俺を好きになってもらう方法

お風呂編


 念願の、里井を手に入れた!

 自分の感情がピークに達し、襲いかかってしまった。それでも里井は笑いながら良いよ、と言ってくれて、感極まって泣きそうになった。嬉しい。凄く嬉しい。この感情を言葉に出来ない。今現在、里井は俺の前で小さく丸まっている。ギュッと膝を抱えているのは、見ていて可愛いと思った。後ろから抱き抱えると、里井の体がビクリと震える。そんな態度も可愛らしくて、俺はもっと強く抱きしめる。興奮してるのか、里井の体は少し熱く火照っていた。うなじに唇を落とす。「んっ……」と小さい声が漏れた。その声が可愛いのなんのって、もう! 我慢できなくなりそうだ!
 ペロリと舐めると、「う、わっ!」と驚いた声がする。そんなこんなしていると、俺まで興奮しちゃって、ムクムクと元気になる。それがゴリと里井の腰に当たってしまい、「っ、」と俺まで声が漏れた。恥ずかしい。死ねる。里井がそっと振り返った。赤い顔をしてる俺を見つめ、「興奮してるの?」と言い、ニヤリと笑った。ドエスか?
「いや、まぁ、そりゃーしますよね?」
 と言って、里井の足元を見る。あんあん言ってたくせに、全くおったってませんが。あれ、想像以上に俺、下手くそ? すげぇ、凹むんだけど。里井は体を回転させて、俺を正面から見る。そして、徐に股間へ手を伸ばした。ビク、と、俺の体が跳ねる。何をすんのかと思いきや、握りしめてこき始めた。あ、やべ、他人の手ってすげぇ気持ち良い。誰にも触れられたことがなくて良かったぁ。初めてが里井で、嬉しくはある。
「元気だね。さっき、トイレで抜いてたのに」
 やっぱりバレていたようで、里井がクスクス笑っている。おいおい、こんなキャラだったのかよ。なんか意外で俺は少し動揺した。でも気持ち良いから、そんなこともあんまり気にならなかった。
「ん、岡。ちょっと縁に座って」
 そう言って里井は俺のペニスから手を話す。一体どうしたんだろうかと、俺は言われた通り腰をあげる。バスタブの縁に座ると、里井が俺の足の間に入る。もしや、これは。里井は唾を飲み込み、口を開けた。
 パクリと食べられる。熱い舌が、竿を舐める。なんか、ヤバイ。これ、ヤバイ。すぐイっちゃう。
「さと、い、待て」
 このままではマズイと、俺は里井の頭を掴む。でも里井は首を横に振って、口から離さない。首動かすと刺激されて、いきそうになる。ヤバイ、真剣にヤバイ。
「待って里井。俺、イっちゃうから」
「イって」
 小さい声でそう言う。イって、じゃねーよ! 口に出せるわけないでしょ! ……まぁ、俺はさっき飲んだけども。飲んでくれたほうが嬉しいけども。ゲローって吐き出されることを考えたら、ショックだ。別のことを考えて、この衝動から逃れることにした。
 そもそも、どうして風呂に入ろうとしたかと言うと、俺が仕事明けだったからだ。家に帰って、着替えてすぐ里井のところへ行ったため、ぶっちゃけ、体は汚かった。秋だって言っても、動いていれば埃も汗も体に染み付く。そんな状態でヤろうとした俺はかなりのバカだけど、あのときの欲求は抑えられなかった。里井からキスしてくれたのはかなり嬉しかったし、あぁ、俺のこと好きになってくれたんだなって思ったら、優しい気持ちになった。
 優しくしよう。出来るだけ。
 もう子供じみた嫉妬なんてしない。
 俺は、里井を泣かさない。
 散々、泣かしてしまった俺がそんなことを言ったって、信憑性が無いと思う。でも、本当に大事にしたいんだ。もうかれこれ、10年ぐらい片思いを続け、会うこともままならなかったけど、俺はあそこで会えたことは偶然じゃないと思ってる。最後のチャンスだったんだ。里井に嫌われたときは、もうダメなんじゃないかと諦めたこともあった。言われたことがショックで、里井に八つ当たりして、挙句の果てには「ヤらせてくれるなら許す」とか最低なこと言っちゃったけど、最終的に想いは通じたのだから、良い経験だったんだと思う。分からないけれど。
 別のことを考えていたら、ギュと竿を握られる。それで思考が現実に帰ってきた俺は、真下にいる里井を見た。上目遣いで、睨まれる。それを見た瞬間、イってしまった。
「ん!」
 いきなり口に出された里井は困った顔をして、俺のペニスから口を離す。両手で口を押さえているので、「吐け」と言ったが、里井は唇をかみ締めると口の中に入っているものを、飲み込んだ。ゴクリと喉が、動く。
「……え。飲んじゃったの?」
「岡も、やってくれたから」
 苦々しい顔をしながら、そう言う。なんだか俺はそれが全然信じられなくて。嬉しかったんだろう。顔が思いっきりニヤけるのを感じた。里井は蛇口から水を出すと、口を濯ぐ。確かに苦くてなんか変な味がするから、濯ぎたくなるのは分かる。ペ、と吐き出し、蛇口を閉めたところで、俺は里井を後ろから抱きしめた。
「わっ」
 驚いたのか、里井が振り向いて「どうしたの」と言う。笑ってる顔が、穏やかで俺まで優しい気持ちになれる。
「いや、ちょっと嬉しいなぁって。ちょっとずつ頑張ろうな」
 笑いながらそう言うと、里井も少し笑って「そうだね」と言った。さっきは初めて同士って言うか、予備知識も何も無いまま、勢いでヤっちゃったから失敗したけど。俺も俺なりにこれから勉強するし、里井も少しは協力してくれるかな。分からないけど。ま、体を繋げる事だけが目的じゃないんだから、俺はこのまんまでも十分だ。一緒にお風呂入ったり、同じ布団で眠ったり、キスしたり、手を繋いだり。そんなことだけでも、十分な気がしてきた。濡れた里井の髪の毛を指ですき、肩に触れる。やっぱりちょっと、俺より体温が高い。どうしたんだろうか。後ろからだから、表情がよく分からなかった。
 疲れたのか、里井はぐったりとして俺にもたれかかっていた。

 のぼせてしまったようで、里井はぐったりとしたまま、布団に入った。そのまま眠ってしまい、ちゅんちゅん、と鳴く鳥の声で目を覚ました。明るくなった空がカーテンに透けて、いい天気だな、と、のんきな事を思ったときに、サーと血の気が引いた。
 あれ、俺、今日、当直じゃなかったっけ。
 テーブルの上に置きっぱなしのケータイを手に取ると、時間はすでに9時を過ぎて、9時半になっていた。
 ヤバイ。遅刻した。
「やっべええええええええ!」
 大声で叫ぶと、里井の体がびくっと震えて起き上がる。眠たそうに目を擦ってから、俺に「どうしたの」と尋ねる。「仕事……。寝過ごした……」と言うと、里井は言葉を理解できなかったようで、「は?」と言って首を傾げていた。今は里井に構ってる暇は無い。つーか、遅刻してんなら連絡ぐらいくれよ! 逆ギレしながら、職場に電話をかける。はい、と声が聞こえた途端に、俺は「寝坊しました!」と叫んだ。受話器の向こうからは、噴出した声が聞こえる。
『……岡か?』
「はい!」
『お前、今日、夜勤だぞ』
 そう言われて、俺は唖然とする。あれと思って、シフトを確認しに棚へと向かう。よく見ると、確かに今日は夜勤になっていた。『今から来ても良いんだぞ』と言われて、謝ってから「イヤですよ」と答える。
『ちゃんと来いよ』
「はい」
 電話を切って、呆然としている里井を見る。俺が騒いでいた理由が分かってないみたいで、表情はいつもよりボーっとしていた。
「今日、夜勤だった」
 笑いながらそう言うと、里井も呆れたように笑った。履きかけた制服のズボンを履き、「飯、食うか?」と里井に尋ねる。頷いた顔を見て、「りょーかい」と答えた。キッチンに向かって、簡単な朝食を作る。弁当、美味しかったって言ってもらえたし。料理もある程度、マスターしただろう。卵を割って、フライパンに落とす。塩コショウを振りかけてから、水を入れて蓋を閉じた。なんか、俺の服を着てる里井が生々しくて、ニヤけそうになった。この顔を見られたら、嫌われるかもしれない。ジューと音を立てているフライパンを見つめて、出来るだけ笑わないように徹した。
 焼けた卵を皿によそってテーブルを持っていく。蹲っている里井を見て、「何やってんだよ」と話しかける。顔を上げた里井は、困った顔をして俺を見つめていた。茶碗にご飯をよそり、里井の前に置く。さっきまで困った顔をしていたくせに、今はかなり神妙な顔をしている。どうしたんだろうか。並べていると、「……あのさ」と言って話しかけてきた。顔はかなり、強張っている。
 座ったと同時に、里井は話を始めた。
 里井はこの前、俺にそっけなくした理由を話してくれた。義姉さんと待ち合わせしているのを見られたらしく、それを彼女だと勘違いした。らしい。言わなかった里井も悪かったけれど、理由も問い詰めなかった俺も悪かったかな。笑ってたら、泣かれてしまい少し焦った。妬いて泣いてくれるのも、ちょっと嬉しかった。泣かしたのは俺だけど、理由が違う。隣に座って抱きしめると、里井も泣き止む。ぽんぽんと背中を叩いて、「飯食おうぜ」と言うと、里井は頷いて俺から離れた。
「じゃぁ、いただきます」
「おー、食え食え」
 里井はゆっくりと目玉焼きを箸で割り、口の中に入れる。俺も食べようと思い、ソースを目玉焼きの上にかけた。里井は何もかけないのだろうか。里井を見つめていると、「しょっぱい」と小さい声が聞こえた。
「……え、普通だろ」
 思わず、そう言ってしまう。義姉さんにも言われたけど、俺って味付け濃いのか!? いや、そんなことない。でも里井は真顔で俺を見つめ、「しょっぱいよ」と重ねて言った。
「その上、ソースまでかけるなんて、味濃すぎ。ウィンナーもから揚げも、味が濃かったけど」
 ぼろっかすに言われてしまい、少し凹む。
「う、美味いって言ったじゃねぇか!」
 悔しくなってそう叫ぶと、里井は少し笑いながら「……まぁ、美味しかったけどね」と言う。しょっぱかろうが、なんだろうが、あれは里井のために作った弁当だから、里井に美味いって言って貰えるのが一番嬉しい。本当に作ってよかった。もし、あの弁当が無かったら、俺たちはどうなってしまったんだろうか。考えるだけでも怖い。口からでまかせだったけど、料理得意だって言ってよかった。
 里井のために弁当を作って、良かった。
 泣かせてしまったときは、本当に後悔して、もう里井には関わらないほうがいいと思った。俺が居れば、里井がだめになる。里井の近くに居れないことよりも、俺としては、そっちのほうが苦しかった。二度と、会えないって分かってても、俺が傍に居るだけで里井がダメになっちゃうなら、俺は喜んで離れるだろう。俺のせいで引きこもりになって、やっと外に出れたのに、俺のせいでまた引きこもりになるなんて、絶対に嫌だった。
 でも。
「ほんと、里井を好きでいて良かった」
 今なら、そう思える。諦めないでよかった。何度も何度も、里井のことは諦めようとしていて、忘れたほうが俺のためであり、里井のためだと思ってたけど、俺はずっと里井のことを諦めることができなかった。いつでも、脳裏に里井がいて、何をするにも里井のことが気になっていた。きっと、気持ち悪いほど、俺は里井のことが好きなんだと思う。恥ずかしいことを真顔で言ってしまったせいか、里井は俯いて俺と目を合わそうとしなかった。
「……そう言えば、どうして岡は俺のこと気になったの? 何となく?」
 いきなりの質問に驚く。「んー」と唸り、話そうか迷ったけど、聞かれてるなら答えてやろうと思った。。
「小学校3年の時にさ、秋の遠足で山に登ったの、覚えてるか?」
 そう尋ねると、里井は黙って考え込んだ。俺と里井は小学校の頃、一緒のクラスにならなかったから、覚えている可能性がとっても低い。ましてや、あんときの俺と、今の俺はかなり違う。里井の眉間に皺が寄り、難しい顔になる。もしかして、遠足に行った記憶すら、無いんだろうか。
「その帰り、山、下ってん時にさ、泣いてる奴と会わなかったか?」
 里井は少し考え込んでから、思い出したようで顔を上げる。
「あぁ、居た居た。泣いてたから、お菓子あげた気がする」
「それ、俺」
「……え」
 驚いた顔が面白くて、笑ってしまう。
「駅まで、一緒に行ったんだよな。わざわざ、俺のクラスまで一緒に行ってくれて、今でもよく覚えてるわ。里井は忘れちゃったかもしれないけど」
 そう言って、俺はケラケラと笑った。どうやら、里井はあのときの泣いてた奴が俺だと信じられないようで、目を見開いている。俺は今でも、鮮明に覚えている。クラスからはぐれてしまい、どこにいるか分からない中、里井が笑いながら俺に話しかけてくれたんだ。大丈夫? って聞いてくれたときは、安心してもっと泣いてしまい、困らせてしまった。助けた里井はたいしたこと無いって思ってるかもしれないけど、助けてもらった俺からしたら、あのときの里井は救世主だったんだ。
 疑う目が、俺を捉える。どうも、信じてもらえてないみたいだ。
「貰ったお菓子はキャベツ太郎。話してたネタはファイファン。好きなキャラクターはリディア。里井がファイファン好きだって言うから、俺、7と10やったんだぜ?」
 帰り道の話をすると、信じるしかなかったようで、里井は納得した顔をする。俺はあの日から、変わろうと思ったんだ。それも全て、里井のおかげだ。
「あの時さ、俺、すげぇ里井に救われたのね。このまんまじゃダメだって思って、出来るだけ人見知りしないよう頑張ったし、肉とか牛乳とか沢山食べて、出来るだけ明るく振舞って、いつでも里井に気付いてほしくてさ。……ま、忘れてたみたいだけど」
「だ、だって!」
「まま、俺がそれだけ変わったって事だよな。ほんと、最悪な印象しかないと思うけど、今の俺ってどう? いじめっ子から変わった?」
 そう尋ねると、里井は俺を見つめ、箸を置く。それから息を飲み込んで、一度、目を瞑り、俺を見据える。
「変わったよ」
 その答えに、俺は笑いながら「そっか。良かった」と言い、里井を抱きしめた。本当に、本当に良かった。
 1ヶ月前、大人が子供にイジメられていると言う、ふざけた通報を受けて、現場に向かった。ガキにイジメられるなんて、どんなだよ、と笑いながら行くと、そこには涙目になった里井が居て、俺を見るなり、ホッとした顔を見せた。きっと、警察が来たから助かったと思ったんだろう。保護者達にぼろっかす言われて、泣いちゃったときは守ってやりたいと思った。でも、俺は里井を引きこもりにした張本人で、イジメっこだったんだ。俺に対して、良いイメージを持ってないのは分かってた。だから、俺は、そのイメージを壊して、せめて友達で良いからやり直したい、と思った。里井に自己紹介をすると、案の定、里井は「……え」と言った顔をして、顔面蒼白になり、逃げ出そうとした。そんな里井を無理やり捕まえ、とりあえず、服を買いに行こうとしたけど、叫ばれ逃げられた。あの時、俺は一瞬、迷ったんだ。追おうか、追うまいか。追っても、嫌われてるから拒否られるかもしれない。でも、追わなかったらここでお終いだ。なら、限りなく0に近い確率に賭けようと思った。顔も見たくないって言われるかもしれない。二度と、目の前に現れるなって言われるかもしれない。でも、もしかしたら、少しは俺に付き合ってくれるかもしれない。そう思って、里井を追った。引きこもりだったせいで、里井の体力は成人男性の四分の一以下で、追うのは簡単だった。すぐに捕まえてしまい、思わず抱きしめてしまうと、「離して」と言われた。その拒否に、少しだけ傷ついた。けど、自業自得だ。必死に言葉を紡いで、やり直したいことを伝え、勢いで告白してしまうと「気持ち悪い」って言われてしまった。かなり傷ついたけど、「暇なときで良いから、俺と遊んで」とお願いしたところ、「……俺、毎日、暇なんだけど」と答えが返ってきた。
 物凄く、嬉しかった。
 好きになってもらう可能性は、限りなく0に近かったけど、里井は俺を完全に拒否しなかったんだ。
 そのとき、拒否しなかった理由は分からないけれど、それから今まで辛い日もあったけど、基本的に楽しかった。つい、泣きそうになる。
「岡が好きだよ」
 耳元でそう囁かれ、くすぐったい気持ちになった。抱きしめている手の力を強め、俺も耳元で囁く。

「俺を好きになってくれて、本当にありがとう」



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