マジックホリック 2





 水嶋さんと冒険を始めて、1ヶ月ぐらいが経ちました。未だに水嶋さんは夜中に一人、こっそりと練習しているようですが……。
 その練習を無駄にするような話が、平原を抜けた先の町で起こりました。
「剣術道場……」
 剣術の町で有名なソルドア。ココに来れば剣術を教えてくれることは存じておりましたが、一人鍛錬に精を出している水嶋さんを見ていたら助言できませんでした。
 僕は基本的に、人がやっていることには口出ししませんから。特に勇者に対してはです。
「……俺、ここで練習してくる」
「お気をつけてくださいね」
 項垂れながら道場へ入っていった水嶋さんを見送り、ソルドアは剣術でも有名ですがギャンブルでも有名なので早速カジノへ行ってみました。
 この町で僕がすることなど一切ありませんからね。魔法譜の書かれたテキストが売ってますが、初歩魔法は全て覚えてますからね。
 そういえば、勇者も一応魔法が使えるんですよ。魔法使いでも中位レベルの魔法と、あとは魔法使いでも覚えられない高等魔法が一つ。
 それも水嶋さんが気づかれるまで放っておきましょう。ま、僕が言わないと気がつかないことなど、十分承知ですがね。
 カジノで一日を潰し、がっぽり儲けた後に道場の前まで行くと、水嶋さんはまだ鍛錬の途中でした。
 剣聖と呼ばれるジイさんに蹴られ、殴られ、それでも頑張って剣術を覚えようとする姿は、さすがは勇者と言った様子でした。
 ……へぇ、結構やるじゃん。
 まだまだレベルも低いのに、水嶋さんはやはり勇者としての素質があったのか、剣術を全て覚えると道場のど真ん中でバタンとぶっ倒れました。
「ケツの青いガキだと思ったが、根性はあるほうだな」
 仕方なく道場の中に入り、水嶋さんを抱き上げて、剣聖にペコリと頭を下げると「二人で旅をしているのか?」と訊ねられました。
「……えぇ、水嶋さん……、いえ、勇者が仲間を入れるおつもりがないようで……」
「そうか……。まぁ、おぬしとそやつなら……。大丈夫じゃろ。回復でもしてやってくれ」
 剣聖は僕のレベルがどれぐらいなのか分かっているようで、ヒットポイントが無くなって瀕死の水嶋さんを見てそう言った。
 瀕死からの復活は中位魔法。それを僕が使えるって知っているみたいで、苦笑いしてしまいました。
「大人しく宿屋連れて行きますよ。僕も休みたいですし」
「そうか」
 剣聖はにっこりと笑い、道場の奥へと消えていった。
 僕に抱きかかえられ、すーすーと小さく息をしている水嶋さんの姿は……。勇者と言うより、少年のようですね。まぁ、彼はもともと勇者らしくありませんけど。
 町にある宿屋で一泊を過ごし、翌朝目を覚ますと水嶋さんは気だるげに伸びをしてから、「次に行くかぁ」と面倒くさそうに言いました。本当に面倒くさそうなんですよね、特に寝起きが。
 ちょっとだけ逞しくなった体は、ほんの少しだけ勇者としての風格を見せてきた気がします。僕の見間違いかもしれません。
 ま、水嶋さんが歩いていても、彼が勇者だって気づく村人は少ないわけですが。

 勇者が旅をするのに必要な経費は、全て神官様が管理している「勇者協力部」から手渡されたスティック状のカードで支払われる。
 宿代、薬代、食事代など、それはもう無限大にお支払できる最高のカードなんです。
 水嶋さんは新しい防具と、今の剣はお前には振れんと剣聖様からご指摘を受け、新しい武器を購入しました。軽くなった剣をブンブンと振り回し、町から追い出されたのは言うまでもありません。
 えぇ、本当に恥を晒してくれました。
「……なぁ、アイル。俺、悪いことしたか?」
 どうやら水嶋さんは自分が悪いことをしたと全く気づいていらっしゃらないようで、何度も首を傾げておりました。
「……さぁ?」
 誤魔化すようにはみかんで、僕も一緒に首を傾げると水嶋さんは「悪いことしてないんだけどなー」と唸りながら、とぼとぼと歩き始めました。
 店の中で剣は振り回してはいけないんですよ、水嶋さん。
 それでも、水嶋さんが珍しく悩んでる姿は少々可愛らしかったので教えませんでした。
 剣聖から剣術を教えてもらったり、夜中に一人練習に励んだりしていたせいか、水嶋さんは大分強くなりました。
 今まで敵を倒してきた数は私が9割、水嶋さんが1割も無いぐらいでしたが、今はやっと五分五分です。これでやっと魔法使いらしく、後ろでヒールすることが出来ます。
 面倒くさいですが、一番弱い回復魔法で何回も水嶋さんのヒットポイントを回復していく。大きいの使うと、ターゲットがこっち向いちゃうんですよね。
 剣が軽くなったおかげで、攻撃力が弱くなっちゃったんですよね。
 神官様からもらった勇者の剣は攻撃力こそは物凄く良いですけど、物凄く重たいんです。
 当たれば一撃で死んでましたが、当たる確率も低くて、本当に素人には扱えない代物なんですよ。
 ……なんで、そんなものを神官様が水嶋さんに渡したかとおっしゃいますと……。
 勇者の剣でなければ、悪の組織のトップに立っている王を倒すことが出来ないから渡したんです。勇者を必要とするときまで、その剣は神殿に封印されていたんですけどね。
 神官様以外見てはいけないという仕来りを守ってきましたから、初めてあの剣を見たときは「めちゃくちゃボロくて重たそう。そんでもってつかえねー」と笑ってしまいました。
 まぁ、上級者仕様(笑)なんでしょうね。
 それにしても、神官様も不親切極まりない。上級者仕様の剣を、まだまだど素人の水嶋さんに渡すなんて。まぁ、普通僕が助言するんでしょうけど、そんな面倒なことしません。
 常に何を考えているのかいまいち分からない水嶋さんが、困っている姿など想像つきませんからね。見てみたかっただけです。
 そろそろ戦闘も終盤になり、面倒くさくなった僕は大きい回復を一度するとボワワンと水嶋さんの周りが光りました。それにびっくりしたのか、水嶋さんは振り向いて後ろにいる僕を凝視します。
「ま、前向かないと……」
 危ないですよ。と、水嶋さんの後ろの迫る敵を見ながら注意を促そうとする前に、ガツンと一発改心の一撃が水嶋さんを襲った。
「……いっ……」
「あーあ」
 見る見るうちに減っていくヒットポイントを見ながら、こりゃぁ死んだなと勝手に決め付けて回復魔法から攻撃魔法に切り替え敵を一撃で倒しました。
 そのときには既に、水嶋さんは地面の上に倒れていました。
 昨日泊まった宿に戻るか、それとも先にある町へ行くか、物凄く迷いましたが丁度中間地点であるこの場所で水嶋さんを次の町まで抱えていくのは大変面倒なので、仕方なく回復してあげることにしました。
 ホワワンと言う効果音と共に、水島さんが立ち上がりました。きょろきょろと自分の体を見てから、僕をジッと凝視します。
「お前……、実はすごい奴じゃないのか?」
 疑うような視線に、僕は「ただの魔法使いですよ」とにっこり微笑み、水嶋さんの懸念を水に流すようにスルーしました。
 さすがに中位魔法の連発はダメですよね。
 確か、この次の町ではとあるクエストを受けないといけないんですけど……。
 水嶋さんのことだから、見事にスルーしてしまうだろうと勝手に決め付けて、私たちは淡々と歩みを進めていくことにしました。

 次の町にたどり着いたとき、いきなり町の中から町人が飛び出してきた。
「勇者様!!」
 水嶋さんの顔を見るなりに、少女は叫び水嶋さんの前に立ちふさがりました。良く水嶋さんが勇者だった気づきましたね。
 もしかしたら、神官様の中央管理局が勇者だと水嶋さんの顔写真でも公開したんでしょうか?
 そうじゃなければ、水嶋さんが勇者だなんて誰も分かりません。
 真っ黒い髪の毛に少し黄色い肌。服装は冒険者じゃなく、普通の人間が着ていそうな服ですからね。
 もうちょっとまともな防具を買えばよかったものの、水嶋さんは守りより動きやすさを重視したようです。僕は魔法使いらしく、ローブを着ていますけど。
 それに加えて、水嶋さんは見た感じからボーっとしてますので、勇者と言うよりただの旅人です。
「お願いがあるのです!」
 少女は涙目で水島さんを見上げます。何か困ったことでもあったんでしょうか?
 まぁ、僕には関係のないことですが、勇者ご一行の一人として町人が困っているなら助けてあげるのが、世の鉄則。勇者の鉄則なのです。
「は、はぁ……」
 水嶋さんは煮え切らない返事をして、チラッと僕を見ました。見るからに疲れた顔をしています。
 今は町人の話よりも、早く宿へ行って休みたいのでしょう。ココ最近、ずっとテント続きでしたし。
「私の姉が攫われたのです!! お願いです、町の奥にある洞窟へ行って助けてきてください!!」
 はいはい、この世界ではよくあることです。奥のダンジョンへ足を踏み入れたら、きっと2、3日は帰って来れないでしょう。
 水嶋さんは大きく息を吐くと「分かりました」とだけ返事をして、少女の隣をふらふらと通り過ぎ一番近くの宿屋に向かいました。
 眠気が限界だったんでしょう。
 オッケーをもらえた少女はニヤリと笑って、町の奥へと消えて行きます。
「……ああ、十分に怪しいな」
 こういうことって結構罠ってのが多いんですよね。ま、それも勇者に対する試練だと思います。そんでもって、ダンジョンの最後にはとても強いモンスターとか、敵が出現してくるんですよ。
 果たして、水嶋さんに倒せるでしょうか?
 遅れるように水嶋さんの後を追うと、水嶋さんはゴロンとベッドの上に寝転がってぐーすか寝ていました。テントじゃないから、見張りをする必要もありませんしね。
 寝ている姿は年相応と言うか、まぁ少年ぽいです。猫のように丸まって寝がえりを打ってるのを見てると、ちょっと可愛いって思います。
 僕は一人っ子ですけど、水嶋さんと一緒に居ると弟のような感情を抱くようになりました。
 僕も結構進歩したものです。ぶっちゃけ最初は「こんな使えない勇者と一緒に旅なんて、本当に信じられない」と思っていましたが、僕に分からないように練習している所見ていますとね。
 ちょっとだけ見直しましたよ。やる気のない勇者だと思い込んでいただけに、余計ですよね。これが俗に言うギャップ萌えですか?
 安心してください。危ない感情とかは抱いておりませんので。少なくとも男色の趣味もありませんしね。
 これもそれも今はの話ですが……。
 勇者と言うのは大体、悪の組織の王を倒した時点でお姫様と結婚するのがお決まりなんです。
 僕は報われない恋はしない主義ですので、そう言う意味では僕が水嶋さんに恋愛感情を抱くことは無いでしょう。
 うちのお姫様は不細工ですけどね。お姫様だから仕方ありません。それもこれも水嶋さんの運命です。
 さぁ、明日から過酷なダンジョンへと足を踏み入れるのです。僕も早く寝て体力を温存せねばなりません。
 水嶋さんが何回瀕死になるか、見ものですね。
 めくれ上がった布団を直してあげて、僕は隣のベッドに寝転がりました。
 僕達って会話少ないなぁと思いながら、ゆっくりと眠りに就きました。






どうしてもこの二人だと世界は救えない気がする。
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