俺を好きになってもらう方法

お弁当編



 やっと、やっと里井が俺の前に姿を現してくれた。

 その嬉しさと言ったらもう、仕事中に「機嫌いいなぁ、お前」とみんなに言われるぐらいだ。俺は物凄く機嫌がいい。自分でも良く分かる。早出の予定が夜勤みたいになってしまい、俺のテンションがた落ちだったけれど、もうウッキウキだ。会ったのは偶然だったけれど、こんな偶然で会ってしまうなんて、ちょっと運命感じるじゃねぇか。仕事が終わるなりに、俺はダッシュで家に帰り、シャワーを浴びて、机の上に置きっぱなしだったDSをちょこっとだけ操作して、里井の家に向かった。
 里井の家まで、自転車で3分もかからない。行こうと思えば早く行けたけど、そろそろ昼だし、何か買っていこうかなと俺は自転車のハンドルを切る。何がいいだろうか。正直、里井の好きな食べ物って何なのか、俺はよく分からない。嬉しそうに食べていた月見バーガーを思い出し、俺は自転車を走らせる。そうだ、マクドナルドに行こう。
 自転車を漕ぐスピードは自然と速くなってしまう。久しぶりに里井の顔を見れて、嬉しかったんだ。壁越しの会話も好きだったけど、やっぱり、顔を見て喋れるのが一番だ。一喜一憂する里井の表情をずっと見ていたい。俺の印象もちょーっとずつ変わって行ってくれてるみたいだし。俺の気持ちも上がりまくって、完全に浮かれまくっていた。
 月見バーガーセットとビックマックセットと、マックポークの単品を頼み、里井の家に行く。今日は天気も良くて、風が心地いい。いい季節になったもんだ。せっかく、外に出る気になったんだから、どっかへ行きたいなって思った。秋だから、紅葉かな。パトロールでよく通る神社のもみじが綺麗だった。よし、そこへ行こう。お弁当とか持って。二人でのんびり弁当食いながら紅葉見るなんて、風情がいいじゃん。よし、決定。俺はまた勝手にそんなことを決め付けて、里井の気持ちを置いてけぼりにしてしまっていた。
 里井の家のインターホンを鳴らすと、里井のおばさんが顔を出す。「こんにちは、岡君」とおばさんもちょっと上機嫌だったから、俺も笑顔で返事をする。里井が外に出てるの、知ってるんだろうか。
「ともちゃんね、今日は鍵をかけてないのよ」
「そうなんですか」
「まだ寝てるかもしれないんだけど。様子、見てあげて」
「はい。お邪魔します」
 今日の朝方まで起きていたんだ。里井が寝ている可能性ってすごく高い気がした。家の中に上がり、階段を登る。この家の階段を登るのが楽しみだなんて、俺ぐらいしかいないだろう。そっと部屋の扉を開けると、案の定、里井がベッドの上で寝ていた。横向きになって布団に包まっている里井は、穏やかな表情で眠っていた。短くなった前髪のせいか、顔がよく見えた。徐々に近づいてくる里井の顔。
 ハッとして、俺は顔を上げた。今、一体、何をしようとしていたんだ。里井の顔が近づいて来たんじゃなくて、俺が里井に近づいていたんだ。寝ている人にいたずらする趣味は……、ないはずだ。でも、この無防備な顔。ちょっとだけ、キスしたくなった。
 ペシンと里井の額を叩く。勢いよく、目が見開いた。
「おいおい。ぐーすか寝てんなよ」
 目を開けた里井は俺に目を向け、不思議そうな顔をして見つめている。ほんと、無防備な顔をしやがって。これでまたキスなんかしたら、俺の株が大暴落だからやめておこう。
「飯、くおーぜ」
 そう言って、紙袋をテーブルの上に置くと、寝ぼけた声が背後から聞こえた。里井は起き上がって、俺の行動を見つめている。しっかりと目覚めていないのか、状況が掴めていない様だ。俺がベッドにもたれかかって座ると、里井も隣に座って、並べたハンバーガーを手に取った。
 今日あった出来事とかを里井に話したけれど、眠たいのか、里井の返事は曖昧だ。「面白くない?」って尋ねたら、里井は「まぁ、なんか状況分からない」と言って俯いてしまった。仕事の話なんかしても、そりゃ、分からないよなと反省する。もっと里井と話したい。いろんなことを教えたい一心で、出来事とかを話しているけど、内輪の話はさすがにダメだったか。俺は気を取り直して、里井を見る。
「あ、そだ。対戦だけどさ。レベル制限しねぇ?」
 ポケモンで勝負をしようと言ったは良いが、レベル無制限だと里井のポケモンなんて全部レベル100っぽいし。俺のも数匹いるけど、対戦に出せるほどではない。ここは一丁、制限を設けさせてもらおう。里井は興味無さそうな顔をして「いいよ」と言い、立ち上がってDSを取りに行った。俺もカバンの中からDSを取り出し、電源を入れる。ピコーンと起動音が鳴り、見慣れた画面が表示される。里井もDSはあまり使ってなかったのか、机の引き出しからDSを取り出し、ソフトを探していた。あの引き出しの中にどれほどのゲームが入ってるんだろう。俺、ポケモン金銀とファイファンぐらいしかしてないからな。
「ポケモン、何でやるの?」
 ソフトを探しながら、里井は振り返る。もしかしなくても、金と銀以外にもシリーズほとんど持ってるみたいだ。俺は元気よく「金銀」と答える。すると、「了解」と小さい声が返ってきた。
 引き出しの中からソフトを取り出して、DSにセットする。里井は電源を入れながら、俺の隣に座った。画面を覗き込むと、俺と同じスタート画面。
「ん、里井は銀?」
 そう尋ねると、里井は「そう。岡は?」と俺を見上げる。地味に顔の位置が近いぞ。バレないようにつばを飲み込み、俺は里井に画面を見せ付ける。
「俺も銀」
 二分の一の確率だけど、同じのを選んだって事に嬉しさを感じた。
「レベル50のポケモンだったよね。ちょっと待って。持ってくるから」
 里井は画面に目を落としながら、そう言う。俺はここへ来る前に揃えておいたから、準備万端だ。
「ん、俺はもう、揃ってるからいつでもオッケーだぜ」
 事実を告げると、里井はちょっと笑って「気、早い」と言った。楽しそうに笑ってくれて、嬉しい。ゲームのことになると、やっぱり里井は楽しそうだ。笑ってくれる顔を、間近で見れるのは嬉しくて、ドキドキしてしまう。でも、そんな浮かれた俺の感情を里井に押し付けたら、里井は困ってしまうだろう。でも、抱きしめたりしても、里井は嫌がらなかった。これってちょっとは、俺のこと、好きになってくれてるってことかな。嬉しくて、つい、顔がニヤける。いじめっ子だったときの俺は、もう無くなったかな。
 俺を好きになってもらう前提は、クリアしてるかな。
 後は、好きになってもらうだけだ。
 ポケモンの勝負は、俺が全敗で終わってしまった。やっている最中、里井は容赦なく、次々と俺のポケモンをなぎ倒して行った。圧倒的な力の差に、俺は項垂れ、DSのふたを閉じ、テーブルの上に置いた。一息つくと、急に眠気が襲ってくる。ここは里井の家で、やっと里井が俺の前に出てきてくれたんだから、寝ちゃダメだと言い聞かすけれど、思っているより俺の体は素直だ。一晩起きてたせいで、うとうとと眠ってしまう。頑張って目を開けてたけど、いつの間にか眠ってしまった。
 体が宙に浮く感覚がして、俺は目を覚ます。一体、何が起こってるんだろう。うっすらと目を開けると、里井が俺の体を持ち上げていた。なぜ。疑問に思ったけれど、すぐに答えが分かった。俺をベッドに寝かそうとしてくれているらしい。ちょっと面白くて寝たふりをする。俺、見た目以上に体重あるんだけど、大丈夫かな。なんとか、里井は俺の上半身をベッドに乗せることができ、俺の足をベッドに乗せる。それから、真ん中まで移動させてくれる優しさに感動して、俺はつい、里井を抱きしめてしまった。
「うぷっ!」
 呻き声が、聞こえた。
 運動してないせいか、里井の体は細い。まぁ、ずっと引きこもってたんだから、食べてる量だって俺より全然少ない。俺が食べすぎなのかもしれないけど、里井はちょっと食べなさすぎだな。それは自覚していたようで、指摘すると「うるさい」って言い返された。
こんな、何気ない会話が楽しくてたまらない。
「前にも言ったけどさ。神社の紅葉が今、すげーんだよ。弁当もってさ、行こうぜ」
「……ピクニック?」
「そうそう。俺、こう見えても料理とかすげー得意なんだよ」
 完全に口からでまかせだった。別に俺、料理得意ってわけじゃないのに……。なんか二人で弁当食って紅葉見れたら良いなぁって思ったら、こんなことまで言ってしまった。嘘ついたとバレてないだろうか。里井から返事は聞こえない。
「岡の手作りはちょっと……」
 返ってきた答えは、俺を挑発する。
「何だよ!」
「要らない」
 はっきり断られたらなんかすげームカついて、「ぜってー作ってやるからな!」と俺は宣言してしまった。里井は最後まで不安そうな迷惑そうな顔をしていたけど、俺は眠気に負けてしまい、また里井のベッドで寝てしまった。

「そこー。降りろよー」
 二ケツしている中学生を注意すると、「うるせー、おっさん」と言われた。ムカついて「降りろって言ってんだろ!」と怒鳴ると中学生は逃げるように猛スピードでどっか行ってしまった。全く。俺がいつおっさんになったよ。その前に、一回注意されてんだから降りろっつの。本当にムカつくな。
 里井と弁当を持って紅葉に行こうなと約束した翌日。俺は、いつも通り仕事に励んでいた。気分は少し落ち気味。ダチと遊ぶ約束をしてしまったため、今日は里井の家に行くことが出来ない。飲みは9時から。仕事が終わるのは5時。それまでの間、兄さんの嫁に頼んで、弁当の作り方を教えてもらう予定だった。口から出まかせ、だったけど、ちょっとぐらいだったら俺だって料理出来る。一人暮らししてるわけだし。明日は休みだから、さっそく里井を外に連れ出してやろうと俺は目論んでいた。
 肩を叩かれ、「交代する」と同僚に言われた。もう、そんな時間なのかと腕時計を見ると、5時になる直前だった。あとは日誌を書いて、帰るだけだ。
「了解。頼んだ」
「お疲れ」
「お疲れ」
 挨拶を交わして交番の中に戻る。日誌を書いて、上司に挨拶をしてから、俺は服を着替えて外に出る。オレンジ色の夕日が、とても眩しかった。
 義姉さんは、近くまで来ると言っていたけど、どこまで来てくれるんだろう。歩きながら姿を探していると、「あーくん」と呼ぶ声が聞こえ、横を見る。俺より2個上の義姉さんは、笑いながら俺に近づき、腕を掴んだ。
「お疲れー。もう終わったの?」
「うん。ちょ、義姉さん。周りに見られるからやめて」
 俺の腕を掴んでいる義姉さんの手を振りほどこうとしたら「良いじゃない」と言って、もっと掴まれてしまった。義姉さんは、俺のことを気に入ってくれていて、誰の前だろうが俺と腕を組んだりする。最初は頑なに断っていたけど、俺が頑なに断れば断るほど、義姉さんもからかってやってくるから、断るのは諦めた。
「久しぶりに連絡くれたって思ったら、弁当の作り方教えてくれって言うんですもの。びっくりしちゃったわぁ」
「明日、紅葉に行くから。持って行こうと思って」
 そう言うと、義姉さんはニコニコと笑って「彼女と?」と聞く。彼女ではないし、付き合ってるわけじゃないから、「好きな子と、だよ」と俺は苦笑いで答える。
「もー、まだ付き合って無いの?」
「うん。今、猛アピール中」
「へぇ。あーくんが、猛アピールしても落ちない子ってどんな子なんだろう。気になるなぁ」
 男だよ。と言うのを飲み込んで、俺はあはは、と乾いた笑いを漏らす。男って言っても、義姉さんなら動じない気もするけど、家族にバレたりしたくないから言わない。義姉さんは俺の腕をグイグイと引っ張って、駅前にあるスーパーへ入って行った。昨日、義姉さんに連絡した時、弁当の具を考えておいてねと言われたから、必死に頭ひねって弁当の中身を考えた。それをメモった紙は、ズボンのポケットに詰め込んである。紙を取り出し、メモを広げる。
「何入れたいか、考えた?」
「うん。卵焼きと、ウインナーと、ミートボールと、から揚げと、ハンバーグと……」
「あー……、あーくん。いちいち、読み上げなくても良いから。その紙貸して」
 そう言って、義姉さんは俺の手から紙をひったくり、ずらりと書かれた弁当の中身を読んでいる。結構、険しそうな顔に、不安が過ぎった。
「あーくん。コレ、メインばっかり。ちょっと減らさないと、作るの大変だし、こんなにいっぱい、誰が食べるの」
「……俺?」
「ほんと。男の弁当って感じ。まぁ、良いわ。ちょっと減らすけど、良いわよね?」
 本当のことを言えば、減らしてほしく無かったけど、男の弁当って言葉がグサリと刺さり、俺は頷いた。それを見た義姉さんは「じゃぁ、買い物するわよ」と言って籠をカートに乗せ、先々と歩いて行ってしまった。俺はその後を追う。
 義姉さんはいろんなことを言いながら材料を買っていたけれど、俺の脳内はすでに明日のことしか考えてなく、義姉さんの話をほとんど聞いていなかった。
 作っている最中も、義姉さんはいろんなアドバイスを俺にしてくれた。胡椒かけすぎとか色々言われたけど、義姉さんの料理は少し味気ない。結局、俺の好みの弁当になってしまい、「もうあーくんに料理は教えたくない」と言われてしまった。
 作った弁当を両手に持って家に帰る。
 俺が作った弁当、里井は食べてくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。ちょっとウソ吐いちゃったけど、明日は義姉さんに教えてもらったこと言って、許してもらおう。一応、この弁当の中身は、全部、俺が作った。
 帰り際、俺はわざわざ遠回りして里井の家の前を通る。玄関の真上にある里井の部屋を見上げて、少しだけ立ち止まる。
「明日が、楽しみだ……」
 どんな顔をしてくれるだろうか。
 どんなことを言うだろうか。
 食べてくれるだろうか。
 不安は沢山ある。けど、ちょっとずつ俺達の関係も前に進んでるから、明日もきっと、良いことが起こるだろ。
 手に持っている弁当を握りしめ、俺は歩き出す。

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