俺を好きになってもらう方法

合コン編


「ちょっとお巡りさん。あのね、そこでね」
「……はいはい。お母さん。ちょっと落ち着いてね?」
「だってね! あのね! ……あら、お巡りさんイケメンねぇ」
「ありがとうございます……」
 うるせーよ、クソババア。そんな本音は胸の奥隅にしまって、俺は笑顔を向ける。俺は優しいお巡りさん。誠実なお巡りさんと自分に言い聞かさないと、やってけない部分は多い。正直、何で警察官になんてなったんだ、と過去の自分を問い詰めることがある。けれど、この前、ようやく警察官になってよかったと思う出来事が発生した。
 好きだった里井と、再会した。
 そこから俺の運気は急上昇。ほぼ毎日、時間さえあれば里井の家に行って、アイツの様子を観察している。ストーカーみたいだと思われるかもしれないが、ちゃんと家にお邪魔して、部屋で喋ってるんだから、友達程度にはなれただろ。
 あとは、俺を好きになってもらうだけだ。
 でも、そのハードルは高すぎる。
「おー、岡。大変だったな」
「えぇ……。子供が転んだだけであんな大騒ぎされると思ってませんでした」
 俺の様子を傍観していた上司が、近づいてくる。警察官なんて、ほとんどは道案内とか、パトロールとか、補導とか、そんなもんだ。たまに事件とか起こったりするけど、この平和な町ではあまり無い。椅子に座ってため息を吐く。定時まで、あと2時間だ。今日も里井の家に行こうと思っていて、心が弾む。早く、時間が経てば良いのに。
「最近、上機嫌だな」
「そうですか?」
「あぁ、顔に出てる」
 そうかなと思って、頬を撫でる。そんなにニヤついてるんだろうか。確かにここ最近の機嫌はずっと良い。里井は素気ないし、すぐに黙りこんじゃうけど、そんなところも見ていて楽しいし、一喜一憂する顔を見ていたら俺まで嬉しくなってしまう。単純な奴だと笑われるかもしれないけど、俺はそれで構わなかった。
 それから、書類整理など事務的な仕事をしているうちに、時間はコクコクと過ぎ、帰る時間となった。日勤の日は、私服で出勤している。帰りは里井の家に寄るから、ちょっと良い服を着て帰る。なんか、女の家に行くみたいで緊張していた。女の家に何度かは行ったことあるが、服をちゃんとしたりとか、緊張したりなんて、今まで一度も無かった。それだけに、自分がどれだけ里井を意識しているのか分かる。恥ずかしいけれど、里井には気付かれないから大丈夫だろう。ロッカーを閉めると、ポンと肩を叩かれた。
「なぁ、岡」
 振り返ると、同僚の村井が立っている。ニヤニヤと笑いながら、村井は携帯を片手に持って、俺の肩を握りしめている。嫌な予感がした。
「……何だよ」
「銀行員と合コンするんだけど、次の土曜、どうよ?」
 行かない。と言おうとして、思いとどまる。
「人数、揃ってんの?」
「お、珍しい。合コンなんか絶対に行かないって言ってた岡が、乗り気?」
「……いや、俺じゃなくて、連れて行きたい奴がいるんだ」
 里井を、連れて行ってやろうと思った。断られるかもしれないけど、もう少し、里井には外を楽しんでもらいたいと思う。二人で飲みに行こうって言ったって断られるだろうから、みんなでワイワイ。里井には、少しハードルが高いかもしれないが、引きこもり卒業には良いかもしれない。……女が来るって言えば、乗り気になるかもしれないし。気持ちは複雑だったけど、里井が喜んでくれるなら、俺はそれでよかった。
 例え、里井が俺を選ばなくても、
 里井が楽しそうなら、俺はそれで満足だ。
「良いよ。俺と、大塚と、岡とその岡の友達。4、4で揃える」
「……ありがとう」
 でも、里井が他に行ってしまうのはやっぱり悲しくて、少しだけ泣きそうになった。

 パソコンを見つめながら「二次の世界に行きたい」とマイワールドに突入していた里井は、「合コン行かない?」と聞いた俺の誘いに、あっさりと乗った。やっぱ、女が絡むと変わるのか。ショック受けて凹みそうになったけど、誘った俺が嫌そうな顔をしても仕方ないから、出来るだけ里井の前では笑ってみせた。合コンに行くと決定したので、ぼさぼさでもっさりしている髪型と、服を買いに行かなきゃいけないってことで、美容院の予約を取った。俺もそろそろ、髪の毛切らないと煩いころだし、里井を変化させる要素に、俺が入ってるだけで十分だから、それで満足しようと自分を納得させていた。
 美容院に行く当日、夜勤明けで急いで家に帰り、マッハで風呂に入って服を着替え、里井の家に行ったら、相変わらず、アイツは寝ていた。「寝てるのか?」と声をかけたら、起きてたのか、里井は寝返りを打って俺を見る。その目が妙に弱気だったから、どうしたのかと尋ねたら、里井は首を振って何も無かったことを俺にアピールした。
 でも、何かあったのは、里井の顔を見れば一目瞭然だ。しかし、何も無いと言っている以上、問い詰めたって里井は俺に悩みを打ち明けてくれない。それもそれで悲しいけれど、俺が里井をイジメてた張本人だから、もしかしたら、悩みは俺のことかもしれない。触れるのが怖くて、スルーした。
 寝転がっている里井を端に寄せて、俺もベッドに寝転がる。里井は嫌がってたけど、里井の温もりが残っているベッドで寝れるのは、心地よかった。
「何かあれば、言えよ」
 現実にそう言ったのか、それとも夢の中で言ってしまったのか分からないけれど、俺はそれを言った途端に眠ってしまった。夜勤明けで、かなり疲れていた。
 目を覚ますと、時間は思った以上に過ぎていた。美容院は5時からの予約なのに、目が覚めたのも5時だ。俺の隣で爆睡ぶっこいてる里井を叩き起こし、服を着替えさせ、急いで美容院に向かった。美容院に到着すると、里井はガタガタと震えそうになっていたが、されるがまま、受け答えもロクに出来ず、全て俺が答えてやった。俺が何かしてやらないと、里井は何もできない。そんなことに優越感を感じた自分が、惨めだった。引きこもり相手に、何をやってんだか。いきなり美容院に来たら、驚くのが普通だ。引きこもりで、ネットの世界しか知らなくて、会話は母親ぐらいとしかしないんだ。他人と喋るのだって、かなりの労力を使う。だから、俺が何とかしなきゃいけないのに、そんなことで優越感を感じていちゃダメなのに、俺はバカだから、里井が俺を頼っているように見えてしまっていた。
 似合う髪形にしてください。とお願いしたところ、本当にその美容師は似合う髪形に切りそろえてくれた。ぼさぼさでもっさりとした髪の毛はすっきりし、ちょっと短めに切られた髪の毛は、里井の柔らかさを出している。似合っていた。
「お。似合ってる」
 そう言うと、里井はちょっと笑って「……そう」と答える。その笑顔を見れて良かった。連れてきて、良かった。
 少しでも笑ってくれるだけで、俺は十分だった。


 合コン当日。里井の緊張はマックスまで達していた。その日、休みだった俺は、朝から里井の家に行き、嫌われないための対処法を里井に伝授した。ぶっちゃけ、女の子と仲良くなんかしてほしくない俺は、今まで通りに居てほしいと思ったけれど、それじゃ、里井のためにならない。何のために合コンへ連れて行くのか分からなくなるから、出来るだけ里井には女の子と会話してほしかった。それに、今までしてきた努力を無駄にするようなことだけはしたくなかった。里井に、ハメられたと誤解されるとか。いきなり合コンはハードルが高すぎたかなって思った。普通に考えて、イジメてた奴がだ。優しくなるのも変な話であって、合コンに誘って見っとも無いところを見せ、公衆の面前で恥をかかせるとか、あり得ない話じゃない。もちろん、俺は里井にそんなことをするつもりはないし、ただ、いろんな人と仲良くなった方が里井のためだと思ったから、合コンに誘ったんだ。俺だけの欲を言えば、里井は誰とも仲良くしてほしくない。俺だけを見ていてほしい。俺がいなきゃ、何も出来なければ良い。そこまで思っているけど、それは里井のためじゃないから、俺は絶対にしない。
 里井のためにならない俺の願いなんて、叶わなくて良い。
 緊張してガタガタ震えている里井を合コン会場である居酒屋に連れて行くと、すでに同僚の大塚が来ていた。大塚は俺と里井を見るなりに「おー、お疲れー」と声を掛けてきた。その時、ビクリと里井が驚く。男にもこんなに驚くんだから、女の子が来たら、もっと驚いてしまうのではないかと不安になる。斜め後ろに居る里井の肩を叩き、「これが前に行ってた里井。よろしくな」と言うと、また驚いて体を震わせていた。ちょっとだけ、可愛く感じてしまう。
 自己紹介を終え、里井は一番端っこに座らせる。ここに座れば、女の子があんまり来ないだろうと、勝手な俺の判断だ。まだ来てない幹事の村井の話をしていると、里井が逃げそうな格好をしたから、俺はすぐさま隣に座る。酒のメニューを広げ、飲めないの知ってたけど、里井に酒を飲ませるつもりで何を飲むのか尋ねてみた。
 オレンジジュースを飲むと言った里井に、カクテル飲んでみろよ、と言って、俺はスクリュードライバーを頼む。ウォッカベースだけど、ここのカクテルはあまり酒が強くないと聞いていたから、里井でも大丈夫だろう。そんなことを考えていると、女が4人、こっちへやってきた。
「こんばんはぁー」
 甲高い声が響く。隣を見ると、里井が物凄い形相で女を見つめていた。
 それから約10分後、幹事の村井がやってきて、合コンが開始される。まずは自己紹介。やる気が無かった俺は「岡です」と一言で済ませ、隣に居る里井も「さ、里井です」と聞えないぐらい小さい声でそう自己紹介をした。初めから、里井のことをジッと見つめている女がいて、俺はそいつに意識を向ける。案の定、ある程度酒が入り、食べ物が片づき始めてくると、その女が里井にちょっかいを出し始めた。俺が「人見知りだから」とけん制しているにも関わらず、その女は「人見知りならもっと話しかけなきゃね?」とか屁理屈捏ねて、俺と里井の間に割って入った。その最中、他の女が俺に話しかけてきてウザいったらありゃしない。俺の機嫌の悪さは、マックスに達していた。
 良い具合に、村井も大塚も女の子と喋っている。俺の対面に座った女は「岡君ってぇ、趣味、何?」とか聞いてきたから、「散歩」と適当に答え、俺はずっと里井と里井の隣に座ってる女の会話を聞いていた。今まで彼氏は10人居たとか、寂しくなると彼氏ほしくなるよねぇとか、里井君みたいなタイプ可愛いよね、とか。里井の可愛さは俺が一番知ってんだよ。と言いたくなったが、我慢していた。里井は端に追い詰められたうさぎのように、プルプルと震えている。可哀想だが、助け船が出せない。
 俺が庇ってばかりじゃ、里井のためにならないからだ。
「……ねぇ、岡くぅん」
「ごめん。ちょっと俺、便所」
 話しかけてきた女を無視し、俺はトイレに向かう。俺が席から立つと、里井が俺を見て泣きそうな顔をする。胸が苦しくなったけど、構うことも出来なくて、俺はそっと目を逸らしトイレに向かった。
 帰りたい。今すぐ、里井を連れて帰りたい。
 洗面所の水を出しっぱなしにしながら、そんなことを考える。流れて行く水を見つめていたら、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。そろそろ、この合コンは終了し、二次会に向かうだろう。俺は帰るし、おそらく、里井もあの様子だったら帰るって言う。文句を言われるかもしれない。怒られるかもしれない。またどん底まで嫌われたかもしれないけど、里井を家まで送って、俺も帰ろう。そして、また明日から、いつも通り、里井の家に行って下らない話をしよう。やっぱりちょっと、里井に合コンは早すぎた。思い立ったらすぐ行動の悪い癖だ。
 水道の蛇口を締め、席に戻ろうとすると村井が中に入ってきた。
「おー、岡。お前、いっちばん可愛い子に目付けられてんじゃん」
「興味ねぇよ」
 女がいくら俺に話しかけてこようと、俺の意識は全て里井に向けられている。そんな情報、どうでも良かった。村井は「……えー、もったいねぇ」と呟いていたが、無視して通り過ぎようとしたら、「里井君ってさー、もしかしてこう言うの慣れてない?」と聞いてくる。
「慣れてないって言っただろ」
 前もってそう言う説明はしていたはずだ。どうして今さら、そんなことを聞いてくるのかと俺は首を傾げる。
「せっかくさぁ、女の子が話しかけてくれてるのに、あの態度は無いだろー。なんかちょっとオタク入ってそうだし」
 その言葉に、プチンと来た。
「……もう一回、言ってみろよ」
「え、あ、なな、何? 何で岡が怒ってんの?」
「オタク入ってっからってなんかあんのかよ。関係ねーだろ。アイツはアイツなりに頑張ってんだよ。それを一言で貶したりすんな」
 はっきり言うと、村井は唖然とした顔で俺を見つめ、首を縦に振る。なんだかむしゃくしゃしてた。里井があんなにも頑張ってるのに、どうして周りはそれに気付いてやれないんだ。席に戻ると、すでに合コンは終了ムードに入っていて、里井の隣に座っていた女は「里井君もカラオケ行くよね?」とか尋ねてた。里井は首を横にブンブン振って、「帰る」と涙声で言う。無理やりにでも、連れて帰ろうと思った。
 俺が何を考えているのか、里井に伝わらなくても良い。
 俺がした結果が、里井にとってマイナスでなければそれで良い。

 最後に、俺を選んでくれなくても、里井が笑ってるなら、俺は満足だった。

 だから、俺は……。出来ることを里井にしてやりたい。


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