君と一緒に住むまでの過程 1


 一緒に住もうって言葉は暗に、ずっと自分の傍に居てくれ、だなんて、プロポーズと似た言葉じゃないかと、最近、感じ始めている。
 かと言って、そんな言葉を聞いて心をときめかす女の子のような心境にはならず、いつも平静で相変わらず岡には酷い扱いでいた。

 バイトをし始めたきっかけは、母さんの一言だ。「それは自分で何とかしなさい」と、最初は突き放されたのかと錯覚した。けれど、すぐにそれは俺のための言葉だと気づいた。岡と一緒に住むと決めたのは紛れも無く俺自身で、一緒に住むからお金頂戴なんて甘ったれたことを言ってられない。これからは両親に頼らず、自分達の力で生活していくから余計だ。よく考えると、岡は一人で住んでて偉いなって思う。どれほど大変か、俺にはまだ分からないけれど、ちゃんと働いてお金ももらって自分でやりくりしてるんだ。どんなにヘタレでも、その辺は見習わなきゃな、と思う。
 自分で何とかしなさいと言われた以上、何とかしてお金を稼がなければいけない。岡にはバイトをしないでくれって言われてるし、どうしたものか。きっと、このことを説明すれば、引越し費用なんて俺が出すから気にすんなと言われて、俺には何もさせないはずだ。どれぐらいの貯金があるのか知らないが、かなり溜め込んでるらしい。余裕があるのは知っているが、俺も一緒に住むのだ。微々たるものでも、資金の足しにしたいというのが本音でそのためにはバレないように働くことが先決だった。
 しかし、バレないように働くって言っても、変則的な岡の生活に合わせるバイト先なんて無い。ただでさえ、履歴書真っ白なのに条件なんて付けれるはずがなかった。となると、働く先がない。バイトするとか言ったら怒るだろうし、理由も聞いてくる。そしたら最初に戻ってループだ。何か良い方法は無いだろうか。そんなことを考えながら外を歩いていると、新しく出来たゲーム屋が目に入った。あまり大きいとは言いがたいが、小学生や中学生が入っている。中古ゲームの買取や新品ゲームの販売、カードの販売なども幅広くやってるようで、中は賑わっていた。試しに覗いてみる。
 なかなか繁盛している店だった。子供がぎゃあぎゃあ騒いでるから少し煩いものの、ゲーム屋ってこんなもんだろう。中に足を踏み入れて、最近はどんなゲームが出てるのか新作の棚を見る。「……あれ?」と声が聞こえて、隣を見た。
「……もしかして、里井君?」
 名前を呼ばれたが、見覚えなんてある顔じゃなかった。誰だろうか。首を傾げると「覚えてないかな」と言って、自分を指さす。何だか、どっかの誰かさんと出会ったときを思い出すフレーズだった。冷や汗が流れる。
「同じ中学だった、沢田」
「え、沢田!?」
 思わず、大声を出してしまった。中学の時、一番仲が良かった沢田だ。なんかちょっと太って、見た目とか凄く変わっててびっくりした。
「久しぶりだね、里井君。あんまり変わってない」
「沢田は変わった。全然、気付かなかったよ」
 出会えたことが嬉しくて、大きい声が出てしまう。
「ここで働いてるんだ?」
「あぁ、ここ、俺の店なんだよ。ほら、中学の頃からゲーム屋開きたいって言っただろ?」
「えー、本当に!?」
 沢田がここの店長だなんて。よく考えたら中学の頃からゲームが大好きで、店を開くとか言ってたな。ただの夢だと思ってたけど、実現させるなんて凄い。
「……里井君はー」
「あー、働いてない」
 どんどんと気まずくなっていくのが分かる。聞いちゃいけないって思ってたのか分からないが、気まずそうな顔に変わった沢田を見つめ、どうしようか考える。沢田が思ってるほど、俺は悲惨な生活を送っていない。それは岡のおかげなんだと思う。今から二年前は、きっと沢田に会ったら逃げてたと思う。いや、外にも出てなかっただろう。少しでも気まずさを無くそうと思って、にこりと笑った。
「いやぁさ、ずっと気になってたんだよな。なんか里井君が学校に来なくなった原因って俺なんじゃないかってさ。何度か家の前まで行ったけど、何を言っていいか分からなかったし、どうしようか考えてるうちに行くタイミングを逃しちゃってさ。気がかりだったんだよ。でも、元気そうでよかった。安心したよ」
「沢田のせいじゃないから、気にしなくてよかったのに。俺もみんなのことがちょっとだけ気になってたんだ。元気そうで何より」
 みんなのことを気にしてたと言うのはほとんど嘘だけど、沢田のことが気になってたのは本当だ。妙に責任感が強い沢田のことだから、俺が学校に行かなくなれば自分のせいだと罪悪感を覚えると思っていた。案の定、そうだった。でも、あそこで沢田が何か言ってくれなかったらあのままだっただろうし、岡とはもっとこじれていただろう。
「あ、そうだ。連絡先教えてよ。また、遊んだりしよう」
「いいね。けど、俺、携帯電話持ってないんだよね」
「そうなんだ。じゃぁ、パソコンは?」
「もちろん、あるよ」
「やっぱり」
 沢田はにっこりと笑って、棚に並んでいるゲームを掴んで俺に差し出した。それは有名なアールピージーで、そのナンバリングはネットゲームだと聞いている。
「今さ、これにハマってんだけどさ。やってる?」
「いや、その次の奴はやったけど、ネトゲには手を出してないなぁ」
「そっか。面白いからさ、マジお勧め。どう、やんない?」
 一瞬、セールスかなって思ったけど、笑いながら進めてくる沢田の顔を見ていたら、本当に面白くて勧めてくるんだと分かった。ゲームを買いに外へ出たわけじゃないけど、そんなにも面白いって言うならちょっとやってみても良いかもしれない。ソフトを手に取り、パッケージを眺める。
「ほんとは課金制なんだけど、今はお試しで二ヶ月間ただなんだ。貸すからさ、やってみなよ」
「貸すって……、良いのかよ? 一応、商品だろ」
「もし、やる気になったら買って。つまんなかったら返品で良いからさ」
「分かった」
 じゃあ、と言って沢田が俺の手からソフトを取り上げる。
「里井君さ、時間ある?」
「ん? 有り余ってるけど」
「じゃ、裏で話そう。さっきから小学生がじろじろ見てる」
 そう言われて振り返ると、本当に小学生が俺をじろじろと見てた。こんな時間にゲーム屋にいるなんて、普通はあり得ないことだ。見られていると気付いたら、視線が気になって仕方ない。「……うん」と頷いて、沢田の後を追った。
 レジから裏に回って、休憩室のようなところへ入る。何人かバイトの人がいるみたいで、レジにいる人がジッと俺のことを見つめていた。その視線も気になってしまい、居たたまれなくなった。
「座りなよ」
 沢田が椅子を指さした。その椅子に座って辺りを見渡す。男ばっかりのせいか、中は書類やらゲームやらが散乱している。綺麗とは言い難い。
「やっぱりネトゲって抵抗ある?」
「あんまり良い噂聞かないよね。廃人とか」
「あぁ、そう言うのは一部だよ。社会人とかもいっぱいいるし、学生とかも多いから、あんまりリアルと変わらないかな。あ、リアルって言うのは」
「現実でしょ。それぐらいは分かるって」
 ネットでの生活が長かったから、ある程度言葉は知っている。パッケージを見ただけじゃ、何が何だか分からないがキャプチャした映像とか何回か目にしたことがあるし、なんせネトゲは色々と有名だから知っている。
「俺はもう、始めて二年ぐらいになるんだけど、まだまだやり始めた人とかいっぱいいるから、里井君も楽しめると思う」
「絶賛してるな。相当、面白いんだ」
「うん。一時期ハマりすぎて生活めちゃくちゃだった。店閉めて、帰ってからゲームして二時間しか寝ずに仕事とか。さすがに体壊すと思って、やめたけどさ。基本的に一人じゃ敵は倒せないんだ。だから、人を集めてボスとか倒しに行くんだけど、それがまたさぁ、達成感とか半端ないんだよね。前衛と後衛集めて、六人パーティが基本なんだけど、その六人パーティを最大三つくっつけることとかもできて、十八人で倒したりもするんだ。ってなるとさ、人が多すぎて大混雑なんだよ。回線重いから、カクカクしちゃったり、ターゲット間違えちゃったりとか。レベル上げも基本的にみんなでやるんだ。だから、そこで友達作ったりとかさ。あんまりリアルとかわんないんだよな」
「へぇ、そう言うの、俺より岡のほうが好きそうだなぁ」
 アイツ、みんなで色々するの好きそうだし、ハマったら仕事に差し支えがあったりするから、絶対に勧めらんないけど。そんなことを考えていると、沢田の目が俺を見つめたまま、見開かれている。何か、悪いことでも言ってしまっただろうか。首を傾げる。
「……岡と、繋がりあるの?」
 そう尋ねられてから、岡にいじめられて引きこもったことを思い出した。怪訝な顔をしてる沢田にどう説明しようか。納得できる説明なんて思いつかなかったから、「……まぁ」と答えて言葉を探す。
「一年半、ぐらい前かな。道端でばったりと。まぁ、俺が警察沙汰起しちゃって、そこに駆け付けた警官が岡だったんだけど。あ、今はもう、和解して仲良いから。安心して? アイツも、いじめたこと凄い気にしててさ、謝り倒されたし。俺も、俺で悪い所があったから、ちゃんとそこを謝って……」
「そっかぁ。なら良いんだ。岡ってさ、ちょっと里井君には変だったじゃん? なんて言っていいのか分からないけど。なんか、友達とは違う、変な感じ?」
 その変な感じってのが、なんだったのか俺は知っている。だから余計に、どんな説明をすればいいのか分からなくて困った。本当のことなんて言えない。まぁ、バレたら仕方ないのかもしれないけど。
「まぁ……、なんか小学校のころにさ、岡を助けたことがあって、そのせいでなんか特別? だったらしい」
 誤魔化しながら言っても、沢田は納得しなかったようでうんうんと唸って難しい顔をしている。
「友達、だよね? なんか岡が里井君を見てる時って、なんかさ……」
 もう観念するしかないと思った。これは岡のためでもある。岡だけ悪者にするのは、もうやめよう。
「まぁ、ドン引きされるかもしれないけど。…………付き合ってるんだよね」
「ええええええええええええ!!!!!!!!」
「まぁ、岡が俺をいじめてたのはそう言う意味もあったんだよ。小学校の頃助けて、中学同じクラスになったから、近づいてきたんだけど。ほら、岡ってさクラスでも中心にいたでしょ? だから、俺、周りがじろじろ見てきて、何で岡が俺と仲良くしてるのか不思議だって言われてさ、劣等感あってさ。避けちゃったんだよ。それが原因」
 説明すると物凄く情けないと言うか、もっと話し合えば簡単に解決できることだっただけに、凹んでしまった。説明を聞いてるうちに冷静を取り戻したのか、沢田は俺をジッと見つめたまま、何も言わなかった。やっぱり、気持ち悪いって思うだろう。そりゃそうだ。男同士で付き合うなんて、普通に考えて可笑しい。可笑しい、気持ち悪いって思われても仕方ない。でも、俺には岡がいるから。ここで沢田に嫌われてしまっても、大丈夫だった。
「なるほど……、ねぇ。びっくりしたけど、なんか納得した。だって、岡ってそう言う目で里井君のこと見てたもん」
「気持ち悪いって、思わないの?」
「ん? そう言うのもアリじゃないかな。思わないよ」
 そう言ってくれて、ホッとしたのは言うまでもない。
「そっか。よかった。それでさ、今、一緒に住もうって言われててさ。俺、ニートだから、どっかで働かなきゃいけないんだけど、良い所無いかな。岡は働くなって言うんだけど、母さんは引っ越し資金ぐらい自分でためなさいって言うし。そんな都合いい所、ないよなぁ……」
 喋ってると問題が明るみになって、もっと悩んでしまった。項垂れていると、「そうだ」と声が聞こえて顔を上げる。ぽんと、沢田が手を叩いた。
「丁度うち、バイト募集してるんだ。よかったら、ここで働かないかな?」
「……え、良いの?」
「うん。里井君の都合にも合わせるし。逆に助かっちゃうよ、人手足りなかったから」
 にこりと笑う沢田の顔を見ていたら、この人は神様なんじゃないかと、錯覚に陥った。
 そんなこんなで、駅前に新しく出来たゲーム屋で働くことになった。もちろん、沢田に勧められたネトゲは沢田が言った通り、物凄く面白くて思いっきりハマってしまい、岡を怒らせる原因になってしまったのは言うまでもなく、バイトをしてることを隠してたので浮気まで疑われ、パーで殴られたと言う経緯になる。

<<<<<<<<<<< Index >>>>>>>>>>>Next