君との距離
慣れないタバコに苦くて飲みにくいビール。でも、この二つを嗜んでいる俺は少しでも彼に近付けてるんじゃないかとか、そんな錯覚に陥っていた。
「宿題、終わった?」
「いんや」
「もう三十一日終わったけど」
「終わったなぁ」
「どうすんの?」
「どうしよっか」
俺よりも慣れた手つきでタバコを吸う姿は、どう見ても劣等生なのに黒い髪の毛に眼鏡を掛けている姿は優等生に見える。何ともギャップのある姿。学校では優等生、ってわけではない。頭は良いけど、先生に凄く好かれてるわけでもなく、嫌われてるわけでもない。ちょっと目立つ生徒だった。そんな彼とは対照に俺は、クラスの中心にいるわけでもなく、かと言って大人しいわけでもない、目立つわけでもなく目立たないわけでもない、普通の学生だった。もちろん、頭もそんなに良くない。
そんな俺と彼は去年から同じクラスで、ちょっとだけ特別な関係を持っている。でも、それは公には出来ない秘密の関係だった。言えば、きっと、彼は完全に劣等生だと教師から見られ、嫌われ、そして俺はクラスで目立ち、確実にハブられるだろう。互いにデメリットなのに、一緒に居るのはやっぱり「好き」だからだろう。彼はそんなこと一回しか言ってくれなかったから、どうか分からないけれど。でも、自分に素直な彼のことだから、そうなんだと思う。
タバコを吸い始めたのは、彼と付き合い始めてから。ビールもそうだった。俺が思っていた以上に彼はどこか危なげで、飄々としていた。タバコもビールも昔からやっていると、他人事のように言ったのは今でも覚えている。試しに二つともやってみたが、タバコは噎せるし、ビールは苦いし、良いことなんて全然無かったけど、俺の反応を見て彼が笑ったから、それで良いやって思った。
「お前は終わったのかよ」
「まぁ、一応は」
「何それ」
「ちゃんと出来てるかどうか、不安だし」
「んなもん、ちゃんとやってれば十分だろ。やってないやつよりマシだ」
「それって自分のことじゃん」
「そうだな」
彼はしれっとした顔でそう言うと、隣に置いたビールを手に持ち、一口飲む。平然とした顔で飲んでいる姿は、飲み慣れているんだろう。未成年じゃないの、なんて野暮なことは言えず、俺も自分の隣に置いたビールを手に持って、一口飲みこんでみた。弾けるような炭酸が喉を刺激して、胃に流れ込む。やっぱり苦い。これならまだ、コーヒーのブラックの方が飲めた。
どこか大人びた彼は、コーヒーはもちろんブラックで、たまに食べるガムもロッテのブラックブラックだ。服は……、たまに白いの着てるけど、学ランは黒だ。髪の毛も黒だ。黒が好きなの? って聞いたら、バカにされた。前々からバカだと思ってたけど、想像以上のバカだなと、言われた。
俺もそんなに友達がいる方ではないが、彼はもっと友達がいなかった。どうして、そんな彼と俺が秘密の関係になったかと言うと、去年の学園祭で同じ班になったからだった。買出しに行くのに、俺と彼が抜擢されてしまい、クソ暑い炎天下の中、自転車で学園祭に使う焼きそばの材料を買いに行った。スーパーで焼きそばの麺とキャベツと人参と玉ねぎと豚肉を籠に入れて会計をしようとしたとき、イカを入れるか入れないかでちょっと揉めた。彼はイカの入ってない焼きそばなんて認めない、とか言うから、コストかかるじゃん、と言い返したところ、試作するんだからどうでも良いだろ、と見っとも無いぐらいムキになったから、渋々、ロールイカを買って帰った。行き同様、彼は一言も喋らず、額から汗を流して俺の少し前を走っていた。そして、学校に到着すると、同じ班の奴らに何でイカが入ってんだよ、と爆笑されたので、イカが入ってない焼きそばは焼きそばと認めない、って彼の言い分を真似して言い返したら、バカじゃねぇの、と言われた。結局、俺が言った通り、コストがかかるからイカは入れないこととなり、文化祭は無事に終わった。
嫌味な奴だな、と彼は俺に向かってそう言った。何が? って返したら、俺の台詞パクりやがった、と悔しそうな顔をして言うので、俺も君に感銘を受けただけです、と言い返してみた。彼は少し笑って、バカな奴だ、と言った。彼の笑う顔を見て、ときめいた。そりゃぁもう、雨雲から雨が落ちるかのように、意図も簡単に俺は恋に落ちた。本当に簡単に好きになった。
俺が周りと少し距離を置き、目立たずそして普通にいるのは、自分が男しか好きになれないと自覚があったからだ。友達を好きになることほど、苦しいことはない。最初から叶わないと決めつけていた。だって、普通ならみな、女の子を好きになるからだ。女の子だって可愛いと思うし、綺麗だと思う。でも、性欲は沸かない。結局、男として不能、みたいなものだ。だから、彼を好きになったと同時に、後悔した。だから、ある程度、周りとは距離を置いていたのだ。目立たないわけでもなく、目立つわけでもない、至って普通の学生で居るために。
「どうするの? 宿題」
「お前の、写させてよ」
「言うと思った」
「じゃぁ手っ取り早い」
「だから言うの嫌だったんだ」
「じゃぁ言わなきゃ良かっただろ」
「……だから、言うの躊躇ったの」
彼はポケットの中からタバコを取り出して、火を付けた。いつの間にか、二本目に突入している。そんなにタバコを吸い過ぎると、がんになってしまうぞ、と言いたかったが、黙ってその横顔を見つめた。
良く考えたら、彼はミステリアスな雰囲気があり、誰かとワイワイ喋っているわけでもないのに、どこか目立っていた。頭も良く、優等生な雰囲気があったからかもしれない。あぁ、後は結構綺麗な顔つきをしているから、女子から注目されていた。寡黙で大人しいから、クール、とか言われちゃってて、椅子に座っているだけでも人目を引いた。
あと一年半ぐらい何事もなく普通の学生で居たいと思った俺は、彼と距離を置いた。これと言って仲が良いわけでもない。学園祭で同じ班になっただけだ。俺には少なからず友達はいる。もちろん、好みでない人たちだ。こう言う言い方はとても失礼だけど、俺の友達には不細工が多かった。面食い、と言うわけではないが、彼は俺の好きな顔だったから、余計に近づきたくなかったのかもしれない。一緒にいれば、いつかこの気持ちが火山のように爆発してしまうと思ったから、近づきたくなかった。学園祭が終わり、体育祭が近づいてきた頃、彼は俺のところへやってきた。開口一番に、お前、俺のこと避けてるだろう、と言ってきたのだ。どういうことか分からないふりをした俺は、何が? と問い返した。そこで彼が笑う。お前が何が? って言うときは、図星だな。と偉そうな顔をして言うから、そうだね、と頷いた。
「そもそも、お前のを写したところで、合ってるかどうか怪しいんだよな」
「そうだね」
「でも、やっていかないよりかは十分にマシだと思うんだ」
「……そうだね」
「だから写させろ」
「間違ってたら怒るだろ? 嫌だよ」
「間違ってたら怒るのが、普通だろ」
自分の言うことは間違ってない、とでも言うように彼がそう言った。高飛車な性格だと言うのは、もうずいぶん前から知っている。彼が吐き出す煙は宙を舞い、風に流され消えて行く。吸殻は丁寧にビールの缶の中に入れた。ジュ、と火の消える音が聞える。
俺が彼を避けてるからって、彼にとってのデメリットなんて、そんなに無いと俺は決めつけていた。避けているから、どうしたの? とケンカ腰に話しかけてしまい、彼は気にくわない、と自分の気持ちをストレートに述べた。気にくわないと言われてどうして良いか分からなかった俺は、黙って彼を見つめる。首を傾げた気もする。二人揃って数十秒ほど黙り込んだ後、彼は、避けられてるって分かりやすいことされると、ムカつくんだよ。と言って、俺の胸倉を掴んだ。殴られると思ったら、キスされた。
はっきり言って、何が起こったのか、当時の俺には良く分からなかった。
「明日、学校行くの?」
「行くだろ」
「本当に?」
「本当だよ」
「大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ、鬱陶しいな」
「……だって、分かんないじゃん!」
思わず、持っていた缶を海に向かって投げてしまった。それでも彼は平然とした顔で俺を見つめ、呆れたように息を吐く。どうして俺は彼のように冷静で居れないんだろうか。彼のように簡単に考えられないんだろうか。何でこんなにもウジウジとしてしまうんだろうか。
彼は常にストレートだった。キスした俺に対し、お前のこと好きになったから責任取れ、と言ってきた。はぁ? と言い返してしまい、彼は訝しげに俺を見た。なんで簡単に好きだと言えるんだろう。俺がホモじゃなかったらどうするんだ。普通だったら気持ち悪いって思われるんだぞ。そんなことを考えながら、俺は彼の顔をマジマジと見つめる。それから彼は、ふっと鼻で笑い、お前も俺のこと好きなんだろう? って言うから、そうだね、って頷いた。
そこから俺と彼の付き合いが始まった。今日まで順調に進んでた。誰にもバレず、秘密の関係を続けることが出来た。なのに、今日、夏休み最後だからって二人で出掛けて、デートの帰りに河原でキスしてたら、クラスメートの佐藤君にその姿を見られた。佐藤君は俺達を見て、たじろぎ、三歩後退し、殺人犯でも見つけてしまったかのような顔をして、逃げ出した。彼はそんな佐藤君を見て、あーあ、と呆れたような声を出した。俺はどうしよう、と言って彼を見た。怖かったんだ、バレるのだ。明日になったらきっと、クラス中に俺達はホモだと言いふらされるだろう。佐藤君は、そう言う噂好きだった。もう既に広まっているかもしれない。携帯は不自然なぐらい誰からも連絡が無く、余計に俺を不安にさせた。それなのに、彼はむしろ、開き直ってしまっている。
「言いふらされてたっていいじゃねぇか。俺達が付き合ってることは間違いないんだし」
「間違いないけどさ……。でも、気持ち悪いって言われるよ」
「だから何だよ。気持ち悪いから何だよ。じゃぁ普通に女と付き合ってる野郎共は普通で気持ち悪くないのか? ヤってることなんてほとんど一緒だろうよ。それが男同士だからって、何の問題がある。どうして俺らが別れなきゃいけねぇんだよ。意味わかんねぇ」
鬱陶しいとでも言うように、誠也は眉間に皺を寄せる。ここへ呼び出した俺が、一番最初に別れようと言ったのが気にくわなかったようだ。機嫌が悪いのは、最初からだった。何気ない会話で話を逸らしてみたが、大失敗だった。誠也はポケットの中からタバコを取り出し、火を付けた。さっきからそのタバコは何本目だろうか。数えるのも忘れてしまっていた。
「先生にバレれば親だって呼び出されるだろうし、俺達バラバラにされる。だったら、自分達から離れた方が良いじゃん」
「……どうしてテメェはそうやって、何もかも悪い方向に考えるんだよ!」
誠也が俺に向かって怒鳴った。胸倉を掴まれ引き寄せられる。
「明日、ぜってぇ学校に来いよ。来なかったら、お前の恥ずかしい秘密全部バラしてやるからな。それこそ、もう一生外に出れないぐらいの恥ずかしい秘密、俺が抱えてること忘れんなよ。分かったな?」
返事をする前に、誠也は俺の胸倉から手を離し、立ち上がってしまった。どこへ行くかも聞けず、俺はザザンと波打ってる真っ暗な海を見つめていた。こんなところへ呼び出して、俺はどうするつもりだったんだろうか。心中でもするつもりだったのか? そんなこと、誠也が許さないだろう。彼はいつでも、逃げることだけは許さなかったから。
タバコやビールを嗜んでみても、全然、誠也には近づけて居なかった。
翌日と言うより、誠也と別れた時から日付は変わっていたから、翌日とは言い難い。寝不足のまま、俺は登校した。自首をしにいく殺人犯のようだ。重い足取りで教室へ行くと、喋っていた声がぴたりと止まり想像した通り、周りが俺をじろじろと見ていた。話しかける人は誰も居ない。俺も、誰かに話しかけたりなんかしなかった。椅子に座って、早くホームルームが始まるよう祈る。来いと俺に言った誠也は、まだ学校に来てない。逃げた、と言う可能性は限りなく低い。予鈴が鳴る寸前に、誠也が教室に入ってきた。また、ぴたりと喋り声が止む。誠也は素知らぬふりをして、自分の席についた。
話しかけに行くことも出来ず、全校集会が始まった。いつも通り、長い校長の話、夏休み中に活躍した部活動の表彰、全校集会はあっという間に終わってしまい、また教室に戻る。ホームルームをやって今日はお仕舞いだ。早く終われ早く終われ、そんなことを祈りながら俺は手を握りしめて、椅子に座っていた。先生の話なんて、全然、入ってこなかった。
ホームルームが終わって下校時間になる。学校に来いと言われたから来たけど、もう帰っていいんだろうか。珍しく誠也が座ったままだから、俺も立たずに座っていた。クラスの中心にいる佐藤君は、クラスの中でも一番目立っている小野寺君を引き連れ、誠也の所へ行った。どうして、誠也の所に。俺は黙ってその様子を見つめていた。興味がなさそうなクラスメートは出て行き、野次馬根性のあるクラスメートは興味本位で残っていた。教室が静まり返っている。小野寺君が口を開いた。
「瀬戸も来いよ」
名前を呼ばれる。俺は震える手を握りしめ立ち上がり、誠也の所へ向かった。「何の用?」としらばっくれてみた。まぁ、しらばっくれてるのもバレてるみたいだったけど。
「お前ら、昨日さぁ、河原でキスしてたんだろ? どういう関係?」
ニヤニヤと笑いながら、佐藤君が俺に尋ねる。誠也は面倒くさそうな顔をして、小野寺君を見つめている。俺はその質問に答えなかった。佐藤君が一歩、俺に近づく。
「なぁ、ちゃんと説明してくれよ。俺ら、わっかんねぇからよぉー」
殴りたくなるぐらいムカつく顔で、佐藤君がそう言った。きっと、佐藤君はクラスで一番強い小野寺君が傍にいるから、こうやって調子に乗っているんだろう。見っとも無い。そう思ったけど、この状況を打開できない俺も十分見っとも無かった。誠也は相変わらず何を考えているのか分からない表情で、小野寺君を見ていた。見てる、と言うより、睨みつけているようだった。
「付き合ってるんだろ、お前ら」
核心を突くような質問を小野寺君がする。
「だから?」
誠也がそう答えた。
「気持ちわりぃな」
素直な気持ちを、佐藤君が言った。俺も気持ち悪いって思う。だって男同士だもん。普通じゃあり得ないことなんだから、気持ち悪いと思って当たり前なんだ。それを開き直ろうとする誠也が少し、人とは違うだけなんだ。俺もまた、人と違う趣向を持っている。だから、ずっとひた隠しにしてたのに、何で昨日は河原でキスなんかしてしまったんだろう。しなきゃ良かった。誘ったのは俺だ。気が抜けてたんだろうか。夏休みももう終わるって言う、油断からだろうか。後悔ばっかりだった。
「女みてぇに噂ばっかり広げてるお前も、十分、気持ち悪いけどな」
バカにするような目で、誠也が佐藤君を見た。その一言で怒らせたのは、言うまでもない。
「神崎、テメェ!!」
誠也の胸倉をつかもうとした佐藤君の手を、俺が掴む。誠也が殴られるのを目の前で見てるなんて嫌だった。それなら、俺が殴られた方がマシだ。誠也が俺と付き合うことになったのは、俺のせいだから。分かりやすかったのかもしれない。あからさまだったのかもしれない。誠也は何も悪くないんだから、責めるなら俺だけにしてほしかった。ホモなのは、俺の方だ。
「離せよ、瀬戸!」
「うん。ごめんね。気持ち悪くて、ごめん。もう良いから、やめてよ」
「何でお前が謝んだよ、バカ!」
止めた俺を見て、誠也が怒る。誠也が煽るようなことを言うから、俺が謝ったんじゃないか。佐藤君が怒る理由も分かる。女みたいなんて言われたら、みんな怒るに決まってる。怒らないのは誠也ぐらいだ。女の子にするようなことをしても、誠也は怒らなかったな。むしろ、躊躇う俺に叱ったぐらいだ。
いつでもそうだ。誠也はいつでも、俺の背中を押してくれた。男前で格好良くて、俺より大人びてた。
「別に悪いことなんか一つもしてねぇだろ。鬱陶しいな。それともなんだ? お前らも加わりたいのか?」
「どうしてそうなるの。煽るのやめて」
「うっせぇな。止めんじゃねぇよ。悪いことしてないんだから、お前も胸を張れ。ウジウジすんじゃねぇ。気持ち悪いって思うなら、それでも良い。勝手にしててくれ。でもな、俺が唯一許せないのは、このバカを苦しめることだ。影でこそこそ言う分ならどうでも良いけど、目の前で悪口言ったり、貶してみたりしろ。俺が許さねぇからな。覚えておけよ」
そう怒鳴りつけて、誠也が立ち上がる。最後の方の言葉が、俺の脳内で何回も繰り返される。突っかかるのも、佐藤君を煽るのも、全部俺のため、なんだろうか。そんな都合のいいこと、あり得るはずもない。あまり喋らず静観していた小野寺君は、誠也の顔をジッと見つめている。
「清々しいぐらい、ムカつく野郎だな。お前」
小野寺君が誠也に向かってそう言った。清々しいぐらい、ムカつく野郎ってどういうことだろうか。俺も佐藤君も黙って、二人を見つめる。
「何それ、褒め言葉? お前も十分、ムカつくけどな」
誠也が笑いながらそう言う。
「互いにムカつくんだから、関わらないほうが良いと思わないか? お前はバカじゃないと、俺は思ってるんだ」
「…………そうだな」
「じゃぁ、もう俺達に関わるな。良いよな?」
「あぁ。代わりと言ってはなんだが、お前らが付き合っている証拠を見せろ」
小野寺君がびっくりするようなことを言う。佐藤君も俺と同じ顔をしていた。誠也は得意げな顔をして「良いぜ」と言うと、俺の胸倉を掴んだ。コイツ、マジか。と思った時にはもう、唇が重なっていた。きゃぁ、と女子の声が聞える。横目で見ると、両手で顔を覆っているけれど、指の隙間から目が見えていた。男子はあんぐりとした顔で、俺を見ている。数人の女子はマジマジと俺らを見ていた。頭の片隅で俺は、誠也が最初にキスしてきた時のことを、思い出していた。
「なんか、小野寺、俺のことが好きなんだって」
帰り道、誠也がしれっとした顔でそう言う。驚いて声を出せずにいると「だから、確かめてきたんじゃね?」と誠也が付け足す。状況が掴めなかった。
「夏休み前だったか、春休み前だったか忘れたけど、好きだって告白されてさ。うっわ、キメェって言ってふっちゃったんだよな。根に持ってたと思うか?」
「…………知らないよ」
小野寺君の気持ちが俺に分かるはずもなく、そう答えたけど、俺だったらショックで学校に来ていないと思う。誠也のことを好きだった小野寺君が、俺とキスしている事実を聞いて、どう思ったんだろうか。考えてみるけれど、彼の気持ちは彼にしか分からないものだ。俺が分かってやるのは、あまりにも残酷で、ただの優越感にしかすぎない。
「何とかなるんだよ。気持ち悪くたって」
「明日から学校行くのが憂鬱でたまらないよ」
「お前の悪い所はそうやってネガティブになることだ。胸を張れ、胸を」
「それは誠也だけで良いよ」
「そうだな。俺がある程度引っ張ってやんねぇと、お前は常に立ち止まったままだもんな。仕方ないから、俺が引っ張ってやる。ありがたいと思えよ」
「うん、ありがとう」
「心が籠ってねぇな」
「籠ってるよ」
「ウソだね」
誠也が舌を出して、そう言う。自転車を漕ぎながら、俺は誠也を後ろに乗せて、トロトロと走る。どこへ向かうわけでもない。二人きりになれる場所を求めて。
「誠也」
「なんだ?」
「好きだよ」
「……あぁ」
「俺、ちゃんと決めたからさ」
「何をだよ」
「もうね、自分の気持ちにはウソ吐かないって」
「そりゃぁ良い心がけだ」
「だから出来たら、誠也も素直になってね」
「はぁ? 俺は常に素直だっつの」
「じゃ、俺のことはどう想ってるの?」
とても小さい声だったけれど、背中越しに「好きだ」と言う声が聞こえた。
意志が強くて、男前な誠也に少しでも良いから近づきたい。タバコやビールは嗜めなくても。
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