君を好きになる20の方法

20項目 君が好きだよ


 鳥の鳴き声を消すほどの大声で、俺は目を覚ました。ちゅんちゅんと鳥の鳴き声が、改めて聞えてくる。体を起こし、目を擦っていると俺の隣に居る岡が「やっべえええええ!」と叫んでいた。一体、何があったんだろう。俺は寝ぼけたまま、大騒ぎしている岡を見た。
「どうしたの」
「仕事……。寝過した……」
「は?」
 一体、何が起きたのか、俺ですら分かっていなかった。岡は急いで携帯を手に取り、忙しく動き回りながら電話を掛けている。もしかして、と思い、ベッドの頭上にある目覚まし時計に目をやった。現時刻、9時半。もし、岡が日勤だと言うなら、すでに仕事は始まっている時間だ。電話をかけながら、制服のズボンを履いている岡は「すみません!」と開口一番、謝り倒していた。
「寝坊しました! ……え、あ……、ええ……。そうでしたっけ? え、あ、ウソ!」
 岡の様子が可笑しい。どたばたと移動しながら、紙を手に取っている。それを凝視して10秒ほど黙りこみ、いきなり大笑いした。何が起こっているのか、俺はさっぱり分からない。
「すみません。お騒がせして。当直だと思ってました。……え、今から? それはイヤですよ。ちゃんと時間通りに行きます。はい、はい……。じゃぁ、また。はい、失礼します」
 何度かぺこぺこと頭を下げると、岡は電話を切って俺を見る。
「今日、夜勤だった」
 そう言って笑う。何とも人騒がせな奴だ。どうもシフトを見間違えていたらしく、俺も笑った。岡は履いている途中のズボンを脱ぎ棄て、落ちているスウェットを履き「飯、食うか?」と尋ねた。俺はそれに頷く。岡は頷いた俺を見て「りょーかい」と言い、キッチンに向かった。俺はベッドから降りて、テーブルの前に座る。ダボダボの服を見つめ、昨日のことを思い出した。急に居た堪れなくなって、俺は三角座りをして膝に顔を埋めた。岡の服を着ている俺が、なんか生々しい。最後までは出来なかったけど、俺も岡のを舐め……、舐め……、……うわぁ。思い出すだけでも、死にたくなった。
「何やってんだよ」
 もう、ご飯を作り終えたのか、岡の声が近くから聞えた。顔を上げると、岡は皿を片手に持ち、俺の目の前に置く。微妙に焦げた目玉焼きが皿の上に乗っかっていた。岡の手料理を見て、思い出す。
 俺はまだ、あの女の人が誰なのか聞いていない。それは問い詰めないと気が済まなかった。
「……あのさ」
「ん? どうした」
 茶碗によそったご飯を、岡は俺の前に並べる。一人分しか食器が無かったようで、岡は自分のを皿によそっている。一通り並べ終わると、俺の対面に座って箸を手に取った。
「岡がさ、用事あるって言って俺の家に来なかった日、あったでしょ?」
「んー、あぁ、ダチと飲みに行った日か」
「あの日さ、俺、丁度母さんに頼まれて岡が働いてる交番付近に行ったから、ついでに様子を見に行ったのね」
 岡は皿によそったご飯を食べながら「それなら話しかけりゃー良かったのに」と言って笑っている。まだ俺が何を見てしまったのか、岡は分かっていないようだ。箸を握りしめ、俺は岡を見る。岡も俺をジッと見ていた。しかし、その目は半分笑っている。俺がどれほど、このことを重要視しているか分かっていないみたいだ。
「出てきてから話しかけようと思ってたんだよ。……そしたらさ、女の人と一緒に帰ってったよね。しかも、腕組んで」
 そう言うと、岡はきょとんとした顔をして、「へ?」と言っている。ダチと言うのは、その女の人なんだろうか。俺はジッと岡を見つめる。岡は箸と皿をテーブルの上に置き、首を傾げながら行動を思い返しているようだ。何か言うまで、俺は岡を見つめ続けていた。
「……あぁ! あれか。あーあー……。もしかしてさ、里井、それ見て怒ったの?」
 その問いに頷く。
「なーんだ。なああんだ。そうだったのかよ。だったらあの日、そう言ってくれれば良かったのに。俺、マジで嫌われたと思ったんだぜ。何だよ……、そんなことで怒ってたのかよ」
 そんなこと、と言うのがやたら引っ掛かった。俺は「そんなことじゃないよ」と反論する。すると、笑っていた岡の顔が素に戻り「ごめんごめん」と悪びれなく謝る。俺は面白いことなんて一言も言ってないし、かなり悩んでたのに、すげぇムカついてきた。それが岡に伝わったのか「怒るなよ」と言われる。
「あれな。兄さんの嫁」
「………………………………………………は」
「ほら、次の日、弁当作っただろ? 作り方、教えてもらってたの。俺、料理はそこそこやるけど、弁当なんて作ったことなかったからさ。その後、ダチと飲みに行ったんだけど……。もしかして、ヤキモチ?」
 岡がニヤニヤと笑っている。何だかもう、凄くムカついて「うるさいよ!」と叫ぶ。
「まぁ、義姉さんさ、積極的って言うか、自分に弟が居ないからって俺のこと可愛いんだって。それで、会ったりするとああいうことしてくんのよ。最初は嫌がってたけど、毎回やられたら慣れちゃって……。あれ、見られてたんだな」
 なんだか、自分がとても下らないことで怒ってたように感じ、涙があふれてきた。ボロボロと泣き始めると「お、おい!」と岡が慌てる。物凄く悩んでて、折角、岡のことを信じ始めた時にあんなのを見てしまったんだ。カップルだと思ってしまうじゃないか。それをちゃんと口に出さなかった俺も悪い。俺があの時、ちゃんと岡に言っていれば、揉めることも無かったんだろう。しっかり言わなかった俺に対しても、ムカつき始めてきた。岡が俺の隣に座り、抱きしめてくる。
「ちゃんと、言えよ。言わなきゃわかんねーって」
「……ごめん」
「まぁ、でも、ヤキモチって分かってよかった。俺、少し嬉しいわ」
 何でだよ、って思ったけど、ヤキモチを焼いたってことはどういうことなのか、俺も分かっているから反論しなかった。黙って抱きしめられていると、ポンポンと背中を叩かれ、「さ、飯食おうぜ」と明るい声がした。俺は頷き、岡から離れる。最後の涙を、指で拭い、テーブルの上に置いてあるティッシュで鼻をかんだ。
 もう、当分は泣くことも無いだろう。でも、これからだっていろんなことで泣くと思う。それが嬉し涙か、悔し涙か、それとも泣かされて泣くのか分からない。俺だっていつまでもめそめそ泣いているわけにはいかない。しっかり、しなければ。
「じゃぁ、頂きます」
「おー、食え食え」
 底が焦げている目玉焼きを、一口サイズに切って、口の中に入れる。見た目からして、塩胡椒がきつすぎる気がしたけど、やっぱりあの時作ったウィンナーと同じように、目玉焼きも塩胡椒がきつかった。あの弁当は、岡が作ったものだと分かる。
「しょっぱい」
「……え、普通だろ」
「しょっぱいよ。その上、ソースまでかけるなんて、味濃すぎ。ウィンナーもから揚げも、味が濃かったけど」
「う、美味いって言ったじゃねぇか!」
「……まぁ、美味しかったけどね」
 慌てている岡を見て笑う。美味いかマズイか、あの弁当を食べた人はきっと判断に困るだろう。でも、岡が俺のために作ったあの弁当も、この目玉焼きも、俺が食べれば美味いと評価する。だって、この弁当には特別な物が入っているから。
「俺さ、あんとき、一方的に文句言っちゃってさ。弁当美味かったって聞いた時、里井なりに考えてここまで来たんだよなって思ったんだよ。俺、バカだからさ。勝手に俺が被害者ぶって、八つ当たりして、綺麗に洗ってある弁当箱見つめて泣きそうになってさ。いや、ちょっと泣いてたかもしれない。もう、里井に関わらないほうが里井のためだって思ったんだよなぁ」
「どうしてそうなるかな。あの時は、俺だって勝手に裏切られたと思って、岡にキレたのに」
「だから言っただろ。里井を泣かす原因になるのはもうイヤだったんだって」
 岡はそう言って笑う。その笑顔は何もかも受け止めてくれるような優しい笑顔だ。それを見て、少しだけ心が和らぐ。この笑顔を向けるのは俺だけだ。そう思えることが、今、凄く嬉しい。
「でも、里井が追いかけてきてくれて、すげぇ嬉しかった。泣いてる顔見られたくなくて、逃げたけどさ」
「泣いててびっくりした」
「いや、もう、二度と関わらないって言った辺りから、俺、泣いてた。俺が決めたことだから、里井には顔見られたくなかったし、里井の顔を見たら決心鈍るの分かってたから、ドアノブ握りしめて、里井が出てこれないようにしたし。追ってこなかったら、もう里井のことは諦めようって胸に決めてたんだ。もういっそ、移動願いも出しちゃおうかなーって思ってたし」
 岡がそこまで考えているとは思わなかった。俺はしょっぱい目玉焼きを食べながら、岡を見る。俺も岡も、いろんなことを考えながら、互いの気持ちはさっぱり理解できていなかった。そんな気がする。でも、もう、そんな間違いは起こさない。
「ま、でも、今さら、こんなこと言ってても仕方ねーし。結果オーライだしな」
「……そうだね」
「ほんと、里井を好きでいて良かった」
 そう言われて、岡を見ると岡は嬉しそうに笑っている。そんな風に言われて、微笑まれるとどうして良いか分からず、俯くしかできない。気持ちが通じ合ったせいか、岡は俺に全然、遠慮しなくなった。それが今さらになって恥ずかしくなってくる。
「……そう言えば、どうして岡は俺のこと気になったの? 何となく?」
 その問いに、岡は「んー」と唸って顎を掻く。
「小学校3年の時にさ、秋の遠足で山に登ったの、覚えてるか?」
 俺はそう言われて、その時の記憶を思い起こす。随分と昔の話だ。何か、遺跡が残ってるから社会科見学とか言って、遠足でそこに行った記憶がある。岡とは小学校同じクラスになったことないし、顔もロクに知らなかったと思うけれど、秋の遠足がどうかしたんだろうか。
「その帰り、山、下ってん時にさ、泣いてる奴と会わなかったか?」
 会わなかったか? と尋ねられても、あまり記憶が残っていない。頭を捻って記憶を辿る。あれは帰り道、俺はお菓子を食べながら友達と最後尾を下っていて、笑いながら歌を歌ったりしていた。その時、後ろから泣き声が聞こえて、友達と二人で振り返った。靴ひもを結んでいる間に、自分のクラスの子たちが先に行っちゃったようで、いつの間にか俺達のクラスに混じってて、探している間に最後尾まで来てしまったと泣きながら説明していた。背が小さくて、大人しそうな子だった。
「あぁ、居た居た。泣いてたから、お菓子あげた気がする」
「それ、俺」
「……え」
「駅まで、一緒に行ったんだよな。わざわざ、俺のクラスまで一緒に行ってくれて、今でもよく覚えてるわ。里井は忘れちゃったかもしれないけど」
 そう言って、岡はケラケラと笑う。そんなの、覚えてるわけない。だって、あの子は俺より背が5センチ以上低くて、泣き虫で、人見知りをする大人しい子だったんだ。そんな子が岡だと? 信じられるわけない。だって、岡は小学校5年ぐらいから有名になり始めて、中学では学年全員が知ってるぐらい明るくて、リーダーシップがあって、みんなから一目置かれてて、女子によくモテてたのに。あんな女の子と一瞬間違えちゃうような小さくて、細い子が、岡なんて俺は絶対に信じない。
「貰ったお菓子はキャベツ太郎。話してたネタはファイファン。好きなキャラクターはリディア。里井がファイファン好きだって言うから、俺、7と10やったんだぜ?」
 確かにその時、4に凄く嵌まってて、ローザとリディアでもめてた。俺は断然リディア派だったけど、友達はローザが好きで、ぼろっかすに言い合いしてたのを、あの子は笑いながら俺らの話を聞いてた。泣きやんでくれたのが嬉しくて、俺は当時大好きだったキャベツ太郎をその子にあげて……。何のゲームの話? って聞かれたから、自慢げに「ファイファン!」と答えたんだ。全く持って岡の言うとおりだ。知っているのは、友達とその子しか知らない。もしかしなくても、岡がエフエフのことをファイファンって言うのは、当時の俺の影響か。
「あの時さ、俺、すげぇ里井に救われたのね。このまんまじゃダメだって思って、出来るだけ人見知りしないよう頑張ったし、肉とか牛乳とか沢山食べて、出来るだけ明るく振舞って、いつでも里井に気付いてほしくてさ。……ま、忘れてたみたいだけど」
「だ、だって!」
 俺が知っているのは、小さくて細くて人見知りするもじもじとしたあの子しか印象に無いんだ。名前だって聞くの忘れてたし、あの子が岡だなんて分かるはずが無い。
「まま、俺がそれだけ変わったって事だよな。ほんと、最悪な印象しかないと思うけど、今の俺ってどう? いじめっ子から変わった?」
 俺は持っている茶碗と箸を置いて、岡に向き直る。ジッと見つめて、今までのことを思い返した。
 濃い、1ヶ月だった。
 月見バーガーを買いに行こうとしたら、子供に絡まれ、泥団子を投げられたから投げ返したら、警察に捕まってしまい岡と再会した。いじめっ子だった記憶しか無く、俺の人生をめちゃくちゃにしたいから、責任取るとかふざけたことを言ってきて、挙句の果てに好きだと告白してきた。あの時は、好きになる可能性なんてゼロだと、思ってた。それなのに、岡がどれほど俺のことを考えてくれてるのか知って、岡のことが気になり始めて、好きになっても良いのかと悩んで、お義姉さんのことを彼女だと勘違いして、一方的に突き放して、ケンカして、謝りに行ったけど岡も怒ってて、あの時はもうダメだと思ってた。
 岡が二度と関わらないと言ったとき、そんなの嫌だと思った。岡が居なくなるなんて考えられなかった。
 もう、いじめっ子だったときの岡は、俺の中には居ない。
「変わったよ」
 ちゃんと考えて、そう答える。岡は笑いながら「そっか。良かった」と言って、俺を抱きしめてきた。服越しに、岡の心臓の音が聞こえてきた。俺と同じように、いつもより速い。抱きしめる力には、岡の感情が込められていた。俺もぎゅと、岡の体を抱きしめ、耳元で俺の気持ちを囁く。

「岡が好きだよ」





+++あとがき+++
あっさり? 終わりましたね。いやー、早かったです。自分自身、こんなに早く終わらせれるとは思ってませんでした。すごくびっくりしてます。
結構、みなさんからコメントいただいたりとかしてて、とても励みになりました。きみすきを拍手にしたら、沢山押してもらったんで、頑張らなきゃなーって思ってたんですが………………。いやぁ、最後の最後に集中力がプチンと切れましたね。
実際、このネタはSSだけで終わらせるつもりがあんまりありませんでした。SSを書いてる最中から続きのことを考えてたんですが、まぁ、そんなにやりてーと思ってたわけじゃなかったので、ご要望いただいたら考えようかなって思ってたんですけど、自分が思ってた以上にいただいたんで、さっそく中編で始めちゃいました。
君を好きになる20の方法 と言うタイトルを決めた時点から、この話はどう足掻こうとも20話で完結させるつもりでした。久しぶりに書いた1人称。難しさを実感してます。やっぱり、主観だと主人公の気持ちばかりが先行しちゃうので、プロットをしっかり組んでても行き当たりばったりなところはありました。特にサブタイ。プロットどおりのサブタイつけたのって、2話と18話と20話だけです。しかも、3話目から「君〜」ってのを入れようと思ったんで、2話目のサブタイが浮きまくってます。最悪……。ま、これも一種の勉強? ですかね。……えぇ。
プロット考えている間に、この二人、受け攻め逆でもいいんじゃないかなって思ってました。笑
そう思い始めたら、どんどん里井君が攻めに、岡君が受けに見えてきちゃったんですが、SSのときは里井君受け、岡君攻めだったんで、最後まで我慢しました。
童貞発言から、もっと受けな感じがしちゃってたんですが……笑
続編って言う続編は全く考えてません。20話で完結なんで。でも、番外編はやってきたいなーって思ってるので、これからも機会があればちょくちょく書いていこうと思います。このまんまじゃ、岡君が可哀想なんで、さすがにヤらせてあげようかなーって思ってますし。爆
この後、岡君視点で2、3話、やるつもりです。俺を好きになってもらう方法ですね。本編の岡君視点です。ぶっ飛んでお風呂編とかやりたいんですが、岡君がドア越しに何を考えてたかーとか、その辺もピックアップしたいので、お風呂編はまだまだ先ですね。笑
いじめっ子xいじめられっ子ってのをメインとしてましたが、イジメの内容がうっすいですね。過去のことなんで、あんまり浮き彫りにしなかったんですが、ちょっとその辺ダメだったかなって思ってます。

きみすきを書いてるのは、自分自身、とても楽しかったです。至らない部分とか沢山ありましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
連載している最中、コメントくださった方々、本当にありがとうございました。とても励みになりました。
ご意見、ご感想等ありましたら、お気軽にください。お待ちしております。

2011/5/6 久遠寺 カイリ
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