君を好きになる20の方法
5項目 君の好意
遂にやってきた合コンの日。昼から岡は我が家へ出勤し、俺に色々と指導をしてきた。女の子に話しかけるときは、出来るだけきょどらない。とか。飲み物無かったら、何を飲むのか聞いてあげる。とか。仕事何してるの? って聞かれたら、とりあえず、在宅で仕事してるって答えとけと、ウソまで教え込まれた。無職なんて言えば、即アウト、らしい。かわいい子が来るから期待しとけよ、と言われた。あまり期待なんてしてないけど、俺の期待は顔に出てしまっていた。岡が、俺を見て笑う。
「そんなに緊張するなよ」
「だだ、だって」
「きょどるの禁止」
「……う」
岡はおめかしなんかせず、いつも通りのラフな格好だった。むしろ、いつもよりラフすぎる。この前、美容院行った時だってそれなりの格好をしてきてたし、街を散歩した時だって、かなりおしゃれしてた。それなのに、今日に限ってどうしてパーカーとジーパンだけなのか、俺にはさっぱり理解できなかった。
岡に言われたとおり買った服は、なんだか、服が歩いているようで、奇妙だ。短く切った髪形は、母さんや父さんに好評で、姉や弟も「まぁ、見れるようになった」と言ってくれて、少しだけ嬉しくなった。
これは紛れもなく、岡のおかげだ。
まぁ、髪型や格好がよくたって、顔がダメだったら意味が無い。よく言っても、中の下である俺が、上の下ぐらいの岡に勝てるはずが無かった。母さんが言うように、俳優の園田って奴に、岡は似ている。それだけでも、好感度アップだろう。園田って言う俳優は、さわやか系だし、誠実そうで人気もある。そんな岡と俺が並んでること自体、まず間違いだったのかもしれない。
「同僚は良い奴だから。安心しろよ」
岡の言う良い奴なんて、あんまり信用出来ないけど、俺は頷く。徐々に近づいてくる合コン会場。俺は物凄い緊張していた。ドキドキと心拍数が速まっていき、手汗が凄い。きょどらないなんて無理だ。女子の目がどんどん変わっていくのを想像したら、帰りたくなってきた。……おなかが痛い。
そんな俺に気付くことなく、岡は歩調を緩めず歩いて行ってしまう。このまま逃げても、ばれないんじゃないかと思ったとき、岡が振り返った。
「ほら、行くぞ」
「……うん」
本当に、タイミングの良い奴だ。帰ることも出来ず、俺は岡の後ろを幽霊のように歩いた。
到着した合コン会場は、俺が想像していたよりも静かな雰囲気のところで驚いた。生まれてこの方26年間。合コンなんかに無縁だった俺は、ネットで繰り広げられる合コン報告に、リア充氏ねとしか書き込んでなかったせいか、情報はとても乏しかった。すでに岡の同僚は到着していて、岡と俺を見るなりに「おー、お疲れー」と声を掛けてきた。その声に驚いて、ビクと体を震わせてしまうと、「これが前に言ってた里井。よろしくな」と言って、岡が俺の肩を叩いた。それにも驚いて、ビクと体が動いてしまう。
「ささ、里井です……」
「里井、人見知りが激しいから。ちょっと言動変だったりするけど、気にしないでな」
さっそくきょどった俺を、岡がフォローする。岡の同僚もなかなかのハンサムで、俺を見て「よろしくな、里井君」と笑った。岡の同僚なんて、岡と同じようにイジメっこなのだと思ってただけに、笑顔を向けてくれて少し嬉しかった。
「あれ。村井は?」
「もうちょっとで着くって。女の子たち、もうそろそろ来ちゃうぞ」
「アイツらしいなぁ」
岡は笑いながら、同僚の人と話している。どうやら、もう一人来るようだ。岡の後ろで突っ立っていると、「そこ、座れよ」と岡が一番端を指さす。一番目立たない、初心者の俺にとっては心安らぐ場所だった。椅子を引いて、座る。その途端、一気に緊張して、マイナス思考が脳裏をよぎった。
もしかして、優しかった岡は今日までだったんじゃないだろうか。優しいふりして俺の心を開かせ、女の子の前で恥をかかせる。そんなことを目論んでいるのではないか? だって、普通に考えて、引きこもりを合コンに連れて行くなんて可笑しいじゃないか。俺がどんなに頑張ったとしても、女の子にちゃんと話しかけれるわけがない。今まで俺の嫁俺の嫁と言いながら、二次元の平べったい絵を見て抜いてたんだぞ。あり得ないじゃないか。居た堪れなくなる。ここから逃げ出したくなる。椅子を少し引かそうとしたところで、岡が俺の隣に座った。居酒屋のメニューを俺に見せ、「里井って酒、飲めんの?」と聞いてくる。俺は小さく首を横に振って、オレンジジュースを指さした。26年間、酒なんか飲んだことない。ビールなんてマズイもん、飲めないし。
「カクテルとかだったら、アルコール分少ないけど。飲んでみる気無い?」
「飲んだことない」
「じゃ、あんまり度数強くない奴頼んでやるから、ちょっと飲んでみろよ」
岡はメニューを閉じて、隣にいる同僚へ渡してしまった。逃げたい。酒なんか飲みたくない。どうして俺はあの時、うんと頷いてしまったんだろうか。岡の罠に気付くことも無く、こんなところで来てしまったんだ。バカすぎて、自分自身、フォローできなかった。
「こんばんはぁー」
キャピキャピと甲高い声が聞こえて、俺は顔を上げる。きっと、物凄い悲惨な顔をしていたんだろう。俺を見た女の子が、口元を引き攣らせていた。
「……まぁさ。里井にしては頑張ったんじゃね?」
帰り道、岡は俺の肩を叩いて、そう言った。思ってた以上に、女の子たちは俺に話しかけてきてくれた。でも俺は全部、それをきょどって返してしまい、もっとからかわれ、無視されるよりも最悪なパターンに入ってしまった。一人、俺にやたらと話しかけてくる子がいて、怖かった。岡が人見知りだからさ、と言ってもお構いなく、「人見知りならもっと話しかけなきゃね? 里井君」と笑い、俺と岡の間を割って入ってきた。
そこからが地獄だった。飲みやすいジュースみたいなカクテルを飲んでいたら、「ビール飲まないの?」って聞いてきたり、普段、何してるのか問い詰めてきたり、挙句の果てには携帯番号まで聞かれた。元々、携帯持ってなかったし、あんな子に連絡先なんて教えたら、もっと質問責めされると思って、冷や汗が出た。俺があまり答えなくなると、今度は自分の話を始め、今まで付き合ってきた男の人数だとか、下ネタは大丈夫だから、ガンガン喋ろうぜとか、男よりも酷い下ネタを連発していた。二度と、合コンなんか行かない。こんなんだったら、無視されてる方が何倍も、何十倍もマシだった。
岡はと言うと、やってきた中でも一番可愛い女の子とちらほら喋っていた。どちらかと言うと、女の子が積極的に喋り、岡は受け答えしているだけだった。かなり気に入られているのは、見てるだけでも分かった。二次会、岡も誘われてたけど、俺が帰りたいって言ったら、岡まで帰ると言って大顰蹙をかった。俺は精神的に限界だったから、「一人で帰れる」と言ったのに、岡が「俺、眠たいから」と真顔で言い、俺の後についてきた。
何だよ、モテモテだったくせに。俺なんか、俺なんか……!
「でも、里井にめちゃくちゃ話しかけてくれてたじゃん? あの子、ダメだった?」
「……それ言うなら、岡だって」
「俺、ああ言うタイプダメなんだわ。つーかさ、ちょっと、そこの公園よってこ」
岡は俺の腕を引っ張って、無理やり公園へと連れて行く。早く帰りたいってのに、何なんだよ。眠たいって言ってた奴とは思えない行動だ。ただ、眠たいを理由にして帰りたかっただけなんだろうか。だったら、どうして合コンなんかに参加したんだろう。
つくづく、岡の行動が理解できない。
岡の手はちょっと熱くて、冷たい秋の夜風には丁度良かった。小さい公園に到着し、岡はベンチに俺を座らせる。岡も隣に座って、大きく息を吐きだした。
「彼女、作りたくなかったのかよ」
呆れた顔をして、岡が俺にそう言う。俺はまっすぐ見つめ、素直な気持ちを述べる。
「……そもそも、俺は、今まで10人もの男と付き合ってきた女の人は嫌だ」
確かに顔はそこそこだったかもしれないけど、まだ22歳なのに10人もの男と付き合ってきたなんて、信じられなかった。俺は完全な童貞で、あと4年で魔法使いになってしまうけれど、童貞を卒業するなら、処女が良い。それ以外、絶対に認めない。
「……あぁー、俺のほうまでそれ、聞えてきてたわ。里井はあんまり交際経験のない子が良いの?」
「俺は処女が良い」
真面目に言うと、ブッと隣から吹き出す音が聞こえ、俺は岡を見た。岡はゲラゲラと笑って、「お、お前……、今どき、処女って……!」と言って爆笑している。何が可笑しいのか分からないが、これだけは譲れない。リア充たちは面倒くさいって言うけれど、簡単に股を開く女なんて絶対に嫌だ。俺の童貞が、勿体ないじゃないか。
「……まぁ、でも、それ聞いて安心した」
ようやく笑い声が消え、落ち着いた声に、俺は驚く。安心したってどういうことなんだろうか。岡を見ると、岡はまっすぐを見つめていて、どんな表情をしているのか暗くてよく分からなかった。
「……実はさ、里井を合コンに連れてくの、嫌だったんだ」
「え……」
そう言われて、嫌な予感が頭の中に過ぎる。やっぱり岡は、俺をはめるつもりだったんだろうか。岡の顔を凝視していると、岡が俺を見て笑う。
「前にも言っただろ? 俺、里井のこと、好きなんだって。好きな奴に、彼女出来るなんて、どう考えても嬉しくないだろ」
岡の表情は、少しだけ悲しそうだった。じゃぁ何で、俺を合コンに連れて行ったんだろうか。わざわざ、美容院も行って、服も買いに行って、今日の合コン料金だって、岡が半分払ってくれたじゃないか。行かせたくないのに、どうしてそこまでする。
岡が俺にそこまでする理由が、全く分からない。
「でも、俺が抱え込んじゃ、ダメだよなって思ったんだ。せっかく、外に出るようになったんだから、もっともっと、里井には外の良さを知ってほしい。人とふれあうことの楽しさを、分かってほしかったんだ。だから、手っ取り早く合コンで釣ってみた。最初は断られるかなって思ったのに、里井、あっさり良いよって言うから、俺、かなり凹んだんだけど」
凹んだんだけど、と言うくせに、岡は笑っていた。笑っていたのに、岡は凄く悲しそうだったから、胸が苦しくなって、何も言えなかった。俺のためにここまでしてくれる理由。それは全て「好き」だから、なんだろうか。俺はそこまで、岡に好かれているのか。この気持ちは、自惚れじゃないんだろうか。岡の言葉が、どうしても信じられなかった。
「……でも今さ、処女じゃなきゃイヤって言って、ちょっとだけ嬉しかった」
岡がクスクスと笑って、俺を見ている。その目は優しい。
「この年代で、処女って絶滅品種みたいなもんだし。ちょっとは俺にも、勝ち目がある?」
「……あるわけ、ないだろ」
ちょっとどもりながら答えると、岡は少し笑う。
「俺、童貞だぜ?」
その発言に、思考が停止した。
「処女ってことは、初めてじゃないと嫌なんだろ? 俺、当てはまってるよな」
自慢げに言うことだろうか。ドヤ顔している岡を見ながら、そんな客観的なことを考えていた。岡が、童貞。俺と同じ、童貞。そんなの信じられなかった。だって、岡は中学のころからモテて、今日だって一番可愛い女の子に目を付けられていた。そんな奴がだ。童貞だなんて、あり得ないだろう。今まで付き合ってきた女の子だって、沢山いるはずだ。この顔だからな。彼女作るのだって簡単だっただろう。そんな奴が童貞だなんて、誰が信じるだろうか。少なくとも、俺は信じない。絶対に信じない。
「ウソだ!」
「ウソじゃねーよ。まぁ、証明のしようがないから、信じてもらうしかないけど。童貞だなんて里井にウソ吐いても仕方ないだろ? だから、本当だって」
童貞だ、とウソを吐く必要は確かに無い。無いけど、信じられないのも本当だった。目を見開いている俺を見て、岡が笑う。
ズキンと胸が痛んだ。
「里井が好きなのも、俺が童貞なのも、本当。だから、信じて?」
いつもとは違う優しい口調で言うから、俺は渋々、頷いた。仕方ないからだ。そんな声で言われたら、俺が信じたくないだけだと意地を張ってるみたいだったから、頷いてやったんだ。岡は「ありがとう」と言って、俺に顔を近づけてきた。
何すんの? って思った時。
唇が、唇に触れた。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならなかった。岡を突き飛ばして、俺は立ち上がる。岡も自分が何をしたのか分かって無いみたいで、顔を真っ赤にして俺を見上げている。きっと、俺も顔を真っ赤にしてるんだろう。信じてやったからって、信じてやったからって、ききき、キスすることないだろ。訳が分からなくて、俺は何も言わず、岡に背を向けて走り出した。
岡の好意が、確実な物になって、俺に襲いかかってきた。
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