君を好きになる20の方法
12項目 俺が君にしてしまったこと
被害者面されるのは、気にくわなかった。いつの間にか、俺が悪いことになって、大嫌いと言ったのが、とても酷いことのように感じた。俺が悪かったのか、岡が悪かったのか。もう、今さら、そんなことを言っているような次元ではなくなってしまった。結局、岡に、あの女の人は誰だったのけ聞けず、ただ、女の人と一緒に居た岡自身に、俺はイラついていただけだった。
正直言うと、一緒に居た女の人なんて、どうでも良かった。
でも、それだけを怒るなんて、まるで俺が嫉妬しているみたいじゃないか。最近、岡を独占していたのは俺で、それが俺ではなくなってしまったから、怒っている。俺は勘違いでもしていたんだろうか。おもちゃを取られた子供の様な行動に、呆れてため息しか出てこなかった。後悔しても遅い。岡を怒らせ、悲しませたことは確かだ。怒りすぎた結果、俺の脳は正常に働いていなかったのかもしれない。岡が置きっ放しにしていった紙袋から、弁当箱を取りだす。蓋を開けると、それなりに整ったおかずが目に入った。卵焼き、ウィンナー、ミートボール、ブロッコリー。本当に岡が作ったんだろうかと思うぐらい、美味しそうな弁当だった。どういう気持ちで、これを作ったんだ。分からない。岡が言ってたように、岡の気持ちは俺に分からない。俺の気持ちだって、岡になんか通じない。
だから、言葉があるんだ。伝えなければ、通じない。俺はちゃんと、岡に怒ってることを伝えようとしてただろうか。考えてみるけれど、それすらも、岡に聞かないと分からない。でも、後を追うつもりは、無かった。
一度、冷静に考えた方が良い。俺も、岡も。特に俺は、しっかり考えなければならなかった。
二重になっている弁当箱の下段を開けてみる。中にはいろんなおにぎりが並んでいる。全てのおにぎりにちゃんと海苔が巻かれていて、一目見ただけで具が何か分かるようになっている。梅、タラコ、オカカ、昆布。岡ってマメな奴だった。今さら分かった事実が沢山で、岡の全てがこの弁当箱の中に詰まっている錯覚に陥った。決して、詰まっているわけではない。なのに、岡がどんなことを考えて、この弁当を作っているのか、姿が目に浮かんだ。一方的に言ってしまったことを、後悔する。でも、あの時にはもう、戻れない。俺が岡に対してキツイことを言ってしまったのも、岡のことを何も考えずに言ってしまったことも、全て変わらない。……でも、俺が裏切られたと思ってる気持ちも、今だって変わってはいなかった。
端っこに詰められた卵を手で掴み、口に運ぶ。甘い砂糖の味がした。出汁巻きかと思っていたけど、女の子が作ってくるような甘い卵焼きだ。母さんが作っていたのを思い出す。笑いが込み上がってきた後、泣きそうになった。まずくは無い。むしろ、美味かった。
ちゃんと、思っていることを伝えていたら、岡は怒らなかっただろうか。でも、俺はあの時、凄く怒っていたんだ。岡なら、どうして怒ってるのか聞いてくれると思っていた。岡が聞く前に、俺は岡を怒らせてしまったんだろう。怒るまで、岡はどうして俺が拒絶しているのか、理由を尋ねていた。その岡の気持ちを踏みにじったのは、間違いなく、俺だった。俺も被害者だったけど、岡も被害者だった。どっちも、どっちだ。けど、したことは、俺の方が確実に悪かったのかもしれない。もう、何がなんだか、分からない状態だった。
今度はタコ足になっているウィンナーを手に取る。噛むとパリと音がして、美味い。焼いたのか、焦げ目がついている。ちょっと焼きすぎたのかもしれない。焦げ目は茶色ではなく、黒色になっていた。朝から、必死に作ったんだろう。それでようやく、岡が、今日、どうして昼からを選んだのか分かった。この弁当を、作るためだったんだろう。わざわざ、休みの日、朝早くから起きて弁当作りの作業に取り掛かったんだ。だから、昼からじゃないと行けない。少し焦げた味のするウィンナーは、胡椒がきつかった。
次はブロッコリーを手に取る。マヨネーズも何もかかっていないブロッコリーをそのまま口に放り込む。少し塩味がするけど、味気ない。挙句の果てに、ゆで過ぎててブロッコリーの食感があまり無かった。どこが料理得意なんだよ。ウソツキ。料理美味い奴が、ブロッコリーにマヨネーズ掛け忘れるとは思わない。ゆで過ぎて食感が無くなってしまうとは思えない。俺に嘘を吐いたことなんてないって言うけど、それすらも、ウソじゃないか。
でも、本当にウソツキだったのは、どっちだろうか。俺か? それとも、岡か? 分からない。少なくとも、俺は岡にウソを吐いたつもりなんて無かった。信じると言った時は信じていたし、信じられないと言った時は、信じられないと思った。女と二人で腕を組んで歩いているところを見て、信じられる奴がどこに居るだろうか。そんな姿を見てまで、岡の言うことを信じてしまうほど、俺は岡のことを信用しているわけではない。元々、好きだってことすら、疑ってかかっていた部分はある。それが露見しただけだ。でも、最後に見た悲しそうな顔が、フラッシュバックする。あの表情だけで、いきなり俺が悪くなった。あんな顔を、させるつもりはなかった。
じゃぁ、俺は、岡に何て言ってほしかったのだろうか。
違うと言ってほしかったのか? あの女は、ただの友達だって言い訳してほしかったのか?
女と二人で歩いているのを見たと言ったわけではないのに、そんな言い訳ばかり、岡に求めていたと言うのだろうか。何て、俺は傲慢な奴なんだ。がっかりした。
人は貪欲なんだろう。岡だってそうだ。関係をやり直したいと言った岡は、次々と俺にいろんなことをしてきた。抱きしめてきたり、キスしてきたりした。言い合いをしているとき、俺は全部、演技だと決めつけていた。でも、本当にそうだったか? もう、なにがなんだか、分からなかった。
岡が握ったと思われるおにぎりを手に取る。口の中に入れるとしょっぱい味がした。梅が沢山入っているのか、それとも塩を入れすぎたのか分からない。咀嚼すると、カリカリと梅干しの果肉の食感が良く、半分以上食べたら、しょっぱさもあまり気にならなくなった。明らかに多いおにぎりを見つめ、岡がどれほど食べる気だったのか分かる。明らかに一人分でも、二人分でもない。三人か、四人分ぐらいあった。でも、岡は一人で三人分ぐらい、食べてしまう。それを見越しての量なんだろう。食べていたら、喉が詰まったので、俺は立ちあがり部屋から出た。階段を降りると、ちょうど母さんが心配そうな顔をしてこちらへやってきていた。
「あ、ともちゃん……。岡君、帰っちゃったの?」
「……うん」
母さんは少し躊躇ってから、俺を見る。
「ケンカ、したの?」
声が聞こえていたのかもしれない。もしくは、あまりにも早く岡が帰ってしまったから不安になったのかもしれない。母さんは、岡と俺の間に何かあったことを悟っていた。どう答えようかと迷ったけど、母さんはある程度の確信が合って尋ねてきているんだろう。素直に頷くと、「……そうなの」と言って母さんまで俯いてしまった。どうして良いのか分からず、沈黙が流れる。
「どっちが、悪かったと思う? ともちゃんは」
「……どっちもどっち、じゃない」
思ったことを述べてみた。きっと、岡の弁当を見なかったら、岡が悪いと意地でも言っていたかもしれない。でも、真面目に作ってきた弁当を見たら、一概に岡だけが悪いとは言えなかった。俺だって、悪かったところはある。それも分かっているだけに、謝れば良いだけなのかもしれないが、謝ることも素直に出来なかった。母さんは「とりあえず、こっちにいらっしゃい」と言って俺の腕を引っ張った。リビングに連れて行かれ、俺は定位置に座る。
「あのね、岡君、家を出て行く時、凄く悲しそうな顔をしてたの。ちょっと言い争ってる様な声も、こっちに聞えてたしね。ケンカしたのかなって思ったけど、本当だったのね……。ともちゃん、中々部屋から出てこないし、岡君は「お邪魔しました」って口早に言って出て行っちゃったから、どうしたのか尋ねられなくて……。少し、心配してたのよ」
母さんはそう言いながら、俺に暖かいお茶を出してくれた。両手で湯呑を握りしめ、何も言わずにお茶を飲む。母さんに本当のことは言えなかった。母さんは困ったような顔をして俺を見る。
「悪いと思ったら、謝りに行くのよ」
「……うん」
俺が悪いと言われているようで、また岡に対する怒りがちょっとだけ沸いた。湯呑に入っているお茶を飲み干して、立ちあがった。今はまだ、誰かと喋る気力は無い。「ごちそうさま」と言って、俺は部屋に戻った。折り畳み式のテーブルの上には、まだまだ沢山の具が入っている弁当箱がある。多少、俺が食べたから、隙間は開いているけれど、中身はまだまだ沢山ある。一人でこんな量は食べれないけれど、岡が俺と出かけるために作ってくれたのだから、せめて全部、俺が食べようと思った。
一通り食べ終わり、俺は服を着替える。外に出たくなった。今日は雲ひとつない晴天だ。母さんに悟られないようそっと部屋を抜け出し、すぐさま外に飛び出す。まだ太陽は頂点にあり、気温はどんどん上昇していた。日頃と比べて、少し暑い。天気予報を見ていないから分からないけれど、今日はいつもより気温が高いだろう。歩いているうちに汗が流れてきた。汗を腕で拭い、目的地へ向けて歩調を速める。歩いて15分ほどのところに、今日、岡が行く予定にしていた神社があった。境内の中に入ると、真っ赤なモミジが目に飛び込んできた。風に揺られ、葉が落ちる。舗装された道から一歩、砂利道に入るとクシャと葉を踏みしめる音が響く。平日のせいかもしれないが、人は誰ひとりとして、この境内の中に居なかった。
真っ赤に染まったモミジを見上げ、綺麗だと語っていた岡を思い出す。確かに綺麗だ。こんなところまでパトロールしているんだろうか。もしかしたら岡は、パトロールのついでにここでサボっていたのかもしれない。俺と同じようにこのモミジを見上げている岡を想像する。俺が昨日、交番から出てきた岡を追おうとしなければ、中に入った岡を待たなければ、岡の様子を見に行こうとしなければ、母さんに買ってくる物は無いかと尋ねたりなんてしなければ、外になんか出ようと思わなければ、今頃ここで、岡と一緒に、岡が作ったあの弁当を食べながら、このモミジを見上げていたんだろう。一人で居ることに寂しさを覚えた。
俺が、岡と一緒に居た人に抱いた気持ちは、嫉妬だったのだろう。モミジを見上げながら、自然と、そう思った。そして、その気持ちを岡にぶつけてしまっても、岡は笑って許してくれるんだと、勝手に勘違いしていた。いきなり行かないと言っても、嫌だって言っても、ウソツキだって言っても、岡の気持ちを勝手に否定したとしても、岡は笑って「どうしたんだよ」と言ってくれるんだと、思い込んでいた。
そんなわけない。岡だって人間なんだ。
俺が岡にしてしまったこと。
それは……、無意識の復讐だった。
岡が俺の気持ちを踏みにじったように、俺も岡の気持ちを踏みにじってしまった。そうされることが、どれほど苦しく、どれほど辛いのか俺は知っている。失恋することよりも酷く苦しく、そして空しくなる。俺は全て岡のせいにすることが出来たが、岡はどうだろうか。好きだった相手に、気持ちを踏みにじられたのだ。俺のせいにしているだろうか。それとも、自分を責めているだろうか。分からない。俺は岡のことをずっと恨んで生きてきた。だからって、同じことを岡にして良いわけではない。少なくとも、俺と再会してからの岡は、俺に誠実だった。何でもかんでも俺のために必死で、そして俺のためにと、自分のことを疎かにしてまで、俺にいろんなことをしてくれた。
キスをされ、部屋に閉じこもっていたときだって、ドア越しに会話した。失礼なことをしているのに、岡は楽しかったと言って笑ってくれた。出来るだけ俺に会話を合わせようと、ゲームの話をしたり、ポケモンを持ってきて対戦したり、月見バーガーがそろそろ終わるからと言って買ってきてくれたり、俺のためにいっぱいしてくれた。
それなのに俺は、事実を確認せず、岡が女の人と歩いているだけで勝手に裏切られたと思い込み、八つ当たりして、岡を傷つけた。イジメっこだった時の岡と、同じことをした。
岡が俺にしてくれたこと。
沢山ありすぎて、挙げきれない。
岡が俺にしてくれたことは、岡の自己満足ではない。こうして、何気なく外に出れるようになったのは、岡のおかげだ。
全部、岡のおかげだ。
風に揺られ、モミジの葉が一斉に舞う。それとともに、俺の頬を水滴が伝った。
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