君を好きになる20の方法

19項目 君の笑った顔


 接触していた唇が、ゆっくりと離れていく。目を開けると、間近に居る岡と目が合い、恥ずかしくて目を逸らした。顔の温度が、上がっていく。少しの間、沈黙が続く。
「俺ら……、こんなところで何してんだよ」
 呆れたような声が、上から降ってくる。そう言われてよく考えたら、ここは公道だ。人が通らなかっただろうか。今さら、そんなことを考えても遅いと言うのに、そんなことばかり考えてしまい、目を配らせる。
「……うち、来るか?」
 俺はそれに小さく頷いた。
 岡は俺の腕を掴んで、歩き始める。その歩調はいつもよりも早い。引っ張られるように歩き、俺は小走りになってしまう。相変わらず、岡は歩くのが早い。でも、こうやって歩くことにも、嫌じゃなくなっている自分がいた。前までは、嫌で仕方なかったと言うのに。俺の腕を握りしめている岡の手が、少しだけ震えていた。緊張でもしているんだろうか。俺の手も、汗ばんでいた。
 斜め前を歩く岡を見つめていると、岡は真剣な顔をして前を見ていた。目元は赤くなっていて、二人揃って大泣きしていたのが分かる。このまま、岡の家に行ってどうしよう。したいことも思いつかなかったけれど、まだ、岡から離れたくなかった。会話も何も無く、岡が住んでいるアパートに到着してしまった。岡は俺の腕を掴んでいない左手で鍵を取り出し、ゆっくりと鍵穴に差し込む。カチャンと解錠され、岡がドアを開け、俺を引っ張る。思いのほか、強い力に俺は驚く。
「うっ……」
 バタンとドアが閉まると同時に、抱きしめられた。岡は後ろ手で鍵を閉め、「……ほんと、俺で良いのか?」と小さい声で尋ねてきた。岡にしては珍しく、自信の無い言葉。俺のことになると、自信が無くなってしまうんだろうか。そう考えたら、笑えてきて、わずかに漏れてしまう。
「笑うなよ」
「……だって」
「しょうがないだろ! 俺は、ずっと……、里井のことが……」
 そのまま、岡の声が小さくなっていってしまったから、俺は岡の背中に手を回しギュッと抱きしめた。分かっていると、言葉に出来ないなら、態度で示そうと思った。
「……中、入ろうぜ」
「うん」
 そっと岡の体から手を離し、俺は靴を脱ぐ。相変わらず、綺麗とは言い難い部屋の中に入り、俺はこの前座った場所に座る。初めに来た時と、この前来た時は、色々緊張していて、部屋の中をよく見渡すことが出来なかった。部屋の中をぐるりと一周見渡し、何が置いてあるのかチェックする。俺の部屋には無いものばかりで、新鮮だった。俺の周りには雑誌やら、服やら散乱しているし、テーブルの上には食べたと思われるコンビニの弁当の空き箱が置いてある。これで料理得意なんて、本当によく言ったものだ。母さんは俺の部屋が汚いだのいっぱい言っていたが、岡の部屋の方が十分に汚い。見ているのに気付いたのか、岡が「……俺だって忙しいんだよ」と言い訳しながら、テーブルの上に置いてあるコンビニ弁当の空箱を片づける。
「最近、里井の家で飯食ってたから、久しぶりにコンビニ弁当食ったけどさ。あんまり美味くねぇのな。一人ってのもあったのかもしれないけど」
「そう言えば、母さんに言ったんだ。昔のこと」
 思い出してそう言うと、岡は俺を見て「あぁ……」と頷く。それから、ガリガリと後頭部を掻き、片づけている手を止め、俺の隣に座った。
「なんか、何も言わずに仲良くするって卑怯だと思ったんだよ。つーか、そこまで俺も図々しくないって言うかさ。はっきり言って、里井の家族からは恨まれてても仕方ないわけだし。だから、そう言うところはちゃんとしておきたいなって」
「バカだよね」
「え!?」
 バカだと言うと、岡はびっくりした顔で俺を見つめる。
「もし、母さんがそこで、「二度と関わらないで」って言ってたら、どうするつもりだったの? ちょっと、後先考えてなさすぎじゃない?」
「……いや、そんときはそんときで、土下座するとか?」
「行き当たりばったり」
「……仕方ないだろ」
 岡がシュンとなって俯く。本当にバカだと思った。でも、そう言うバカ正直なところも悪くないと思う。自分に正直で、少し強引で、自信があるのか無いのかよく分からない時もあるけど、ポジティブで、嬉しそうに笑う顔が俺は気に入った。
 昔からそうだった。
 岡は変わらない。変わらない笑顔を、俺に向けてくれていた。
 俺は岡の肩を叩く。凹み気味だった岡が「ん?」と言いながら、顔を上げた。その隙をついて、ちゅ、とキスしてやる。驚いた顔が面白くてたまらなかった。笑ってしまうと、岡が「……積極的だな」と俺に釣られるように笑い、覆いかぶさるように唇を合わせる。唇の隙間から、舌が入ってきて、俺の舌を絡め取る。それに驚いて、つい、入ってきた舌を噛んでしまった。それでも、岡の舌は俺の口の中を蹂躙する。舌の先端が、変な感覚を生む。小さく、声が漏れた。
 岡の手が、俺の服の中に入ってきた。
「っ……、なにして!?」
「何かもう、我慢できない」
「……はぁ!?」
 何が我慢できないのか俺はよく分からなかった。岡は俺を抱き上げると、そのままベッドに寝転がらせる。岡を見上げ、俺はようやく、何が我慢できないのか分かった。切羽詰まった岡の顔が、俺の視界に現れる。
「ちょ、心の準備が!」
「大丈夫だろ」
「……じゃねーよ!」
 本音が出た。焦っている俺を見て、岡は笑う。笑っているけれど、手は動いていて、俺がピンチなのは変わらない。服が捲られて、俺の貧相な体が露わになった。童貞だとか何とか言ってたけど、コイツ、ウソだろ。この慣れた手つきは、童貞と思えない。
「……ほ、ほんと、無理だって……!」
「俺も無理」
 岡の唇が、俺の口を塞ぐ。もがこうとする手を絡められ、ベッドに押し付けられた。何だかもう、抵抗するのもバカらしくなってきて、俺は力を緩めた。唇は離れ、首筋に押し付けられる。先ほどとは違う感覚が、襲ってきた。
「っ……、ん」
「あのさ……」
 不安げな声が聞こえて、俺は岡に目をやる。岡は俺を見つめたまま、口をもごもごと動かしていた。言いたいことがあるなら、早く言ってほしい。俺は「何?」と言って、岡を急かした。
「初めてだから。上手く出来ないから」
「……え、あ、うん?」
 どうしてこの場でそんなことを言うのか分からず、俺は首を傾げた。男とやるのが初めてだからと言うのだろうか。そんなこと言ったら、俺はこんなことすること自体、初めてだ。俺だって上手くできない。
「ほら、前にも言っただろ」
 珍しくはっきり言わない。ふっと岡は俺から目を逸らし、俯いてしまう。
「俺、童貞だって」
「………………………………それ、ほんとなの?」
 少し間を置いてから尋ねると、岡は勢いよく顔を上げ「本当だよ!」と大声を出す。そんな自慢できることじゃないのに、どうしてそんな必死に言うのだろうか。俺に信じてもらいたいからか? でも、岡の行動を見ていると、信じられないのが本音だ。
「その割には、手が早いって言うか、何て言うか」
 思っていることを言うと、岡は「う……」と呻くような声を出し、俺から目を逸らす。
「……初めては、好きな人とが良いって思ってて。諦めかけてたけど、やっとチャンスがやってきたから。ちょっと舞い上がってる」
「はぁ」
「つーか、俺、ちゃんと言っただろ! 童貞だって!」
「そんな自慢げに言えることじゃないよね」
「里井が信じないからだろ!」
 確かに信じていなかった。でも、岡がこんなにも必死になって言うってことは、本当なんだろう。わざわざ、上手く出来ないって宣言するぐらいなんだし。舞い上がっているのも納得できたから、俺は「分かったよ」と返事をする。すると、岡は嬉しそうに笑った。
 この笑顔を見たかった。
 岡の笑った顔が、一番良い。
「信じるよ」
「良かった」
 そう言って、岡は俺に唇を合わせた。何度、唇を合わせただろうか。俺からも合わせたし、岡からも合わせてくる。ぎこちない手が、俺の上半身を撫で、スウェットのゴムに手を掛ける。一度、オナニーしようとしたところを岡に見られたことがあったけど、その時とは違う恥ずかしさが込み上がって来て、俺は手で顔を隠す。少し冷えた手が、俺のペニスに触れた。
「っ……」
「う、動かすぞ」
「言わなくて良いよっ……!」
 そんなことを言われると、居た堪れなくなった。ゆっくりと岡が手を動かす。誰かの手で触れられる日が来るなんて、思いもしていなかった。ましてや、相手は男だ。前まで、俺をイジメていたいじめっ子だ。誰がこんなことを想像しただろうか。少しだけ目を開けると、岡と目が合う。咄嗟に、閉じてしまった。
「んぅっ、あっ……、やっ」
 岡の手の動きが速くなった。グチュと水の音が聞えて、耳を塞ぎたくなる。足が震えた。岡が動く気配がして、俺は目を開ける。体を起こすと足の間に、岡が居た。
「ちょ、何すっ……」
 何するも何も、見ていれば分かることだった。強烈な視界に目を開けていることが出来なかった。生温かい舌が、俺のペニスの先端を舐め上げる。こんなこと、しなくても良いのに、と思いながら、俺は声を抑える。映像や画像では何度も見てきたことがあるし、されている想像もしたことがある。けれど、そんなものが吹っ飛んでしまうぐらい、されるのは違っていた。腕で自分の体重を支えることが出来ず、俺は枕に頭を預けた。
「ん、も、やっ……、おか……、んっ……、だめだって」
「何が」
 ダメだと言っているのに、岡は動きをやめない。出そうになる衝動が、限界に迫っていた。このままイってしまえば、岡の口に出してしまうことになる。それは避けたかった。さすがに嫌だ。俺が嫌だ。
「はなして……!」
「やだ」
「イくって……、ばっ」
「イって」
 根元から先端まで、裏筋を指が撫であげた。その動きに耐えれなくなり、俺は言われた通り、イってしまった。出ている感覚が、断続的に続いている。岡はまだ俺のペニスを銜えたままだ。ぐったりしたまま、岡を見る。ゴクンと喉が震えている。信じられなかった。口に出してしまったのも信じられなかったし、それを飲んでしまったのも、俺は信じられなかった。どうして良いのか分からず、岡から目を逸らす。
 顔を横に向けて、目元を腕で隠していると、ゴソゴソと何かを漁る音が聞こえ、俺は目元から腕を離し岡を見る。岡はベッドの下に置いてある何かを取りだそうとしていて、屈んでいる。一体、何を取りだすつもりなのかと見つめていると、俺の部屋にもある見慣れたオレンジ色のキャップのボトルを手に掴んでいた。それは紛れも無く……。
「……用意周到だね」
「え……。いや、前にさ。里井とケンカする前、結構、脈あるから大丈夫かなーって、買ってきちゃった……。もしダメでも、オナニーで使えば良いかとか」
 バカだと言おうとして、俺は黙り込んだ。岡がバカなのはもう、言うまでも無い。自分で「バカだから」と言ってしまうほどなんだ。それほど、自分の感情にまっすぐで、そしてウソを吐かない。笑ってしまうと、岡は照れくさそうに笑い、「良いか?」と尋ねてきた。俺はそれに頷く。
「優しくしてね」
「当たり前だろ」
 冗談で言ったのに、真顔で返すから、俺は爆笑してしまった。
 思った以上に、尻に指を入れられるのは気持ち悪いことだった。岡の服を握りしめ、俺は息を吐きだす。ぬるぬるとしたローションが体の中に入り、指が行ったり来たりしている。岡は俺の上に覆いかぶさって、何度かキスをしてきた。
「……どれぐらい、やればいいんだろ」
「しら、ないよ……」
 そんなことを俺に尋ねられても、分かるはずがない。そして、岡も分かっていない。岡は俺から少し離れると、困った顔をして首を傾げる。どうしようかと言った顔だ。エロ画像なら何十枚、何百枚も見てきた俺だけど、こればっかりは未経験だ。ましてや、腐女子スレなんて画像を開かずに叩きまくってたし。この時ばかりは、そんなことをしてた俺に後悔する。
「もう良いかな」
「……いいんじゃ、ない?」
「痛かったら、言えよ」
 そう言って岡は体を起こすと、着てる長袖シャツを脱いだ。さすがは警察官と言うか、引き締まった体は無駄な肉がついていない。着痩せするのか、思った以上に筋肉がついていて、がっしりとした体だった。これなら、重たいのも頷ける。俺の貧相な体とは、正反対だった。ズボンに手をかけ、一気に脱ぎ棄てる。凶器に見えるソレが、俺の視界に入った。
 大丈夫じゃない気がする。
「…………………………やっぱり、今度に」
「はぁ!?」
 岡が何言ってんだと言って、怒る。まぁ、今さらオアズケなんて怒られると思っていたけど、俺はそれを受け入れられるとは思わない。そもそも、どうして今日、今、この時、こんなことをしなければならないんだ。まだデートとかしてないじゃないか。ちょっと早すぎる。気持ちが通じ合ったからと言って、体まで繋げる必要はないだろう。だから男はケダモノだって言われるんだ。女の子の気持ちが、ちょっとだけ分かった。
「待てるわけないだろ!」
「何で怒ってんの」
「そ、そりゃ、今さら無理とか俺が無理だし!」
 岡はそう言って、俺に覆いかぶさってきた。ダメだと言っても、このまま強行突破するつもりなんだろう。岡の行動なんて考えなくても分かる。「分かったよ」と諦め気味に言うと、岡は俺の首筋に唇を落とし「入れるからな」と言った。覚悟を決めて、俺は拳を握った。
 何度か挑戦したけれど、痛いし、上手く入らないし、だんだん萎えてしまい二人とも疲れて今日は諦めた。そのまんまってのも可哀想だから、岡が俺にしてくれたことを俺も岡にして、何でか知らないけど一緒に風呂に入る破目になって、出るなりに疲れて眠ってしまった。
 昨日、岡は全然寝れなかったらしい。俺は止み上がりに無理したから、少し熱が出てしまったようで、少し苦しかった。
 でも、岡の隣で寝るのは、心地よかった。

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