、ちょっとお風呂に入ってしまっても良いかもしれない。「うん」と返事をして、風呂に入る用意をする。温泉に来るなんて、本当に何十年振りだろうか。最後に行ったのは、小学生のころ、家族旅行で行ったぐらいだ。引きこもってからは、外に出るのが嫌で、家族旅行にも行かなかった。いつの間にか、家族で出かけることも無くなっちゃって、今は各々で行きたいところに行っている。やっぱり、いつかは家族ってバラバラになっちゃうんだな。そんなことを思って、少しだけ寂しくなった。
「……里井?」
 カバンの前で座ったままの俺に、懸念を覚えたのか、岡が俺の名前を呼ぶ。中からタオルを取り出し、「ん?」と言って普通の顔を見せる。俺の顔を見た岡は、少し止まってから「早く行こうぜ」と言った。岡のことだから、また俺が何か考え込んで凹んでるのとか、気付いてるんだろうな。鈍いところはトコトン鈍いけど、鋭いところは鋭い。俺のことをよく見てるから、出来るだけ気を遣わせたくないけど、ふとした仕草とか見逃さないから、本当に困る。
「露天がすげーらしいぞ」
「……外、寒いよ?」
「気合で行けば大丈夫だって」
 子供のみたいに笑う岡を見て、先ほどまで荒んでいた気持ちが、ちょっとだけ和らいだ。
 俺が考えてる以上に、岡に救われている。俺を引きこもりにさせた張本人だけど、今ではかけがえの無い存在へと変わりつつあった。
 浴衣と着替えとタオルを持って、最上階にある風呂へと向かった。岡のウキウキ具合は見てるだけでも良く分かり、ぱっぱと脱いで颯爽と風呂に行ってしまう。観光の時と良い、俺より楽しんでるのは岡に違いなかった。夕食時のせいか、風呂場に人は少ない。まだ入らない俺に、「里井、早く!」と岡が急かす。風呂場に岡の声が響いた。
「今、行くから。はしゃぎ過ぎだって」
「風呂。でかいぞ!」
「……分かってるよ」
 温泉の風呂が小さかったら困るだろ、と言いそうになるのを堪えて、俺はタオルを手に持ち、中へ入る。ジャバジャバと水の落ちる音が響き、湿度が高いせいか、呼吸がしにくかった。
「どうする? まず、露天行くか?」
「先に体とか洗うよ。岡も洗いなよ」
「お、おう……」
 入ることしか考えてなかったようで、そそくさと洗い場へと向かう。その後を追い、俺は岡の隣に並んだ。温泉とかに来ると、シャワーの勢いが弱かったりするけど、ここは大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、俺はシャワーを出す。さすがは良い旅館なだけあって、シャワーの勢いは痛いほど強かった。頭を洗い、顔を洗う。俺が体を洗おうとしたところで、隣で体を洗っていた岡が立ちあがった。
「背中、洗いっこするか?」
「……え」
「ほら、後ろ向けって」
 何も返事してないのに、岡が俺の体を無理やり回転させる。ごしごしと洗ってくれるのは嬉しいけど、力こめすぎてちょっと痛い。「痛いよ」と呟いたら、岡は「コレぐらいしっかり洗わないとな!」となんか張り切って、力は弱めなかった。絶対、俺の背中、真っ赤になってる……。さすがに我慢しきれなくなり、「もういいよ!」と叫んだ。
「えー、そんなに痛かった?」
「痛いよ。はい、後ろ向いて。俺もやるから」
「……え、要らない」
「早く」
 岡の肩を叩き、俺に背中を向かせる。さっきの仕返しを絶対にやってやるんだから。そう意気込んで、俺はタオルを握りしめる。俺よりも大きい背中にタオルを当てる。思いっきり擦ると「いってぇ!」と前から大声が聞えた。
「ちょ、里井! 痛い痛い!」
「俺だって痛かったんだから」
「俺、そんなに力こめてない! やめて! ごめんって!」
 岡が振り返って俺の腕を掴む。まぁ、謝ったし、顔が涙目だったのでここでやめてやることにした。力を弱めて背中を洗うと、「人にやってもらうって気持ち良いなぁー」と呑気なことを言うので、ちょっとムカついた。俺は全然、気持ちよくなかったって言うのに。
 まんべんなく洗ったのを確認して、俺はシャワーで岡の背中を流した。一番最初に力を込めて擦ったところはやっぱり赤くなっていて、笑えてしまった。口を手で押さえ、笑いを堪える。
「さ、露天行くか」
「……外、寒いんじゃない? 風、強そうだよ」
「気合気合。行くまでが寒いだけだから、大丈夫だって」
 岡は笑いながらそう言い、俺の手を取った。行くって決めたら譲らない岡のことだ。俺がどれほどごねても無駄だろう。仕方なく、露天へと続くドアへと近づく。開けた途端、全身に冷たい風が吹きつける。凍え死ぬ!
「うー、さすがに真冬の露天はさっみぃー!」
「早く行こうよ」
「おー」
 岡はしっかりと俺の手を握って、滑らないよう細心の注意を払いながら湯気の出ている露天に向かって早足で歩く。二人一斉に湯船に沈み、「はぁー」とつい声を漏らしてしまう。温泉は少し熱くて、冷えた体には丁度良かった。露天には俺達二人しか居ない。空を見上げると、煌々と星が輝いていた。思わず「綺麗」と声が出てしまった。
「ん?」
「いや、星。空気が綺麗だからかな」
 そう言うと、岡も空を見上げ「ほんとだ」と呟く。群青色の空には、いくつもの星が輝いていて、幻想的な風景だった。街では絶対に見れない光景だ。木々を揺らす風の音。ジャバジャバと温泉の流れる音。岡の肩が、俺の腕にぶつかる。ドキと心臓が飛び跳ね、心拍数が早くなる。何でか知らないけど、今、凄く岡のことを意識していた。……キスしたい。そんなことをこんなところで思うなんて、俺はバカか。居た堪れなくなって、俺は意識を空に向ける。数分ぐらい黙って空を見つめていると、岡が俺の腰を掴みいきなり体を引き寄せられた。
「ん、どうしたの?」
 驚いて声が上擦る。岡は俯いていて、どんな表情をしているのかよく分からなかった。
「いや、ちょっと……」
 中から見えない位置に移動すると、岡は軽く俺に唇を合わせた。こんなところで、キスなんかしたら、風呂から出れなくなるだろ。でも、俺もしてほしかったから、文句なんか言えなかった。ちょっとだけじゃ、物足りない。けど、こんなところで盛ったら猿以下だと思って、何とか自分の理性を抑えつけた。ジャバと隣から水の音が聞こえ、俺は立ちあがった岡を見上げる。
「のぼせたから、先、出てるわ」
 赤い顔をした岡が、そう言って先に出てってしまう。追いかけようと思ったけど、岡がああいう態度を取る時は、追ってほしくない時だ。俺もまだ立てないから、「分かった」と返事をして、肩まで沈んだ。
 こんなに意識してて、大丈夫だろうか。なんだか、一瞬にして夜が怖くなった。けど、このドキドキをどうにかしてほしい。そう思ってる自分も居た。

 風呂から出て部屋に戻ると、すでに食事の準備が始められていた。船の上に刺身が乗ってるのは、初めて見た。見ただけでテンションが上がった俺は、「美味しそう!」と声を上げてしまう。そんな俺を見て、岡が「美味そうだな」と言って笑った。俺が喜ぶだけで嬉しそうな顔をしてくれるのは、少し嬉しい。岡の楽しそうな顔や嬉しそうな顔を見るには、俺が喜べばいいんだから。
「では、ごゆっくり」
 全ての食事が並び、用意してくれた仲居さん達が部屋から出て行く。テーブルの上に並べられた豪華な食事は、見ているだけでもおなかいっぱいになりそうだ。岡はグラスにビールを注ぎ、「はい」と言って俺にそのコップを差し出した。ビールは苦手だって言ってるのに、どうして酒なんか注ぐんだ。でも、折角注いでくれたのを無下にも出来ず、俺は「ありがとう」と言ってコップを受け取る。
「じゃ、乾杯」
 もう一つのグラスを俺に向けてきたから、俺も「乾杯」と言って受け取ったグラスを岡のグラスにぶつける。カツンと音が響き、ビールを一口飲んだ。岡はゴクゴクとビールを飲み干している。風呂に入って喉が渇いてたせいか、苦いけど喉を突き刺す炭酸は心地よかった。自然と飲む量も多くなる。
「風呂上がりは美味いだろ? ビール」
「うん」
「さ、飯食おうぜ。俺、ここの旅館にしたの飯が美味いからなんだ」
 そう言えばなんか、最近パソコンをよく使ってるとか、そんなことを言ってた気がする。前もってレビューで調べたのか。岡らしいなと思って、笑ってしまう。とりあえず、目の前に並んでる刺身を箸で取った。食べる前にちらっと岡を見ると、すでに岡はバクバクと食事を食べ始めている。岡より先に好きな物を取らないと、即無くなってしまいそうだ。黙って口の中に刺身を入れた。毎回のことだけど、食事中、岡はほとんど黙っている。食べるのに集中しているからだ。まだ家だったら、父さんとか母さんに話しかけられたら喋ってるけど、自分から話しかけることは少ない。なんか結構厳しい家だったようで、マナーとかは俺より断然出来ていた。箸使いだって上手いし、持ち方もちゃんとしてる。そして、何より食べてる時の姿勢がとてもよかった。
「美味しいね」
 独り言のように言うと、岡は顔をあげ「おー」と言い、また食べ始める。こう言うところに来たら、ちょっとは楽しそうに喋りながら食事するんじゃないかと思いながらも、岡があまりにも必死に食べているので、俺も黙々と食べることにした。半分ほど減ったところで、俺はおなかいっぱいになり、ぬるくなったビールを飲む。岡のコップが空になっていたので、ビールの瓶を持って注いでみる。なんか上手く注げなくて、泡ばっかりになってしまった。見栄えの悪いコップを手に取り、岡が「ありがとう」と言って笑う。
「……泡ばっかり」
「俺、泡好きだから大丈夫だよ」
 そう言って、岡はコップに入ったビールを飲む。泡が好きだなんて、ウソに決まってる。だって、マズイもん。それでも岡は一気に飲み干して、「注いで」とコップを突き出しながら俺に言った。手に持った瓶を一度見つめてから、俺はそのコップにビールを注ぐ。今度はそこそこ上手く注げたようで、泡とビールは半々ぐらいになった。
「コップ、立てたままで入れると泡立ちやすくなるんだよ。次は、上手く出来ただろ?」
「うん」
「ま、でも里井が注いでくれたなら何でも良いけど」
 あはは、と笑って、コップに入ったビールを飲む。半分ほど飲んでから、岡の隣に置いてあったビール瓶を手に取り「ほら」と言って、瓶を付きだす。俺も飲めって、ことか。どうしようか迷ったけど、折角注いでくれるんだから飲もうと思って、先ほどの岡と同じようにコップを斜めに出した。コップの中にビールが注がれていく。やっぱり、俺より上手い。黄金比と言われてる泡3、ビール7と綺麗に注いでくれた。
 それから互いにビールを注ぎながら、岡が食事を進める。俺はおなかいっぱいだから、ビールばっかり飲んでて、ちょっとだけ眠たくなってくる。こんなにも酒を飲んだのは、生まれて初めてだ。座椅子に凭れかかっていると、岡が「疲れた?」と話しかけてくる。いつの間に隣へ来たんだ。ボーっと岡を見つめていると、岡の手が俺の頭を撫で、唇が重なった。俺の手は酒のせいで熱くなってるけど、岡の手は俺の手より断然冷たかった。肩に触れてた岡の手が、ゆっくりと鎖骨を撫で、首元に移動する。舌が絡んで力が抜けかけた時、トントンと扉をノックする音が聞こえた。
 ビクと二人の体が同時に跳ねる。
「お食事をお下げしても、よろしいでしょうか」
 仲居さんの声が聞こえ、俺達は咄嗟に離れ「は、はい!」と挙動不審になりながら答えた。ぞろぞろと、中に人が入ってくる。あのまま、流されてたらきっとヤってた。浴衣の襟を掴んで、ゆっくり息をする。そんなことをしないと、過呼吸になってしまいそうなぐらい、体が空気を欲していた。
「お布団はあちらの部屋にご用意しておりますので」
 そう言い、仲居さんは隣の部屋を指し、部屋を出て行った。もう、布団の準備が出来ているのか。パタンと扉が閉まり、何でか分からないけど居た堪れなくなる。ちらっと岡を見ると、岡も俺を見て目を逸らした。気まずいんだろうか。でも、岡が来なきゃ俺からも行きにくいし。なんでこんな絶好な機会にこっち来ないんだよ!
 このヘタレ!
 ムードが無いと出来ないのか!
「……えー、あ、風呂、入りなおす?」
 岡は俺と目を合わせず、ガリガリと頭を掻きながらそう言う。どうして、そうなんだよ。と突っ込みたいのを堪え、俺は岡の前まで歩く。ちょっと表情はキレ気味なのが出ていたと思う。近づく俺に怖気づいたのか、岡が一歩、退いた。
「え、さ、里井?」
「俺、ある程度の覚悟決めて、ここまで来たんだけど」
 はっきり言うと、岡は「……え?」と言って困った顔をする。まだ分からないのか。あっさり良いよって言ったけど、良いよって言うのに俺がどれほど緊張したのか。二人で温泉に旅行行くのが、ただの遊びじゃないってことも、岡がどんな気持ちで俺を誘ったのかも、ほとんど分かってたのにコイツは分かってないのか。酔っ払ってるせいもあるかもしれないけど、ムカついてきた。
「もう良いよ。なんか、ムカつく」
「へ、あ……、どうして」
「岡は何も分かってない」
 もうなんだか岡の顔を見ているのも嫌になり、俺は布団が敷いてある隣の部屋に行った。離して敷いてある片方の布団を足で蹴り、遠ざける。それを見ていたのか、「あ!」と岡が叫んだ。もう一つの布団も反対方向に運び、壁にべったりとくっつけその布団の中に入った。眠たいし、寝れるだろう。目を瞑ったところで、「何で、怒ってんだよ」と不貞腐れた声が聞こえた。ムカつくから、無視する。
「なぁってば」
 岡が近づいてくる気配がする。そのまま答えずにいると、岡の手が肩に触れ左右に揺さぶられる。鬱陶しくて手を振り払い岡を睨みつけると、唇を塞がれた。退かそうとするも、岡は俺の腕を押さえ付けるから、抵抗することもできなかった。まぁ、端から拒む気なんかあんまりなかったけど。
「っ……、ん」
 浴衣の合わせ目から手が入ってくる。冷たい手にびっくりして、体が跳ねた。ぎこちなく手が俺の乳首を捉えた。指が冷たくて、あんまり触ってほしくない。唇が離れて、岡と目が合う。至近距離にある目が逸らせない。
「……何で、怒ってんの」
「別に……」
「別にじゃ、ないだろ。里井が怒ったまま、俺、こんなことしたくない」
 まっすぐ見つめる目は、真剣だった。岡の言いたいことは分かる。分かるけど、はっきりしない態度にイラついてたなんて言えなくて、俺は口籠る。もごもごとさせている俺を見て、岡は少し笑った。
「人がいなくなったあとすぐなんて、マジで盛ってるみたいで嫌だったの」
「……え?」
「なぁ、本当に大丈夫? 俺、里井に無理だけはしてほしくない」
 浴衣の間から手を抜き、岡が俺の髪の毛を掻きあげる。今さら、何を言ってるんだ、コイツは。俺は岡の手を取り、「だから、覚悟決めてきたって言ったじゃん」としっかり岡の目を見て言った。岡がヤりたくてしょうがないことなんか、ここに来る前から分かってた。
「良いの?」
「いいよ」
 短いやり取りだったけど、言葉はそれだけで十分だった。
 ぶつかり合うように唇が重なり、忙しく岡の手が腰に伸びる。腰ひもを外され、浴衣が肌蹴た。岡の手が俺の上半身を撫でて、唇が離れる。そのまま、首筋に岡の唇が触れた。ザラリとした舌が、喉仏を舐める。背中からゾクゾクと何かが走ってきた。
「ン」
 思わず声が出てしまい、恥ずかしくなる。岡の手は俺の乳首を摘んで、指の先で捏ねる。この前、こんなことしなかったのに、どこで覚えたんだ。抑えきれなくなり、声が漏れる。左手で口を押さえていると、「声、出して良いよ」と岡が言う。
「……やだよ」
「え、でも、俺、声聞きたい」
 そう言って岡は仄かに笑い、俺の手を取る。どうしてそんなことを言うのだろうか。意地悪を言われてる気がして、悔しくなった。唇を噛みしめ、声を抑える。乳首を舐められ、「うあっ……」と何とも情けない声が出た。いきなり、太ももを触られ、足がビクと震える。太ももの内側を撫であげられ、立ちかけたペニスを握られた。何回か触れられたことがあるけど、今日はなんだか雰囲気が違い、いつもより恥ずかしい。恥ずかしいのに、気持ちよくてどうして良いか分からなかった。乳首がこんなに感じると思わなかった。パンツの中に手が入って来て、直に触られた時、一瞬、イきそうになった。
「んっ……、は、あっ……」
「きもちいい?」
 顔をあげて岡がそう聞く。気持ち良いなんて言えなかったから、首を縦に振ると、岡は優しく笑った。それを見た時、ドクンと体の内側が波打つ。
「……え」
 驚いたように、岡がそう言う。俺も何が起きたのかよく分からなくて、「え?」と岡を見る。パンツがジワリと何かに浸食されて行くのを感じて、恥ずかしくなった。俺、もしかして、イっちゃった? 岡は俺のパンツの中から手を引いて、自分の手を見る。何が起きたのか、瞬時に分かった。一体、俺はどうしてしまったんだろうか。恥ずかしいのと怖いのが一緒に襲ってきて、泣きそうになった。
「……里井?」
 岡が心配そうに声を掛ける。
「な、何で、俺……」
 知らない間に声が震えていた。岡は俺の体をギュッと抱きしめ「大丈夫だって」と言う。何が大丈夫なんだ。岡が何を言いたいのかよく分からない。
「アレだろ。雰囲気だろ?」
「……は?」
「ほら、良くいうじゃん。雰囲気が違うと盛り上がるって。ケンカした後のセックスはああだこうだとか」
 呑気なことを言う岡に、ちょっとだけイラついた後、呆れた。あんなのでケンカなら、今後、もっと大きいケンカをしたらどうするつもりなんだ。でも、そんなあるか無いか分からない未来を、今から心配していてどうするんだ俺は。抱きしめる岡の背中に手を回して、ギュと力を入れた。岡が体を起こし、俺に軽くキスをする。
「続き、しても良い?」
 俺は首を縦に振った。
 いつの間にか頭上に移動させてたティッシュを数枚手に取り汚れを拭ってる間、俺は自分で汚れたパンツを脱いだ。汚れたまんまだったら気持ち悪いって思って脱いだけど、岡の手がほとんど受け止めてくれたようで、あんまり汚れてなかった。布団の横に置き、俺は岡を見る。
「ちょっと俺、勉強してきたんだわ」
 岡は真面目な顔をしながらそう言う。俺も勉強って言うか、どういうことをするのか調べてきた。でもそれを口に出すなんてリアルすぎて無理だ。
「この前、失敗したのは慣らすのが悪かったから、だと思うんだけど」
「…………うん」
「今日は頑張るから!」
「…………うん」
 何故か凄く張り切っている岡は浴衣の襟を直し立ちあがると、隣の部屋に行ってしまった。何をしに行ったのか、考えなくても分かってる。ちゃんと持ってきたんだろう。いろんなものを。俺はこんなところで待たされてるけど、どうしたらいいんだろうか。寝て待つ? それとも座ったまま? ぐるぐると頭の中で選択肢が回る。考えている間に、岡が手にローションを持って戻ってきた。やっぱり、それを取りに行ってたのか。
「悪いんだけど。四つん這いになって」
「……え、やだよ」
「でも、それが一番効率良いんだって。な?」
 なんかこのまま拒んだら、俺がヤりたくないと言っているようで、俺は仕方なく岡に背を向け床に手を付く。どうしてこんな恥ずかしい格好しなきゃいけないんだ。そんなことを考えてる間に、冷たい液体が尻にかかる。ビクと体が震えた。指が中に入ってくる。これはこの前と一緒だった。指が行ったり来たりすると、中でグチュグチュと音が鳴り、恥ずかしい。岡の指が内側に折れ、内壁を押す。
「んっ!?」
 ペニスを触られる時とは違う快感が、俺の内側から襲ってくる。体が一瞬にして熱くなった。萎えたペニスに血が巡るのを感じる。岡は内壁を押しながら、指を入れたり出したりしていた。この前とは違う。押されてる場所が、前立腺ってところか……? 枕を握りしめ、顔を埋めた。もうダメだ。声が抑えらんない。
「は、ん、やっ……、あっ……」
「……里井?」
「も、そこっ……、やめて……。くるしっ」
 やめてって言っても、岡はやめてくれなかった。「ちゃんとやんないと痛いから」と言って、指を動かす。足が震えて四つん這いすらできなくなりそうだ。足に力が入らない。そろそろ、本気で耐えれなくなりそうになったとき、岡の指が中から抜けた。俺は枕から顔をあげ、岡を見る。
「痛かったらごめん。もう、俺が耐えれなさそう」
 そう言って、岡が浴衣を脱ぐ。仰向けになろうと思ったけど、岡が俺の腰を掴んで引き寄せたから、仰向けになることが出来なかった。尻に圧迫を感じる。俺は息を飲んでから、力を抜いた。岡のが中に入ってくる。この前は入って来た時だけでかなり痛かったけど、今日はちょっと違っていた。真ん中に入ってくるまで痛くはなかった。けど、それ以上、中に入ってくるととんでもない痛みが全身を駆け抜ける。痛い。反射的に力を入れてしまった。岡の動きが止まる。
「……い、たい?」
「ん、でも、だいじょぶ……」
 最初は誰でも痛いもんだ。それは調べて良く分かってる。だから、ここを乗り越えなかったらずっと出来ない。ゆっくりと力を抜く。すると、ズッと思いっきり中に入ってきた。痛みに声が出なくなる。枕を握りしめていると、岡の体が俺の体に密着し、枕を握りしめてる手を握った。最初とは違う、暖かい手。
「全部、入った」
「……ほん、と?」
「うん」
 そう言って岡は俺の肩に唇を落とした。ちゅと音が鳴り、「動くね」と言って岡が動き始めた。ゆっくりだったけど、まだ痛みが走ってる。「あ、あ……」と断続的な声しか出せず、色気も何もあったもんじゃなかった。だって痛い。痛くて声が出てるのと、同じだった。俺の手に重なっていた岡の手が離れ、いきなりペニスを握られる。動きながら扱かれると、気持ちよさが込み上がって来て、痛いのはあまり気にならなくなってきた。
「あ、んぁっ……、ん、んっ……」
 岡の動きが早くなる。もう何が痛くて、何が気持ち良いのか、良く分からなくなってきた。痛いのも、気持ち良いのも、一緒に感じる。これって危ない傾向だよな。そんなことを考えながらも、俺はただ、感じるがままに声を出していた。
「あ、やっ……、んんっ……、ふ、あ……、ッ……」
「やべっ……、すっげぇイきそっ」
 顔を横に向けて岡を見る。岡の手がまた俺の手を掴み、奥まで突っ込まれた。そのまま中で岡が果てる。中に吐きだされるのを感じ、俺は岡の手に唇を落とす。なんかやっと、出来たなって思った。岡は俺の中からペニスを抜くと、俺を抱きしめ「お風呂、いこっか」と耳元で囁いた。確かにこのまんまじゃ、大変なことになるらしいから、中のを抜かなければならない。頷くと、岡は俺から離れ、いきなり俺の体を抱き上げた。
「え!?」
「風呂まで、運ぶ」
 岡は満面の笑みでそう言った。楽しそうな笑顔を見てたら、嫌だって言うのも億劫になり、俺は岡に体を預ける。お姫様だっこをされる日が来るとは、過去の俺は想像できただろうか。いや、出来ないな。岡とこうやって付き合うことすら、むしろ、岡と出会うことすら、俺の頭の中には無かった。二度と、会いたくない相手だったんだから。
 部屋についてる露天風呂に行き、岡は俺を洗い場に座らせると「中の、先に抜くから」と言って俺にシャワーを掛ける。寒いはずなのに岡は文句を一つも言わず、中を洗ってくれる。まぁ、かなり恥ずかしいことだったけど、折角やってくれたんだから俺は何も言えなかった。岡は俺を抱え、浴槽に沈む。空を見上げると深い闇の中に、相変わらず綺麗な星空があった。
「……なんか、早くてごめんな」
「は?」
 突然、そんなことで謝るから何事かと思った。振り返ると、岡はそっぽを向いて、一見、不貞腐れているようにも見えた。記憶を辿り、謝られた理由を探す。あぁ、さっきのことか。早くてごめんってのは、イくのが早かったから、ってことだろう。そんなこと言ったら、岡の笑顔見ただけでイった俺はどうなるんだよ。
「あー、なんかやっぱり想像と違うなぁ。もっと、こう、上手くできると思ってたのにぃ……」
「想像って何」
「んー、それはちょっと……。オナネタみたいなもんだからさ……」
 あぁ、ヤりまくってる妄想をしてたってことか。岡の考えてることが手に取るように分かる。それで抜いてたって言うんだから、なんか単純だなーって思った。付き合ってから、何回か抜いたり抜いてもらったりしてたけど、それだけじゃ足りなかったわけだな。俺は十分だったけど。最近、エロゲとかも全然してないし。岡も毎日うちに来るから、そんなことしてる暇なかったし。いつの間にやってたんだよ……。ちょっと呆れて閉口する。
「……ごめんな? 痛かったよな」
「え?」
 岡が俺の体をギュッと抱きしめる。痛かったけど、それは仕方ないことなんじゃないだろうか。別に気にしてないけど、岡はかなり気にしてる様だから、ちょっと笑って「大丈夫だよ」と答える。ポンポンと手を叩くと、岡は俺の体を回転させて、キスしてきた。目を瞑り、岡の腕を掴む。
 唇が離れると、岡は俺の前髪を掻きあげる。
「岡は、どこにも行かない?」
 何でか知らないけど、俺は咄嗟にそんなことを聞いていた。岡は首を傾げてから「どういうこと?」と聞き返す。とんでもないことを聞いてしまった俺は、どうして良いか分からず、俯いた。この前、岡が転勤になったとき、付いてきてくれるかと尋ねられて、俺は答えられなかった。それなのに、どこにも行かない? なんて聞いちゃ、失礼だと思った。俺ばかり、岡に感情を押し付けてる。岡の質問には答えないくせに、俺の質問ばかり答えさせる。酷く利己主義だ。それなのに岡は、笑って答えてくれた。
「行かない。里井がどこにも行かないなら、俺も行かない」
 その答えが嬉しくて、泣きそうになった。家族も友達も、みんなバラバラになっていくのに、目の前にはどこにも行かないと言ってくれる人がいる。それって物凄く幸せなことなんだと思った。岡が傍に居てくれるだけで、十分だ。もう、何も考える必要って無いんだ。
「……なぁ、里井。前にも聞いたことだけど……」
 岡が躊躇いながら尋ねる。
「俺が転勤になったら、一緒に来てくれる?」
「うん」
 今度はすぐに答えることが出来た。岡は俺を抱きしめて「良かった……」と呟く。岡の声は分かりやすいぐらい震えていた。泣いているんだろうか、それとも、泣きそうなんだろうか。俺も感極まって泣きそうになる。
 岡の体を抱きしめる。
 とても愛おしい、大切な人。
 いつまでもいつまでも、傍に居たいと思った。

 あれから、部屋に戻った後、もう1回やってから一つの布団で寝た。狭かったけど、岡のベッドで寝ているような気がして、俺はぐっすりと眠ることが出来た。結局、翌日は疲れてチェックアウトギリギリまで部屋に居たから、観光も何もせずに家へと戻る。また、来ようねと、約束をした。
 家の前に停めてもらい、俺と岡は車から降りる。さすがに岡も疲れたみたいで、今日はお土産を渡したら帰ると言っていた。明日は休みだから、俺も一緒に岡の家に行く予定だ。家の中に入ると、見慣れない靴と楽しそうな声が聞こえた。姉ちゃんと、姉ちゃんの彼氏だ。
「あら、ともちゃんと岡君。おかえりなさい」
 俺達の存在に気付いた母さんが、リビングから玄関にやってくる。岡が「これ、お土産です」と言って、母さんに温泉まんじゅうを渡す。俺は「今日は岡の家に行くから」と言って、着替えが入ってるボストンバックを玄関に置いた。
「悪いんだけど、洗濯しといて」
「分かったわ。悪いわね、岡君。疲れてるのに」
「いえ、気にしないでください」
 ニコニコと笑ってる母さんの後ろで、唖然としてる人がいた。視線を感じ、俺はその人を見る。見たことないけど、あれが姉ちゃんの彼氏か。姉ちゃんもリビングから顔を出し、俺達を見た。顔が青ざめている。
「と、智弘……」
「あ、姉ちゃん。お土産、みんなで食べなよ。ま、岡が買ってきた奴だけど」
 岡がトントンと俺の肩を叩く。どうしたのだろうかと顔をあげると、こそっと耳打ちをする。
「あの彼氏の前では、俺が弟ってことになってるんだけど」
 そう言われて、旅行に誘われた日を思い出した。岡が来たと思って、耳を澄ませていたら、姉ちゃんが彼氏連れて帰ってきて、岡のことを自分の弟だと紹介していた。けど、今、俺が姉ちゃんと言ってしまった。どうしよう。姉ちゃんは震えた手を彼氏の肩に置き、「ごめん」と素直に謝っていた。なんか悪いことした気分になったけど、元はと言えば姉ちゃんが彼氏に嘘を吐いたのがいけなかったんだ。
「実は、あの子、弟の友達で……。弟はアレ」
 彼氏の目が俺に移る。
「……あぁ、やっぱり。似てないと思ってたんだ。別に、ウソなんか吐かなくても良かったのに」
 どうやら彼氏はとても良い人のようで、姉ちゃんに微笑みかけていた。それから彼氏は俺の前までやってきて「初めまして」と挨拶をしてくれた。俺も少しどもりながら「初めまして」と挨拶をする。
 こんな風に挨拶が出来るようになったのって、岡のおかげだ。前までだったら、俺は部屋から出なかったし、この彼氏にも存在を知られなかっただろう。人が怖くて、家族の中でも母さんと父さんぐらいしか喋れなくて、外に出るのも嫌で、家の中に引きこもって一日中ネットして、ネットでは偉そうなことずらずら喋って、全ては引きこもりにした岡のせいだと決めつけてた。でも、それは俺にも原因があった。
 そう教えてくれたのは、紛れもなく岡だ。俺は隣にいる岡を見る。

 君を好きになって良かった。

 君を愛せて、本当に良かった。


+++あとがき+++
終わったああああああああああああああああああああああああああああ。
なかなか終わらなかった後編。最後、いつになったら終わるのかと悶々としてました。
何だかなんだ言って、ドラマ見ながらやっちゃったりとかしてたので、書き上がるのにめちゃくちゃ時間を要しました。
でも、これがラストなんで手だけは抜きたくなかったです。
良かった。ちゃんと書き終えて。
きみすきはこれにて終了です。もう、機会が無ければ書くこともないと思います。
SSから始めて、続編のご要望を頂き、物凄いスピードで更新してましたが、とても楽しかったです。
最後までお付き合いしてくださってありがとうございました。

ご意見、ご感想等、ありましたらお気軽にください。
お待ちしてます。

2011/6/27 久遠寺 カイリ
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