ブラザーコンプレックス 5


 若菜総一郎と言う男は自分勝手だ。
 安穏と眠っている総一郎を見下ろして、葉山は無性に殴りたくなった。
 据え膳食わぬは男の恥、というが、その食事に毒が盛られていると分かった場合、どうすればよかったのだろうかと思案する。毒を食らわば皿までというしいっそのこと居直ってしまえばいいのか、心中全く穏やかではない。
 真夜中にやってきた挙句、したくもない荷造りを邪魔され、仕舞いにはベッドまで占領された。気持ちよくさせてやろうなんて考えていなかったのに、総一郎は葉山がどんなに酷いことをしても気持ちよさそうにあえぎ最後は出さずに達した。もう引くどころの話ではない。
 前々からどこかマゾヒズムなところを見せていたが、性的興奮までするとは予想外だった。酔っ払っているせいか普段よりも素直と言うより遠慮がなかった。葉山自身もやりたい放題やってしまったせいもあって、体力も精力も全て奪われてしまった。荷造りする気力が一気になくなってしまった。
 だが明後日、日付としては明日には引越しの業者が来てしまう。いつまでもだらだらしているわけにはいかなかった。
 目を覚ましたらどんな表情をするのか、想像してもっと気が重たくなった。

「この前、すごい気持ちよかった。だからもう一回、したい」
 一瞬、何を言っているのか、理性が理解することを拒絶した。ただ一般人より回転率のいい葉山の脳は瞬時にその言葉の意味を理解する。脆い理性はあっという間に吹っ飛び、長袖のシャツを脱ぐ。総一郎が欲求の解消に自分を使うなら、自分も同じ事をしてやろうと思う。泣こうが喚こうが止めるつもりはない。
 座っている総一郎の肩を押してベッドに押し倒す。抵抗しないよう拘束せずにするのは初めてだった。
 顎をつかんで唇を合わせる。そう言えばキスするのも今回が初めてだった。硬く閉じた唇を舌で撫でると「ん」と声が漏れる。だが口を開こうとはしなかった。
「口、開けろ」
 キスもろくにしたことがないのか、少し離れてそういうと総一郎は不思議そうな顔で首を傾げる。
「……へ?」
「舌出せ」
 総一郎は言われたままに、べ、と色気もなく舌を出した。再び、唇を塞いで舌を絡ませると、さすがに驚いたのか「んん!」と呻いて目を見開く。噛まれるかと思ったが、総一郎は葉山にされるがままだ。唾液が混ざり、酒臭い息が顔にかかる。
 体を離すと総一郎がゆっくりと上を向く。
「思ってたより、キスって気持ちいいんだな。舌、絡ませてるだけなのに」
 そう素直な感想を言われてもどうしていいのか分からない。さっきからやたらと直球なのは酔っているせいだ。
「初めてしたのか?」
「いや、違うけど」
 即座に否定されてイラつく。どうやらキスの経験はあるらしい。どうせ総一郎のことだからほっぺにちゅーぐらいでもファーストキスにカウントしていそうだ。腕を握り締められ、「もっとして」とねだられる。
 普段もこれぐらい可愛げがあれば、喜んでアメリカにもついていくというのに。酔っ払い相手にそれを求めるのは間違っている。驚きと憎しみのほうが勝っているせいか、大して可愛いとも思わなかった。
 本人の言う通り、キスはかなり気持ちいいようだ。息継ぎが上手くできないせいもあって、少し苦しそうに顔を顰めている。だが先ほどから太ももにこすり付けられているそれは硬くなっていて、右手で撫でただけで達しそうになっていた。
 わざわざセックスしにここまで来たなら脱ぎやすい服を着てくればいいのに律儀にベルトまで締めている。部屋着の葉山とは対照的だ。ベルトを外して、ズボンのボタンまで外したところでなんだか面倒になってきた。自分から誘ってきたんだから、自分で脱いでほしい。
 よく考えたら、夜中にいきなりやってきて、セックスしろなんて非常識も甚だしい。しかも自分はされるがままで気持ちよくなっているだけだ。一体、自分は何をしているんだろう、と言う気になって、いきなり萎える。
 唇を離すと総一郎は少し物足りなさそうな顔で見上げ、「どうしたんだよ」と聞いてくる。
「自分で脱げよ」
「え? まぁ、いいけど」
 いきなりどうしたんだ、と言いたそうな顔をするが、不満は口にしない。葉山の言う通りに服を脱いでいる姿は新鮮だ。そもそもこれまで総一郎が葉山の言うことを聞いたことなんてあっただろうか。一度もない。言われたとおりに服を脱ぐと、総一郎はそのままベッドに座った。
「一人でどうやって抜いているんだ?」
「え?」
「オナニーするとき、ケツまで使ってるんだろ? どうやって抜いてるのか、ここで見せろよ」
 総一郎は「は?」と疑問を口にしているが、歯向かうこともなく言われるがままだ。てっきり「ふざけるな!」とか怒り出すと思っていただけに拍子抜けだ。もしかしたら酔っ払ったら思考力が低下して、何を言われてもすんなり受け入れるのかもしれない。起き上がっている自分のペニスを握り締めて上下に動かし始めた。
 こんな姿をぼんやり見つめながら葉山は思案する。
 何度か部屋を訪れたときに目撃したことがあったけれど、総一郎はこういうことに関して疎そうな雰囲気があった。人間なんだから欲求はあって当然だし、総一郎の父はいろんな意味で自分の欲望に忠実だ。弟もそうだ。その間に挟まれた総一郎も同じになりそうなものだが、部屋にエロ本やエロビデオもないし、猥談もしない。総一郎と係わった人間のほとんどは彼を清廉潔白だと思っていることだろう。
 葉山自身もそんなイメージが強い。だから気持ちよさそうに自分のペニスをしごき、女みたいな声を上げているのに違和感しかない。ペニスだけでは物足りなくなってきたのか、自分の指を舐めて後ろに手を這わせる。人差し指と中指を中に入れて、また一際、声が大きくなった。
 ペニスの先からはだらだらと汁が垂れている。自分の指だけでもかなり気持ちいいのか、頬は紅潮して息も荒い。
 これでは、ただの淫乱ではないか。
「ん、はや、まっ、……まだ、自分で、やんなきゃ……、んん、いけない?」
 ぐちゅ、と音が聞こえる。聞きながらも自分で手を動かしているのか。物凄く幻滅しているのに、とても興奮する。
「俺に触ってほしいのか?」
「ん、うん……、自分じゃ、とどかない……」
 どうやら自分だけでは物足りなくなってきているみたいだ。泣きそうな顔で見上げられて、下半身に血が巡る。
「じゃあ、俺の舐めて」
 フェラの経験がないわけではないが、総一郎にされると考えただけでゾクゾクする。自分の中から指を抜くと、そのまま近づいてきて足の間に入り込んでくる。文句も言わず、そのまま大人しくズボンのゴムを下げると起き上がったペニスの先を口に含んだ。
 チロチロと先を舐められているだけではあまり気持ちよくない。だがこれはさすがに初めての経験だったようでどうしていいのか分からない不安が見て取れる。腰を上げてズボンをずらし、後頭部を掴んで奥まで突っ込む。彼女にもこんな乱暴なことはしたことがない。
「んぐっ……!」
 苦しいのか、目元から涙が溢れてくる。葉山はそれを上から見ていたが、手は離さずに腰を振る。
「ぐ、ちょ、ッ、んん、ふぁ、あっ……」
 口の奥まで突っ込まれてかなり苦しいだろう。涙がぽろぽろと目から零れている。それを見ていたらもっと興奮したけれど、このままベッドの上で嘔吐されても困る。手を離し口から抜くと、総一郎はゴホゴホとむせてその場に蹲った。むき出しの尻に手を伸ばす。中に指を入れると、背中がびくと震えた。わざわざ葉山が慣らしてやらなくても十分なほど柔らかくなっていた。これならもう入れれる。
 丁度良い体勢だったので、そのまま入れてしまうと「おい!」とさすがに怒りが飛んでくる。それも無視して動き始めたら文句はそれ以上聞えてこない。これがしたくてわざわざここまで来たのだ。
「……そんなに、気持ち良いのか」
「あっ、は? へ……、んん、どゆ、こと?」
「俺に突っ込まれるためにわざわざここまで歩いてきたんだろ」
 まだ三回しかやっていないのに、総一郎の体は葉山のペニスを簡単に受け入れている。やはりこの光景はまだ見慣れない。気持ちよさそうに喘いでいる総一郎は質問に答えない。
「おい、どうなんだよ」
 だらしなく汁を垂らして喜んでいるペニスを撫でる。指が触れただけでもそこは大げさに反応して握りしめるとビクビク動く。
「きもち、あっ……、そこ、動かして」
 先の割れ目に指を入れると「ッ……」と体が強張る。さすがに痛かったようだが硬さは無くなっていない。ゆっくり動かすと総一郎の腰が震えた。
「いた、そこ、いたいって」
「でも気持ちよさそうだな。こっちも締まってるし」
 尻をペシンと叩く。尿道を刺激されても嫌がってる様子はない。ここを開発までしていたら葉山は萎えていただろう。その気配は今のところない。指をぐりぐり押しこむと「痛い」と涙目で訴えてはいるが、本気で嫌がっているようには見えない。痛いのが気持ち良いのか。つくづく倒錯した性癖に何も言えなかった。
 尿道の開発をしていないなら、してみるのも手かもしれない。ただ今は何も準備していないのでやり方も分からない。何かを入れてしまえばいいと言うものでもないし、この場所だって出す専門で入れるところではない。
 とりあえず今、興奮した状態で適当にやって後で大事になっても面倒だ。妙に冷静になった葉山は指を離して、荷づくりに使用しているビニール紐を手に取る。睾丸と一緒に根元で縛ると「おい!」と怒鳴られた。
「何やってるんだよ!」
「どうせすぐイくだろ? 布団汚れるし」
「既に汚れてるだろ!」
「うるせぇな」
 外そうとする総一郎の手を布団に押しつけてしまうと体が密着して上手く動けない。一度抜いて、布団の上に転がったままのベルトを手に取って腕を固定する。今日は拘束する気はなかったが、結局、こうなってしまった。
「どうせ、そのうち出さなくてもイけるようになる」
「な、何言ってんだよ……、そんなの無理に決まってんだろ」
 さすがにそれは怖くなったのか、総一郎の顔が青ざめる。この顔を見て、ようやく興が乗ってきた。

 本棚の中身を全て箱に移し終えたところで限界に達した。汚れているベッドで寝る気にはならず、掛け布団だけ剥ぎ取って床で寝た。まだ春先で室内は寒いが、総一郎がどうなろうが葉山が知ったことではない。
「……おい、葉山」
 肩を揺すられて目を覚ました。かなり眠たいせいで、頭が全然働いていない。どうして床で寝ているのか、理解するのに時間が掛かった。
「何でこんなとろこで寝てるんだよ」
 顔を上げると総一郎が不安そうにこちらを見ている。心配する気持ち程度は持ち合わせていたようだ。何だかその顔を見てイラっとする。
「お前がベッドで寝てたからだろ」
「起こせばよかったのに」
「そうしたらそうしたらで文句言うだろ」
 そもそも家に来たとき、ベッドを使って良いと言ったのは葉山だ。それに総一郎の隣で寝る気にもなれない。女のように抱かれて女のようにイったが、見た目も大きさも立派な男だ。いくらセミダブルのベッドだといっても大の男二人では狭い。硬い床で寝てたせいか、体の節々が痛かった。起き上がって大きく伸びをするとボキボキと骨が鳴る。
「帰るならさっさと帰れよ」
 時計を見ると十二時が過ぎている。あらかた片付いたとは言え、部屋の荷物は全て引き払わなければならない。今日も徹夜が確定した。まだ眠り足りないせいか欠伸が出てくる。葉山は隣で立ち尽くしている総一郎を見た。
「……だから帰るならさっさと帰れよ。俺はまだ荷造り終わってないんだ」
「その……、昨日のことなんだけど」
 総一郎は葉山から目を逸らして気まずそうにしている。さっきから首元を掻いたり、手の甲を掻いたり、右手の動きが騒がしい。
 どうせ、覚えていないんだろう。葉山は落胆しながら彼が何を言うのか待った。わざわざ助け舟を出したりしない。
「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」
「……親しき仲? 誰と誰が」
「俺とお前だよ!」
 どこが? と言いそうになるが、今はそんなところを突っ込んでいる場合ではない。
「とにかく、夜中に来たのは謝る。いくら酔っ払ってるとはいえ、二時に来られたら迷惑だよな」
 確かに非常に迷惑な時間だったが、こんなにも素直に謝るとは思ってなかったので驚いて何も言えない。まだ酒が残っているのか、と疑ってしまうほどだ。
「あ、あと、それと……、昨日のことは忘れてほしい」
「は?」
「とにかく、昨日のことは忘れろよ! 分かったな!」
「昨日のことって、どのことだよ」
 送別会から総一郎が寝るまで、色々とありすぎてどれを忘れればいいのか分からない。顔を真っ赤にした総一郎は「夜のことだよ!」と声を荒げた。酔っ払っていて全て忘れていると思っていたが、意外にも記憶はしっかりしているらしい。葉山はにやりと笑い総一郎を見る。
「ああ、お前が俺をベッドに誘って、気持ちいいだのなんだの善がって、最後は出さずにイったことか?」
「だから! そういうことを口にするな!」
「別に誰かに話すわけでもない。忘れる必要も無いだろ」
「今、俺に話しただろ!」
 二人の間での出来事だ。それ以外には話すつもりなんて更々ないのに、どうやら昨日の醜態は総一郎の中で消すべき汚点らしい。これまでもっと恥ずかしいことをしてきたんだから今更な気もするけれど、葉山は「嫌だ」と断る。
「少なくとも俺はお前にちゃんと好きだと伝えた。好きな奴から誘われたことを忘れるわけないだろ」
「……好きな奴のいうことなんだからちゃんと聞けよ」
「それとこれは話が別だ」
 総一郎はふい、と顔を背けた。元々、はっきりとした関係ではなかったのに、一線を越えたらもっとあやふやになってしまった。今が見直すいい機会だと思ったが、どうやら総一郎は向き合う気がないらしい。
 このままアメリカに行けば、もっと泥沼化する気がする。そして葉山の予想は見事に的中した。

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