君と一緒に住むまでの過程 2


「えぇー! あの新しくできたゲーム屋、沢田の店だったの!?」
 事の顛末を岡に説明すると、第一声がこれだった。交番にも近かったから、やっぱり新しくゲーム屋が出来たことは知っていたか。俺はゲームしないとか言いながらも、暇さえあればゲームしてるのは知ってる。まぁ、俺ほどじゃないけど。
「昔からゲーム屋開きたいって言ってたからね。夢かなって良かった」
「そっかぁ。まぁ、沢田のところで働いてるなら、……まぁ」
 岡はうんうんと唸りながら、顎をさすっている。
「まぁ、って何? 大丈夫だって。最近、慣れてきたし」
 不満げな顔をしている岡を見ていたら、なんかイライラしてきてしまった。きっと、これが沢田の店じゃなかったら、ああだこうだ言ってきたはずだ。まだ俺の友達だから文句言わないものの、見知らぬところなんて許さないだろう。そう言うところで束縛するのは、あまり好きじゃなかった。態度に怒りを滲みだすと、岡の目が少し怯える。
「あぁ、そう言えば、この前沢村に話しかけられたんだって?」
「……あ、あぁ、うん。沢田が苦手だから、レジ行ってくれって言われたんだよ。地元で店やってると、やたら中学のクラスメートと顔を合わすらしい」
「沢村のこと苦手なんだ?」
「そりゃそうでしょ。岡と仲良かったんだから」
 そもそも、俺と岡は正反対だ。俺のように所謂オタクのグループと、岡のような明るいリア充グループが相容れるはずない。何気なく言ったつもりだったが、岡は気にくわなかったようで眉間に皺が寄っていた。
「……なにそれ」
「だって岡達、俺らのことオタクって言ってバカにしてたでしょ?」
「俺はしてないって!」
「他の人はしてた」
 はっきり言うと、岡は黙り込んでしまった。岡は言って無くても、他の奴らは違うんだ。中学になってもゲームばっかりやってたら、何故かオタクと言ってバカにされる。マンガが好きだったりしたら余計だ。そんな今みたいに、なんとかたんハァハァなんて言ってなかったんだから、オタクって一括りにされたのは納得できない。けど、リア充から見たら俺らなんか何をしててもオタクだったんだろう。そうやって人をバカにして、自分が優位に立たないと気が済まないんだ。分かってるから、それを今更掘り返すつもりなんて無かった。でも、それを言わせたのは岡だ。まぁ、これを言えば揉めると分かってて言った俺も、バカだったかもしれないけど。
「……俺はすんなって言ったし」
「知ってるよ。岡が周りとちょっと違って浮いてたの」
「う、浮いてない!」
「それは冗談。で、一先ず、何が必要なのか知りたいんだけど。岡は一度、引っ越ししてるでしょ?」
 さらりと流すと、岡が悲愴な顔をした。突然、腕を引っ張られて抱きしめられる。いじめすぎてしまっただろうか。ゆっくり息を吐くと、「バカになんかしてなかったから」と念押しされる。岡がしてなかったのは分かってる。どんな理由であれ、輪の中から抜け出して俺に話しかけてきたぐらいだ。気にしてたら、そんなことできなかっただろう。それに、沢田も岡は大丈夫だって言ってるし、なんかどこかリア充グループとは違ったんだよな。人望だろうか。それとも性格か。ま、俺をいじめたこと以外は、しっかりとした奴だったから性格もあるし、人望も沢山あったはずだ。
「分かったから。とりあえず、引っ越しに関して決めること決めなきゃ。どうしていいか分からないから」
「ん、そだな。俺もこれで三回目だから、任せろ」
「え、三回目?」
 てっきり、一回だけだと思ってたから、びっくりして思いっきり岡を引きはがしてしまった。きょとんとした顔で、岡は「うん」と頷く。
「言ってなかったっけ。最初は別のところに配置されてたって」
「全然聞いてなかった」
「まぁ、最初の配置から二年でこっちに来たんだけど。とりあえず、引っ越しはスペシャリストだから任せろよ!」
 そう言って、岡はドンと自分の胸を叩いた。二年で配置転換があるってことは、相当、転勤とか多いんだろう。あんまり居なくならないから、気にしてなかった。いつ、移動になるか分からないって言ってたけど、それは本当かもしれない。気にしてなかった未来が、急に襲ってきて身動きが取れなくなりそうだ。でも、俺は岡と一緒に行くって決めたんだから、そんぐらいで気にしてちゃダメだ。
「それにしても、里井ん所のおばさんが、あっさり了承してくれると思わなかった……」
「俺もだよ。出て行ってくれるなら、ありがたいまで言われた」
 言われたことをそのまま告げると、岡は目を見開いている。そんな風に言われるとは思っても無かったんだろう。俺も思ってなかった。だから、母さんにそう言われた時は、本当に母親の言葉かと疑ってしまった。けれど、そうやって言われないと俺ももしかしたら思いとどまってしまったかもしれない。背中を押されるには、十分すぎる言葉だった。
「い、いがい……」
「まぁ、そう言わないと決心鈍るかもしれないじゃん? 一応母親だからさ、あの人も俺の性格知り尽くしてるんだよ。…………ちゃんと決めたから、そんな顔しないでよ」
 決心鈍ると言った瞬間に、岡の眉が八の字になった。
「そう言えばさ、岡の家の人は何も言ってないの?」
「……へ?」
 明らかに岡の表情が変わった。地雷だったわけじゃなくて、ずっと隠してきたようなことがバレてしまったような顔だ。この一年半、ほとんど毎日って言っていいほど顔を合わせてきたんだ。何を考えてるかぐらい、手にとるように分かる。俺に隠し事なんてできないくせに、そうやって隠そうとするからムカつくんだよな。睨みつけると、視線が泳いだ。
「引っ越してなかったら、実家ってここから近いよね?」
「え、あー……、えっとぉ」
「そういや、会ったこともないし、話も聞いてない。別に紹介しろなんて言わないけどさ、どんな人かぐらい気になるじゃん?」
「んん、あ、あ、あああ! そそ、そうそう。俺、必要なもの家でまとめてくるから! じゃあな!!」
 白々しいどころじゃない。岡は急いで立ち上がると、部屋から走って出て行った。バタバタと階段を駆け降りる音が家に響く。そんなに遅くない時間だから良いものの、これが深夜だったらブチギレてるぞ。そんなことを考えながら、立ち上がってスリープにしてたパソコンを起動させる。まぁ、問い詰めるつもりなんかなかったし、岡の両親がどんな人でも岡を見る目なんて変えない。けど、ああやって隠されるのは腹立つ。俺のことはいっぱい聞いてくる癖に、岡は自分の周りのことなんて全然喋らない。どうでもいいことばっかり話して、肝心なことは言ってくれない。そんなに俺は頼りないだろうか。守りたいだけなんだろうか。考えてたらムカついてきたから、忘れるようにゲームの画面を起動させる。今日もさくさくとレベルを上げよう。友達登録したリストを見ると、沢田がオンラインになっている。ゲームを始めて三週間ぐらい経ったけど、沢田以外に友達はそこそこ増えた。オンラインの友人に挨拶をして、レベルを上げる準備を始める。
 ムカつきすぎてたせいか、全然、集中できなかった。


 苛立ちは翌日になっても消えなかった。いつもだったらゲームやってると不機嫌な顔して俺にちょっかい出してきたりとか、自分が悪いと思ったらすぐ謝ってくるのになんもなかった。機嫌取りをしてほしいわけじゃない。なんかいつもと違うからムカついてるだけだ。
「……なんか機嫌悪い?」
 沢田の声が聞こえて振り向く。まだ店が開く前で棚に商品を並べているところだった。俺の顔を見るなりに、沢田は「ははっ」と声を上げて笑った。そんな面白い顔をしてるか。きっと楽しい顔をしてるんだろう。
「別に」
「分かりやすいなぁ。岡と、揉めた?」
「いや、隠してたことに気付いて問い詰めたら逃げた。アイツ、昔からそう言うところあるんだよ。それがムカつく」
「なるほど。里井君は隠し事されるのが嫌いなんだ」
 笑いながら言われて、そうじゃないと否定しそうになった。バレてることを未だに隠そうとするから嫌なんだ。けど、そんなことを意固地になってる自分も、なんだかバカバカしくなってきてしまった。
「……なんかも、どうでも良くなってきたな」
「え?」
「そりゃ、言いたくないことだって沢山あるよね。それをくどく聞いちゃうのは、ダメだと思う」
 そう言って自分を納得させて、気持ちに折り合いを付けないとまた揉める気がした。俺だってケンカがしたくてケンカをしてるわけじゃないし、できることならケンカなんかしたくない。だから、これは今をもって忘れることにしよう。大きく息を吐いて、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「さ、店、開けようか」
「うん」
 最初の一時間は、お客さんが来なくて凄く暇だった。
 大体、店が忙しくなるのは、三時を過ぎてからだ。小学生たちが学校を終えて、店にやってくる。中には中学生とか、高校生も居て、人が増えて混雑し始める。ゲームの買い取りは基本的に沢田や、開店当初から居た大木さんが見る。俺はレジ打ちをして商品を棚に並べたり、ケンカしそうな子供を止めたりなんて雑用をやっている。俺のほかにバイトは二人いて、その人たちとローテーションだった。勤務時間は十時から五時まで。沢田がわざわざ、岡との時間のために都合の良い設定にしてくれた。まぁ、バレてしまったわけだけど。そのことを説明したら「あっちゃぁ」と残念そうな顔をしていた。もうバレてしまったんだから、時間は好きにしてくれていいと言ったけど、「いや、大丈夫だよ」と言ってシフトはこのまんまだ。
 カランカランとドアに付けている鐘が鳴る。
「いらっしゃいませー」
 喋っている小学生の声が、ぴたりと止んだ。どうしたんだろうと思って顔を上げると、見慣れた制服が視界に入る。俺の後ろにいた沢田が「あ!」と声を上げた。
「わー、ほんとうにおまわりさんなんだ。制服、似合ってるねぇ」
 にこにこと笑いながらやってきた岡に、殺意を抱いたのは言うまでもない。昨日のことを忘れてるんだろうか。もうちょっと気まずそうな顔とかしろよ。なんか忘れようと思ってたのに、怒りが沸いてきてしまった。小学生がじろじろと岡を見ている。
「仕事サボって監視?」
「ち、違うって……。巡回です」
「……へぇ」
 あぁ、本当に白々しい嘘だ。俺の様子を見にきたに違いない。だって、バイトの話をさっくりしたのは昨日だし、仕事のついでに覗いてみようと思ったんだろう。後ろにいた沢田が立ち上がって、「久しぶりだなぁ」と懐かしそうな声を出した。仲良く喋るのは構わないけど、さっきから中学生が外に出て小学生もビクビクしてる。そりゃ、いきなり警察が来たら、驚くのも無理はない。
「ちゃんと働いてるみたいだな」
「……うるさいな。いちいち、監視しに来ないでよ」
「良いじゃん。里井が働いてるところなんて、見たことないしさ」
 ニコニコと笑ってる顔を見てたら、殴りたくなった。そもそも、これは営業妨害なんじゃないだろうか。沢田は笑顔で対応してるけど、大木さんはあからさまに嫌そうな顔をしてる。やっぱり迷惑なんだな。二人が仲良く喋ってる中を割り込んで、「とりあえず、帰れよ」と岡に向かって言う。
「何だよ。良いじゃん、久しぶりなんだし」
「迷惑、掛かるだろ」
「そんなことないって。万引き防止になるかもしれない」
 あはは、と沢田が笑う。それにつられて、岡も笑った。俺はそれにつられて笑うことなんか出来ずに、岡を睨みつける。はぁ、と大きくため息を吐いたところで、後ろにいた大木さんが「里井君、もう上がりの時間だよね」と言うので時計を見た。長針が頂上を指している。ぴったしに言うってことは、早く帰れってことだろう。岡を連れて。
「あ、もうこんな時間か。里井君、帰って良いよ」
「お疲れさまでした」
 ぺこりと頭を下げて裏へと行く。まだ岡と沢田はレジの前で喋っているようで、ぺちゃくちゃと喋る声が聞こえた。あはは、と大きい笑い声も聞える。岡は昨日のこと、何とも思ってないのか。それとも、知らないふりをしてそのままスルーするつもりなのか。そうやってわざと消そうとするから、俺の中に残るんだよな。あぁ、ムカつく。カバンを掴んで裏から出ると、「里井!」って声が聞こえて振り向く。さっきまで笑顔で沢田と喋ってたのに、いつの間に裏へ回ってきたんだ。ちゃりを持って近づいてくる姿は、職質されてる気分だ。
「……仕事しろよ」
 威嚇を込めて低い声でそう言うと、「……はい」と岡は項垂れながら引き返した。

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