君を好きになる20の方法

9項目 君が居なくなっても、俺は変わらない


 家に帰っても、起きている人はいなかった。それに安堵し、俺は自分の部屋に行く。朝日が差し込んでいる窓にカーテンをかけ、ベッドに寝転がった。眠気はすぐにやってくる。すっきりとしたから、帰ってきた途端に疲れが全身を襲う。2時間ほど外に出ていたようだ。時計は6時を指している。布団の中に入り、目を瞑ると、頭は簡単に眠りの世界に引きずり込まれていった。
「おいおい。ぐーすか寝てんなよ」
 ペシと額に衝撃を感じて、俺は目を覚ます。ベッドの隣には岡が不貞腐れた顔をして立っている。服装は、昨日と同じパーカーにジーパンとラフな格好。手には、紙袋を持っていた。どうして岡がこんなところに居るんだろうかと、そう思ったとき、ポケモンの対戦をしようと言ってきたのを思い出す。どうやら、もう時刻は昼のようだ。眠たい目を擦り、まだまだ重たい体を起き上がらせる。
「飯、くおーぜ」
「……へ」
 岡が折りたたみ式のテーブルの上に、どんと紙袋を置く。その紙袋にはマクドーナルズと書かれていた。わざわざ、買って来てくれたんだろうか。
「飲み物は、コーラでよかったか? ま、この前、コーラ飲んでたから買ってきただけだけど」
 首を縦にふって、岡の行動を見つめる。眠たいせいで、頭がボーっとしていた。体も頭も、半分、眠った状態だ。ここ最近、あまり深く眠れていなかったせいもあるのだろう。脳と全身が、俺に眠れと訴えていた。
「月見バーガー、そろそろ終わるから、買ってきてやったぜ」
「……あ、ありがとう」
 せっかく買ってきてくれたのだから、せめて食べようと思い、ベッドから降りる。岡は紙袋の中に入っているハンバーガーやジュースをテーブルの上に広げ、俺の目の前に月見バーガーを置いた。そろそろ、月見バーガーが終わってしまうらしい。ベッドに凭れかかっていると、岡が俺の隣に座り、同じようにベッドに凭れかかる。
「今日さ。朝からシートベルトの検問やってきたんだけど。すっげぇ面白い人いたんだよ」
「……へぇ」
 月見バーガーを手渡され、俺は袋を開ける。「いただきます」と小さい声で言い、一口、口の中に入れる。やはり、食べなければ損と言われただけあって、美味かった。
「完全に付けるの忘れてたみたいで、急いでシートベルトしようとしたらしいんだけど、ロックかかってダメだったみたいでさ。諦めて路肩に車を停めたんだよ。でまぁ、こっちもさ、仕事だから、免許所出してくださいねー、って言うじゃん。運転してた人はさ、半分笑いながら「はいはーい」って言って、財布から免許所取り出してんのね。そしたらさ、隣に乗ってた友達らしき人が、俺に向かって「セコイ」とか言い始めんの。確かに曲がり角とかでやってっからさ、セコイかもしれないけど、シートベルトしろって言われてんのに、してない奴が悪いじゃん。でさ、運転席の人は、ずっと笑ってて、別に減点されない友達のほうがマジギレしてんの。俺もさ、その温度差にちょっと笑っちゃって。ちゃんと、シートベルトしてくださいねーって注意したらさ、運転席の人は「はーい」って素直に返事してんのに、助手席の人、まだキレてんの。走り去った後、大爆笑しちゃったよ」
 どういう状況かよく分からないが、俺は「へぇ」と言って話を流す。岡は本当に楽しかったようで、ゲラゲラ笑っていた。何となくだけど、昨日より、楽しそうに喋っている。最後の一口を、口の中に放り込み、俺はコーラで飲み込む。キツイ炭酸が、喉を通り過ぎて行った。岡を見ると、目が合った。
「おもしろくない?」
 岡は首を傾げて、ビックマックを一口食べる。
「まぁ、なんか状況分からない」
「あぁ、そうだな。みんなには好評だったんだけどな。あるある、みたいな感じで」
 警察官の人たちなら、状況が良く分かるんだろう。免許も車も友達も持っていない俺にとって、その話はとても分かりにくいものだった。たまに、岡は俺にこう言う話をする。毎回、俺の返事は決まっていた。
「いろんな人が居るんだね」
 結局、そうとしか言えず、俺はポテトに手を伸ばした。岡も、手に残ったビックマックを全て口の中に入れ、飲み物で流す。ゴクンと飲みこむ音が、俺のところまで聞えてきた。
「あ、そだ。対戦だけどさ。レベル制限しねぇ?」
「……んー、良いよ。レベルいくつ?」
「50!」
 あまりにも意気揚々と言うので、岡は自信があるんだろう。そんな自信、ボッコボコにしてやろうと、俺も笑みがこぼれてしまう。岡が思ってる以上に、俺はオタクだぞ。ポケモンだって拘り始めたらキリがないから、あまりこだわってないけど、それなりに強い方だ。岡がカバンの中から、DSを取りだす。「やろうぜ」とポテトを食べながら言うので、仕方なく立ちあがって、引き出しの中にあるDSを取りに行った。
 最近はあまりやってなかったせいか、DSは埃を被っていた。
「ポケモン、何でやるの?」
「金銀!」
 岡は元気よく答える。
「了解」
 引き出しの中にある沢山のゲームパッケージの中から、ポケモンを探し出す。蓋を開けてソフトをDSに差し込む。最近、やっていなかったから、今どこにいるのかよく分からず、俺は戻りながらDSのスイッチを入れた。懐かしい音楽が、流れてくる。
「ん、里井は銀?」
「そう。岡は?」
「俺も銀」
 そう言って、岡はスタート画面を俺に見せてきた。確かに、画面にはソウルシルバーと書かれている。金も買おうと思っていたけど、その月はゲームを買いすぎたせいで、母さんに怒られたんだった。ソフトが同じだったら、持ってないポケモンを交換することができない。ゲームを始めると、ちょうど、ポケモンセンターに居た。
「レベル50のポケモンだったよね。ちょっと待って。持ってくるから」
「ん、俺はもう、揃ってるからいつでもオッケーだぜ」
「気、早い」
 岡のDSからポケモンセンターの音楽が流れてくる。手持ちのポケモンは丁度レベル上げをしている最中だったらしく、強いポケモンが全然居なかった。これじゃ、負けてしまうだろう。チャンピオンリーグを勝ち抜いた先鋭部隊を手持ちに入れ、対戦ルームへと移動する。
「手持ち3で50のスタンダードで良いよな」
「何でも良いよ」
「よーし。負けねーぞ!」
 岡が一人で意気込んでいた。
 結果は、考えなくても分かっていた。
「うっわ、つっえええ」
 最後のポケモンが死んだと同時に、隣から叫び声が聞こえてきた。やっている最中も、うー、だとか、あー、だとか、いろんなことをごちゃごちゃ言っていた。どうも岡はゲームの最中、ごちゃごちゃと言うタイプらしい。レーシングゲームしてたら、車がカーブに差し掛かると体を動かす人と一緒だ。電車とかでプレイできないな。笑って岡を見ると、岡は俺を睨みつけて「次は負けないぞー」と言って、俺にDSを向けてくる。仕方ないからもう一戦やったけれど、結果は変わらなかった。それからも何度か対戦を申し込まれ、10戦ぐらいやったけど、結局、全部、俺が勝ってしまった。
「うーわ、結構、自信あったんだけどなぁ。ま、里井にゲームで勝とうとした俺が間違いか」
「……どういうこと」
「だって、昔からゲームとか得意だっただろ? 俺も得意だったけどさ、やってる時間とかも違うし。ま、楽しかったよ」
 岡はそう言うと、ベッドに凭れかかり天井を見上げた。やっていて、俺もちょっとは楽しかった。岡が一人でワーワー騒いでるのが煩かったけど、まぁ、それもアリだ。パタンとDSの蓋を閉じ、折り畳み式のテーブルの上に、DSを置いた。そして、岡と同じように凭れかかる。
 俺も岡も、何も喋らなかった。
 静かになると眠気がちょっと襲ってきた。岡が居るのに、寝てしまっては失礼だろう。そう思って必死に起きていると、肩に衝撃を感じた。そっと隣を見ると、岡が目を瞑って俺に頭を預けている。何が起こったのか分からず、心拍数が上がった。ドキドキ、ドキドキ。一体、何を考えているのだろうか。俯いて、唇を噛みしめていると、隣から寝息が聞える。
「……岡?」
 小さい声で、名前を呼んでみた。岡から、反応は無い。ペチペチと頬を叩いても、岡はピクリとも動かなかった。一定の間隔で、呼吸の音が聞える。岡は、爆睡していた。
 よく考えてみれば、岡は昨日、日勤だったので夕方にうちへ来た。それから1時間ほどで帰ってしまい、夜勤の人が熱で倒れたからと言って、出勤したらしい。今日の昼まで働いた岡は、そのまま、うちへ来てご飯を食べながらポケモンをしていたんだ。眠たくても仕方ない。俺以上に、眠たかったはずだ。それなのに、わざわざ、マクドーナルズまで行って、俺のために月見バーガー買ってきてくれて、そんでポケモン勝負までしたんだ。疲れは凄く溜まっているだろう。ここまでしてくれるのは、全て、俺の気を引くため、何だろうか。それとも、ただ、岡がやりたくてやってることなんだろうか。よく分からない。死んでしまったかのように反応しない岡を、肩から離し、ベッドに寝かせてやろうと思って体を持ち上げる。思った以上に、岡の体は、重たかった。
「ん、っしょ……」
 脇に手を挟み、上半身をベッドの上に乗せる。ここまですれば、起きるかなと思ったが、岡は目を瞑ったまま、何も反応しない。足もベッドの上に乗せ、何とか寝かすことが出来た。今度は、体を中央に移動させる。岡の背中に手を回した時、いきなり、抱きしめられた。
「うぷっ!」
 岡の胸に、顔がぶつかる。笑い声が聞こえ、「頑張ったなあ」と言われた。どうやら、岡は起きていたようだ。「離して」と言ったが、岡の手は俺の背中に回され、離してくれない。岡の鼓動が、耳に届いてきた。岡の心拍数がどんなスピードなのか知らないけれど、普通より、少し速く聞えた。俺も、鼓動が速い。
「なぁ、里井。また、ちょっとずつ、外に出ようぜ」
 速い鼓動とは裏腹に、岡の声は落ち着いていた。俺は首を縦に振って、唇を噛みしめる。早く、離れてほしいのに、岡の手の力は弱まらない。手に汗が滲んだ。
「ほっせー体だなー。もっといっぱい食えよ」
「……うるさい」
「俺、見た目以上に重たかっただろ。鍛えてるからな」
「やせ細った警察官なんて弱そうだよ」
「まぁな」
 クスクスと笑い声が、部屋に響く。正直、会話どころではなく、早く離してほしい。俺の心臓は、バクバクとしているのに、岡の心臓は、落ち着きを取り戻し、ゆっくりになって行っている。岡が寝がえりを打ち、俺の体が壁側に移動させられる。顔を上げると間近に、岡の顔があった。
 俺を抱きしめていた岡の手が、頭を撫でる。
「どうして、今朝、外に出ようと思ったんだ?」
「……何となく」
「まぁ、少しずつでも外に出る気になったのは良いことだな。昼間より、夜の方が好きか?」
「そうじゃないけど……」
 岡の手はゆっくりと動く。近すぎて、目を合わすのが怖い。
「朝の空気って、すっきりしてて気持ち良いよな。夜で冷えた空気が澄んで、空も綺麗で、今日も一日、がんばろーって気になる。ま、夜勤明けは朝日が眩しすぎて目が痛くなるんだけど」
「……うん」
 それは俺も思ったから頷く。
「前にも言ったけどさ。神社の紅葉が今、すげーんだよ。弁当もってさ、行こうぜ」
「……ピクニック?」
「そうそう。俺、こう見えても料理とかすげー得意なんだよ」
「岡の手作りはちょっと……」
「何だよ!」
「要らない」
 はっきり断ると「ぜってー作ってやるからな!」と逆に躍起になってしまった。少し興奮気味にそう言っていた岡だったけど、やっぱり眠たかったようで、声がどんどんと小さくなり、話している最中に寝てしまった。体に回った岡の手を振りほどき、寝がえりを打つ。ベッドから退こうと思っていたけど、俺まで眠たくなってしまったから、仕方なく目を瞑る。
 いつの間にか、岡と一緒に寝ることも、あまり嫌じゃなくなっている。初めは凄く嫌だったのに。
 心境の変化は確かにあるけれど、今、岡を好きになったところでどうなるんだろう。イジメられていたときもそうだが、岡の行動に振りまわされて、流されて、自滅しているだけな気がした。このまま、岡を好きになって良いのだろうか。そんな漠然とした不安が、襲ってきた。きっと、今、岡を好きになっても、それは流されているだけだろう。はっきりとした「好き」と言う感情が、今の俺には無い。岡と一緒に居るのが嫌ではないけれど、ただ、それだけだ。
 岡が居なくなっても、俺は変わらない。
 なぜなら、俺は岡に流されているだけだからだ。居なくなっても、どうにかなる。

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