君の残念なところ


 岡はたまにと言うか、いつもだけど、残念だなって思うところがある。
「な、なぁ……、里井」
 緊張がひしひしと伝わってくる。岡は俺の前に正座し、目に力を込めて俺を見ている。いきなり、改まって何を言うつもりなんだろう。俺はと言うと、パソコン前の椅子に座って、エロゲをしていた。
「……ん? 何?」
 ヘッドホンを外して岡を見ると、岡は正座をしたまま微動だにしない。用がないなら、呼ばないでもらいたい。新しいゲームを買ったから、当分は相手出来ないと伝えたはずだ。そもそも、今更、改まって言うことってなんだろうか。付き合い始めて一年と半年。季節は春から夏へ変わろうとしていた。
「……真面目な話なんだけど」
「うん?」
「とりあえずさ、ゲームやめてよ」
 そうお願いされては、まぁ、やめてやらんくもないと思い、セーブをして画面を閉じる。わざわざ改まって何の用だろうか。椅子から降りて岡の対面に座る。わざわざ、出勤前にうちに来て、どうするつもりなんだ。くだらなかったら、笑ってやろう。
「つか、何で俺が居るのにゲームすんの?」
「じゃぁ、何で岡は俺がゲームしてるときに来るの?」
 少しイラっとしたから、屁理屈をこねてみる。すると岡はしどろもどろした挙句、「俺が居るときはすんなよ」とか、凄くくだらないことを言い始めたので、かなりイラつく。岡のクセに。
「何で俺がしたいときにゲームしちゃいけないの?」
 そう言い返すと、岡は「……何でって当たり前だろ」と小さい声で言う。小さい声でそう言うときは、大体、自信がないときだ。分かっている。岡はワガママを言っている自覚があるから、俺に強く言えない。そもそも、朝っぱらから来る岡が悪いんじゃないか。今日は普通に日勤で、現在、午前七時。まさか、来るとは思ってないし、早く寝たいんだけど。昨日から徹夜でゲームやってんだけど。そう考えていたら、どうやら俺が怒っていると勘違いしたようで「もういいよ!」と涙目で出て行ってしまった。
 悪いことしたなって気はしたが、岡は俺に強く出れない。そう分かっていて、少し威圧感を与えたんだから、まぁ、うん。俺が悪いのかな。でも、眠たいし。ま、岡のことだから、夕方になれば今のことなんてすっかり忘れて、元気に来るんだろうな。そんなことを考えながら、布団の中に入る。眠りはすぐにやってきた。
「ともちゃん。起きなさい」
 母さんの声がして目を覚ます。外はもう真っ暗になっていて、時刻は午後八時。かなり眠ってしまったようだ。母さんは俺を見て「また、岡君とケンカしたの?」と聞く。別にしてないよ、と言いかけて、今朝のことを思い出した。日勤だったはずの岡は、まだうちへ来ていない。日勤から当直に変わった可能性だってあるかもしれない。それならそれで、うちに電話を入れるはずだ。まぁ、俺は携帯持ってないから、家電になるんだけど。それがないってことは、拗ねたか。
「岡君の分まで、ご飯作ったのに」
「じゃ、それ、何かに詰めてよ。様子見に行くついでに持ってく」
「そ。じゃ、すぐにやるわね」
 持って行くと言った瞬間に、母さんは笑顔になる。俺としてはケンカしたつもりなんて更々ないのに、岡が一人拗ねているだけだ。でも、まぁ、あんだけ改まってるのに、ちょっと茶化した俺も悪いかな。すぐに拗ねるのは鬱陶しいけど、それが岡だ。面倒なのが、岡だ。仕方ない。そんな奴を好きになってしまったんだから。
 着替えて用意を済ましリビングへ降りると、母さんも準備が終わったようで、タッパーを紙袋に入れていた。
「はい、ともちゃん。ちゃんと、仲直りするのよ」
 母さんが紙袋を差し出しながらそう言うので、「岡が一人で拗ねてるだけだって」と言い、紙袋を受け取る。面倒だけれど、一応、あれが恋人だ。仕方ない。靴を履いて、見送ってくれる母さんに「行ってきます」と声を掛けてから、外に出た。岡の家までは歩いて数分だ。あっという間についてしまう。一応、家にいるかどうか、窓を見て確認する。
 …………煌々と明かりが付いていた。
 確かに仕事が終わったらうちに来いなんて取り決めはしてないし、必ず来いってわけでもない。けど、付き合って一年と半年。ケンカした以外では、岡が家に来ない日はなかった。分かりやすい奴だ。相手をすることすら、面倒だ。本当に面倒くさい。ピンポン押したって開けてくれないのは分かっているから、ポケットの中から鍵を取り出して、勝手に入る。俺と会いたくないなら、チェーンも掛けてしまえば良いのに、チェーンは掛けないあたりがなんかイラっとする。構ってちゃんめ。俺が来るのを知っていたかのように、岡が玄関に背を向ける。
「ご飯、持ってきたよ」
 トンとテーブルの上にご飯を置くと、岡はプイとそっぽを向き、俺とは目すら合わさない。イラっとする。そのまま殴ってやろうかと思ったけど、俺もちょっとだけ悪いこと言ったなと思ったので、怒りは頑張って抑える。
「まぁ、ゲームバカにされたのは許せないけど。何の用だったの? 改まってたよね」
 ゲームのことはまだ怒っているとはっきり告げてから言うと、岡が恐る恐る俺を見る。俺の顔を見るなりに、体の向きを変えて、今朝と同じように正座で向き直ってきたので、俺も岡をまねするように座る。改まって、何だったのだろうか。くだらなかったら、キレる。
「俺たち、付き合ってもう、一年と半年じゃないですか」
「あぁ、そうだね」
「そろそろ、一緒に、住みませんか?」
 岡は敬語で、改まってそんなことを言う。俺はと言うと、いつも通りの表情で「良いよ」とあっさり言ってしまう。思った以上にあっさりと返事が出来た。そんな俺に、岡はがっかりと言うかショックを受けたような顔を見せる。岡は岡なりに緊張しながら言ったのは、見ればすぐに分かることだったけど、俺はそんなに改まって言うことでもないと思っていた。二人で数十秒間見つめ合った後、最初に声を出したのは岡だった。
「な、なんだよ、それええええ」
 その一言に、感情が全て籠っていた。
「なんだよって返事だよ」
「あっさり言うな!」
「だって別にさ、今もそんなに変わらない生活送ってるじゃん。岡が俺の家に来て、飯食って、岡の家に行って、寝て、朝家に帰ってって。仕事の時間以外、ほとんど一緒に居るし」
 あっさり言った理由を説明すると、岡はプルプル震えながら、俺を見る。それから何を思ったのか、いきなり抱きついてきた。風呂には既に入ったのか、髪の毛からは一緒に使っているシャンプーの匂いがする。岡の匂いだったはずなのに、いつの間にか、このシャンプーの匂いは身近な匂いになってしまった。こんな些細なところで、恥ずかしくなってしまう俺も、相当のバカだ。背中に手を回すと、岡の抱きしめる力が少し強まった。
「俺、結構、緊張してたんだけど」
「うん。それは凄く伝わってきてたよ」
「なのに里井はさ、普通にエロゲしてるし。なんかエロシーンでも普通だし。声は聞こえてこないけどさ、あんなの見て里井が興奮してるって思ったら、なんかむかっとするって言うか、むらっとするって言うか……」
 思考が一瞬だけ止まってしまった。確かにエロゲって言うのは抜くためにあって、アレを見てシコシコするのが普通なんだろうけど、俺は一つのストーリーを楽しみにしているのもあって、興奮なんてしていないんだけど。それより、そんなことを考えていた岡に俺はがっかりし始めた。どうしてコイツはこう、見直すたびにいつも酷いことを言うんだろうか。バカだ。俺以上にバカだ。
「俺はアレ見て興奮してないよ」
「え、そうなの!?」
「普通はあれで抜くんだろうけど、それ以上に、あのゲームはストーリーが良いんだよ。なんだったら、今度、岡も一緒にやる? 面白いよ」
 そう言うと岡が俺の肩を掴み、勢いよく引きはがす。よく分からないけど、俺を見て目を見開いていた。何だ? 感極まってしまったんだろうか。
「……里井は、俺がエロゲしてても大丈夫なの?」
「うん。別に」
「エロ本読んでてもいいの?」
「うん。別に」
「俺のこと、好きじゃないの?」
「う……、ん?! 何でそうなるの」
 危うく、うん。別に。と言ってしまうところだった。どうして、いきなりそうなってしまうのか、俺には全然理解できず、岡の顔をジッと見る。女と浮気をしているわけでもないんだし、岡が何をオカズに抜いてようが、文句なんて言う気は更々ない。岡は至極真面目な顔をして、俺を見つめている。冗談を言っているつもりでは、無さそうだった。
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ」
「俺は嫌」
「……けど、俺はエロゲやめないよ?」
 こう言うことは前もって言っておかないと、後に面倒なことになりそうだったから、はっきりと言っておく。すると、岡は脱力したように肩を落とし、俺に抱きついてきた。今度は勢いが良過ぎて、そのまま後ろに倒れてしまう。拗ねた岡が顔を上げ、ちゅ、と唇を合わせてきた。意地悪を言ってしまったが、拗ねた顔を見るのは、嫌いじゃない。機嫌取りをするのは、ちょっと面倒だけど。
「何だよ、俺ばっかりじゃん」
 岡が唇を尖らせて、そう言う。
「何が?」
「俺ばっかり里井のこと好きで、里井はそうでもないんだろ」
 未だ拗ねた顔でそう言う岡を見て、話が面倒な方向に向かってることに気付く。これは面倒なことになった。どうしてそうなってしまうんだろう。愛情表現は人それぞれであって、それこそ、お前ツンデレ相手だったら、どうするつもりなんだ。と問い詰めてやりたい。岡は顔が良くて、かなりモテるけど、今まで誰とも付き合ってこなかったせいか、恋愛経験は皆無に等しい。それもこれも、ずっと俺のことを好きで居たからなのかもしれないが、重いって言うより、バカだと思ってしまう。エロゲごときに、ヤキモチなんて妬いてるんじゃない。仕方なく、体を起して唇を合わせる。
「俺は岡以外と、こう言うことしようとは思わないよ」
「……でも、エロゲ……」
「だーから、それはストーリーを楽しんでるだけだって言ってるだろ。分かんない奴だな」
 さすがにウジウジとされては鬱陶しいと、怒りをわずかに露わにする。途端に岡は、俺を怒らせたと思ったようで、抱きついてきた。それから耳元で「ごめん。拗ねすぎた」と呟き、耳を舐められる。ぴく、と体が反応してしまう。こっからは雪崩れるように、もつれこんでしまう。
「ね、里井」
 カーペットの上で始めてしまったせいで、背中が擦れて痛い。岡が俺の名前を呼んで、親指で頬を撫でる。口を押さえている手を取られ、唇が触れた。
「マジで一緒に住んでくれるの?」
 どうして、こんな時にそんなことを聞いてくるのかとか、いろんなことが頭の中に過ぎったけど、こう言うことをしている時ぐらいは素直になってやらないと、いつ、素直になればいいのか分からない。首を縦に振ると、岡は子供のように笑って「やったぁ」と言う。この笑顔はずっと変わらないんだろうなって思った。
「この家じゃ狭いから、もうちょっと広い所に引っ越したいな」
「ん、そだね……、って、今、その話する?」
 岡が動くたびに反応して、声が上ずってしまう。
「そだな。終わってからにしようか」
 ニコと笑って、岡が動き始める。さっきとは全然違う笑顔に、どっちが本当の岡か分からなくなるけど、俺には良いところも悪いところも見せてきた岡だ。これもきっと、本当の岡なんだろう。回数をこなして、自信を持ち始めたか。初めてヤったときなんて、早くてごめんとか下手でごめんとか色々謝ってたくせに。そう言えば、オナネタが俺だとも暴露されたな。そこで、やっと俺も、岡がうだうだと怒ってた理由が分かった。
 自分が俺をオナネタにしてるんだから、俺も岡をオナネタにしてる。とでも、思いこんだんだろうか。んなわけ、ないだろ。
 つくづく、岡はバカだと思う。未だに岡のオナネタは俺なんだろうか。それはそれで、恥ずかしい。一気に羞恥心が襲ってきて、早く終わってくれと頭の中で祈る。目を開けて上に乗っかっている岡を見つめる。目が合い、僅かに岡が微笑む。また恥ずかしくなって、思いっきり目を逸らしてしまった。
 擦れて痛む背中をさすっていると、岡が満足そうな顔で俺の頭を撫でる。いつまで、こうしているつもりなんだろうか。ベッドの上に運ばれ、さっきから岡は俺の頭を撫でては、ちゅっちゅと額にキスをし、俺にくっ付いている。
「さっきの話だけどさ。いつぐらいには引っ越すか、ちゃんと話そうぜ。それから、里井のおばさんとおじさんに説明して……。でも、なんか俺達の関係、勘ぐられないか?」
「もうバレてるんじゃないかな。母さんには」
「……え!?」
 驚いた顔で岡が俺を見る。まさか、気付かれて無いとでも思ってたんだろうか。ケンカしたら仲直りしろと言って、飯を持たせるぐらいだ。ともちゃんが悪いなら、ともちゃんから謝んなきゃダメよとか、岡君はいつも幸せそうな顔してるわねぇとか、色々言われてたじゃないか。さすがの俺でも、気付かれてると思った。まぁ、別に向こうも踏み込んでくるわけじゃないし、良いかなと思ってるけど。
「まぁ、良いんじゃない。何も言ってこないし。こっちから踏み込んで自爆しても意味無いし。一緒に住むって言ったって、仲が良いわねーって言うぐらいだよ」
「……ほんとかな」
「大丈夫だって。……でも、岡と一緒に住むなら、俺もさすがに働かなきゃな。今までと同じ生活は嫌だ」
 俺は俺なりに考えてそう言ってるにも関わらず、岡はニヤニヤと笑って俺に抱きついてくる。その時点で、少しだけ嫌な予感がしていた。
「もういっそのこと、俺のお嫁さんになればいいじゃん」
 バカじゃねぇのって思うより先に、ため息が出た。
 ほんと、がっかりする。

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