マジックホリック 4
こんな僕にも、幼少期の思い出の場所は存在するんです。
僕が水嶋さんの勇者と言う、とんでもない発言を聞いてから数日が経ちました。
依然、僕たちは旅をしております。
あれから何か変化があったか? と尋ねられたら、特にありません。戦いながらとぼとぼと歩く日々が続いているだけです。
それにしても、僕が勇者ってどういうことなんでしょう? 理解ができずに、僕はボーっとしてしまっています。これじゃぁ、いつ背後を狙われるか分かりません。
だって勇者は水嶋さんで、僕はそれをサポートする魔法使いでしょう?
……なんで僕が勇者なんだ。ダメだ、理解できない。
これは水嶋さんの脳内で作られた仮想の勇者と言うことで、勝手に自己完結しうだうだ悩むのはやめました。
コフアイと言う、穏やかな街へ向かっていました。
小さいころ、両親に連れられてコフアイには何度も来たことがありました。僕の小さい頃は、勇者が魔王を倒した後だったので何処にでも旅行へ行けるぐらい、平和でした。
今では馬車が何者かに襲われたりなど、旅行などできない世の中になってしまったことが、惜しまれます。
旅をしていて思ったことですが、旅と旅行は全く違うものです。特に水嶋さんとの旅は、命がけです。僕だっていつ死ぬか分かりません。
両親と馬車で行った道のりが今でも思い出せます。
花で有名なコフアイは、町にはたくさんの花がありました。どれも見たことない花で、小さいながらにとても興奮した気がします。
あの時は僕も純粋で、目新しいものは興味を持ったりしました。町の人たちも優しく親切でした。
あれからかれこれ、数年は経っています。どんな風に街並みが変わったのかと、ほんの少しだけ楽しみにしながら町に近づくと僕たちは茫然と立ちつくしてしまいました。
緑豊かで華やかだったコフアイが、真っ赤に染まって火の粉を上げています。
「……町が……」
水嶋さんがコフアイを見るなりに、駆けだそうとしたので僕はその腕を掴みました。
「アイルっ!!」
「何処へ行くんです?」
燃え上がっている街並みを見て、僕だってショックを受けました。それ以上に水嶋さんもショックを受けているようで、悲壮な顔をしています。
僕はどんな表情をしているんでしょうか? いつも通り、平然としているんでしょうか?
「だって町が……」
「……あんなに燃えていたら、無理ですよ」
諦めさせるように言うと、水嶋さんは僕の腕を振り払って睨みつけました。諦めていない目には、僕に対する怒りを感じます。
僕だって、あんな綺麗な町をよくここまで壊せたなと、悔しいんです。
あとちょっと、あともう少しだけ、ここへ早くこれたら、こんな姿は見なかったはずです。
燃え上っている町は、燃やされてからそんなに時間は経っていないでしょう。
「中に人がいるかもしれない」
「……いるかもしれませんね」
「助け出さないと……っ!!」
それでも僕は首を横に振りました。今、水嶋さんがあの町の中に入ったって、中に居る人はすでに死んでいるでしょう。燃え上る火は、空高く舞い上がっています。
森に囲まれていなければ、もう少し早く気付けたでしょう。
「なぁ、アイル!!」
水嶋さんは僕の腕を引っ張って、町へ行こうと僕に訴えかけます。本来だったら、助けに行くのが当たり前なんでしょうね。中に人がいる可能性があるなら、水嶋さんと僕で助け出すのが普通でしょう。
だけど、僕は水嶋さんに「行こう」とは言えませんでした。
稀に生まれると言われている勇者。実際は、50年に一度の周期で生まれるそうです。稀じゃないんですよ。
現在水嶋さんは、17歳。次の勇者が生まれるのは、33年後なんです。
「今、水嶋さんがあの中へ入るって言っても、水嶋さんも一緒に死ぬだけですよ」
「そんなこと、分からないだろっ!!」
水嶋さんは泣きそうな顔をしながら、僕の制止を振り切って町まで駆けだしました。何も考えず、旅装備で、あんな恰好で入ったら絶対に水嶋さんも怪我だけじゃ済まないってのに……。
町の入り口まで来ると、その火事の壮絶さが肌にひしひしと感じ取られます。近寄るだけで自分の身まで焼かれそうになり、火の粉が飛んできます。
入り口は炎で壁が出来ていて、人が入るのを拒んでいるようにも見えました。
「……もうちょっと俺が早く来てれば……」
水嶋さんはその場にへたり込んで、相変わらず泣きそうな顔をして町を見上げています。早く来てれば、こんなのを見なくて済んだんでしょうか?
「この町はもう、数カ月も燃え続けているよ」
背後から聞き慣れない声がして振り向くと、無表情の少年が僕たちの後ろに立っていました。服は少しだけ煤汚れていて、貧相な感じがします。
「数カ月も……?」
「そう。かれこれ、半年ぐらいになるかな。いきなり町が燃え始めて、逃げれる人は逃げたんだけど……。もう町の中には入れない。この火は消えることも無く、延々と燃え続けているんだ」
少年は炎を見上げて、ふっと俯きました。コフアイに住んでいた住民なんでしょうか?
「どの入り口も炎に阻まれて中に入ることもできない。水をかけたって消えなかった。……何かの呪いだって、誰かが言ってた」
呪いの雰囲気なんて全然感じられないんですが、数カ月も炎が消えないってのはどう考えてもおかしいです。
これも……、あいつらの仕業なんでしょうか。
「……きっと、これも全て……」
少年は悔しそうに呟くと、森の中へと消えて行きました。水嶋さんは少年を見送ると、ちらっと僕を見ました。
「半年も消えない炎って……」
「どう考えてもおかしいですね」
「なぁ、なんか理由あるのか? あの子……、凄く考え込んでる顔してたけど……」
水嶋さんは訳が分からないと言った顔で僕を見ています。この世の中で不可解なことが起こったと言えば、根源は誰かこの世界に住んでいるだけで分かるはずです。
「……え、分からないんですか?」
「アイルは知ってるのか? 原因を」
「……水嶋さん、分からないんですか?」
僕の質問に水嶋さんはきょとんとしてます。茶化しているのではなく、本当に分からないようで首を傾げました。
「あなた……、なんでこの旅してるか分かります?」
「え……、悪い人たちやっつけるためだろ?」
「その悪い人たちの名前は?」
水嶋さんは「え……」と言ったきり、何も言いません。それどころか、どんどん表情が不安げになって最終的には僕に助けを求めてきました。
もしかして、倒す相手の名前も知らずに旅をしてきたってことは……。あり得ないですよねって思いましたけど、これはイヤな予感がぷんぷんしてます。
どうやら、僕の予想は当たっているみたいです。
「まさか、何も聞いて無いんですか?」
「聞くも何も……。俺、今までずっと世界中ぶらぶらしてて、この前アクラシンの神殿を探検してたら真っ白い爺さんに「隣の屋敷に住んでる魔法使いと旅に出ろ」って言われて……」
アクラシンって言うのは僕が住んでいた王宮のある街です。そこに神殿も一緒にあるんですが、水嶋さんが旅をしてたのはちょっとだけ聞いたことありますけど……。
まさか、この人、何も聞かずに「はいはい」と旅に出たんですか?
それより、この世界に生きてるならアイツの存在を知っていてもおかしくないはずなんですが……。
「ユーストラシア。知らないんですか?」
「へ……? え、ゆーすと……、えぇ!?」
名前を出すことすら許されないと言われているアイツの名前を知らないとは……。
頭がくらくらとしてきました。
「魔王、ユーストラシアですよ!! 世の中にその名を知らないヤツは居ないって言われてるぐらいなのにっ!!」
「……そうなんだ」
水嶋さんは納得したようでうんうんと頷きました。いやいや、頷くんじゃなくて、知らなかった事実に僕はびっくりしています。
あのユーストラシアを知らないとは……。
「……アイル、教えて」
「はい?」
「その、えっと、ゆーすと……、えっと」
「ユーストラシアです。名前を出すことすら禁忌とされている存在です。アイツで十分でしょう」
「そうか。そいつのこと、教えて」
ジッと見つめる水嶋さんを見て、僕はユーストラシアのことを話しました。
ユーストラシアがこの世に馳せたのは、今から500年以上も前の話です。最高位の神殿があるアクラシン以外を焼け野が原にしたのです。
美しい容姿で人を騙し、人であって人で在らざる傀儡を操り、世界を闇に葬り去るユーストラシア。
そいつを討伐するために何百人もの人が死んだと言われています。
アクラシンすら滅ぼされると言う危機に陥ったときに現れたのが、初代勇者ザトー皇子です。
ザトー皇子は神殿で神官を務めたこともあり、神殿の長でした。聖なる剣を持ってユーストラシアを眠らせ、アクラシンを救った救世主でした。
ザトー皇子ですら、ユーストラシアを倒すことはできませんでした。所詮、眠らせただけです。
ユーストラシアは50年間の眠り続け、目覚めるとともに世界を破壊しようとします。そして、勇者が生まれユーストラシア討伐の旅に出ているのです。
「……結局、そいつは倒せないのか……?」
「分かりません。水嶋さんが神官様に渡された剣で、倒され眠るそうです」
水嶋さんは神官様に渡された剣を見つめ、ぐっと握りしめます。目の前で燃え続けているコフアイを見上げ、僕を見ました。
「……俺、ユーストラシアを倒す」
「え……?」
「こんなことする奴、許せない。俺、絶対にユーストラシアを倒してみせる」
どうやって倒すのか、説明してほしいぐらいですけど……。水嶋さんの決意に満ちた目を見たら、僕は「ついて行きますよ」としか言えませんでした。
いつか、悠久の平穏を手に入れることができればと、誰もがそう思っています。
ユーストラシアに怯える日々は送りたくありません。
水嶋さんならできるんじゃないかと、ちょっとだけ見直した日でした。
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