君と一緒に住むまでの過程 4
さすがに見ず知らずの家に、ずかずかと入り込んでいくわけはないと思ったので、ここが岡に関係している家だと言うのは数秒で分かった。俺の家からの距離と、佇まいを見るなりに実家だろう。玄関を開けるとまず目に入ったのは大きい花瓶だった。綺麗な花が生けられていて、突然の訪問者に驚いたのか奥から綺麗な人が出てきた。
「……あら、彰文。珍しいわね」
「父さん、いる?」
「えぇ、いるけど……。お客様?」
会話の内容から、この人が岡のお母さん、だろうか。目が合い慌てて俺は、「こんばんは」と頭を下げる。岡のお母さんはにこりと笑って「こんばんは」と挨拶を返してくれた。見た目はとても優しそうで、美人だ。玄関の横に置かれたスリッパを二つ取り出し、俺たちの前に並べた。
「ちょっと、話があるんだ」
「あら、そう。じゃぁ、お茶を淹れるわね」
「すぐ帰るからさ。里井、上がって」
「ん、うん」
有無を言わさない声に、俺は頷くことしかできない。靴を脱いでスリッパを履き、岡に引っ張られるがまま、奥へと向かった。どうやら家の奥はリビングだったようで、扉を開けると皮のソファーが目に入る。俺んちよりも倍ぐらい大きいリビングの横には、ダイニングテーブルが並んでいてそこに貫禄のあるおじさんが新聞を読んでいた。俺たちが中に入ると、そのおじさんは新聞から目を離し、俺たちを見た。
「彰文か。どうしたんだ、いきなり」
「話があってきた」
何となく、だけれど、岡がどうして職業に警察官を選んだのか分かった気がした。見た目からして、岡のお父さんは厳しそうな人だ。食事をするとき、あまり喋らないのも分かる。基本的に岡はバカだけど、礼儀はちゃんとしてるし、マナーだっていい。厳しく育てられてきたんだろう。いきなり実家につれてこられた俺は、どうして良いのか分からず自己紹介すらできなかった。岡と、岡のお父さんを、何度も見る。
「俺、今、この人と付き合ってるんだ」
そう言って、岡はポンと俺の肩を叩く。いきなり始まった暴露話に、びっくりしたのは岡以外の全員だ。お茶を淹れようとしてキッチンに立ったおばさんも、新聞を持ったままのおじさんも、肩を叩かれた俺もみんな同じ顔をして話し始めた岡を見る。言葉なんて挟めず、どんどんと進めていく。
「それで、これから一緒に住もうと思ってる。何もなければ、一生ずっといるつもりだ。俺の中で一番大切な人で、俺を育ててくれたのは父さんを母さんだけど、今の俺を作ってくれたのは里井だ。物凄く大事にしてる人だから、ちゃんと二人に紹介したくて、今日は来た」
こう言うことを言うなら、何で前もって相談とかしてくれなかったんだろう。さっきまで怒ってた俺が、バカバカしいじゃないか。どうして、岡は勝手に突っ走って決めてしまうんだろう。どうして、こうだと決めたら俺のことなんてお構いなしに走り出してしまうんだ。でも、岡がこうやって行動してくれなかったら、俺も立ち止まったまんまだったかもしれない。もっといろんなことを考えなきゃいけないのに、大切な人って言う一言だけで満足してしまう俺は、岡以上のバカかもしれない。こみ上げてくるものを堪えるように、唇をかみ締める。
突然、自分の息子がホモだと暴露されたご両親はあんぐりと口をあけて、息子を見つめていた。驚きすぎて、何もいえない状態らしい。きっと、うちの両親もこうやって暴露すれば、同じ状態になるだろう。驚くのも無理ない。
「そういうことだから!」
「……そ、そうか……」
岡の剣幕に押されたのか、おじさんがそう答える。それを聞いた岡は「じゃあ」と言って、俺の腕を引っ張って歩き出した。どうして良いのか分からない俺は、とりあえず、にやけるのだけはやめて俯いていた。外へ出ると、不快を感じるぐらい暑い。薄暗くなり始めたからと言っても、まだまだ人通りは多いのに、岡は俺の手を握り締めて歩く。言葉は何もなかった。でも、これだけで十分だった。
帰り道、岡の携帯が鳴った。どうやらお母さんからだったようで、申し訳無さそうな素振りを見せていた。それでも、怒ってはいなかったようで、電話を切ると俺を見て「今度、ゆっくりうちに遊びに来いだって」と笑顔を見せる。笑ってられる余裕はすげぇなって思った。遊びに来いってどういう意味か探ってしまったが、これだけですまないことは分かっていたからむやみに考えるのはやめた。自然と足は岡の家に向かっていて、見慣れたアパートが目に入った。岡はポケットから鍵を取り出して、鍵穴に差し込む。
「あ、そだ。里井、腹減ってる?」
「いや、そんなに」
「そっか。じゃぁ、今日は俺が腕を奮ってやるよ!」
「わー……、期待しないでおく」
岡の料理がそんなに上手くないことは知っている。そんなことを言ってしまうと、岡が俺を見てムッとした。こんなやり取りは、凄く久しぶりだなと思って、笑いが出てしまう。扉を開けると岡は俺の手を引っ張り、玄関で抱きついてきた。
「でも、こっちが先かな」
「……岡は、俺に怒らないの?」
「へ? 何で?」
上機嫌な岡を見てると、どうしても申し訳ない気持ちに駆られた。今回の騒動は俺のワガママと言っても、過言ではないだろう。それなのに岡は、アホ面で俺を見つめて「何で怒るの?」と聞いてくる。
「だって、面倒じゃない? 可笑しいって言ったぐらいで怒ったりとかさ、両親のこと教えてくれないから拗ねたりとか」
自分で言ってなんだか情けなくなってしまった。俺はそれぐらい、岡に甘えっきりで怒れば何とでもなると思ってた。それが、本当に当たり前になってしまっていた。
「いや? 別に。俺のこと、それだけ考えてくれてるってことだと思ってたんだけど……。違うの?」
「え、あ……、まぁ」
そう言われたら、そうなのかもしれない。
「それにさ、思ってることをちゃんと口に出してくれるから、分かりやすい。だから気にしてないって。もっと、ワガママになっていいからさ」
それ以上は何も言わなくて良いと言って、岡が俺の口を塞いだ。そうやって俺のワガママも飲み込んでしまうから、嫌になってしまうほど俺もワガママを言ってしまう。ああ、本当に嫌だ。でも、ここまで飲み込んでくれる人は岡しかいない。
キスしたまま、部屋の中に押し込まれる。ベッドの横で押し倒されたから、体を起して「ベッド、いこ?」と誘う。床でやると背中が痛くなるから嫌だ。うん、と頷いた岡は、俺の体を抱き上げてベッドに乗せた。服を捲り上げられ、上半身に唇が移る。その後、どこを舐められるか、触られるかも分かってる。この一年半、一度体を繋げてしまったら、猿のように何度も何度も重ね合った。上手いのかどうかなんて、お互い分からないけれど、気持ちよくなれればそれで十分だろう。胸を舐めながら、ズボンをおろされる。パンツの上から握りしめられ、手が上下に動く。むずむずとした感覚と一緒に、気持ちよさが込み上がってきた。
「ッ……、ん」
「なぁ……、里井」
手を動かしながら、岡が俺を呼ぶ。どうしたんだろうと思って目を開けると、岡が俺の目をジッと見つめていた。
「俺の決心、伝わった?」
妙に不安げな顔をするくせに、やってることは積極的だから笑いが込み上がってきた。今、このタイミングで聞くことだろうか。まぁ、岡のことだから、何も考えずに思ったまま、俺に尋ねてるんだろう。岡の言う決心は、両親に俺との関係を説明したことだ。十分すぎるぐらい、俺には伝わってきた。
「伝わったよ」
「そっか、良かった」
不安げな顔が一変して、子供みたいな顔で笑う。こうやって笑う顔は、岡の表情の中で一番好きだ。手を伸ばして、背中に手を回す。抱きしめると首筋に唇が当たる。むず痒かった。
「別れるって言われて冷や冷やした。確かに、周りが俺らのこと可笑しいって言っても、俺が可笑しいって言っちゃダメだよな。……それに里井のおばさんにも怒られた」
「え、母さんに?」
常に岡の味方だった母さんが、岡に怒るなんて珍しい。ケンカすると大半は「ともちゃんが悪いんでしょう」と言って仲直りしてこいと俺の背中を押すのに、今回は岡に向かって怒ったのか。まぁ、家の前で立ち往生されてたら、邪魔なのも頷ける。
「一緒に住むのは反対しないし、俺達の好きにすれば良いって。でも、それなりの覚悟は持ってるの? って聞かれた。それからずっと外で考えて、里井に言われたことも踏まえて、俺の親に話そうと思った。父さんは市役所で働いてて、兄さんは県庁。母さんも中学の先生やってて、俺も警察だろ? うちの家族、全員公務員なんだよ。だからってわけじゃないけど、うちの親、結構厳しくてさ。体裁とか外聞とか、凄く気にするんだよ。そんな親が俺、大嫌いでさ……。あんな風になりたくなかったんだけど、沢田に俺らの事を聞かれた時、すげぇびっくりしちゃって……。何で里井は沢田に話したんだろうって、ちょっと怒りそうになった。ホモってバレたら、この町から出て行かなきゃいけないんじゃないかとかいっぱい考えてさ……。そうした後に気付いたんだ。あぁ、あんなになりたくないって思ってたのに、俺、今、物凄く両親と同じこと考えてるって」
そう言って岡は俺の体をきつく抱きしめた。葛藤してる姿が思い浮かんで、俺も抱きしめ返す。母さんには確実に、俺らの関係がバレてるなって思った。俺が言わないから、母さんも言わないんだろう。いっそのこと、言ってしまった方が良いのか。まぁ、それは追々考えよう。こんな状態でまともなことを考えれるはずもない。今は一番、頭が働いてない状態だ。
「びっくりしたけど、見直したよ」
「……え?」
「俺、母さんとかに岡とのこと気付かれてるけど、言えてなかったから。そう言うの、しっかり言えた岡が凄いよ。見直した」
「え! マジで!?」
あんまりにも喜ぶから、俺ってどういう風に思われてたんだろうって、ちょっとだけ疑ってしまった。別にバカだとか、ヘタレだとか、思ってたけどさ。そんな喜ぶほど思ってなかったと思う。態度に出せないのは、まだまだ俺も素直じゃないってことだろうか。笑ってる岡に、キスをする。
「……続き、しようよ」
「うん」
今日は肌を重ね合うことが、いつもより気持ちよかった。
「俺さぁ、里井に女の子みたいな扱いしたくないんだ」
「……どういうこと?」
もう十分に女の子みたいなことをされた後に、そんなことを言われても信憑性が無かった。
「俺も男だし、里井も男だろ? だから、ちゃんと平等で居たいんだよな。だから、絶対に里井の両親には里井を下さいなんて言わない。一緒に居させてくださいって言いたい」
「あぁ、なるほどね」
「そりゃ、守りたいって思うし、女の子とだと平等じゃないってわけじゃないけど。ただ、下さいって言うのは、なんか嫌なんだよな。女の子に対する言葉みたいで。俺ら、結婚も出来ないけどさ、それでも良いと思うんだ。一緒に居れるだけで十分じゃん」
隣にいる岡を見ると、俺を見て笑っていた。確かに下さいって言われるのは、釈然としない。そんな俺の性格も踏まえたうえで言ってるのか、岡の信念なのかは分からない。でも、ずっと一緒に居たいって、プロポーズみたいだなって思う。女の子みたいに、胸がときめいてしまった。
「なぁなぁ、明日は家を見に行こうぜ。あ、バイトは?」
「休みにしてもらってるよ。行こうか」
「どんなところが良い? 俺、里井とならどこでも良い」
「……そうだなぁ。ネット回線充実してるところかなぁ」
譲れないと言うより、大前提だ。マンションなんて住んだりしたら、個別に回線を引けないから下手するとADSLの可能性だってある。そんな状態でネトゲなんかできるはずないだろう。それに今までずっと光回線だったから、ADSLなんて遅すぎてインターネットも満足に出来ない。最重要事項だった。本音をポロリと漏らしてしまうと、視線を感じて岡を見る。
悲愴な顔をしていた。
「……え、ネット?」
「うん。マンションって電話回線から引くから。光を導入してないと、ネット出来ない」
「待って待って。俺との生活だよね?」
「もちろん、そうだけど」
「じゃ、じゃぁ、どこでも良くね?」
「生活するにあたって不便なことがあったら嫌でしょ? そう言うのはちゃんと、区別しなきゃ」
「えええええええええええ、なんか俺、二の次みたいじゃん!!」
里井とならどこでも良いと言った奴とは、思えない発言だ。岡が拘らないなら、多少、俺のワガママも認めてもらえると思ったが、前途多難だ。
こんな状態で一緒に住めるんだろうか。
俺らの生活はまだまだ先の話かもしれない。
+++あとがき+++
いやー、なんか波乱ばっかりな二人ですねー。そんでもって、揉める大半の原因がなんか、くだんn……。
そんなことないですよねー!笑
一緒に住むまでの過程とかいっときながら、全然一緒に住んでないですね。進んでもない。
それもまぁ、二人らしいっちゃ二人らしいです。そんなことしてる間に、岡君の移動とかが決まっちゃって、
強制的に一緒に住むって流れになりそうな気がしなくもない。笑
作品別二位だったきみすきですが、正直、一位取るんじゃないかなーってやる前は思ってました。笑
連載中、一番コメント貰って、一番拍手もらってたので、なんだかんだ言って一番人気あるんじゃないかとか思ってました。
まぁ、拍手お礼SS投票とかでも、きみすきよく票を入れてもらってるので、とても嬉しいです。ありがとうございます。
話自体は完結してしまって、二人の関係も落ち着きつつありますが、また機会があればこの二人の話も書くと思いますし、
投票も積極的に行ってこうと思ってますので、よろしくお願いいたします。
最後に、投票にご参加くださった方々、コメントを下さった方々、本当にありがとうございました。
ご意見、ご感想等、お待ちしますので、お気軽にください。
2012/3/27 久遠寺 カイリ
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