それぞれのクリスマス 後編


旋律

「……へぇ、そうなんだ」
 見るからに不機嫌そうな遥の顔を見て、光は顔を引きつらせた。
「いや、あのですね。違うんですよ」
「何が違うのか、全然分からないんだけど。ちゃんと説明してくれる? 生まれてこの方、ピアノしかしてこなかった僕に」
「……俺だって似たようなもんですよぉ……」
 何故、遥がこんなにも怒っているのかと言うと、原因はクリスマスイブに光が出かけることにあった。
 学校がやっている慈善活動の一つに、生徒が児童養護施設へ行ってクリスマス会を開く活動があるのだが、今回ピアノ科では光が抜擢された。
 わざわざクリスマスイブにピアノを弾いてこいと言われたため、それを遥に説明したら機嫌が悪くなった。
「あ、でも、俺、9時までには帰れるみたいなんでっ……」
「別に、早く帰って来いなんて一言も言ってないけど。それに、学校の行事なら仕方ないんじゃないー? ま、僕は無理矢理空けさせたけど」
 そう言って遥は目の前にあったカップを手に取り、ゴクッとコーヒーを飲み干した。
 12月24日の早朝のことだった。
 家を出て行く最後まで光は「早く帰ってくるんで」と涙目になりながら、無表情の遥に言い続けていた。
 パタンとドアが閉まって、遥はリビングに戻る。子供みたいな嫉妬にため息を吐いて、ムカつくぐらいに晴れている空を見上げた。
 今日は、午前中のレッスンで帰ってくるものだと思い込んでいた。光のことだから「早く帰って、ちょっと豪華な食事にしませんか?」とてっきり言うのかと思えば、朝っぱらから「すみません。今日は夜じゃないと帰れません」と言われ少なからずショックを受けた。
「ま、勝手に思い込んだ僕が悪いんだけどね」
 そう分かっていても、上手く自分の気持ちを誤魔化すことができずに、最終的には光を困らせてしまった。
 自分の勝手さに少しだけため息が出る。それでも、今日と言う日がどれだけ大事な日か分かっている光のことだから、今日は絶対早く帰ってくると期待していた。
 それが、夜の10時になっても光は帰ってこなかった。
「……さすがに怒る。ちょっと怒る」
 光は9時に帰れると言っていた。多少、遅れたとしても30分ぐらいだろう。家から施設まではそう遠くないと言っていたし、すぐに帰ると言った光が帰ってこない理由が分からなかった。
 テーブルの上に乗っけたプレゼントを、ボンと床に落とす。割れ物ではないから乱暴な扱いをしても壊れはしないだろう。もしかしたら、よれるかもしれないが。
 ずっと欲しがっていた楽譜を、プレゼントしようと思って買ってきた。中々手に入らない物だったから、柳に無理矢理言って探させた。
 それもなんだか無意味に感じてきて、鬱憤を晴らすかのようにピアノを弾き始めた。
 まずは発散曲に成り代わったショパンのエチュード第12番を弾く。流れるような旋律に自分の気持ちも一緒に流れるかと思ったら、思った以上にストレスが発散されなかった。
「……も、この曲じゃぁ、ストレスの発散は出来ないかな……」
 ポソッと呟いてから、思うが侭に鍵盤を叩いてみた。
 自分が弾いた曲はクリスマスソングだった。
「あぁ、やっぱり……」
 自分の心のどこかで楽しみにしていたから、ムカつくし、ショックを受ける。そう分かっていなかった遥は、分かった時点で急に寂しくなった。
 光はまだ、帰ってこない。
 ポンと指で鍵盤を叩いたとき、バターンと勢い良くドアが開いた。
「遅くなってすみませんっ!!!」
 片手には箱を持ち、もう片方の手にはカバンを持った光らしき人物が息を切らしてリビングに入ってくる。
 赤い帽子をかぶって、口元には白い髭をつけた、完璧なサンタクロース。
 さっきまで怒っていたことも忘れて、遥はクスクスと笑った。
「……え」
「おかえり、サンタさん」
 ふざけるように言うと、光はやっと自分の格好を思い出したようで、ビッと髭を剥いだ。
「いや、あの、これはっ……」
 光はあたふたしたまんま、自分の格好の説明を始めた。本当はピアノを弾くだけのはずだったのに、なぜかサンタの格好までやらされ、プレゼントがどっさり入った袋を担がされ、挙句の果てには子供の面倒までみさせられたらしい。
 9時を過ぎていることに大騒ぎをしてダッシュで帰ろうとしたはいいが、クリスマスケーキが目に入りそれを購入しようと列に並んだが光の前で売り切れ。こうなったら買いに行くしかないと思って、町の中を疾走していたと言う。
 そのサンタの格好で。
「ってことで、遅くなっちゃったんですよぉ……」
 本当だったらこの場で凄く怒っていたかもしれないが、遥は嬉しくなってしまい笑ってしまった。もっとふて腐れたりして慌てさせたいが、嬉しい気持ちのほうが上回ってしまった。
「良いよ、もう」
「え?」
「気持ちだけで十分」
 遥はそう言って光にクリスマスプレゼントを渡した。

 本来だったら渡すはずのサンタクロースが、プレゼントをもらい舞い上がっていた。



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My Dear House

 クリスマスがこんなにも忙しいのかと、誠は目まぐるしく動いている中、ふとそう思った。
 店は既に予約で満員。イブだった昨日は昨日で、夜遅くまでレストランに残る破目になった。今日こそは「早く帰るからな!」と宣言したが、どうやら今日もそれは叶いそうになかった。
 次々となだれ込んでくる食器たち。綺麗に食べきったものもあれば、残されたものもある。ある程度の汚れを払ってからそれらを全て食器洗浄機にぶち込んで、スイッチを押す。わしゃわしゃと洗浄している間に、サラダの盛り付けなどをし、ピーと洗浄終了の合図が鳴れば食器を片付け、また食器を洗う。
 片づけを全て終わったのが、12時が過ぎ、1時ぐらいになったときだった。
「おい、沢見」
「はい」
 料理長から声をかけられ、誠は振り向く。早く帰りたいという気持ちを前面に出して、料理長を見た。
「コレ、持って帰れ。余ったから」
 渡されたのはケーキの入った箱で、誠は「……良いんですか?」と料理長に尋ねた。余ったと言っても、この店のケーキは評判が良く、明日売り出しても売れるぐらいだった。
「良いって言ってんだろ。そんでもって早く帰れ。待ってる人がいるんだろ?」
 料理長が望むの存在を知っているわけはないが、離さず持っているリングの存在や、終わったらすぐに帰る誠の行動を見て恋人が居るのは知っていたんだろう。
「は、はい。じゃぁ、お先失礼します」
 ろくに着替えずに誠は走って家に帰った。きっと、いや、絶対に待っている気がして胸がズキズキとする。寂しいなんて一言も言わない望のことだから、今頃「あーあ」と言いながら待ってるはずだ。
 ガチャとドアを開けると、家の中は真っ暗だった。
「……あ、あれ」
 待っていると言う確信があっただけに、呆気に取られた。静まり返った家の中の電気を一つ一つ付けて行くが、望の姿はどこにもない。リビングですら、綺麗に片づけられている状態だった。
「ま、待てよ……。もしかして……」
 イヤな予感がした。自分が思っている以上に怒っていて、不貞腐れて寝ているのかと思って誠は寝室の扉を開けた。
 案の定、望はすやすやとベッドのど真ん中で寝ていた。
「望さーん……?」
 恐る恐る声をかけてみると、眠りの浅い望がふっと眼を開けた。睨みつけるわけでもなく、望は普通に「おかえりなさい」と誠に言った。
「……ご飯どうします……? 食べてきちゃいました……?」
 寝ぼけながら聞く声にも、怒りなんて全然含まれていない。いつも通りの望だった。
「え、あ……、食べてきてないけど……」
「ですよね……。ああ、んーっ……」
 眠たい目を擦って望は起き上った。グーっと伸びをしてから、ぽかんと口を開けている誠に「どうしたんですか?」と眉間に皺を寄せた。
「あの……、怒ってないの?」
 機嫌を伺うように誠は望に尋ねた。
「何がです」
「ほら、遅くなっちゃったから」
 そこで望も誠が何を言いたいのか分かり、「あぁー」と言ってポンと手を叩いた。
「誠さんが欲しがってた、あの調理器具一式、買っておいたんで」
「え!」
「プレゼントです。キッチンに置いてあるんで」
「やったー! じゃ、無くて!」
「え、違ったんですか?」
 一人で盛大なノリ突っ込みをすると、望が勘違いしまた眉間に皺を寄せる。
「違う違う。あれは、マジで欲しかったから嬉しいんだけど。……そうじゃなくてさ、ほら、帰ってくるのが遅くなったから、怒ってないかなーって思って……」
 申し訳なさそうに言うと望は「怒ってますよ」とあっけらかんと答えた。その一言だけ、妙に気迫が迫っていて誠はたじたじとなる。
「けど、怒ったってしょうがないでしょ。クリスマスぐらいで怒るような、小さい人間じゃないので。ま、他の女とか男とかと遊んでたって言うなら別ですけど」
「それは無い! 誓って無い!!」
「恰好を見れば、分かりますよ」
 慌てて身の潔白をする誠を見て、望はクスクスと笑った。仕事場からすぐ帰ってきたから、まだ仕事着のままだった。それを見たら、誰かと遊んでいるなんて思わない。
「この時期、あのレストランが忙しいのは知ってました。あの店、美味くて有名ですからね。しょうがないですよ」
「……うん」
「それに、クリスマスだからってその日にやんなくたって良いじゃないですか。ね、別に今からでも良いですし」
「……ほんとに?」
「何を疑ってるんですか。この年になって、クリスマスにやんなきゃヤダとか言う子供じゃないんですから。ま、後でたんまり頑張って頂きますけど」
 ニヤリと笑った望を見て、誠は「えっ!!」と大声を出した。
「僕を一人で待たせたんですから、あんなことやそんなことやこんなことまでしてもらいますからね。覚悟してくださいよ」
 にっこりと笑って脅すように言う望を見て、誠は思っていた以上に怒らせてしまったのだと確信した。それも、来年、再来年とレストランで働く以上、続くことだろう。

 けれど、一人待っている望も、この家に誠が帰ってくると分かっているから、寂しいクリスマスでも待てるのだ。



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しろくろ
※本編では別れエンドになってますが、クリスマスに二人が過ごしたら。と言う、仮想でお願いします。

「べ、別に来なくて良いっ!!」
 勢いでそう怒鳴り、仁は携帯の通話を一方的に切った。勝手に切ったと言うのに、それからかかってくることはなかった。
 些細なことで怒ったことも分かっている。仕事が忙しくて、もしかしたら24日と25日は行けないかもしれないけど、なるべく頑張っていくからと言う蓮に、仁は「来なくていい」と言って電話を切った。
 本当は来てほしかったが、来てほしいなんて口が裂けても言えず、大声で怒鳴ってしまった。
 切る前に「可愛げが無い」と呟いたのは、ばっちり聞えていた。
「……男に可愛げなんかあるもんか」
 極道の世界で生きてきて、男どもに囲まれて、可愛げのある女の子の存在なんとは全く関わらないところで育ってしまったため、恋人のために可愛げのあることなんてできない。
 クリスマスが大事な日と言うのは分かっていても、そのことで素直になんかなれなかった。
 毎年、なぜか知らないが組の中ではぐれた者だけクリスマスパーティを開くと言う。それに参加してやろうと思って、仁は家に高砂を呼びだした。
「……クリスマスパーティに参加する……? 何言っちゃってるんですか?」
 意外そうな顔をして言う高砂に、仁は「行くったら行くんだよ!!」と怒鳴って、無理やり運転をさせた。自宅から車で20分ほどの距離にある実家の離れでは、すでにクリスマスの装飾がされていて無駄に豪華だった。
「若!!」
「どうしたんですか!?」
 来ると思っていなかった仁の登場に、舎弟たちがびっくりする。今まで一度も顔を出したことがないクリスマスパーティだ。どんなことをしているのか、少しだけ興味があった。
「俺も参加する」
「え」
「なんか文句あんのかぁ!?」
 不満を漏らした舎弟に八つ当たりをするように怒鳴ると、「いえ! なんでもないです!」と敬礼された。大勢で騒ぐことで、蓮のことを考えたくなかった。
 家で一人寂しくしていれば、絶対に考えてしまう。なら、無礼講と称してこのむさくるしいクリスマスパーティに参加した方が、何倍もマシだった。
 無礼講と言っても日々権力の象徴である仁が傍にいて、緊張しているのか舎弟たちに覇気は無かった。自分が来てしまえばこういうことになると分かっていたから、仁は今まで顔を出したことがなかった。
「……じゃぁ、俺、そろそろ帰るわ」
「オッカレシター!!」
 帰ると言って仁が立ちあがると、さっきまで酌をしていた舎弟たちが立ちあがって車に乗り込むまで仁を見送った。これから、本当のクリスマスパーティが始まるんだろう。やっぱり、自分は中に入っちゃいけないな。と思いながら、仁は流れて行く景色を見つめた。
 流れて行くネオンが気持ちをもやもやとさせる。一方的に電話を切ってからかかってきても居ない。呆れられたのかと、脳裏に過ぎった。可愛げが無いから、飽き飽きしたんだろう。切る前はそんな感じだった。
 一人で居るのは寂しいが、これ以上高砂を引き止めておくのもかわいそうになったので、仁は大人しく家に帰った。
「……どこのどいつが、クリスマスは恋人と一緒に居なきゃいけないって言い出したんだ。見つけたら、殺してやる……」
 ぶつくさとクリスマス自体に文句をつけ、家の前に立った。はぁと大きくため息を吐いて家の鍵を開ける。これから一人で過ごすのは、やっぱり寂しい。電話をかけて謝るべきかと、妥協しながら仁は家のドアをあけた。
 家の電気が煌々と付いている。出て行ったときは昼過ぎだったから、家の電気を消し忘れたと言うことは無いと思う。ふと足元を見ると、自分の靴とは違うもう一つの大きい靴。
「……蓮……?」
 仁は靴を脱いでリビングに走った。リビングには仁が大好きなポンヌ堂のミルフィーユとそれを食べている蓮が居た。
「おかえり。遅かったね」
 蓮は少しだけ怒っているような顔をして仁を見る。遅かったということは、結構な時間待ってくれていたんだろう。嬉しくなって仁は言葉が出てこなかった。
「……どこ、行ってたの?」
「実家……」
「そっか。実家か」
 立ち尽くしている仁の腕を引っ張って、蓮は自分の膝の上に仁を乗せた。
「うわっ……」
「ほら、食えよ」
 すっとクリームの乗ったフォークを突き出され、仁は咄嗟に口を開けた。大好きなポンヌ堂のミルフィーユを食べれたことも嬉しいし、こうして蓮が食べさせてくれることも嬉しかった。
 自然と笑ってしまい、「何、笑ってんだよ」と言いながら口に付いたクリームをぺロリと舐められた。
「んっ……」
 そこから口の中に舌が入ってきて、クリームが口の中に広がる。
「……残さず食えよ」
 少し唇を離して蓮はそういうと、また仁にキスをした。残すなよ。と言われて、蓮の舌に付いたクリームを取ろうと仁は舌を伸ばす。
 舌の絡む水音に仁は体を震わせた。
「ちょっ……」
「……こんだけで良いの?」
 口の端に垂れた涎を蓮は親指で拭って仁に尋ねた。これだけで満足するほど、仁が無欲ではないことを蓮は知っていて聞いている。今日、素直に「家に来て」と言わなかった罰だ。
「……んな……」
「言わなかったら帰るよ。仕事、残ってるし」
 蓮は仁を膝の上から下ろして立ちあがった。くりくりとした目が蓮を見て、歪む。
「な、なんでそんな意地悪言うんだよ!!」
「何となく?」
「……蓮のバカっ!!」
 今にも泣き出しそうな仁を見て、蓮はクスクスと笑った。性格の悪さがにじみ出ていて、仁は涙目で睨みつけた。
「そんな目で睨んだって、誘ってるようにしか思えねぇよ」
 蓮は仁を立たせて寝室へと連れて行った。

 それから二人は、ケーキなんかよりももっと甘い時間を過ごした……。



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ニュートラルゾーン

 パァンと部屋の中にクラッカーの音が木霊する。遼はテーブルの前で正座をしながら、クラッカーを鳴らした。
 色取り取りの紙が宙に舞って、静かに床に落ちる。それを眺めながら、一人「……あう」と呟いた。
「クリスマスなんて……、クリスマスなんてええええええええええ!!!!!!」
 一人、大声で叫んでソファーに突っ伏した。虚しい、寂しい、悔しい、泣きたい気持ちが混ざって、居た堪れなくなった。頑張って仕事を早く終わらせたのに、若菜はこの場に居ない。
 それは数日前に遡る。
「……俺、クリスチャンじゃないから、クリスマスなんて興味がねぇ。たかがキリストの誕生日じゃねぇか。ギャーギャー騒ぎやがって、鬱陶しい」
 クリスマスの特番を見つめながら、若菜が吐き捨てる。その声に「え!?」と大げさに遼が反応すると、若菜はクスクスと笑った。
「え、お前、なんか期待してたの? 残念だったなー。俺はこういうこと大嫌いだから」
 まだクリスマスまでは数日あると言うのに、若菜はバカにしたように笑って唇をかみしめている遼を見た。遼が何を考えていて、どうしたかったのかは若菜はちゃんと分かっている。二人でクリスマスを祝いたくて、既に準備をしているのは知っていた。
「せ、せめて……」
「鶏肉食ったり、ケーキ食ったりなんかぜってーしねぇからな。あ、ちなみに、クリスマスはイブも含めて用事があるから」
 遼が言う前に若菜がそう言って会話を終了させた。クリスマスに若菜が何処に行ってるかなんて想像もつかない。イブの昨日も含め、今日も定刻きっかりに仕事を終わらせて笑顔で退社した。
 昨日は夜遅くになるまで帰ってこなかった。今日も、そろそろ12時を過ぎようとしていた。
 一緒に住み始めてから、遼がイベント事大好きなのを若菜は知った。ハロウィンの時は、若菜よりも先に帰り「トリックオアトリート!」と言ってわざわざ出迎えてくれた。普通は若菜が帰ってからピンポン押して出てきたところに「トリックオアトリート」と聞くはずなのに、若菜より早く帰って出迎えてしまっている。いろんな意味で台無しだ。その時丁度、女性社員からお菓子を貰っていた若菜は「ほらよ」と言って遼にお菓子を渡すと、少しがっかりした顔をした。
 その後に若菜が「俺には? お菓子くんねーの?」と反撃したところ、仮装の用意はしていたがお菓子の用意まではしてなかったようで、その後ジャックオーランタンの仮面を被ったまんま、散々悪戯をされた。
 今回のクリスマスだって、若菜にバレないように2週間前から準備していたのを若菜はちゃんと知っていた。知っていた上で、わざと予定を入れたのだった。
「……若菜さんって前から思ってましたけど、本当にドSですよね」
 目の前に居るニュートラルのバーテンダー、青蘭が若菜にそう言った。なぜ、クリスマスにこんなところにいるのかと尋ねられ、事の経緯を説明すると青蘭は苦笑いで「可哀想に」と最初に同情した。
「そんなの、今さらでしょ。青蘭君は、仕事してる最中から知ってたと思うけど」
 オカマモード全開笑顔で若菜が言うと、青蘭は「……もうここで働いてないんですし、どうぞ、素で喋ってください」と笑顔で言った。ニュートラル内で、男言葉を遣ったことはないが猫を被っているのはバレていたようだ。
「ほんと、青蘭君には負けるな」
 声のトーンを落として言うと、青蘭は「人間観察が趣味なんで」と笑った。若菜が思っている以上に、この青年は謎に包まれているし他人のことを良く見ている。侮れないなと思った。
「それに疲れるでしょう? わざわざここまで来てもらって、気を遣ってほしくないんですよ。若菜さんには」
「あんま、ここに来て気は遣ってないんだけどな。確かにあの喋り方は疲れる」
 そう言い切って若菜はカクテルを口に含む。ポケットの中から携帯を取り出して、ある画面を起動させる。
「今の若菜さんが、一番若菜さんらしいですよ」
 青蘭はコップを拭きながら若菜を見た。携帯の画面を見ながら、ニヤニヤと笑っていて少しだけ変人に見えた。完全に話を聞いてないのも分かってしまい苦笑いをする。
「……面白いメールでも来たんですか?」
「いや……。青蘭君も見るか?」
 若菜が青蘭に携帯を差しだした。何を見て笑っているのか気になった青蘭は若菜から携帯を受け取って、画面を覗いた。そこには、一人でクラッカーを放っているサンタ帽を被った遼の姿が写っていた。
「……若菜さん」
「何?」
「……これって……」
「隠しカメラ仕掛けちゃったー」
 にっこりと笑顔で声のトーンを上げた若菜の顔は、満足そうで青蘭はため息しか出てこなかった。本当に鬼畜でやっていることが酷過ぎる。けど、これはこれで楽しそうなので青蘭はあえて注意はしない。いくら相手が可哀想だからって楽しそうなのを止めてやるほど、青蘭はお人よしではなかった。
「楽しそうですね」
「すっげぇ楽しい。そのクラッカー、もう7個目だから。一人で放っては叫んでソファーに突っ伏して、片づけて、またクラッカー放っての無限ループ」
 どうやら数時間前からその様子を眺めていたようで、若菜はテーブルを叩いてゲラゲラと笑っていた。見た目はとても清楚な女性に見えるのに、やっていることはドSの鬼畜だ。
「そろそろ帰ってくださいよ」
 青蘭は息を吐いて若菜を見る。
「え、追いだすの?」
「ちょっとだけ可哀想になりました。伏見さんが」
 あのクラッカーを7回も鳴らしていると知って、青蘭は本当に同情してしまった。
 青蘭に携帯を渡され、若菜は小さく息を吐いた。青蘭の目は真剣だったから、そろそろ帰らないと本当に追い出されるだろう。まだ全てを知っているわけじゃないから、怒らせるのは得策ではない。
「……ま、そろそろ帰ってやるかな」
「ちゃんとそのかばんに入っているプレゼント、渡してあげてくださいね」
「ほんと、青蘭君にはウソつけないな」
 まさか、プレゼントが入ってることまでバレていると思わなかった若菜は、照れくさそうに笑った。青蘭は「来たときにちょっと見えちゃいました」と舌を出して笑う。
「ねぇ、若菜さん」
「何?」
「……彼の何処が良かったんですか?」
 真剣な眼差しを向ける青蘭に、若菜はふっと笑った。自信ありげなその表情は、ニュートラルで接客をしているときから良く目にしていた。けれど、今はもっと自信に満ち溢れている。
「バカなところ」
 一言で遼の良いところを言うと、青蘭が目を見張った。
「え、若菜さん。バカな男は嫌いって言いませんでした?」
「だったんだけどな。ああいうバカは見ていて楽しいから、嫌いじゃない」
 若菜はカバンを掴んで椅子から降りる。
「俺、結構、バカな奴が好きみたいなんだ。意外だろ?」
「……そうですね。若菜さんには利口な犬が似合うと思っていたんですけどね。お似合いですよ、お二人は」
 お世辞でもなく本心を言うと、若菜は楽しそうに笑う。
「あはは。アイツはああ見えて、すげぇ利口な犬だよ」
 バカだとかアシカだとかイロイロと言っているが、頭の良さはかけら程度残っているし、若菜のためにならなんでもする利口さはしっかりと持ち合わせている。今日だって、一人寂しく若菜の帰りを待っている遼が可愛くて仕方がない。
「じゃ、帰るわ」
「またお越しください」
 営業スマイルを向けた青蘭に、若菜は一笑し顔から笑みを消す。
「……青蘭君はどんなヤツとクリスマス過ごしたいの?」
 自分の腹のうちをさらけ出して、人の腹を覗けないのはSとして不愉快だった。最後に仕掛けるように言うと、青蘭はにっこりと笑って「自分の目的のためなら、体だろうが何だろうが差し出しちゃう人ですかね」と答えた。
「それは青蘭君の好きなヤツ?」
「……えぇ、もうずっと片思い中です。何十年もね」
 遠くを見る青蘭の表情は見たことが無いぐらい大人びていた。切ないような引き締めた表情に若菜は満足して「じゃぁ、今度はアイツも連れて来るよ」と言って青蘭に背を向けた。
「またお待ちしてます」
 いつもの声音に戻った青蘭を1回だけ見て、にっこりと微笑むと青蘭も合わすように微笑んだ。ほんの少しだけ本性が見れて、若菜は青蘭に見えないようにくすっと小さく笑った。
 タクシーで家に帰りこっそりと鍵を開けて家の中に進入する。パーンパーンと何発ものクラッカー音が聞こえて、若菜は必死に笑いを堪えた。
「メリークリスマース! ロンリーナーイ!! ……ちっ、何がホリーナイトだよ。死ね。世の中からカップル消えろ。マヤカレンダーの前に、世界を破滅させてやる……」
 遼の独り言に若菜は小さく噴出してしまった。しかし、酔っ払っていて気づかないのか、遼はまた片手に持ったクラッカーをパーンと天井に放った。
「サンタクロースがマジでいるなら、若菜先輩連れてきてくんないかなー……。寂しくて死ぬ……。俺、そろそろ死んじゃう……」
 ボソッと呟いた声は本当に寂しそうで、少しだけ悪いことをしたかなと言う気になった。そっと静かに背後へ回って、思いっきりパンとクラッカーを鳴らしてみた。
「うわあああああっ!!! わ、若菜先輩いぃぃいい!?」
「ほらよ」
 驚いている遼に若菜はカバンからプレゼントを取り出して、投げる。いつも寒い寒いといいながら出勤している遼に、手袋を用意していた。
「……え……。でも、若菜先輩クリスチャンじゃないから、何もしないって……」
「あー、うん。あれ、ああ言ったらどんな反応するかなーって思って。想像通りで何より」
「俺を試してたんですかああああ!?」
 泣きそうになりながら見上げている遼を見て、若菜はくすっと笑った。やっぱり、このバカっぽさが楽しくて仕方ない。この日のためにわざわざ隠しカメラも用意して、一人楽しく観察したかいもある。
「一人でクラッカー鳴らして、叫んで、突っ伏して、片付けてって大変だったな。お前」
「えええええ!! なな、なんで、知って……。うわあああああ、死にたいいいいいいい」
 一人でクラッカーを鳴らしているのを見られたことが恥ずかしくて堪らない。それから叫んで、ソファーに突っ伏して、片付けてたのもバレている。その全てが恥ずかしくて、その場で死にたくなった。
「しっかり動画に収めたから。後でゆっくり見ような」
 飛び切りの笑顔を遼に向けると、遼は「うああああん」と言って泣き出しそうになっていた。それでも遼は若菜のことを怒らないし、責めたりなんかも絶対にしない。
 それは若菜がこういう性格だと分かっているからだと、自負している。
「き、昨日と今日、どこ行ってたんですか?」
 泣くのをやめて遼が不安げに若菜に尋ねた。前に「どっか行くならちゃんと言ってください」といわれていたにも関わらず、若菜は聞かれなかったから言わなかったと言う身勝手な理由で、遼にニュートラルへ行っていたことは言っていなかった。
「ん、ニュートラル」
「え……。何で……」
「クリスマスイブ、暇なら遊びに来てーって言われてたからな。久々に」
「えぇー……。俺も青蘭君のカクテル、飲みたかったぁ」
 イブだけ来いと言われてただけなのに、何故クリスマスまで若菜が行ったのか遼は聞かなかった。ニュートラルに行ったという事実だけが頭に残り、そのほかのことはすっかり抜け落ちてしまっていた。
 こういう単純さも、若菜にとっては魅力的だった。
「来てくれって言ってたぞ」
「……今度、行くときはつれてってくださいよ……」
「分かったって」
 しゅんとしている遼の髪の毛を撫でて、若菜は遼の唇にキスを落とした。
「あ、俺、クリスマスプレゼント用意してない……。やんないって言ってたから……」
「楽しいもん見させてもらったから、それで十分」
 にっこりと笑うと「ああああ、アレは忘れてください!!」と遼は叫んだ。

 クリスマスだからこそ、大切な人には飛びっきりヒドイことをしてやりたい。



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弾丸ライナー

 ぼんやりと夕日が差し込む図書館で、福沢は教科書と睨めっこをしていた。さっきまでゲーム機をいじくっていた向井は、いつの間にか机に突っ伏して寝ていた。
「……寝てるし」
 図書館になんか来たって絶対に寝てしまうだろうなと言う確信があっただけに、福沢は息を吐くだけで起こそうとはしなかった。
 受験勉強をしないといけないのは向井も一緒なのに、向井はあまり勉強をしなかった。
 この前、気まずそうに打ち明けられた言葉が福沢の心の中を占めていた。4年間、海外の大学に進学する手配を勝手にされてしまった向井は、仕方なくアメリカへの留学を決めた。
 今年の7月にようやく二人の気持ちが通じたのに、早すぎる別れだった。
「……まぁ、それで別れるわけじゃないし……、な……」
 思っていた以上に自分が向井のことを好きだと言うのを、別れを知って思った。胸の中に残ったシコリは消えずに、イロイロと感情の流れを悪くしていく。
 それでも、この気持ちを打ち明けてしまえば、向井との別れがもっと辛くなるから、福沢はあえて言わなかった。
 高校生と言えど、両親には逆らえない。いくら、勝手に決めたと言っても、今まで一緒に住んでこなかった向井には親の申し出を断ることが出来なかった。
 くるくるとしている髪の毛をどけて、寝ている向井の表情を見た。
「……ん……」
 夕日が当たって眩しいのか、向井は眉間に皺を寄せて目を覚まそうとした。福沢はパッと手を離して、教科書に集中しているふりをした。
「……ふく、ざー、くん……」
 名前を呼ばれ福沢はバッと向井を見た。寝ぼけているのか、向井はまだ目を瞑っている。どうやら、名前を呼んだのは寝言だったようだ。
「いい加減、起きろよ」
 ベシンと頭を叩くと、向井はガバッと起き上ってキョロキョロと周りを見渡した。1回首を傾げてから、やっとここがどこか分かったようで「図書館ってダメなんだよねぇ」と笑った。
「つーか、お前は勉強しなくて良いわけ? お前も受験は同時期だろ」
「……うーん。そうだねぇ。けど、向こうの受験って簡単って聞いたんだよね。大学入ってから難しくなるんだって。日本とは大違い」
「英語もろくに出来ないんだから、英語ぐらい勉強しておけよ」
 そう言って福沢が英語の教科書を向井の目の前に置くと、少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「……何その顔」
「いや……。いっそ、喋れなくて入試落ちようかなって……」
「何言ってんの? お前」
 やる前から落ちる気でいる向井に、福沢はイラついてしまった。前からずっとそうだったが、やる前から「出来ない」と決めつけてやらないのは、向井の悪い癖だ。
 それに、行きたくないなら行きたくないと親にしっかり言えば良いのだ。中途半端にアメリカへ行って、受験に落ちて帰ってくるなんて見送る福沢もイヤだった。
 福沢もちゃんと見送れるように、気持ちの整理をしていると言うのに。
「……え」
「あのさ。アメリカに行くって言うのは、親が無理やりってのもあるかもしれないけど、最終的に承諾したのはお前だろ? 行きたくないなら行きたくないって自分の意見をはっきり言え」
「そ、そんなこと言ったって……」
 向井は福沢ほど意志が強いわけではない。だから、無理やり押し切られたら流されてしまうことだって、福沢は分かっているはずだ。それなのに、自分の気持ちを分かってもらえないのがもどかしい。
「福沢君は、おれがアメリカ行ってもいいの!?」
「良いとは言ってねぇだろ。お前が行きたいって言うなら、止めないだけだ」
「じゃぁ、止めてよ!」
 泣き叫ぶように言った向井に、福沢は大きく息を吐いた。
「……じゃぁ、お前は俺が止めたら行かないって言えるのか? 俺がアメリカに行かないでくれって言ったら、今すぐ親に電話してアメリカに行かないって言うのかよ!? 置いてかれる、こっちのことも少しは考えろ。寂しいのはお前だけじゃねぇんだよ」
 こんなことを言うつもりなんてなかったのに、乗らされるように言ってしまい福沢は後悔した。向井が行くのか行かないのかで揺れているのも分かっているから、あえて何も言わなかっただけなのに向井は何も考えてないように言う。それが福沢は我慢できなかった。
 寂しいのは向井だけではない。
 福沢だって、置いて行かれるのは寂しい。
「……分かった」
「何が分かったんだよ」
「今すぐ、電話して、行かないって言う」
 そう言って向井は制服のポケットから携帯を取り出した。まさか、そんな行動に出ると思わなかったから、福沢は唖然とする。
「もしもし? ハローじゃないよ! え、あ、メリークリスマス!? あ、今日、クリスマスイブだっけ……。じゃ、なくて!! お、おれ、アメリカになんか行かないからね!! ……え? もう手続きは済んでるから無理だって? 知らないよ、そんなのっ!! おれに何で一言も言ってくんなかったの! ……うん、う……、うん。でも、いかないもん! 絶対イヤだもん!!」
 向井はものすごい剣幕で怒鳴っている。その声が図書館の館内に響いて、周りが訝しげに向井を見ていた。
「……あ、パパ? ちょっと、ママをどうにかしてよ! ……うん。分かってるよ、それは……。だけど、おれは、日本に居たいの。……………………え、家、解約するの……?」
 さっきまで怒鳴っていた向井の声がどんどん小さくなっていく。家を解約すると言う言葉が聞こえ、福沢も決心をする。
 すらすらとノートに「日本での住む場所は、俺が何とかしてやる」と書いて、向井に見せた。
 その文字を追って、向井は目を見開いて福沢を見た。
「……え、どういうこと?」
 向井は携帯のマイク部分を手で押さえて福沢に尋ねる。
「いや、勢い? 住むところが無くなるなら、俺が何とかしてやるから……。引き止めたの俺だし……」
「勢いでこんなこと言わないでよ!」
「言いたくもなるわ!!」
 急に会話が途絶えおかしいと思ったのか、向井の携帯からは「もしもし?」と言う声が響いている。福沢と向井は睨みつけるように見合って、何も言わなかった。
「……そんな大学生同士で一緒に住むとか無理だよ」
「無理じゃない」
「しかも、おれ、このままじゃニートだよ……。どこの大学だって行けないし、今さら就職もできないし……」
「最初から無理って決めつけるなって前にも言っただろ!? 大丈夫だよ。俺とお前だったら、何とかなる。それに今から真剣に勉強しろ。すれば、大学ぐらいは行けるんだから」
 今から真剣に勉強しろと言うのは少し難しいことかもしれないが、大学へ行きたいなら一浪でもすれば良いと福沢は思った。一緒に住むなんて難しいことだけど、最初から無理と決めつけるよりも二人で頑張りたいと思った。
「……なんでそんな風に言いきれるんだよ……。そう言われたら、出来る気がしてきた……」
「俺は諦めが悪いんだよ。最後まで諦めたりしねーからな」
 そう言って福沢は向井をぎゅっと抱きしめた。誰が来るか分からないところで抱きしめたりするなんて、初めてのことだった。カシャンと向井の手から携帯が落ちる。
「ふ、福沢君……。誰かにみられっ……」
「もう良いよ。誰にバレようがなんだろうが」
「……もー……。最高のクリスマスプレゼントもらった気分だよぉ」
 感激して泣きそうな声を出す向井に、福沢は「あ……、今日、クリスマスだっけ」と呟いた。ここ最近、勉強詰でクリスマスだなんてすっかり忘れていた。
 忘れていた以前に、興味がなかった。
「わ、忘れてたの!?」
「うん。ごめん」
「……福沢君のことだから、忘れてると思ったけど……」
 向井はモジモジとしながら、「今日、おれの家、来てよ」と小さい声で福沢に言った。
「え、何で?」
「何で? って!! ……おれ、一人でクリスマスパーティの準備しちゃったんだもん……」
「ああ、そう言うこと。行く行く。あ、でも、俺、忘れてたから何も用意してないけど」
 クリスマスパーティの準備などをしてくれていたのは嬉しいが、プレゼントの準備などは一切していない。きょとんとしている福沢に向井は笑顔を向ける。
「最高のプレゼントもらったから、それで十分だよ」
 笑ってそう言う向井に「安上がりな奴だな」と福沢はため息をついた。
 離れてしまうと思っていたが、これからも一緒に居てくれると言う。ましてや、一緒に住もうまで言ってくれた。向井にとってはこのことが、人生の中でも一番嬉しいことだった。
 イマイチ、何を考えているのか分からない福沢の本音まで聴けた。
「……これからも、一緒に居てくれるんだよね?」
「あー、うん。お前、料理担当な。俺、何もできないから」
「任せて!」
 こんな風に未来を語れるなど、想像もしていなかった向井は今日のことは絶対に忘れないと誓った。

 聖夜にはまだ少し早いが、聖なる日に奇跡が起きた。



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便利屋

「クリスマスですよ、桐生さん」
「だから、なんやねん」
「僕の格好を見て、どう思います?」
「あー、その辺のパチンコ屋にいそうやな」
 サンタクロースの格好をしている青島を見て、桐生はそう煙と共に吐き捨てた。青島は朝からこの格好で桐生の事務所まで来て、ウキウキと飾り付けまでしてくれた。
 おかげで、質素な事務所内はキラキラと輝いて、中に居る人物とのギャップが激しかった。
「さすがにパチンコ屋にはいないでしょ」
「パチンコ屋で働いてるヤツはそんな格好してそうやなぁってこと」
「あぁ、なるほど!」
 青島が大げさに反応すると、桐生は冷たい目で睨みつけため息をついた。クリスマスである今日は仕事が入るかなと思っていたが、仕事の電話は一切なく暇な日を過ごしている。
 仕事でもすれば気は紛れるが、仕事がないのでこの状態がやたらとイラつく。
「何で野郎と一緒にクリスマスすごさなあかんねん!! 意味分からへんわ!!!」
「いやー、僕は桐生さんと一緒に過ごせて嬉しいですけどねー。やっぱり、最後にはヤることしないと」
 ニヤニヤと笑っている青島を見て、桐生は「んなことせぇへんわ!!」と怒鳴った。意地でも自分はノンケで、男となんか死んでも寝ないと決めている。いくら青島が女の子用のサンタ服を着ていても、欲情などしない。
「つぅか、お前、なんでスカート? 気持ち悪いんやけど」
「可愛いでしょ? 桐生さんノンケだから、女の子みたいな格好したら、抱いてくれるかなーって思って」
「全くかわいない。それにお前はどう足掻いても男や。抱く気になんかならん」
 きっぱりと言っても青島が凹むことはない。それどころか、喜んでいる節がある。
「お前がついに女装までしてしもたか……。世の中が破滅に近いのも何となく納得できるわ」
「わぁー、ひどいなぁ。折角のクリスマスだから、ちょっとサービスしただけですよー」
「んなサービスいらんわ。むしろ、こっちがそのサービスに金もらいたい気分や」
 そう桐生が言ったとき、カンカンカンと階段を上がってくる音が事務所まで聞えてきた。急いでいるのか足音のテンポは速い。
「……うわぁ」
「来るとおもっとったけど……。早いな」
 桐生は時計を見て息を吐いた。また一人、煩いヤツがやってくる。青島はあからさまにイヤそうな顔をして、事務所の扉を見つめていた。
「メリークリスマース!!!」
 大声と共にクラッカーを鳴らして入ってきた湯浅に、桐生も青島もがっかりとした顔をした。出来ることなら見たくも無かった湯浅の登場に、二人はなんの反応も示さない。
「あれ? なんか冷たいわぁって……。うわぁ、ついに青島君が女装しちゃたよ」
「決してあなたのためではありませんので」
「分かってるわ」
 青島が桐生のためにこの格好をしているのは湯浅も分かっている。二人揃って桐生のために、いろんなことをする予定だった。それに邪魔をする相手が出てくるのも、二人は分かっていた。
「あ、そや。はい。桐生にクリスマスプレゼント」
 ポンと投げた箱にはしっかりとクリスマスの包装がされていて、桐生はとりあえずそれを受け取った。貰えるものは受け取るのが信条だ。いくら、それが自分を狙ってくるホモだとしても。
「ありがとう」
「礼を言うのは後ででええんやけどなぁ」
 ニヤニヤと笑っている湯浅を見て、桐生はイヤな予感がした。ベリベリと包装紙を破って、箱を開ける。
 桐生は目に入ってきたモノを、とりあえず投げてみた。
「あだ!! 何すんねん!!」
「んなもん、いらんわ!!!!」
「折角、5時間迷って買ったやつやのにいいい!!」
 湯浅の体に当たって落ちたものを、青島が取り上げる。猫耳カチューシャに、猫尻尾が付いたバイブ。確かに桐生ならこんなものを貰っては投げるだろう。
「にゃんにゃんってやってほしかったんやああ!!」
「誰がそんなことするか!!」
 二人が口論してる中、青島はスイッチを入れてどんな風にバイブが動くのか確かめてみた。グイングインと音を立てて動き回るさまは、見ていて笑えてきた。
「……へぇ、これ、僕がもらっていって良いですか?」
「何でやねん。それ、俺が桐生にあげたやつやねんけど」
「桐生さんが捨てたのを、僕が拾ったんで。こんなもん、交番にも届けらんないでしょ?」
 落し物を拾ったら交番に届けましょうと言いたいのだろうが、ここは桐生の事務所であって公道ではない。警察に届ける必要も無いが、捨てたのが桐生と分かっているなら桐生に返すのも一つだがきっと桐生は受け取らない。
 捨てたのだから。
「つーか、んなもん、何に使うねん」
 青島が拾ったカチューシャとバイブを見つめながら、桐生が尋ねる。
「オナニーに」
「……へぇ」
 一言で答えた青島に桐生は聞いた自分が馬鹿だったと後悔した。あんなものを使う用途なんて知れている。
「あーあ、せっかく、俺が桐生のために用意したプレゼントなのに」
「良いじゃないですか。湯浅さんが桐生さんにあげたプレゼントを、桐生さんから僕が貰い、それを使って桐生さんを悦ばせると」
「何でやねん!! そのサイクルで行くなら、青島が「にゃんにゃん」ってやって湯浅を喜ばせてやったらそれで済むやろうが!!」
「「絶対イヤ」」
 声を揃えて断る二人に、桐生はため息をついた。面倒くさいからいっそ二人をくっつけようと目論んでも、二人が犬猿の仲であることは変わらないし、桐生を狙い続けるのも変わらないようだ。
「ま、湯浅さん。今日はクリスマスってことで停戦しましょう」
「せやな。今日は仲良くクリスマスパーティでも開くか」
 湯浅はカバンの中からシャンパンを取り出して、見せる。それに青島が「わー! お酒!」と喜び、桐生が「誰がやるって言ったんや!!」と怒鳴る。
 
 便利屋のクリスマスパーティは夜遅くまで行われた……。



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青空に浮かぶ月

「はい。無理です。はいはい、あああ、だから、無理だって言ってんだろ!! お前のワガママに合わせてたら、俺の身が持たない!! じゃぁな!!」
 ブチっと一方的に電話を切って、深見は息を吐いた。年末である今、自分も椎名も仕事が忙しいはずなのに「今すぐ来い」などと言う無謀は願いは聞くに値しない。
 今週中で仕事が終わってしまうため、メンテナンスや在庫の確認など洗剤の営業は忙しさを増していた。
 ピリリリと仕事用の携帯が鳴り、深見はイヤな予感がする。
「……もしもし」
 恐る恐る電話を出ると、所長が『ホテルニューシイナからクレームが出た』とため息交じりに言ってきた。
「え……。どういうクレームですか」
『洗剤の落ちが悪いと……。そんな不良の洗剤を売りつけに来た、深見に謝りに来させろと……』
 そのクレームがどこの誰が言ってきたのか分かり、深見は「……分かりました」と返事をした。洗剤の落ちが悪いのは深見のせいではない。それに今までずっとこの洗剤を使い続けてきたくせに、今頃落ちが悪いなんてどういう魂胆なのかすぐに分かった。
 今すぐ来いと言わなかったことを良いことに、深見は自分のエリアを全て回った後にホテルニューシイナへと向かった。
 日本の中でも高級と言われるこのホテルでは、どでかいクリスマスツリーがロビーに展示されている。その真下では、綺麗な洋服を着た女の子がツリーを見て大騒ぎしていた。
 クリスマスなだけあって、人は多い。
 裏口から厨房へ入って「ロビーで待ってろと言っていたぞ」と料理長から指示を受け、深見はロビーで一人椎名の到着を待っていた。
 確実に周りの人へ自分たちの関係がバレていっていることに、嫌気が差す。仕事は仕事。プライベートはプライベート。と二人で話し合ったはずなのに、椎名はそれを守ろうとはしない。
 そんな自分勝手さも分かっていたので、慣れてきてしまっていた。
「……うちのクリスマスツリーは綺麗だろう」
 後ろから声がして振り向くと、自信満々に微笑んでいるこのホテルの支配人。
「ホテルの支配人直々にお出迎えされるなんて、俺もビップになったもんだな」
 と深見はからかってみた。
「別に出迎えては居ない。迎えに来ただけだ。お前だってここで数十分は待たされたはずだ」
「あー、待たされたって言えば待たされたけど。行き来する人を見てたから、そう待った気にはならないかな」
 クリスマスツリーを見て喜ぶ子供たち。いちゃいちゃしているカップル。張り切っている父親などを見ていて飽きなかった。全員が楽しそうな顔をしているこのロビーは、ある意味、このホテルの良さを象徴しているようだった。
「……それにしても、こんなところで待たすなんて。どういうことだよ」
 こんな人の多い所で待ち合わせるなんて、今まで椎名はしてこなかった。支配人の部屋に行くカードキーも暗証番号も知っているから、部屋に来いと言われるもんだと思い込んでいた。
 それに、今、一緒に住んでいる家だってここから徒歩で数分の距離だ。家で待っていても良かったはずだ。
 深みの問いに椎名はにっこりと笑った。
「ご案内いたしましょう。当ホテルのクリスマスパーティに」
 完全支配人モードが入っている椎名を見て、深見は「やっぱり、俺、いつの間にかビップ扱いじゃねぇか」と呟きを漏らした。
 こんな高級なホテルの総支配人直々に案内されるのだ。相当のビップじゃないと、案内されることなんてない。
 クリスマスパーティと言っても、宿泊客を招待するような大げさなものではなく、深見だけに用意された小さいが豪勢なクリスマスパーティだった。
 目の前に並んでく豪華な食事。そして、バカみたいに高そうなシャンパン。隣にはロビーのとは大きさこそは負けるが、豪華さは負けず劣らずのクリスマスツリー。ホールを貸し切っているのか、二人で居るには大きすぎる部屋だった。
「……ちょ、何これ」
「クリスマスだからな」
「だからにしては、凄すぎませんか?」
 こんな豪華なクリスマスパーティなど聞いたことも無い。平凡で普通の家庭に生まれた深見は、家で七面鳥とケーキが出るだけで大喜びしていた。そんな幼少期の思い出を打破するような豪華さに、目が眩みそうになった。
「なんだ、不服なのか?」
「……いや、そんなことはないけどさぁ。俺、なんかカッコ悪い」
 椎名と張り合っても自分が負けてしまうことは分かっているが、一緒に居る以上同じところに立って居たいと思っていた。けれど、こんなに凄いことをされてしまっては、勝つ術がなくて自分の無力さにがっかりしてしまった。
「何を気にしているのか知らないが、これは俺がやりたいからやったことだ。お前が気にすることじゃないだろう」
「そうかもしれないけどさ。嬉しいけどさぁ……」
 こんな風に自分のためだけにここまでしてくれることはとても嬉しかった。それだけは分かってほしくて、呟くように言った。
 カバンの中に入っているクリスマスプレゼントを思い出して、深見はもっと凹みそうになった。
「嬉しいならごちゃごちゃ言うな。……俺だって、今日はいつ呼びだされるか分からないんだ。せめて今だけは喜んでるふりでもしてろ」
 仕事が終わって、もうこれから誰かに呼び出されたりすることのない深見。この忙しい日にいつ何時呼びだされるか分からない椎名。なぜ、今日、家ではなくてこのホテルニューシイナでクリスマスパーティをしたのか、深見はやっと気付いた。
 家に帰ることもできないから、ここへ呼びだしてクリスマスを祝いたかったのだ。
「……そっか。そっかぁ」
「何をへらへら笑ってるんだ」
「いや、俺、下らないことを張りあってたんだなって思って」
 こんなことをしてもらって、自分は何も返せないと凹んでいたことが、ものすごく下らなく感じてしまった。こうやって二人で一緒の時間を過ごすことのほうが、何十倍も大事だった。
 安物のプレゼントだけど、あげることに意味があるのだ。
 深見はそう思って、カバンの中からプレゼントを取り出した。
「ほらよ」
「……は?」
「クリスマスプレゼント。まぁ、安物なので支配人様の御気に召すか分かりませんが……」
 小さい箱を受け取って椎名はその場で開けてみた。ブランド物のキーケースは確かに自分が持っているものと比べれば安物かもしれないが、深見からもらったと言うだけで安物には見えなかった。
「お前、鍵、いっぱい持ってるから……」
「……あぁ、ありがとう」
「そ、そんな素直に礼を言うなよ!!!」
 素直に礼を言われると思っていなかった深見は、恥ずかしくなって俯いてしまった。家の鍵、車の鍵、ホテルの鍵などいろんな鍵をそのままポケットに詰め込んでいる椎名を見て、深見はキーケースを買うことを決めた。
 家の鍵とかは無くしても大丈夫だろうが、ホテルの鍵やこの前買ったばかりの車の鍵などを無くされたら困るのは椎名だけじゃないはずだ。
「俺は何も用意してなかったから、今度買ってくる」
「いや、今日のだけで十分だよ……」
 クリスマスパーティを開くまでは考えついたが、他人にプレゼントなどしたことがないので、プレゼントまで頭に回らなかった。しかし、今日のこのパーティだけで十分だと言う深見を見て、クスッと笑った。
「じゃぁ、俺からのプレゼントは夜だな」
「……は!?」
「ゆっくりじっくり色々してやる」
 自慢げに笑う椎名を見て「お前がやりたいだけだろ!!」と深見は叫んだ。

 クリスマスの夜は長い。



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 それぞれのクリスマス。過ごし方は、人それぞれだ。







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