それぞれのクリスマス 前編
Drop By Drop
商店街を通って家に帰ろうとすると、この数週間流れ続けているメロディが今日はやたらと耳に入った。
「……クリスマス……ねぇ」
今日は紛れもなく12月24日で、夏樹はカバンの中に入っているプレゼントの存在を思い出した。安芸にバレないように買いに行くのが、大変で苦労したのを覚えている。
なぜか知らないが、ここ最近、やたらと家にいることが多い。仕事だって忙しいはずなのに、夏樹よりも遅く出て夏樹より早く帰ってくる。
何かを狙っているようで、気持ち悪かった。
長い坂を上りきり、夏樹はいつも通り家に帰った。
「ただいまー……って、今日はいねーのか」
真っ暗になっている部屋を見渡して、夏樹は息を吐いた。安芸が戻ってきてから初めてのクリスマス。少なからず楽しみにしている自分がいて、今日もどうせ早く帰ってくるんだろうと思っていたがどうやら違ったようだ。
リビングに向かい電気をつけようとすると、ピカピカと光っているクリスマスツリーが目に入った。これを買いに行くときも、飾り付けをするときも、何を何処につけるかで安芸とケンカした。
意地を張りすぎて、可愛くないと言われた言葉が夏樹の胸を締め付けた。
「……しょーがねぇだろ、そういう性格なんだから」
ボソッと呟いて電気を付ける。真っ暗の部屋に明かりが灯ると、パンパンパンとクラッカーの音がした。
「メリークリスマース!!!」
サンタの格好をした安芸が飛び出してきて、夏樹は若干引いた。何事か理解できず、目をパチパチとさせている。頭に乗っかった紙が夏樹の視界を邪魔していた。
「あっれー。固まっちゃって、どうしたの? 驚いた?」
「……い、いや……、別に……」
急に何か恥ずかしくなって目を逸らすと、テーブルの上にはケーキやら鶏肉やらシャンパンやら色んなものが乗っかっていた。
全て一人で準備したのかと思い、顔を上げると自慢げな顔をして安芸が笑っていた。
「仕事、忙しそうだからさ。全部、用意しちゃった」
確かにこの数日、夏樹は学校関係の行事などがあり残業して帰ってくることが多かった。それも今日で終業式になり、やっと落ち着いた日々を過ごせるようになった。
「っていうか、お前の仕事は?」
「ん、俺? 遅くなった夏休みと正月休みを併せて取っちゃった」
「……取っちゃったって言うか、取らせただろ……」
予定を全て入れるなと言われ、うだうだ悩んでいるマネージャーの姿が浮かんで夏樹は大きく息を吐いた。夏休みと言うが、安芸が働き始めたのは秋からだから夏休みも何も無い。それに、正月休みだけにしては長すぎる休みだ。
「まぁ、それでも1月は2日から仕事だからさ。少しでも夏樹と一緒に居られたらって思って」
「……ん」
優しく笑う安芸に夏樹は「ありがとう」と言えずに俯いてしまった。
「もー、やだー。照れちゃってかっわいぃー」
「別に照れてねぇよ」
グリグリと髪の毛をグシャグシャにされ、夏樹は「鬱陶しい」と言って安芸の手を振り払った。
「さ、食べよ。腕をふるって作ったんだ」
「ん、うん」
安芸はサンタクロースの格好のまま夏樹の対面に座り、キャンドルに火を灯して明かりを消した。窓に張られた蛍光シールが窓に浮かんで、夏樹は目を見張った。
「……な、ななっ……」
「えへー。今日、夏樹が学校行ってからすげー頑張ったんだって。今まで出来なかった、代わりにね」
安芸は少しだけ悲しそうな顔をして、夏樹を見た。今まで5年間ずっと離れ離れで、クリスマスなど鬱陶しい存在でしかなかった。周りが浮かれていれば浮かれているほど、互いに相手のことを思い出して胸が苦しくなった。
「……結構ガキっぽいかも。今見て、ちょっと恥ずかしくなった」
何も言わない夏樹を見て、安芸が照れくさそうに頭を掻いた。
夏樹はすっと立ち上がって安芸の体を抱きしめた。
「……ありがとう」
もっと言いたいことはたくさんあったけれど、今はこの言葉以外出せなかった。自分より大きい背中に手を回して力強く抱きしめると、それに応える様に安芸も夏樹の体を抱きしめた。
クリスマスイブの夜は、二人の心をより近づけた。
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担当するのはホモ小説家
「……あぁあー」
進んでいく時計の針を見つめながら、篤志は大きく息を吐いた。もうそろそろで、時刻は12時を回ろうとしている。テーブルの上に置いた携帯電話と、時計をにらめっこしてはため息を吐いていた。
この時期、忙しいと前から知っていた。自分自身が小説家である以上、編集者がどんな時期に忙しくなるかは想像がつく。けれど、今年は二人で過ごす初めてのクリスマスなのに、奈央が帰ってくる気配は全くと言っていいほど無かった。
クリスマスプレゼントも準備してあるが、テーブルの上には何も乗っていない。クリスマスなんで縁の無いものだと思っていたから、何を買って良いのか分からなかった。
せめて、二人で一緒に過ごせればと思っていたが、それも叶いそうに無かった。
「あと5分でクリスマス終わっちゃいますよぉー、南田さぁーん」
本人が居るわけではないが、想いが届けばいいとそんな身勝手な気持ちで名前を呼ぶ。他人行儀に呼んでみて、また息を吐く。24日は「ごめん、今日は帰れない」とメールが来て少しだけ涙ぐんだ。けど、今日なら大丈夫かと思って起きて待ってみればメールすらない。
「……僕のこと、嫌いになっちゃったのかなぁ。締め切りは守らないし、下らないことで怒るし、ガキっぽいし、幼児体型だし……」
一人でこう座っているせいもあって、どんどんマイナスのイメージが湧いてきた。本当は嫌いで、イヤイヤ一緒に居るんじゃないかと考えてしまったら、それが本気になってしまい真剣に凹む。
「泣き虫なのも、嫌いなのかなぁ……」
流れてくる涙を拭って篤志は時計を見た。あと1分でクリスマスは終わってしまう。
「……この世にサンタさんがいるなら、僕の願いをかなえて欲しかったな」
サンタが願い事を叶えてくれる存在ではないが、篤志はサンタにもすがりたい気持ちでそう呟いた。
その時だった。
ガチャガチャと忙しく鍵を開ける音がして、篤志は立ち上がって玄関に走った。25日が終わるまであと30秒。せめて、クリスマスの時に顔だけで良いから見たかった。
ドアが開くとマフラーは半分外れかかっているし、コートだってろくに着れていない奈央が息を切らして立っていた。
「ごめん。遅くなった」
「……お帰りなさい……」
待っていた気持ちや寂しかったことが込み上がってきたが、それ以上に帰ってきてくれたことが嬉しくて篤志はそのまま奈央に抱きついた。
サンタがプレゼントを持ってきてくれたような気分になる。
「風邪引くから。とりあえず、中入ろう」
「……あい……」
ずずっと垂れてきた鼻水を啜って、篤志はとことこと歩きだす。もう12時を過ぎてしまいクリスマスでは無くなってしまったが、こうして急いで帰ってきてくれたこともギリギリだが間に合ったことも嬉しくて声が出なくなりそうだった。
「し、仕事は……?」
「帰っていいって言われたから急いで帰ってきた。……あー、ごめん。プレゼントも何も買って無いや」
奈央は取れかかったマフラーを外しながら、目に入ったプレゼントを見てそう言った。ここ数日間は忙しくて、クリスマスどころじゃなかった。珍しく今月は締切を守った時点で、何を求めているのか分かっているがその期待に応えられなかったことが、少しだけ悔しい。
「そ、そんなのは気にしなくても……」
気にしなくても良いと言いかけて、篤志は奈央の腕に付いている腕時計が目に入った。入社したときに初給料で買ったと言う、大切な時計。離れ離れの時に1年間、篤志が預かっていた時計だ。
「今週は休み取れそうだから、そん時でも買いに行く? 遅くなっちゃうけど」
奈央が何か言っているが、篤志の耳には入ってこなかった。今、その腕に付いている腕時計が欲しいと心の底から思った。
「その時計ください」
「……え?」
篤志に腕を指さされ、奈央は自分の腕を見つめた。
「……これ?」
「それが良いです」
一瞬、こんなもので良いのかと思い首を傾げたが、真剣に欲しいと言っている表情を見て奈央は腕時計を外した。
「これ、大分年季入ってるけど」
「僕はそれが良いんです!」
「……じゃぁ、はい」
ポンと手渡され、篤志は顔を上げた。大事にしている腕時計と知っていたから、こんなに簡単に貰えるとは思っていなかった。
「ほんとに、良いんですか?」
「だって、それが良いんでしょう? 当分、腕時計なくて困るだろうけど。まぁ、いいや」
基本的に外に出回ることは少なく、編集室に籠りきりだから腕時計がなくても会社の時計がある。それに今週末が休みだから、その時に買いに行けば良いと思って奈央はそれ以上何も言わなかった。
クリスマスに寂しい思いをさせて申し訳ないと思っているし、時計で満足してくれるなら大事な時計でもすぐに手放せた。
「ああ、あ、僕、プレゼントに……」
奈央から貰った腕時計を大切そうに持ち、篤志はテーブルの上に置いた箱を奈央に手渡した。
「どうぞ」
「……ありがと。開けて良い?」
正方形の箱に包まれた紙を剥がして、奈央は「良いですよ」と言われる前に箱を開封した。
有名なブランドの名前が刻印された箱に、奈央は目を見張った。
「ろ、ロレックス……」
「いいの、思いつかなくて……。それで、いろんな人に相談して……。それにしました」
「……何か、俺の時計、申し訳ないなぁ……」
自分が持っていた時計よりも何倍もの値段がするだろうその時計を、マジマジと見つめて奈央は息を吐いた。
「ぼ、僕はこれが良いから、良いんです!!」
「……はいはい、ありがとうね」
奈央はちゅ、と篤志の唇に軽くキスをしてロレックスの刻印がされている箱を持って寝室へと向かった。
遠くで篤志が何か叫んでいたが、奈央は気にせずクスクスと笑いながらその時計を腕にはめてみた。
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担当編集者は恋人
ジングルベルを口ずさみながら、圭介は鍋に入ったシチューをお玉でかき混ぜていた。
今日だけは絶対に早く帰るから!!! 南田先輩に仕事押し付けてでも!! と気合の入ったメールを見て、圭介はやれやれとため息をつきながら鍋に火をかけた。
仕事を押し付けるつもりの南田にも大事な人が待っていると言うのに、瞬の自分勝手さに今日だけは感謝したかった。
それでもやはり、上手く押し付けられないのか瞬は中々帰ってこなかった。
刻々と時間は過ぎて行き、温めた鍋はまた冷えてしまい、気付けば24日の夜は終わっていた。
「……やっぱり、こんなもんだよね」
期待していただけに少しショックになり、圭介は寝室に向かって寝る準備をした。クリスマスだって25日がある。何も24日に会ってケーキやプレゼントを交換しなきゃいけないって言うわけでもない。
そう決めつけて、圭介は電気を消し布団の中に入った。
遠くでカチカチと何かが光っているのが目に入り、圭介は電気を付け直して光っている物を見つけた。
携帯に1件のメールが入っている。きっと瞬からだろうと思い、急いで携帯を開くと送信者は自分が一番尊敬している畑田からだった。
「……畑田先生からだ……。どうせ、南田さんが帰ってこないとかそんなメールかな」
互いに編集者を恋人としている畑田のことだから、寂しくなって自分にメールを送ってきたのだろうと思った。
やはり用件は<相田さん、帰ってきました?>と言うメールだった。
まだ帰ってきていないことをメールすると、普段だったらすぐに返事を返してくる畑田からのメールは20分経っても返ってこなかった。
「寝ちゃったんかな……。あ、もしかして、もう南田さんは帰ってきてたりして……」
そんなことを予測しながら、また布団に戻り圭介は目を閉じた。寝てしまえば、寂しい時間など過ごさずに済む。少しでも良いから、自分のこの寂しい気持ちを紛らわしたかった。
思った以上に圭介はすっと眠りに就けた。
圭介が寝てしまってから1時間後、タクシーの運転手に「捕まっても良いから早くして!!!!」と急かし、瞬は急いで家に帰った。
真っ暗になっている部屋を見て、すぐに寝室へと向かった。
圭介はすやすやと寝息を立てて、眠っていた。その目の端に、涙が乾いた後を発見して瞬は項垂れた。
仕事を南田に押し付けようとして「待ってるヤツが居るのはお前だけじゃねぇんだよ!」と怒られ、「いーじゃないっすか、先輩は!! もう何年もクリスマスは一緒に過ごしてるでしょ!? 俺たちは初めてのクリスマスなんです!!」と怒鳴り返したが、「あぁ? 俺だってなぁ、最初のクリスマスは25日の11時59分ギリギリにしか帰れなかったんだよ! 我慢しろ!!」と怒鳴り返され渋々仕事をする羽目になった。
それでも後輩には優しいので、1時を過ぎたぐらいで「帰って良いぞ」と言って仕事を全て奪って行った。
本当は「先輩も帰りたいんじゃないんっすか」と聞きたかったが、この場で聞いてしまえば仕事を戻されそうだったので、瞬は「じゃぁ、お先失礼しまーす!」と裏切って帰ってきた。
「……ごめんな、圭……」
瞬は圭介の髪の毛を撫でながら、呟いた。先輩を裏切って帰ってきたこともかなり良心の呵責に苦しんだが、それ以上に早く帰ると宣言しておいて帰れなかったことが申し訳なかった。
「ん……、しゅん……?」
くすぐったさに目を覚ました圭介は、目の前で怒られた犬みたいにしゅんとしている瞬を見てクスクスと笑ってしまった。
「け、けい……?」
本当のことを言うと早く帰ってくると思っていて帰ってこなかったから、責める気はないが悲しかった。けれど、その気持ちも瞬の顔を見たらパーっと晴れて行ってしまった。
「ご、ごめっ……」
謝ろうと手を前に出した時に、圭介に手を引かれ瞬は言葉を失った。圭介は瞬の手を引っ張って自分の体を起き上らせて、瞬に抱きつく。
「お帰り」
「……ただいま」
服越しに伝わる体温がとても心地よかった。眠っている間にサンタクロースがプレゼントを枕元に置いてくれたような気がして、圭介は悲しみよりも嬉しさが込み上がってきた。
「サンタクロースは居るのかもね」
「……え?」
「サンタさんが、瞬を連れて来てくれた」
にっこりと笑う圭介を見て、瞬も一緒になって笑った。そして、優しく微笑む圭介にゆっくりと自分の顔を近づけた。
サンタクロースは本当に実在するかもしれないと、圭介は瞬に抱きしめられながら思った。
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ワトソン君の受難
「よし、出かけるぞ」
いきなり立ち上がった龍司を見て、晃はぎょっとした。すでに夕飯は作りかけていて、刻まれた野菜がまな板の上に乗っかっていた。
「……はぁ? お前、ふざけんなよ」
出かける予定があるなら前もって言えと伝えてあるはずなのに、今日に限って龍司は今まで何も言わなかった。無駄に刻まれた野菜と自分の労力が可哀想になり、晃は龍司を睨みつける。
「はいはい、前もって言わなかった俺が悪いです。はい、だから、出かけんぞ」
「俺はいかない」
「……桜と旭が来るって言っても?」
ニヤリと笑う龍司の目にはどこかからかっているようなそんな目つきで、晃の苛立ちが増した。しかし、桜と旭が来ると言うなら出かけないわけにも行かずに晃は大人しく包丁をシンクに置いた。
「3分で用意しろよ」
「……は、無理ですけど」
龍司は腕時計で時間を確かめて「もう、下で桜と旭が待ってんぞ」と告げる。前もって桜と計画を立てていたクリスマスパーティは、晃には内緒にしておけと言われ龍司はその直前になるまで晃に言わなかった。
いや、本意を話していないから、まだ黙っている状態に近い。
サプライズをされる当本人は、今日がクリスマスだと言うことにも気付いていない。
「だったら桜と旭を家まで呼べばいいだろ? 家に来たことないって前にぼやかれたし」
「家に来たら、今後も居住む可能性が高いだろー。それはちょっと困るんだよな。俺の性欲的に。ああ、バレてもいいなら、構わないけど」
家の場所は教えてあるが、家の中までには入れたことがなかった。来て困るほど家の中が片づいていないわけじゃないが、事あるごとに桜と旭は事前に連絡することなくこの家にやってきそうだ。龍司はそれがイヤで、わざと家の中に入れなかった。
「……死ね。100回ぐらい死ね」
「無駄口叩いてる暇があったら、すぐに着替えろよ」
桜と旭は未だに晃と龍司が友達だと思っている。今の関係がバレれば、少なからず今まで通りには接しないだろう。だから、互いにこのことだけは黙っているつもりだった。
龍司に急かされ、晃はしぶしぶ着替えることにした。
「着替えろって言うけど、お前、どこ行くつもりなんだよ」
「そこそこ良いところ」
「うわぁ……」
龍司の言うそこそこ良い所と言うのは、凡人である晃たちにはとても良い所になる。ならばそれなりの格好をしなければいけないと思って、晃は自分のクローゼットから服を探った。
黒いロングコートに身を包んだ龍司が、どんな格好をしているのか晃には分からない。
適当に服を引っ張り出し、晃はマフラーにコートを羽織って龍司と共に家を出た。
「おっそおおおい!!! 何十分待たせんのよ!」
マンションのエントランスで晃と龍司の姿を発見した桜が、大声で怒鳴った。
「ごめんごめん。遅くなったの、晃のせいだから」
「ちょっと、お兄ちゃん!!」
すぐに晃のせいにした龍司に、晃は無言で睨みつけた。
「……さっき出かけるって聞いたんだから、しょうがないだろ。準備も何もしてないし」
「え、りゅーちゃん。今さっき言ったの?」
晃の言葉に桜は耳を疑った。当日まで黙っておけと言ったが、直前になるまで黙っておけとは言っていない。
「おー、そうそう。桜が黙っとけって言ったから、約束の時間になるまで黙ってた」
ニコニコと笑って答える龍司を見て、桜は大きく息を吐いた。黙っておけと言ったのは自分で、龍司がしたことは間違っていないから責めることもできなかった。
「だからって直前まで……」
「桜、コイツにはちゃんと時間を指定しないとギリギリまで言ってこないからな」
「ほら、直前が一番かなって思ったんだよ。って言うか、飯作ってる最中だったからって、俺に八つ当たりするなよー」
「怒ってる対象がお前だから、別に八つ当たりなんかじゃねぇよ!」
このままではエントランスで言い合いをしている二人に、旭が「もー、どうでも良いから早く行こうよー」と急かした。どうでも良いことではないが、弟にどうでも良いと言われ晃は少しだけショックだった。
旭は無意識に人の心を抉る。
「じゃ、俺の車に乗っていくか」
「うん!」
龍司がクルクルとキーを回して、駐車場へと向かった。晃は助手席に乗らされ、乗った瞬間に後ろに居た桜が目隠しをする。
「な!?」
「お兄ちゃん、ちょっと黙って乗ってて」
問答無用で視界を隠され、晃は何も言わずに車に乗っていた。隣でクスクスと言う笑い声が聞こえて、ムッとしてしまう。何となく龍司が考えていることが分かって、ちょっと頭に来た。
いつもより少し安全運転で、車は進んで行く。20分ほどしたところで、キッとブレーキがかかりドタンバタンと車の扉が閉まる音がした。
「……え……」
「桜と旭が降りた」
「は? お前は?」
目的地に着いたなら目隠しは外して良いと、目隠しに手をかけると龍司が「外すな」と晃に言う。
「なんでだよ」
「何でも。外したら桜がキレるぞ」
「……分かった」
妹と弟にベタアマの晃は桜や旭に怒られるのがイヤだった。昔から甘やかせて育てたせいか、桜はものすごいワガママに育ったし、旭は人と比べておっとりとしている。少なからず自分のせいもあると思うが、途中から介入してきた龍司も原因のうちの一つだった。
「お前、目隠しぐらいされ慣れてるだろ?」
「……はぁ?」
「俺に」
言われてみれば、普通目隠しなどされたらビビってしまうのが当たり前だが、晃はこの見えない状態をビビるわけもなく平然としている。むしろ、龍司と二人きりの時に目隠しされるほうがビビっているだろう。
「な、慣れるかよ……」
「まぁ、良いや。出るぞ」
「は!?」
ごそっと龍司が動く音がして晃はどうして良いか分からなくなる。バタンと反対側の扉が閉まったと思えば、自分の真横のドアが開いて腕を引っ張られた。
「ちょ、おいっ! 引っ張んなよ」
「慣れてるだろ。こんぐらい」
「慣れるか!!!!」
見えない状態だと分かっているはずなのに、龍司は晃の腕を引っ張って歩いて行く。途中、段差などがあり躓いて転びそうになった。
ふっと急に周りを包んでいた冷たい空気が無くなり、温かくなる。
「よし、靴脱いで上がれ」
「あぁ!?」
一言一言に驚いて大声を上げてしまう。見えない状態で靴を脱いだり段差を上がったりするのは困難で、もたついていると体を持ち上げられた。
「わっ」
「かっりー体」
靴を無理やり脱がされ、トンと静かにその場に着地させられた。足元は少しだけ冷たくて、晃はぶるっと身を震わせた。
「はいはい、こっちですよー」
子供を連れて行くみたいに声をかけられて、「うるせぇ」とつい反論してしまう。冷たいと思っていたら、今度はふわふわと絨毯の上を歩いているような感覚だ。
「お兄ちゃん、外して良いよ!」
桜の声が聞こえて、晃は目隠しを外した。その瞬間に、パンパンパンと間近でクラッカーを鳴らされびっくりする。
「うわぁぁ!!」
「「メリークリスマス!!」」
視界に現れたのは無駄にでかいクリスマスツリーと豪勢な食事。そして、月に1回は必ず来ている自分の実家だった。
「……え……、家?」
「そうだよ! 折角のクリスマスなんだから、みんなでパーティしたいねって1ヵ月前からりゅーちゃんと計画立ててたの! 場所を押さえるのも簡単だけど、家の方が良いかなって思って! かなり頑張ったんだから!!」
サンタクロースの格好をした桜がニコニコ笑いながら晃に説明をする。そう言えば、ここ数日、龍司が「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って3時間近く帰ってこなかったことを思い出した。
そして、今日が12月24日であることも思い出す。
「場所を押さえるの簡単って、俺に任そうとしてたじゃねーか」
「え、そう言うのはりゅーちゃんの仕事でしょ?」
当たり前のように桜に言われ、龍司は笑った。いつの間にか、金のかかることは全て自分が担当になっている。このクリスマスツリーも食事も衣装代も、全て龍司が負担をした。
「シャンパンもあるし、開けよー」
旭が掲げたシャンパンは、常人ならば近寄りがたい雰囲気を醸し出している「ドンペリニョン・レゼルヴ・ド・ラ・ヴェイ」
名前だけは知っていたが、それを目の前にして晃は少しだけ引いた。しかも、それを日本酒を掲げるように持っている旭にも少しだけ引いた。
旭も桜と同じようにサンタクロースの格好をしている。もしかして、と思い晃が視線を横に向けると、龍司は至って普通の格好をしていた。
「……あれ、なんか俺がサンタクロースの格好してなくてがっかりしちゃった?」
「なわけねぇだろ。お前のサンタクロース姿なんか、ぜってぇ見たくない」
「あはは。言うと思った」
「だってさー、りゅーちゃんが「サンタの格好するぐらいなら、ドラキュラの格好やってやんよ」とか言うんだよ!! クリスマスにドラキュラなんて似合わないでしょー! ハロウィンじゃあるまいし!」
「桜、バラすな」
龍司はケラケラと笑いながら旭の手からシャンパンを受け取り、ベリベリと封を破ってポンとコルクを引き抜いた。その瞬間に溢れてきた泡に桜と旭が大騒ぎをして、その騒ぎは夜中まで続きひどく煩いクリスマスパーティとなった。
「……あーあ、兄弟そろって同じ顔で寝てら。間抜け面」
ソファーの上で三人が似たような顔をしながら寝ているのを見て、龍司は笑った。グラスの中に残った酒を飲み干し、甘ったるいケーキを手で掴んで口の中に入れる。
「あっめぇ……」
口の中に甘いのが広がって、少しだけ気持ち悪くなり舌を出す。
こんなことをしなければ、クリスマスですら晃と祝えないことに龍司は嘲笑った。こうやって兄弟と楽しい時間を過ごさせることしか、プレゼントとして渡せない。
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バスターエンドラン
「きーぃよっしー、こぉーのよっるー!」
「……うるさい」
終業式が終わり二人で帰路についている時のことだった。いきなり隣で健が歌いだし、司はうるさそうに眉をひそめた。
「及川さんに質問です」
「なんだよ」
「今日は何の日?」
期待を込めた目でニコニコと笑っている健を見て、司は大きく息を吐いた。どうしても司にクリスマスと言わせたいらしく、司はふいっとその目を無視した。
「なぁーってばぁー」
「煩いな。クリスマスが何だって言うんだ。お前は就職が決まったから良いかもしれないけど」
こっちはまだ受験があるんだ。と言おうと思ったが、一瞬健が悲しそうな顔をしたので司はそれ以上言えなかった。ここ最近、受験勉強をしていて健とは遊べない日が多い。9月の中旬に就職を決めた健は、毎日を暇そうにしていて一人部活に顔を出したりもしていた。
その寂しさを分かっているから、それ以上は言っちゃいけないと思った。
「……ごめん。俺、一人で浮かれてた」
「いや……、今日ぐらいは息抜き……」
しようと思うと言う前に、健が「え!? 俺と遊んでくれるの!?」と大声を出した。さっきまで沈んでいたくせに急に元気になり、司は息を吐く。
調子に乗らさなければ良かったと、後悔した。
「あ、遊ぶなんて一言も言って無い」
「最近、ご無沙汰だもんなー。クリスマスぐらい、こう、あまーいひと時を……」
健は司の体をグイッと引っ張って、耳に息を吹きかけた。それだけで反応してしまった司は「ちょっと!!」と怒鳴って、健から離れた。周りに人が居ないと言っても、まだ日中の道路のど真ん中だ。誰に見られるか分かったもんじゃない。
「え、もう、俺の体飽きた?」
その言葉に司の心が少し痛む。
「……な、なんでそうなるんだよ。場所を考えろよ……」
ため息交じりに司がそう言うと、また健はしゅんとして項垂れた。悲しませたくてそんなことを言ったわけじゃないが、結果的に悲しませてしまい司も項垂れてしまった。
二人の間を静寂が包む。
トボトボと無言で歩いているうちに、司の家の前まで着いてしまった。いつもはここで別れを告げるのだが、互いに別れを告げるわけもなくジッと黙ったまま立っていた。
「……帰んないの?」
「え……?」
「受験勉強、するんでしょ」
少し不貞腐れ気味に言う健を見て、司はヒドイことを言ってしまったのではないかと後悔した。
「……いや、あの……」
「無理、しなくていいよ。司が大変なの知ってるし……。みんな予備校行ってるのに、司だけ行かないじゃん。だから、勉強も大変だと思うし」
この大事な時期に、自分のワガママで司を無理させるのは健としても心苦しかった。きっと司のことだから、今日遊んだ後にでも勉強するつもりなのだろう。そうすれば、自然と司の睡眠時間が減って苦しむことになる。
それはそれで、健としてもイヤだった。
「ほら、合格祝いと一緒にさ、クリスマスもバレンタインデーも全部合わせてやっちゃお。司の誕生日も、遅れるかもしれないけど……」
「あ、いや、健がやりたいって言うなら」
「だから、良いってば!!」
司は司のことだけを考えていてほしい健は、ぐっと拳を握って司の前から走りだそうとした。逃げてしまえば、司は追ってこない。そう思っていたが、逃げ出す前にコートの裾を引っ張られて逃げることができなかった。
「逃げんなよ!」
「……お、俺は司のことを思って!! 逃げたくて逃げるわけじゃないし!!」
「お前は何でそうやって勝手に考えて行動するんだ! 俺の気持ちも考えろ!!」
「遊んでくんないって言ったの、司じゃんよ!!」
勢い余って大声で言ってしまい、健はハッと口元を押さえた。司は唇をかみしめて、睨みつけるように健を見ていた。
折角のクリスマスで、久々に二人一緒に帰れたと言うのにこれでは台無しだ。
クリスマスってことを分かってほしくて、クリスマスの歌を健は歌った。クリスマスだって言うことを、司が気付いてくれるだけでよかった。
それなのに、それがケンカの原因になってしまって泣きそうになった。
「……俺がヤるって言えば、お前は満足なのかよ」
「え……」
「健が何をしたいのか分からない。遊ぶのかと思えば、ヤるようなことを言うし……。何だよ、結局お前のほうが俺の体目当てなんだろ……」
冗談半分で言った言葉が、司の心を傷つけていた。確かにここ最近、ヤっていないのは本当で、「息抜き」と言ってくれたときに少なからずそれを期待していたのもあった。だけど、それが本当の目的なんかじゃなくて、二人で過ごすことが一番の目的だった。
「ご、ごめ……。俺、そう言う意味で言ったわけじゃ……」
「もういい、知らない!!」
バシンと何かを投げつけられ、健は足もとに落ちた袋を見た。いかにもクリスマスと言った袋に、健は目を見張った。
「つ、司……!!」
家の中に入ろうとした司を引き止めて、健は司の体を抱きしめた。
「離せよっ……!」
「やだ」
「……お前なんか、キライだ」
「けど、俺は司のことスキ」
傷つけてしまったことは心が痛むけれど、その傷も司となら治せる。健はそう信じた。
「お、俺だって、俺なりに……、クリスマスはっ……」
「うん。俺もすげー楽しみだった」
「……健を悲しませたくなかったのに……、俺が素直になれないから傷つけた。……ごめん」
「俺も、ごめんね?」
泣きそうな顔をしている司の髪の毛を撫でて、健はちゅっと噛みしめている唇に唇を合わせた。
「……場所、考えろ。バカっ!」
「俺んち、今は誰もいないからさ。うちに来る?」
こくんと頷いた司を見て、健はにっこりと笑った。
そして二人は、健が言った通り甘いひと時を過ごすことになった。
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猟奇的な恋人
暗くなった空を見つめて、純は近くにあった雑誌を蹴った。
大学の仲間で忘年会をすると言った恒平が、中々帰ってこない。なぜ、24日に忘年会なんかを入れたのか純には理解できなかった。
最初に忘年会があると言ったとき、恒平はものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。来年予備校に通って、再来年大学生になると言う自覚もあってか「行って来いよ」と純は笑顔で答えた。
その時、恒平は少し悲しそうな顔をした。
仲間内の付き合いもしょうがないと思って純は「行って来いよ」と言ったが、まさかそんな悲しそうな顔をされると思っていなくてちょっとだけ気がかりになっていた。
普段、食事をしているダイニングテーブルの上には、恒平のために買ったプレゼントが乗っている。いつも寒そうに出て行く恒平を見て、純はマフラーを買った。
早く手渡したいと思いながらも、恒平は帰ってこない。刻々と過ぎて行く時計を見つめては、純は何か蹴るか、ため息しか出てこなかった。
本当のことを言えば、行ってほしくなかった。クリスマスがどういう日か分かっているなら、出て行ってほしくなかった。
自分のために料理を作って、一緒にクリスマスを祝いたかった。
けれど、こう言うときに限ってお得意のワガママが発動しなかった。
「おっせーんだよ、バカ。死ね、クソ……」
出てくる言葉は恒平に対する暴言のみで、寂しいと思えば泣きそうになったので二人で開ける予定だったシャンパンを勝手に開けて、純はそれを飲みほした。
ぐるぐると頭が回って、視界が揺らぐ。一人酒ほど虚しいものはなくて、もっと泣きそうになった。
時計の針が丁度真上を差した時、ガチャと家のドアが開く音がした。純はソファーに寝転がったまま、玄関を仰ぎ見る。
「……純?」
少し酒臭い恒平が、純を上から見下ろす。
「おっせーんだよ、このバカ」
「あ……、ごめん。遅くなるなら連絡入れれば良かったね」
「そーいう問題じゃねーんだよ!」
今までの鬱憤を晴らすように純は怒鳴った。
「え、待って。純、ちょっと怒ってる?」
「おこってねーよ!!」
「……ああ、遅くなったもんね。ごめんね」
少し酔っ払っている純の隣に座って、恒平はポケットの中から小さい箱を取り出した。純の目の前でビリビリと包装紙を破って、小さい箱を開けた。
「別に、包装は要らないって言ったんだけどな。俺が開ける予定だったから」
「……は?」
純は寝転がったまま、恒平を見上げた。小さい箱の中に、何が入っているのか純からは見えない。
「ちょっと外すよ」
耳に大量に付いているピアスを両耳一つずつ外して、恒平は箱の中からピアスを取り出して純に付けた。
「あんまり飾りっ気無い方が良いと思って買ってきたんだけど……。他のと似ちゃったな」
恒平は純の耳を見て、クスクスと笑った。
「なな、何したんだよ」
「ん、プレゼント付けたの。身につけるものを相手に渡すって、独占欲の表れなんだってね。今日、忘年会でその話しててドキッとしちゃった」
笑っている恒平を見て、純は拗ねている自分が恥ずかしくなってきた。忘年会に行って良いと言ったのは自分なのに、帰ってくるのが遅くなったからと言って一人でやけ酒をして拗ねていた。
耳に付いているプレゼントが見たくなって、洗面所へ走る。
シルバーのリングが、両耳に輝いていた。
「どお、気に入った?」
「……センスねぇな」
「あはは。言われると思った」
鏡に映る純の顔は少し赤くなっていて、目を合わそうとしないのを見ると照れているのが良く分かる。後ろから抱き締めると、純が「……離せよ」と小さい声で呟いた。
「遅くなったけど、メリークリスマス」
「……メリクリ」
未だ自分の顔を見ようとしない純の体を回転させて、恒平は抱きあげた。小さい体をした天使のような顔だが、中身は凶暴。そんな純が、愛しくてたまらない。
「今から、クリスマスパーティでもしよっか。お酒、買ってあるし」
「……まだ飲むのかよ、お前」
「うん。純のことが気になって、全然お酒なんか飲めなかった」
仄かに酒臭い恒平の匂いを嗅いで「ウソだろ」と呟いたが、上機嫌の恒平には聞えていなかった。
忘れかけていたプレゼントを渡すと、恒平は満面の笑みで純に「ありがとう」と言ったのだった。
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