隠しきれない想い


「……七夕とか、バカバカしい」
 そう言ってしまったとき、あまりにもひどい形相で見つめられたことが、里井は忘れられなかった。今日は7月7日、七夕だ。そう言ってしまったのは、今から約3日ほど前のことだった。
 あれから、岡からの連絡は無い。
 バカバカしいと反射的に言ってしまったものの、後から聞かされた自分の家もバカバカしく、里井はどうしようかと迷っていた。母が笑顔で言った「久しぶりに七夕でパーティみたいなことしようと思ってるの。ともちゃん、岡君も呼んでね」それが脳裏に過ぎり、頭を抱えるしかなかった。バカバカしいと一蹴してしまったのに、岡を誘わなければならない醜態。しかも、凹んでいると言うより、怒っているようだった。家に来ないのも、連絡が来ないのも、久しぶりだった。
 今日は七夕祭りが駅前で開催されるので、岡はその警備に行くとバカにする前に聞いた。その話が発展し、「……七夕とかバカバカしい」と言ってしまったわけだが。どう弁解しようか。そんなことを考えているとき、トントンと部屋の扉をノックされる。「はい」と答えたと同時に、扉が開いた。母の手には、先ほど焼いたと思われるクッキーがある。
「そう言えば、岡君。今日は七夕祭りの警備に行ってるんでしょう? 人ごみで大変だろうし、ともちゃん、差し入れしにいけば?」
「……えー、良いよ。俺、邪魔になるし」
「ちょっとぐらい、大丈夫よ。ね、ほら。ともちゃんが作ったって言えば、岡君、喜んで食べるわよ」
 ニコニコと笑っている母を見つめ、里井は「どうして」と尋ねる。そもそも、母は、里井と岡の関係を知らないはずだ。それなのに、いかにも岡が、里井のものなら何でも喜んで食べるような言い方に、疑問を覚えた。好き嫌いが無い岡は、どんなものでも食べるだろう。喜んで食べるかどうかは、分からないけれど。
「岡君も疲れてるだろうし。ビール冷やして待ってるって伝えてね。はい、ともちゃん」
 押し付けるようにクッキーを渡されてしまい、母はそそくさと出て行ってしまった。そのクッキーを見つめ、とりあえず、バカにしてしまったことを謝ろうと里井は決める。岡は楽しみにしていたのかもしれない。それを無下にしてしまったのだから、悪いとは思っていた。七夕祭りを楽しめるかどうかは、まだ分からない。ポンポンと外からは花火の音が聞こえる。空を見ると、雲の隙間からオレンジ色の空が見える。あいにくの曇り空で星は楽しめなさそうだけれど、雨が降っていないだけマシだ。里井は立ち上がり、服を着替え、折りたたみ傘を持って外に出た。
 駅前は人でごった返している。その中から岡を見つけるのは至難の業であり、携帯で連絡しようと思ったが、仕事中にかけるのは申し訳なく、もしかしたら出れないかもしれない。それなら、頑張って探してみようと、里井は人ごみの中に足を踏み入れた。
 色々な屋台が並んでいる。それに目移りしながらも、前へと進んでいく。しかし、周りに歩調を合わせながらなので、中々、前には進めない。人が多く、蒸し暑いので、汗が額を流れていく。すでに帰りたくなっていた。
 しかし、悪いことをしてしまったのだから、ちゃんと謝らなければいけない。楽しみにしていたことをバカにされるのは、物凄くショックなはずだ。出来るだけ傷つけないよう努力しているが、どうしても、一言が多めに出てしまう。きょろきょろと警察官の服を探し、里井は必死に足を動かした。
 探し始めて1時間後。何人もの人とぶつかったせいか、母からもらったクッキーは粉々になっていた。それを見つめ、大きく息を吐く。足が疲れたので、細い路地に入り、座り込んでいた。こんなもの、渡したって喜んでくれるはずが無い。母が渡したときは、綺麗な星の形をしていたと言うのに、台無しだ。これでは、クッキーの味がする粉だ。こんなものを食べれば、口の中がぱさぱさして喉が渇いてしまうだろう。渡せるはずもなく、カバンの中に突っ込もうとしたとき「……里井?」と聞きなれた声がして、顔を上げた。路地の入り口には、警察官がいる。帽子を軽く上げ、目が合うなりに笑顔になる。
「……岡」
「なーんだ。来てるなら来てるって言えよー」
 怒っている雰囲気など微塵も見せず、岡は里井の隣に座る。それから帽子を脱ぎ、袖で汗を拭い、ふーと息を吐き出す。見るからにして、大変そうだった。
「俺、あと30分であがりなんだ。待てる?」
「……え」
「もう、交替すっから、署に戻んなきゃいけないんだけど。着替えてマッハで来るから。ここで、待ってて?」
 そう言い、岡は立ち上がる。帽子を深く被り、もう一度、念を押すように「待っててな」と言う。里は素直に頷く。
「あ、あと、そのカバンに入れようとしてる奴、何?」
「へ、あっ!」
 粉々になったクッキーをカバンに仕舞うのを忘れていた里井は慌てて、カバンの中に突っ込もうとする。しかし、その腕を岡に取られ、粉々になったクッキーが全貌を現す。岡はそれを見て「ナニコレ?」と言って笑う。
「……一応、差し入れ」
「え?」
「母さんが! ……岡に持ってけって」
 小さい声で言うと、岡はニカッと笑い「ありがとう」と言って、そのビニール袋を受け取る。ほぼ、形は残っておらず、クッキーは粉のようになってしまっている。そんなものを受け取ってありがとうと言う岡が、眩しかった。
「食べながら、戻る」
「……別に無理しなくて良いって」
「無理なんかしてねーよ。里井のおばさんが、作ってくれたんだから」
 そう言い、岡は笑いながら手を振り、歩き出してしまった。その後姿を見つめ、里井は息を吐く。胸から何かが込み上がってきたのを堪えるような息は、熱く、苦しい。服を握り締め、里井は俯く。七夕のことをバカにしたのも怒っていなかったし、グチグチと文句を言うわけでもない。バカにしてたことなんて忘れてしまったような物言いだ。そんな態度にホッとし、里井は岡が来るのを待っていた。

 それから約40分後に、岡は里井の前に現れた。仕事帰りのせいか、Tシャツにジーパンとラフな格好だ。息を切らしてやってきた岡に、里井は「急がなくても良かったのに」と笑う。流れる汗を拭いながら、岡は「会いたかったから」と恥ずかしげも無く言った。そんなさりげない言葉に、恥ずかしくなるのはいつも里井だ。
「まだ、短冊飾るのやってるからさ、行こうぜ」
「……うん」
 手を引っ張られ、里井を立ち上がらせると岡はサクサクと歩いてしまう。こんな人の多い中、手を引っ張られるのは恥ずかしい。誰に見られるか、分かったものではない。「離して」と小さい声で言うが、岡は「大丈夫だって」と言い、手は離してくれなかった。時折感じる視線が、全て自分達に向いているのではないかと、錯覚する。
 ようやく、岡が立ち止まり、里井は顔を上げた。目の前には、自分よりも遥かに大きい笹が飾られている。その笹には沢山の飾りと、短冊が付けられていた。みんなが幸せでありますように、なんとか君と付き合えますように、お菓子が沢山食べたい、だの、色々な願い事が書かれている。岡は台の上に並んでいる短冊を二枚手に取り、一枚を里井に渡した。
「後で見せてな」
「……まぁ、良いけど」
 まさか、こんなところで願い事を書かされると思っていなかった里井は、今、一番思っていることをさらっと書く。特に、コレと言って意識をしているわけではなかったので、願望と言うより希望だ。
 好きなアニメの二期が、始まってくれますように。
 頭に浮かんだ願い事は、それしかなかった。
「書けたか?」
 嬉しそうな顔をして岡が振り向く。すでに書き終わっていた里井は「うん」と頷いて、岡に短冊を見せた。それを見た岡の表情が見る見るうちに変わっていく。どうして、そんな虚しそうなな顔をするのか分からず、里井は首を傾げた。岡の短冊を見て、その理由を知る。
 いつまでも、里井と一緒に居れますように。
 何とも、切実な願いである。それを見てから、里井は自分の短冊を見直し、書き直そうか迷った。おそらく、岡のことだから、似たようなことを書いてくれていると期待していたんだろう。期待にそぐわず、大変失礼な願い事をしてしまったことに、罪悪感を覚えた。二人の間を無言が包み、岡が無理をして「まぁ、里井はアニメ好きだからな!」と言う。そんな無理をさせてしまうぐらい凹ましてしまった事に、余計ショックを受け、里井は小さい声で「ごめん」と謝った。岡の性格を考えれば、短冊に書く願い事なんて知れていた。
「ま、飾ろうぜ。他にも色々回りたいところあるし」
「……う、うん!」
 書いてしまったものをどうこう言ったって仕方の無いことだ。そう割り切り、里井は岡に短冊を付けてもらう。無駄に目立つところへ付けたせいか、アニメの二期が始まりますようにと言う願いが、目に付いてしまう。そそくさと逃げるように背を向け、先ほどよりも少なくなった通りへと足を踏み込む。祭りは久々に来たので、内心、ワクワクしていた。きょろきょろと見渡していると、岡が「なんか食べたいのあるか?」と尋ねてくる。その質問に答えようと思ったとき、今日は家で七夕パーティをするとか母が言っていたのを思い出した。
 思いっきり七夕をバカにしたのに、家ではパーティをやる。なんて、言うのに躊躇った。
「……どした?」
 何かを言いたそうにしている里井の顔を覗き込み、岡が首を傾げる。
「か、母さんが……、家でパーティするから、岡も来いって」
 ぼそぼそと早口言葉のように言ったが、岡には通じていたようで「マジで!」と表情が明るくなる。純粋に誘ってもらえたのが嬉しいようだ。
「なんか意外だな」
「……何が」
「里井の家がそう言うことすんの。俺んち、そんなん絶対無かったから、楽しみだわー。早く帰ろうぜ」
 ニコニコと笑っている顔を見ていたら、何だか、七夕なんて下らないと言ってしまった自分自身が恥ずかしくなり、里井は俯いた。今日、会うまでは怒っていると思っていたのに、岡は笑ったまま、バカにしたことは何も言わない。どうして、何も言わないのだろうか。不安になり、里井は岡の服を掴む。ピッと引っ張られたのを感じた岡が、振り向く。
「どうした?」
「……いや、なんか俺、七夕バカにしてたから。悪かったなって思って……」
「あぁ!」
 そんなこと、忘れていたと言わんばかりに、岡が自分の手を叩く。
「最初はムカついたけど、なんか会ったらどうでも良くなった」
「……え?」
「俺、結構、単純だからさ。里井がここに居るってことは、俺の様子、見に来てくれたのかなって思って、舞い上がったのよ。そしたら、怒ってたこととか忘れた」
 あはは、と笑い、岡は里井の手を握りしめる。単純だと思ったが、ここに来たことで許してくれたのだろう。七夕ごときで怒ったりする方もする方だが、相手が期待していると分かっていながら、バカにする方も悪い。握りしめる手は、いつもより冷たかった。
「冷たいビール、用意してるって」
「マジで、やったぁ」
 子供のように笑う岡を見つめ、里井はもっとマシな願い事を書けば良かったと、わずかに後悔した。

 家に到着すると、待ってましたと言わんばかりに里井の家族が岡を歓迎した。椅子に座るなり、目の前にコップとビールが用意され、すでに半分ほど手を付けられたちらし寿司などが並べられる。もう家族は食事を終えていたようで、父と弟の和弘はソファーに座って酒を飲んでいた。姉の洋子は母の手伝いを珍しくやっている。岡が家に来ると、毎回、こうだ。そんな状況にも慣れた里井は、注ぐよ、と言って缶ビールを手に取り、プルタブを開けた。
「お、サンキュ。里井、注ぐの上手くなったよなぁ」
「だって、いつまでも下手なの嫌だし」
 泡とビールが半々だった頃もあったけれど、進んで注ぐようになってからは、黄金比と言われる泡3、ビール7が出来るようになった。並々と注がれたビールを見つめ岡は「頂きます」と言ってビールを飲み干す。仕事上がりのビールは、格別だった。
「んー、美味いなぁ。じゃぁ、頂きます」
「いただきまーす」
 二人揃って食事を始めると、母がニコニコしながら里井と岡を見つめる。岡が食事をしているときは、大体、ニコニコとしているけれど、今日は特に笑っているように見えた。一体、どうしたんだろうか。不審に思った里井は手を止め、母を見る。
「……母さん、どうしたの?」
「いや、二人はずーっと仲良くしていてほしいなぁって思ったの」
「は……?」
 どうして、そんな話になるのか分からず、里井は唖然とした顔で母を見つめた。前までは険悪だった姉も「そうねぇ」と言い、母の言葉に頷いていた。岡がこの家に来て、もうそろそろで1年になる。その間、ケンカした数は多かったけれど、母にバレるようなケンカは付き合う前の1度きりだ。傍から見たら、かなり仲の良い二人なのに、どうしてそんなことを言うのだろうか。疑問ばかりが浮かぶ。
「ね、岡君。智弘のこと、よろしくお願いしますね」
「はい!」
「な、何、元気に返事してんだよ!」
 何も考えずに返事をした岡を怒鳴りつけ、里井は「母さんも変なこと言わないでよ!」と大声を出す。母の言い方はまるで、子供を嫁に出す時のようだ。恥ずかしくて、顔が赤くなってしまう。
「え、これからも仲良くってことだろ? 俺、そのつもりだけど」
「バカじゃないの!? バカでしょ。バカだよ!」
「ばっ、バカバカ言うな!」
「ほんとのことじゃん!」
 言い合っている二人を見つめ、母はニコニコと笑っていた。母の言葉の意味は、言った母にしか分からない。
「岡君。智弘のこと泣かせたら、絶対に許さないからね」
「…………ハイ」
 前科がある岡は、小さい声でそう、返事をした。

+++あとがき+++
とても好きな話なので。
里井君の家で七夕パーティ。岡くんが家族に里井君ラブっぷりをアピール。
イベントなんて興味ない風を装ってるんだけどなんかわくわくしてしょうがないっていう里井くん、みたいな(*´ω`*)
二人が超激甘ラブラブになってるお話が読みたーい(笑)
一年に一日じゃなく、365日仲良しな2人になりますように
七夕祭りの警備中の岡君に差し入れに行く里井君とか!
もう一度見たいです!

仲良しな二人の話です。なんか、この二人が一番ほんわかとしてますね。相思相愛加減が普通って言うか何て言うか。
まぁ、うちのサイト、異常な奴らが多すぎるってことで……笑
おかんは気付いてるんでしょうかねぇ。その辺、あんまり考えてないんですが、やはり、母なだけあって、気付いてそうですが。笑
寛容なお母様だ……!
結構、リクエスト頂けて、びっくりしました! こう、色々リクエスト頂けるとワンシーンワンシーンでしか使えないのですが、
どう、使って行こうか、と考えるのが楽しいです。何か言葉の寄せ集めじゃないですけど、一つ一つをピースにして当てはめてくってやり方、地味に好きです。
沢山のリクエスト、ありがとうございました!

きみすきに投票してくださってありがとうございます!
ご意見、ご感想等あれば、お気軽にください!

2011/7/8 久遠寺 カイリ
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