君を好きになる20の方法
2項目 引きこもりだけど、暇じゃない
あれから、1日と半日、俺は家から出ていない。天気が悪かったってのもあるし、外に出る気があまりなかった。母さんは「ともちゃんが出たいときに出なさい。でも、このお洋服、お友達に返さなきゃいけないわよね」と地味に、出ろと言っている。岡に会いたくないから、俺は外に出ず、今日もネットとゲーム三昧の日々を送っていた。
エロゲだからって抜くだけがメインじゃない。ストーリー、音楽、キャスティング、それぞれを総合して、このゲームは人生だ……。素晴らしい。確かに抜くけど。ぶっちゃけ、エロシーンは興奮するけど、それ以上に俺はこのゲームに素晴らしい物を感じている。良い。凄く良い。何度泣いたことか。これで何周したことか。外の世界に出なくても、素晴らしい物は沢山あった。
臨戦態勢は万全だ。もう後は、エロシーンを残すのみ。普段、俺が部屋から出る以外は、誰かがこの部屋に入ってくることは無い。姉や弟にとって、俺はいない存在。弟は活発だから良く遊びに行っているし、姉は社会人で働いている。たまに彼氏を連れてくるけど、絶対に中から出てくるなと物凄い形相で言われている。姉にとって、兄弟は自分と弟だけらしい。俺なんて、いない存在だった。まぁ、それでも俺は良かった。別に姉ちゃんが結婚しようがなにしようが関係ないし、弟が朝帰りしようが女連れ込んでいろんなことしてようが、俺の人生には何の支障もない。でも、やっぱりちょっと寂しさはある。俺がこんな目に遭ったのは、全て岡のせいであり、岡が俺の人生に責任を持つ、なんて間違っていることだった。久しぶりに会った岡は、かなり変わっていた。俺に対して罪悪感を感じていたし、優しくなった。けれど、そんなこと、俺にとっては惨めでしかない。一晩、よく考えてみたけれど、しっくりくる言葉は、それしかなかった。
そんなことを考えているうちに、ゲームはエロシーンに入って行ってしまっていた。途中からじゃ、なんか萎えてしまって、俺はウィンドウを閉じる。一緒に、月見バーガーを食べてから、俺はしょっちゅう岡のことを考えている。そのせいで、ログを見落としてたり、コピペにマジレスしちゃったりして、叩かれる事が多かった。全部、全部、岡のせいだ。岡が俺に関わったりなんかするから、するから、俺は……、俺は……。
ドン、と、パソコン置いてるデスクに頭をぶつける。ちょっと痛かったけれど、俺の頭の中から岡が消えない。あんなに優しくするなんて、卑怯だ。ギャップか、アイツはギャップ萌えでも狙ってるのだろうか。そんなのに惑わされたりしたくないけど、実際、俺は惑わされている気がする。月見バーガー奢ってくれたし、寒いと言ったら、パーカー貸してくれたし、俺のために必死すぎて気持ち悪い。この期待が、いつか裏切られてしまうのではないかと、俺は思っていた。
気を取りなおすため、俺は棚の中から別のゲームを取りだす。これもまた素晴らしいゲームで、俺が好きなエロゲの一つだ。パソコンにセットして、ヘッドフォンを付ける。セーブデータからお気に入りのシーンを選び、画面に顔を近づけて見る。話も台詞もほとんど覚えているぐらい、このゲームが大好きだ。好きで好きでたまらない。何回抜いたことか。数えるのも面倒になるぐらい、俺はこのゲームのこのシーンだけを良く見ていた。
基本的に俺は、ゲームを爆音でやる。ヘッドフォン付けてるし、多少の音漏れ程度だったら誰にも聞えない。もしかしたら、隣の弟の部屋にあんあん喘ぎ声とか聞えてるかもしれないけど、何も言ってこないから気にしない。そもそも、弟だって女連れ込んで、あんあんやってんだから、俺がゲームしてるぐらいじゃ何も言わないだろう。ああ、いつもこのゲームは俺を泣かせてくれる。涙ぐみながらゲームをしていると、いきなりヘッドフォンが外れた。
音が外に漏れる。
「……エロゲ?」
人の声が聞こえて振り返ると、そこには警察官が立っていた。え、俺、危ない系の画像とかダウンロードしてませんけどと、身の潔白を証明しようとした矢先、顔が目に入る。岡だった。仕事帰りだったのか、それとも仕事の最中に来たのか分からないけど、岡は仕事着のまんま、俺の部屋に立っている。部屋の入口には、母さんがいた。
「……ヒッ、なな、なんで、こここ、ここに……」
「遊びに来た。外に出たくないなら、俺が里井の家に行けば良いかなって思って。夜勤明けだから、仕事着のまんまでごめんな?」
岡はニコニコと笑いながら、俺にそう言う。ごめんな、じゃない。
「の、ノックぐらいしてよ!」
「したぜ? でも反応ないから、死んでるか寝てるかのどっちかだろうなって思って、突撃してみた。…………ズボン、履けよ?」
「うわあああ!!」
さっきのゲームで抜こうとしていたのをすっかり忘れていた。俺は床に落としたパンツとズボンを拾い上げ、急いで履く。母さんは俺に、哀れな目を向けていた。うう、さすがに今回のは恥ずかしい。死にたい。
「岡君。コーヒーと紅茶、どちらが好きかしら?」
母さんは俺の存在など無いかのようにスルーし、岡を見ている。
「わざわざすみません。コーヒーでお願いします」
「お砂糖とミルクは?」
「要らないです」
岡は母さんに向かってニコニコと微笑んでいる。もう母さんのハートはゲットしたんだろう。うん、そんな気がした。母さんもやたら岡に向かって笑ってるし。俺は岡が持っているヘッドフォンを奪い取り、ゲームのウィンドウを閉じる。来るなら来るで、一言ぐらい言えば良いのに。すれば鍵かけて、岡なんか部屋に入れなかったのに。
「すげーな、里井の部屋。なんかごちゃごちゃしてるけど、片づいてる。あ、俺、このマンガ知ってる。アニメ化、されたよな?」
岡が勝手に本棚を漁る。オタグッズ満載のこの部屋に入って、ドン引きしなかったのは凄いと思う。普通の奴が、この部屋に入ったら、ドン引きすると思う。なんせ、姉も弟も、俺に向かって気持ち悪いとはっきり言ったんだから。岡は本を手に取り、ペラペラとページを捲っている。警察官がマンガを読んでるなんて、これまた変な感じだった。ベッドの上に寝転がって、凄く寛いでるし。
「……良く知ってるね」
「俺の同僚でさ、アニメ好きな奴がいて、アレ見ろだのコレ見ろだのうっせーんだよ。わざわざ、ビデオまで貸してきたりするからさ、結構、知ってんぜ?」
ふぅんと頷いて、俺は椅子に座ったまま岡を見る。その本が気に入ったのか、俺は読み始めて沈黙が続く。来たなら来たで、漫画ばっかり読むなって思ったけど、話す内容もないから、俺はジッと岡を見る。今日は夜勤だったと言っていた。その後に俺の家に来るなんて、マメな奴だ。疲れてないんだろうか。そう話しかけようとしたとき、ノックも無く、部屋の扉が開いた。
「はい、岡君。お疲れ様。甘い物は嫌いじゃない?」
「はい。好きですよ」
「じゃぁ、どうぞ」
岡の前に置かれたケーキを見つめ、俺は母さんを見る。母さんが持ってきたケーキは一つ。それは岡の前に置かれてしまった。俺の分は? と言おうとしたが、母さんがそそくさと出て行ってしまったので、言えずにしょんぼりする。俺の分、無い。働いてないんだから、贅沢するなってことなんだろうか。泣きそうになっていると、岡が俺を見て笑う。
「食べたいのかよ」
「……別に」
「分けてやるから」
「……要らないよ」
これ以上、岡から恵まれたら、俺なんだか、凄く惨めだから断った。岡は「あっそう」と言って、ケーキを食べ始める。美味そうだ。俺が大好きなショートケーキ。もしかしなくても、この岡が食べてるケーキって俺の分なんじゃないだろうか。そう言えば、昨日、風呂に入った後、母さんが「ともちゃん、ケーキあるけどどうする?」って聞いてきた。その頃、俺は、やりたいRPGがあったから「後で食べる」って言って断った。飲み物も、岡の分しかないし。家族ですら、俺よりも岡を優先するのか。ショックで泣きそうになった。
「なぁ、里井」
「……何」
「ちょっとこっち来いよ」
そう言って岡は手招きをする。どうしようか。迷ったけど、俺は椅子から降りて、岡の対面に座る。「はい」と言って、岡はケーキを乗せたフォークを俺に突き出してきた。どういうことだろうか。俺は首を傾げる。
「んなさ、食いたそうな顔して見るなよ。好きなだけ、食べて良いから」
ほらよと言って、岡はフォークをもう一度突き出す。そんなに食べたそうな顔をしてたんだろうか。俺は一回躊躇ってから、目を瞑り、口を開けてフォークの上に乗っているケーキを食べてみた。……やっぱり、美味かった。母さんは俺が好きなケーキ屋のケーキを買ってきてくれたようだ。目を開けると、岡が嬉しそうに笑っている。
「美味いか?」
「……うん」
「もっと食えよ」
「良いよ。それは母さんが、岡にあげたものなんだから……」
恐る恐るそう言うと、岡は「……まぁ、そうだな」とケーキを見つめながら言う。凄く美味しくて、凄く食べたいし、元々は俺のだったけれど、母さんが岡に出したってことは、このケーキはもう、岡の物だ。それを奪い取ったりなんて、したくなかった。
「じゃ、俺、おばさんに聞いて、今度、ここのケーキ買ってきてやるよ。里井は、何が好きなんだ?」
「え、要らないよ」
ここに来る口実にされそうで怖い。要らないって言ったのに、岡は「俺、結構、ケーキ好きなんだよな」と言って、ショートケーキをバクバク食べている。次、来るとき、絶対買ってくるな、コイツ。来る口実にされるのは嫌だけど、ケーキを買ってきてくれるのは、ちょっとだけ嬉しい。顔が少しニヤけてしまう。
「なぁ、里井」
「何?」
「俺、今日が夜勤だったから、明日休みなんだわ。明日、遊びにいかね?」
「行かない」
俺は即答で断った。どうして、岡と一緒に遊びへ行かなきゃいけないのか、俺はまだ全然理解できていない。すぐに断ると、岡はクスクスと笑い「おばさんは良いよって言ってくれたんだけどな」と言う。どうして、俺が遊びに行くのを、母さんが了承してんだよ! かなり解せない。
「い、意味わかんなっ」
「ってことだから、明日の朝10時、迎えに来るからさ。準備済ませておけよ? 服とかは俺が持ってくるから」
「要らないよ!」
こんなにもはっきりと拒絶しているのに、岡は全然めげず、「まずは服を買いに行かなきゃなー」と勝手に予定を立ててしまっている。母さんが良いよって言ったからって、岡まで真に受けるなよ。絶対、起きない。今日、夜更かしして明日、岡が来ても寝てれば行かなくても良いだろう。不貞腐れて顔を背けていると、いきなり岡が静かになってしまった。行くのを諦めただろうか。そう思って岡を見ると、岡はベッドに寝転がって寝ていた。
そういや、夜勤明け、なんだっけ。
制服のまんまで寝てしまうほど、疲れていたんだろう。それなのにわざわざうちに来るのは、やっぱり俺に好意があるからなんだろうか。良く分からない。俺自身、どうして良いのか良く分からないから、岡の誘いは全部断ってしまう。あと、怖いってのもある。まだ俺の中に植え付けられたトラウマは、絶好調に俺を痛めつけている。岡を見ていると、辛い時もある。それなのに、岡はあの時とは違う笑顔を俺に向けるから、なんだか奇妙で、一緒に居ても悪くないと思ってしまう。
いつか、裏切られるのが怖い。岡がずっとこのまんまだって言う保証はない。
見ていたら辛くなるから、俺は岡が食べたケーキの皿とマグカップを片づけに下へ降りる。リビングに居た母さんが、俺を見るなりに「あら、岡君は?」と岡のことを尋ねてきた。何だよ、第一声が岡のことかよ。
「寝てる。なんか夜勤明けだったんだって」
「まぁ、そうなの。あんな汚い部屋で寝るなら、客間に案内すれば良かったのに」
「……俺の部屋より、岡の家のが汚かったよ」
この前入った岡の部屋を思い出してそう言う。その返答に、母さんはニコニコと笑い「岡君の家、行ったの?」と聞いてきた。
「この前、服貸してくれたの、岡だから……。その時に」
「あぁ、そうなの。じゃ、今日、ちゃんと返せるわね」
「うん」
皿とマグカップをシンクに置く。寝てしまった岡を起こすわけにもいかず、部屋にも戻りづらいから俺は母さんの対面に座った。
「明日、岡君と遊びに行くんでしょう?」
「……あ、そうだ。母さん勝手に良いよって言ったでしょ」
怒り気味に言うと、母さんは「だって、ともちゃん、暇でしょ?」と言う。確かに俺は無職だし、引きこもりだし、ずっと部屋に居るから確かに暇だけど、暇だけど。岡と遊ぶ暇は無いんだ。
「引きこもりだけど、暇じゃないよ!」
「ゲームするぐらいじゃない。何言ってるの。折角、岡君が誘ってくれたんだから行ってきなさい。じゃなきゃ、これから当分、夕飯はともちゃんが嫌いな物にしますからね」
そう言って母さんは、そっぽを向いてしまった。どうして、そんなに岡の肩ばっかり持つのか、俺には理解できなかった。
「ねぇ、ともちゃん。岡君って、俳優の園田君に似てるわよね? 母さん、大ファンなのよ」
俺は、理解した。
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