マジックホリック 3





 村で攫われた少女を助けに行く予定でしたが、なぜか水嶋さんが攫われました。


 事の経緯は、今から数時間ほど前。僕がスヤスヤと眠りについているときでした。
 ゴダダダダンと物凄い音がして飛び起きると、水嶋さんは眠ったまま黒い服を着た男に抱きかかえられていました。
「な……」
 寝起きだった僕はどうして良いか分からず、僕を一目見てから男は割れた窓から逃げていきました。
 と言うことで、水嶋さんは攫われてしまったわけです。
 面倒ですが、僕の監督不行き届きなので探しに行くことにしました。町の人から話を聞くと、その黒い服を着た黒ずくめの黒子は町の奥の洞窟へと消えていったそうです。
 何てありきたりな……。と、思いました。面倒くさいからこのまま町に戻って知らないふりでもしてやろうかと思いましたが、少なくとも1ヶ月ぐらい寝食を共にした仲間? ですから、探しにぐらいは行きますよ。
 勝てない相手でしたら、逃げて帰る可能性は高いですけど。
 ある程度、装備を整えてから、僕は町の奥にある洞窟へと向かいました。
 町の横に聳える林を抜けて、数分、大きい岩に入り口を阻まれた洞窟が姿を現しました。
「……鬱陶しい」
 ガコンと魔法で入り口を吹っ飛ばすと、僕はずんずんと歩みを進めました。正直言って、ちょっと今、怒っています。
 そりゃ、僕も助けなかったのは悪いと思いますけどね、勇者が攫われるなんて今まで一度も聞いたことがありません。弱いにもほどがあります。
 今まで何も言わずに、ずっと言うことだけを利いてきましたけどね。今日と言う今日は、説教してやります。
 えぇ、ブチギレます。
 そんな僕の怒りのボルテージを煽るように、雑魚共が襲ってくるので一発で退散させ、迷路のように入り組んでいる洞窟の中を無我夢中で進み、突き当たりになると吹き飛ばすと言う無茶な進み方をしているせいで、気づけば外に出ていました。
「あれ」
 入り口からまっすぐ進めば、きっとこの洞窟を取り仕切ってる奴に出会えるだろうと思っていたんですが、そうじゃなかったみたいです。
 仕方なく来た道を戻り、突き当たりにぶち当たれば壁を吹っ飛ばして中を散策していると、ようやく中ボスのお出ましです。
 ガラガラと僕が崩した壁の瓦礫の中から、醜い形をしたおっさんが出てきました。
「よーやってくれたな……」
「水嶋さんは何処ですか?」
 ため息混じりに訊ねると、そのおっさんは「教えない」と言っていきなり僕に襲い掛かってきました。
 攻撃力は凄く高そうですが、脳みそが筋肉らしくて、どうも魔法には弱いみたいです。
「……雑魚の相手をしてる暇は無いんですよ!!」
 ドガーンと一発ファイアを放つと、おっさんは燃え尽きて倒れました。これが中ボスだなんて、本当に笑わせます。
「……で、水嶋さんは何処ですか?」
 ぶっ倒れているおっさんの胸倉を掴んで無理やり立たせると、真っ黒な顔を歪めて「ふはは……」と笑いました。それが余計にムカついたので、腹に一発蹴りを加えると「この奥の部屋です」とはっきり答えてくれました。
 これ以上、僕の手を煩わせてほしくない。
 力尽きたおっさんをその場に放置して、僕はこの奥へと進みました。なんか小細工のかかった壁とか扉とかありましたけど、全て魔法で吹っ飛ばしてしまいました。
 考えている暇がないぐらい、僕の怒りは頂点に達していました。
 最後の扉だけは魔法では壊せなかったので、仕方なく暗号を解いて中に入るとそこは洞窟とは思えないぐらい綺麗な部屋がありました。
 床は大理石、天井も大理石、真っ赤なソファーと木でできたローテーブル。ここだけ異世界のようにも見えました。
「お、おいっ!! やめろっ!!」
 部屋の奥から水嶋さんの声が聞こえて、声のする方に移動すると天蓋がついたベッドに水嶋さんが押し倒されていました。
 ……何をされているかなんて、見なくても分かります。
 まぁ、何と言いますか。たいそうな趣味をしていらっしゃるな、と冷静な目で見てしまいました。
「離れなさい、変態」
 押し倒している男のケツの穴を目掛けて持っているステッキを突きさすと、男は「うぼぁっ!!」と間抜けな声を上げてゴロゴロと転がりました。
 その隙に、両腕を拘束されている水嶋さんをベッドから引きずり出して、腕の拘束を解いてあげました。
「……あ、アイル……?」
 水嶋さんは少しだけ泣きそうな顔をしながら、僕を見上げます。きっと、ものすごく怖い顔でもしてるんでしょうね。
 えぇ、僕はものすごく怒ってますから。
「あ、ありがとう……」
 縛られていた手首をさすりながら、水嶋さんは俯いています。僕は水嶋さんをちょろっと見てから、ケツの穴を押さえて悶えている男を見下しました。
「あなたですね、水嶋さんを攫ったのは」
「そ、そうだ……」
 黒ずくめの服を着た男は、赤い髪に青色の目をしていました。どこかで見たことがあるような、引きこまれる容姿をジッと見つめ、どこで見たことがあるのかじっくり考えました。
 赤い髪に青い目。そんな種族は聞いたことありません。
「あ、あと、少女は何処ですか? 町から、少女を一人攫ったんでしょう?」
 思い出したかのように言うと、赤い髪の男は「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げました。
「え、あなたじゃないんですか? 少女を攫ったって言うのは」
 てっきりこの男が自分の好みの人間を攫って、ここに囲っているものだと思い込んでいたので、今度は少女を助けに行かなきゃいけないって考えるだけで凄く気が重たくなりました。
「ああー! あぁ、あれか。あれはウソだ」
「え?」
「こんなチンケな町だと、すぐにスルーすると思ってな。一度でいいから、勇者ってのを見たかったんだ。だから、勇者をこの町に留める口実だ。そんでもって一目見たら、とても気に入ったから攫った」
 さらりと言い放つこのクソ男を見て、僕の怒りが頂点を越したことは言うまでもありません。
「……気に入ったから攫った?」
「あぁ、そうだ」
「気に入ったから攫ったって言えば、何事も許されるとお思いですか!?」
 ステッキを振りかざした僕を見て、赤い髪の男は「あわわっ!! ステッキはやめてっ!!」と言って、その場からテレポートしました。
 逃げ足だけはとても速いようで、ぽつんと残された僕と水嶋さんは互いの顔を見合わせてから、大きく息を吐きました。
「あ、アイル……?」
 ため息をしてから俯いた僕に、水嶋さんは機嫌を伺うように顔を覗き込みます。ヒドイことはされなかったようで、拘束されていた腕以外傷は見当たりません。
 ヒドイことをされる一歩手前だったんでしょう。
「ちょっとそこに座ってください」
 おどおどとしている水嶋さんの腕を引っ張って、趣味の悪い真っ赤なソファーの上に座らせると僕は対面に座って怒り任せに説教しました。
 今回だけは言わないと気が済みません。
「あなたって人は、危機感が無いんですか!?」
 水嶋さんはただ一言「ごめん」と呟くだけで、僕に何も反論しませんでした。
「あなたは曲がりなりにも勇者なんですよ!? これからね、あなたの命を狙おうとする人だっていっぱい出てきます。敵だけじゃありません。町の人だってね、どんな人がいるか分かったもんじゃないんですよ? あなたが居なくなれば、この世界は終わりです。それはよく分かってください。この世界は、あなたの手にゆだねられているって言ったって過言じゃないんですから」
「……ごめん」
 言いきってすっきりしてしまった僕は、大きく息を吐いて俯いている水嶋さんを見ました。下を向きすぎていて、どんな表情をしているか分かりませんでしたが、ポタっと顔から水滴が落ちたのを見て、さすがの僕でも「言い過ぎた」と後悔しました。
「あ、あの……」
 仮にも僕より5歳も年下である水嶋さんに、怒り任せに怒鳴ってしまったのはさすがに大人げなかったと猛省しました。まさか、泣かれるとは思ってませんでしたし。
「違うんだ……。アイルは悪くない。俺がしっかりしてないからっ……」
 水嶋さんはごしごしと腕で自分の目を拭うと、もっと俯いてしまいました。
 そんなに、僕、酷いこと言いました? 泣かせてしまってから、一気に罪悪感が混みあがってきました。
「いや、あの、ちょっと、僕も言い過ぎましたよ……」
「良いんだ!!」
 さっきまでぼそぼそと喋っていた水嶋さんがいきなり大声をあげたもんだから、僕はびっくりして少しだけ身を引きました。水嶋さんにしては珍しく、切羽詰った表情で僕を見つめています。
「……こんなこと言ったら、怒るかもしれないけど……。心配してくれて、少しだけ嬉しかった」
「は?」
 水嶋さんは少しだけ照れくさそうに後頭部をガリガリと掻いて、僕の顔は一切見ずに僕の後ろの壁を見つめていました。
「俺、生まれてからずっと一人で、誰かが心配してくれることなんて今まで無かった。だから、アイルが俺を助けに来てくれて、嬉しかったんだ」
 僕が水嶋さんを心配している? そんなこと……と思って、自分の行動を思い返してみました。
 目の前で連れ去られたときは、驚くとかそんなんじゃなくて、呆然としてしまいました。攫われてるって言うのに、爆睡してた水嶋さんもすごいなとちょっと関心もしました。
 そっからは自分があそこで引き止めておけば、こんな面倒なことにはならなかったんじゃないのかって思ったことと、後は「勇者のくせに誘拐なんてされてんじゃねぇ」と怒り狂っていました。
 怒り狂うことが心配なら、僕は水嶋さんを心配していたんでしょうか?
 他人を心配したことなど一度も無いので、分かりません。
「……僕が水嶋さんを心配……?」
「誘拐されて怒ったってことは、心配してくれたんだろ……? 違うのかな?」
 疑問を疑問で投げ返され、僕はどうしていいのか分からなくなりました。そりゃ、多少の心配もあったかもしれません。けど、僕が水嶋さんを心配するなんて……。
 今まで一度も誰かを心配したこと無いのに、水嶋さんを心配するでしょうか?
「とにかく、ごめん。俺ももうちょっと気を張るようにする。少なくとも、アイルの邪魔にならない程度に……」
「……はぁ」
 やる気のない勇者だと思ってましたが、それなりにやる気はあるみたいですね。それにしても、僕の邪魔になっていたってことに気づいてたんですか。
 邪魔だなんて、思ったこと無いんですけどね。……………………足手まといって思ったことは何度かありましたけど。
「邪魔って思ったこと、一度も無いですよ」
「え?」
「水嶋さんが邪魔だなんて、一度も思ったことありません」
 勇者を邪魔だなんて思う魔法使いがどこに居るんですか。そりゃ、確かに僕のほうが断然強いですけど。水嶋さんが居なかったら、僕が旅する理由も存在する理由もありません。僕は勇者をサポートするために生まれてきたようなもんですからね。
 父だってそうです。先代の勇者のサポートをしていたって言っていました。先代の勇者を知っているからこそ、父は水嶋さんのやる気のなさが許せなかったんでしょう。
「……ほんとに?」
「ほんとですってば」
 疑ってくる水嶋さんに断言すると、水嶋さんははにかむように笑いました。そして、ちょっと俯いて手をもじもじとさせていました。
「……俺はこの世界の勇者かもしれない。……けど」
 水嶋さんは顔を上げ僕をジッと見つめます。笑顔が消えて見つめる表情は真剣でした。
「俺の勇者はアイルだな」
「は?」
「お前がいると、かなり助かる」
 にっこりと笑う表情は、僕が初めて見る最高の笑顔でした。







やっと(?)ファンタジーらしくなってきました。完全RPGです。
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