星に願いを、月に祈りを。


「さーさーのはぁーさーらさらー……」
 間抜けな歌い声が聞こえるから鬱陶しいと注意しようと思って階段を降りると、リビングはバカデカイ竹で占拠されていた。
 怒鳴るよりも先に出てきたのは「何してん」と言うあきれ返った言葉。
「あ……、おはよう」
 気まずそうな顔をして、折り紙を笹の葉に括りつけているのは、俺の恋人でもあり同居人の七野宗治。見た目は外人のくせに、名前が超日本人と言う日本人とアメリカ人のハーフである。
 父親が日本人で母親がアメリカ人。日本に住むときに宗治が生まれて、父さんが「日本で育つなら日本人の名前が良い」とごり押しして七野宗治と言う名がついた。
 しかし、当本人は茶色い髪の毛に白い肌。そして、青色の目で周りからめちゃくちゃ苛められていたらしい。
 それにもかかわらず、アイツは「えぇねん、日本での修行やから」と今時古臭い武士道的なこと抜かしよったから、気に入ってしまった。
「どないしたんそれ」
 よくよくカレンダーを見てみると、どうやら今日は7月7日。七夕らしい。通りであんなへったくそな歌口ずさんで、笹の葉に折り紙括りつけているってわけか。
 しかも、不器用やからこれまた不恰好なもんがいっぱいついてんねん。
 23歳にもなって、お星様に願いとか悲しすぎるわ。脳みそやられてると思った。
「昨日の夜に、明日七夕や!!っておもて、今日の朝にそこの山の竹やぶ行ってぶった切ってきた」
「お前……、竹やぶ行ってぶった切ってきたって、竹取物語かっちゅーねん」
「ついに、日本人とアメリカ人のハーフが日本の昔話に登場できる!!七夕と言う名の革命や!!」
「はいはい」
 コイツはアホ通り越してバカやな。大阪人はバカ言われたら、怒るねんけどコイツはバカやわ。
 七夕と言う名で竹取物語に革命起こすなら、お前の脳みそに革命起こして欲しいわ。
「ちょお!夕!!何してん!?」
「パン焼くだけや。うっさいわ」
 俺が宗治を通り越してキッチンに向かったことが気に食わないのか、宗治は俺のところまでやってきた。基本的に何も考えず己の欲望のまま動く「自己中」の塊である宗治だが、根はブラックで腹黒い。
 その性格をよー知ってる俺は、コイツには騙されへん。
「夕もお願い事せな!」
「イヤやわ。星にお願い事したってなんもかなわへんやんか。願い事っちゅーのは、自分で叶えるのが筋やろが」
 マグカップにインスタントコーヒー注いで、俺はポットの湯を淹れた。その間、宗治は俺の行動をジッと見つめて何か言いたげにしている。
 鬱陶しい。
「なんや、飯くうんか?」
「いらん」
 そっけなく答えた宗治を無視して、俺は焼けたパンを口に挟んでコーヒーを持って笹に占拠されたリビングのソファーに座る。リモコンでテレビをつけると朝から七夕ばっかり。
 朝っぱらから七夕七夕、そんな七夕ばっかり言ってたって今日だけやんか。
 あぁ、鬱陶しい。
 それに笹の葉に願いを書くって、もう少し前からやっとかなあかんちゃうん?
 今更急ピッチで願い事って言われても、お星様びっくりするわ。
「なぁ、夕」
「なんや」
 宗治は庭の見える大きい窓の前に立って空を眺めている。今日は曇天の空。言うてる間に雨が降り出しそうだった。
「お星様、見えへんかなぁ」
「今日は見えへんやろな。七夕って梅雨時期だから雨降ること多いやろ」
 そりゃ、俺だって小さい頃は七夕に笹飾って、短冊吊るしてお願いごと書いたけど、毎年雨でぐっちょぐちょになって泣いた記憶があるわ。
 天の川なんか見たことも無い。
「夕、今日の予定は?」
「無し」
「あっそ」
 宗治はそう返事をすると、俺のところまでやってきた。まだむすっとした顔をして、竹の前に立つ。ホント、邪魔やわ。
 そんなに高くない天井につきそうなぐらい大きい竹をジッと見つめて、テーブルの上に置いてある短冊を手に取った。
「その短冊どないしたん?」
「コンビニ行って買ってきた」
「へぇ、コンビニにそんなん売ってたんや」
 大量にある短冊を一つ手にとって見てみると、どう見ても手作りだった。不器用だから、慣れないはさみで切った短冊は斜めってるし、大きさまちまちやし。
 本当に正真正銘のアホ。アホと言う壁を高度1000メートルぐらい上空で通り越しちゃってるような、バカだ。
「お前、何時に起きたん?」
「4時」
 昨日寝たのが1時過ぎだから、コイツは3時間しか寝らんと朝っぱらから竹やぶ行ってこのドデカイ笹をぶった切ってきたわけか。
 そんで家に帰ってからコンビニ行って、折り紙買ってきたってわけやな。行動がバレバレや。
「なぁ、夕。竹取物語ってどんな話なん?」
「え、お前、知らんの?」
 日本人とアメリカ人のハーフでありながら、スピリッツだけはジャパニーズの宗治が竹取物語を知らんとは意外やった。
「それがな、知らんねん。昔話ってことは聞いたことあんねんけど……」
「じーさんが竹取りに行ったら、金色に光ってる竹があって、それぶった切ったら竹の中に赤ちゃんはいっとってん。そんで、その子を誰かがかぐや姫って名づけたんや。かぐや姫は3ヶ月で急成長を遂げてな、町の男共を虜にしてまうねんけど、求婚申し込んできた5人の男に無理難題突きつけて月へと帰っていくねん」
 ざっとあらすじを話すと宗治は難しそうな顔をして俺を見ていた。分かっていただけたんやろか。
「……へぇ」
「悩んだ結果、その答えか。おもんないな」
「う、ウケ狙ってるわけちゃうし!!つーかさ、かぐや姫って相当性格悪そうやな」
「……は?」
 宗治に性格悪いって言われたら、相当やで。自己中で腹黒のお前が、人のこと性格悪いなんてよう言うわ。
「だってさ、嫌いやったら嫌いって言うたら良かったやん。なんで無理難題を付きつけるん?」
「……相手がどれだけ自分のことが好きなんか、確かめたかったんやろ」
 残った最後のひとかけらを飲み込んで、俺は宗治を見た。宗治は不機嫌そうな顔をして俺を見つめたまま、何も言わん。
 青い目が俺を見て、静かに目を閉じた。なんで、七夕からかぐや姫に話がチェンジしてるんか、俺にはよーわからへんかった。
「でも、結婚する気なかったんやろ」
「せやろな。月に住んでる人やからなー。地球人とは結婚できへんやろ」
 諦めたように俺が言うと、宗治は悲しそうな目で俺を見て隣に座った。そしてコーヒー飲んでる俺の腹に抱きついてきた。
「お、おいっ!!」
 体が揺れたせいでマグカップも揺れて、コーヒーをこぼしそうになった。
「夕はどこにもいかんといてな」
「どこにも行ってほしくないなら、短冊にでも書いとけ」
 俺は不恰好な短冊を一枚、宗治のデコにたたきつけた。一瞬、キョンシーが頭に過ぎって笑いかけたけど、なんか宗治が切なそうな顔してるから言うのをやめた。
「なぁ、夕はお願い事ないん?」
「せやなー、俺は特にないな」
 今時願い事って言うても、お金が欲しいとか、新しく出たゲーム機が欲しいなどそんなことしかないからな。サンタクロースじゃないんやから、物頼んでもしゃーないし。
「つーかさ、お前、飾り下手糞すぎ。こんなんじゃ、お星様が願い事叶えてくれへんで」
 俺の頭上にある竹の飾りを眺めて言うと、宗治は顔を上げて俺と似たような表情で笹飾りを見ていた。
 折り紙で作ったわっかは大きさがまちまちで、よれよれになってるし。なんかよぉ分からん折り紙の塊がくっ付いているし。
「短冊さえあれば、願い事叶えてくれるやろ」
 宗治は呟くように言った。青い目が笹飾りを眺めて、切なそうな表情をしている。
 よく見ると、短冊だけはやたらと付いていた。一人でつけたにしては、願い事の量が多すぎる。
 その短冊に書かれた内容は全て同じだった。


<夕とずっと一緒にいれますように>


 と全ての短冊に書かれている。思わず、噴出した。
「な、何笑ってん!!」
「いや、お前、アホやなーって思て」
 笑い始めたら止まらなくなって、ソファにごろごろとのた打ち回りながら笑ってた。そんなん、星に願わんでも俺に言うたら一緒に居てやるっちゅーのに……。
 ホントアホやわ。アホ通り越して、バカ。
「夕ってかぐや姫に似てる」
「はぁ?」
「そうやって俺を振り回すところが!」
「俺はお前に振り回されてるわ」
 何を言い出すんやら。毎日毎日、俺をワガママで振り回してるのはどこの誰や。むしろ、宗治のほうがかぐや姫みたいやわ。
 こんなこと書いて、俺を試しているようにも思える。
「でも、俺は幸せもんやな。誰も手に入れへんかったかぐや姫を手に入れたんやから」
 宗治は俺を見上げるように見て口元をゆがめた。口は笑ってるけど、目は笑っていない。どちらかと言うと、欲情している目だ。
 そう思ったとたんに、猫科の動物が獲物に食いつくようなスピードで俺を押し倒した。
「……なんで、俺がかぐや姫やねん」
 笹の葉を眺めながら、俺の胸に張り付いている宗治に尋ねる。宗治は喋るなと言わんばかりに、俺の口の中に指を突っ込んでぐちゅぐちゅとかき混ぜる。
 口の中が宗治の指で占領されている。その指を俺は舌で擽っていた。
「どうしたん?俺の指、美味いんか?」
 気づけば俺は宗治の指を貪るように舐めていた。宗治のせいで頭がしびれて、何をしているのかだんだん分からなくなっていく。
 すっと指を口の中から抜かれると、唾液が糸を引く。その指はそのまま、俺のケツの中に入れられた。
「はっ、あぁ、そぅ、じっ」
「かぐや姫が現世に残った理由は、王子様の超絶テクニックってところやな」
 またアホなこと抜かしてるわとか思ってたけど、頭の中おかしくなってるからそんなこと言えずにずっと宗治によがってた。
 ことが終わってから、俺はソファに寝転がって素っ裸のまま笹を見上げてた。
「なぁ、宗治」
「なんやー?」
 宗治はどこかへ行っているようで、遠くから声が聞こえた。
「星になんか願わんでも、俺に言うたら願い事叶えたんで」
 こんなこと、星に願うほうが間違ってるわ。俺に直接言うたらええやん。これはサプライズ企画か?
 ……見たらちょっと嬉くなってもーたやんか。
「せやなぁ。今度からお星様にお願いするんじゃなくて、お月様にお祈りするわ」
「は?」
 言っている意味が分からなくて起き上がると、宗治はキッチンで水をペットボトルごとラッパ飲みしてた。
 ぷはっと息を吐いて、宗治は俺を見て笑う。


「俺のかぐや姫をどうか月へかえさんといてってな」


 宗治は満面の笑みで俺にそういう。だから、なんで俺がかぐや姫やねん。
「宗治、一つだけ竹取物語で言うてないことがあんねんけどな」
「なんや」
「やっぱ教えてへん。自分で調べり」
 宗治の声が部屋中に響いた。それに伴って、笹が宗治を嘲笑うかのようにサラサラと揺れた。









+++あとがき+++

七夕ってことで、七夕ネタにしてみました。
なのに、七夕とは全く関係ないかぐや姫とか!!
なんかすみません。

織姫と彦星の話を一切出さなかったのは、この前「Rain」で書いたからなんです。
どれだけ笹の葉だけでネタをつなげれるかと思ってたら、なんか竹取物語が出てきてしまいました。
七夕全く関係ないし…………。
とまぁ、季節ネタってことで。

2009/7/7 10:33 久遠寺 カイリ


未だに、どうして七夕から竹取物語が出てきたのか理解できません。
時たま、本当に自分の脳みそってどんなのか解剖してほしいと気があります。
2009/10/11 1:07 移転に伴い追記。


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