君を好きになる20の方法

1項目 君を好きになる可能性


 10年近く引きこもってた奴が、外に出るって物凄い勇気だと思うんだ。俺にとっての外界は魔界のようで、家を出て10メートルぐらいビクビクしながら歩いていると、子供にお月見団子と言う名の泥団子を投げ付けられた。ただ、遊びに付き合わされただけだと思って、愛想の良い俺は、泥団子を投げ返してやった。すると、子供たちは思いっきりキレ、俺に沢山の泥団子を投げてきた。この時、俺は半分、泣いていたと思う。15歳近く年下のクソガキに舐められたら、あかん! と誰かが俺の頭の中で叫んだから、必死になって泥団子を投げた。ここで退いたらあかん! と、俺の中に居る見ず知らずの関西人が叫んでたから、俺は退くにも退けず、子供に向かってマジになっていた。
 そのせいで、俺は、警察に捕まってしまった。
 泥団子を投げたクソガキの母親達は、俺を見るなりに発狂。鬼、どころではない。妖怪のような形相で俺を怒鳴りつけ、俺を連行したお巡りさんは、苦笑いで俺を怒る。何だよ、こちとら、10年ぶりに外へ出て、この仕打ちなんだぜ。もう、社会から嫌われまくってんじゃん。と絶望の淵に立たされたところ、背中を思い切り蹴飛ばされたような衝撃的なことが起きた。俺を連行したそのお巡りさんってのが、中学2年、3年と、俺をイジメまくっていた岡、と言う奴だったのだ。俺は絶望に落とされた。
 どんなことを言われるのかとビクビクしていたら、岡はいきなり、「服を買いに行こう」と言って俺を誘った。岡と買い物に行くなんて、死んでもイヤだと思った俺は断ったけれど、岡に無理やり連れて行かれてしまった。ビルの窓に写った自分の姿と岡の姿に、なんだか惨めさを感じて俺は岡から逃げ出した。家に引きこもり、一生、外になんか出ないと全力疾走していたら、あっさり岡に掴まってしまい、なぜか謝られた。
 イジメられていた俺と、イジメていた岡の関係をやり直したい、と言われた。どうして、と尋ねたら、岡は俺のことが好きだと言う。真剣に気持ち悪い、コイツ、と思ったが、現時点で俺の方が岡より優位と言うことで、その挑戦を受けて立ってやることにした。

 俺が岡を好きになる可能性、なんてゼロだ、ゼロ!

 とりあえず、俺が食べたくて仕方なかった月見バーガーを奢ってくれるってことで、岡とマクドーナルズにやってきていた。月見バーガーを食べたこと無いヤツは人生損してると言われたので、俺は月見バーガーを注文した。岡が「セットにしろよ……」と呆れた顔をしてきたから、何となくセットで頼む。セットと普通の違いが良く分からず、首を傾げていたたところ、セットにはポテトとドリンクがついてくると言うので、俺はコーラを頼んだ。岡はビックマックセットと、ハンバーガーの単品を頼んでいた。
「……そんなに食べるの?」
「一応、仕事上がりだからな。どっかの誰かさんのせいで、疲れた」
 あからさまな嫌味を言われ、俺はビクと体を震わせる。やっぱり、コイツ嫌い……! 好きだって言ったくせに、俺のことイジメてきやがる。不貞腐れていると、隣から笑い声が聞こえた。ああ、また俺をイジメて笑ってる。本当に最悪な奴だ。
 トレーの上に沢山の物を乗せて、岡が勝手に席を決めて座る。俺はその対面に座って、一応、「ありがとう」と礼を言った。岡が顔を上げて笑う。
「どういたしまして。ま、やっすいもんだから気にすんなよ」
 笑っている表情は、以前を思い出さない。かと言って、それで油断したら岡の思惑に嵌まりそうだから、俺は警戒しながら袋を開ける。ネットで見た月見バーガーとは、かけ離れたものがそこにある。
「……何、これ」
「月見バーガーだろ?」
 岡はまず、ビックマックから食べ始めた。箱に入ったビックマックも、俺がネットで見た奴とは違う。何だ、それ。なんだか怖くなって、俺はメニューを見つめる。メニューの月見バーガーも、ビックマックも、ネットと同じなのに、ここにあるのは違う。何と言う詐欺だ……。手が震えてしまうのを抑えながら、俺は口に運ぶ。一口、小さく噛んでみると、新天地へやってきた気分だった。
「美味いか?」
 岡が笑いながら、尋ねる。俺は首を縦に振り、がむしゃらに月見バーガーを食べた。こんなに美味いなんて、知らなかった。確かに、これを食べたこと無い奴は人生損してると思う。良かった、俺。俺の人生なんて、クソなもんだと思ってたけど、それなりに損はしてないみたいだ。嬉しくて、涙が出そうになった。これを奢ってくれた岡が、ちょっとだけ神様に見える。
「がっつくと、喉に詰まるぞ」
「だいほーふ」
「食いながら喋るなよ。ガキか」
 口うるさい岡であるが、トレイの上に乗っかっていた紙ナプキンを俺に手渡してくれる。何だよ、ちょっと優しくしてくれたぐらいじゃ、俺は岡になんかなびかないからな。そんな目を岡に向けると、呆れたように笑われた。なんだか、俺の考えが岡に読まれてるようで、恥ずかしい。
「俺さ、明後日仕事休みなんだわ」
 岡がポテトを食べながらそう言う。まだ月見バーガーを食べていた俺は、ふぅんと思いながら、その話を聞く。休みだから何だと思ったとき、「俺と遊んで」って言われたのを思いだす。もしかしなくても、俺は、岡に誘われているのか? そう思って岡を見ると、岡はニコニコ笑いながら「遊びに行こうぜ」と言った。俺は即座に、首を横に振る。
「暇なんだろ!」
 ちょっと怒り気味に岡が言うから、俺はブンブンと勢いよく首を振る。岡と遊ぶなんて嫌だ。
「まぁ、良いや。迎えに行くし」
 岡がいきなりそんなことを言うから、思いっきり喉に詰まらせてしまった。慌ててコーラを手に取り、それを飲み干す。炭酸一気飲みしたせいか、目から涙が浮かぶ。そんな俺を見つめて、岡は楽しそうに笑う。
「ほら、言っただろ。喉詰まらせるって」
「……岡のせいだ」
「何で俺のせいなんだよ」
 困ったように岡が笑う。
「家まで迎えに行くとか言うから」
「だって、毎日暇なんだろ? 家に引きこもってちゃ、もったいねぇよ」
 それは常人の考えであって、10年間引きこもってきた俺は別に勿体ないと思わない。こんな貧相で、前髪ももっさもさで、髪の毛もボーボーの俺とどうして遊びたいだなんて思うんだろうか。もう月見バーガーだって食べたし、これ以上、外になんか出たくなかった。外界は魔界だ。
「…………やだ」
「はぁ? 毎日暇って……」
「外になんか出たくない。もうヤダ。家に居る」
 俯いていると、対面から小さいため息が聞こえた。呆れただろうか。いっそ、このまま俺に呆れて、どこかへ行ってほしい。月見バーガーだって奢ってもらったし、正直、俺は満足だった。
「確かに。引きこもってた奴が、頻繁に外出るってきっついわな」
 少しだけ顔を上げると、岡は人差し指で顎を掻いている。何を考えているのか良く分からなくて、俺はすぐに俯いた。
「ちょっとずつ、外に慣れてこうぜ。泥団子投げ付けられたのはきっつかったかもしれないけど、今日みたいな天気良い日に、外出れたのは良かっただろ?」
 もう一度、顔を上げると岡が笑っていた。確かに、言う通りだ。今日、10年ぶりに外へ出たけど、俺に注ぐ太陽は心地よく、風だって緩やかに吹いて気持ちよかった。そんな気持ちを台無しにしてくれたクソガキ達に、殺意が沸いた。
「あ、そうだ。今日、ガキ共帰す時、親にはちゃんと言っておいたぞ」
「へ? 何を」
「見知らぬ人に泥投げるなんて、どういうご教育をされてるんですか? ってな。ああ言う人たちはさ、教師とか里井みたいな奴らには強気に言うけど、俺らみたいな国家権力にはあんまり強くねーんだよ。まま、俺もただの警察官だから、そんなに権力っつー権力も無いけどさ。通報来た時、電話の相手がさ「子供が大人を集団でイジメてるんで、どうにかしてください」って電話かかってきたんだぜ? 俺、笑いかけたよ」
 てっきり、俺が子供をイジメてるから、通報されたのかと思ってた。だって、岡だって来るなりに「お兄さん、何してるんですか?」って話しかけてきたんだから。怖くて仕方なかった。でも、ちょっとだけあのモンスター達を叱ってくれて嬉しい。最低最悪のイジメっ子だったけど、やっぱり26歳になったらそれなりの常識とやらを見に付けたようだ。まぁ、取り調べのときは一方的に俺のせいだったけれど……。
「里井が思ってるほど、外って悪い世界じゃないぜ?」
「……うん」
「だから、徐々に慣れてこう。俺も付き合うから」
「……要らない」
「お前な!」
 だって、俺に外を怖いと思わせたのは、間違い無く岡だ。その岡が、引きこもりから克服させてくれるってのは、なんだか奇妙だった。許せない気持ちは、やっぱり強いし、どんなに岡が俺のことを好きだって言っても、俺が岡のことを好きになる可能性って、少ないと思う。なんせ、俺、ゲイじゃないし。そもそも、10年も会って無かったのに、俺のこと好きだってどういうことだよ。理解できない。
 岡が分からない。
「まぁまぁ、良いよ。天気良い日とかは、外出たりしろよ」
 コーラを飲みながら、俺は頷く。岡と一緒に出るのは嫌だけど、一人で出たりするのは良いかもしれない。日中じゃなくて、夜とかも楽しそうだ。一度、出たら、次も出ようって気になった。それは紛れも無く、岡のおかげだ。次から、俺は泥団子を投げられることは無くなるだろう。……多分。
「服、買いに行くのはまた今度だな」
「え……、もうイイよ」
「ダメだろ。せめて、格好ぐらいは胸張れるようになれって。すればまた変わってくるんだからさ。服買ったら、今度は美容院な。俺も一緒に行ってやるから」
「……要らないってば」
「大丈夫だ」
 何が大丈夫なのか分からなくて、否定するのも嫌になった。服買いに行って、美容院なんて、引きこもりの俺にはハードルが高い。高すぎる。だから嫌だ。でも、この様子だったら、今日みたいに無理やり連れて行くんだろうな。どうして、岡はこうも強引なんだろうか。それは昔から嫌いだった。もうちょっとで良いから、俺の意志だって尊重してほしい。俯いていると「ちゃんとしてれば、良いことあるからよ」とフォローする声が聞こえて、顔を上げる。
 岡も、俺と同じように困った顔をしていた。
「そろそろ帰るか。良い時間だろ」
 そう言われて、俺は壁に掛けられた時計を見る。時間はもう、7時を過ぎている。月見バーガー買いに行くしか言ってないけど、母さんは心配してないだろうか。不安になって、俺はすぐに立ち上がった。岡が、トレイに乗ったゴミを片付けてくれる。「出るぞ」と促されて外に出ると、冷たい風が体を襲う。昼間はあんなに暖かかったのに、夜になった途端、寒くなるなんて卑怯だ。くしゃみをすると、岡が俺を見る。
「その格好じゃ、寒いよな」
「……え?」
「ほら、パーカー貸してやる」
 いきなり岡が着ていたパーカーを脱いで、俺にかけてきた。まだ岡の体温が残ったパーカーは生温かい。どうしようかと思ったけど、マジで寒かったから、パーカーを羽織る。岡も長袖一枚だけなのに、寒くないんだろうか。隣を見ると、岡は平然とした顔で歩いていた。
「……寒くないの?」
「ん、まぁ、ある程度は鍛えてるからな」
「へぇ……」
 パーカーを脱いだからだと思うけど、岡の体格は他の人よりもちょっとがっちりとしている。警察官だから、それなりに鍛えたりとかしてるんだな。顔も良いし、体格も良いなんて、本当に無いもの知らずだな、コイツ。ちょっとだけ羨ましくなって、岡から目を逸らす。岡を僻んでも、岡が持ってる物を俺は手に入れれない。
「家、この辺だよな」
「……え、何で知ってんの?」
「住所、書いただろ? 俺、この辺が管轄だから、住所見ればどの辺か分かるんだよ」
「うわぁ……」
「あからさまに嫌そうな顔すんな」
 怒っているような口調だったけど、岡は笑っていた。なんてポジティブな奴なんだ。俺は本気で嫌がっていたと言うのに。なんだかんだ言いつつも、岡は俺の家の前まで送り届けてくれて、「じゃぁ、また今度な」と言って颯爽と去って行ってしまった。見えなくなるまで、その後ろ姿を見送り、俺は家の中に入る。
「ともちゃん! 遅かったじゃない!」
 母さんが、物凄い勢いで玄関にやってきた。家を出て、もう地味に5時間ぐらい経っている。月見バーガーを買いに行くのに、5時間かかるなんて俺ぐらいしか居ないだろう。
「ごめん。ちょっと色々あって」
「そう。大丈夫だった? なんか、ご近所さんが言ってたんだけど、大人が子供をイジメる事件が発生したらしくて。ともちゃんがそれに巻き込まれてたらどうしようかと思って、凄く心配だったのよ」
 色々と間違っているが、巻き込まれたんじゃなくて、俺はモロに当事者だった。けれど、そんなこと母さんに言えず、「だ、大丈夫だよ……」と言って隣を通り過ぎる。早く部屋に入りたいと思ったのに、母さんが「あら、その服どうしたの?」と言って俺を引きとめる。岡から借りた服だ。灰色のパーカーに濃い青の長袖シャツ。パーカーは大きくてダボダボだけど、長袖シャツは丁度良かった。
「借りた」
「あら、誰に?」
「中学、同じだった奴。ばったり会っちゃったんだ」
 俯きながら言うと、「そうなの」と嬉しそうな声が聞こえて、俺は顔を上げた。母さんがニコニコと笑って、俺を見つめている。母さんにとって、嬉しいことなんて一つも無いはずなのに、どうしてそんなに笑えるんだろうか。不思議だった。
「じゃぁ、洗濯してお返ししなきゃね」
「……うん」
「最初に買った服より、そっちの方が似合ってるわよ。最初の服、凄くダサかったの。ともちゃんが外出るって言うから、お母さん言えなくて」
 母さんは笑顔で、俺にトドメを刺した。

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