無邪気に付けられた傷


 見てるだけでも十分なぐらい、好きな人がいる。
「いやー、ほんまええわ。あれ。どうして俺の気持ちは伝わらへんのやろうなぁ」
 真顔から呆れた視線に変わる。
「彼女出来たんやって。今日、朝っぱらから言われたわ。ほんま、どないせぇっちゅーねんなぁ。俺はお前のために、尻まで開発してもーたっちゅーねん」
 パクパクと口を動かしているのが見えた。言いたげな言葉をわざと遮って、言葉を紡いでしまう。
「ああああ、ほんまどないせぇっちゅうねんんんん」
 ゴツンゴツンと机に頭をぶつけると、「やめぇや」と低い声が聞こえた。対面にいる無愛想な男は俺から視線を教室の入り口に向けて、また俺に戻す。
「アイツが女好きや、っちゅうんは、お前も前から知っとったやろうが」
「……知ってたけどなぁ。お前には俺を慰めたろうっちゅー、優しい気持ちはないんかい」
「そんなもんを何故、お前に見せなあかんねん」
「親友やろうがあああああ!!」
 率直な気持ちを述べると、「ちゃうやろ」と否定された。勝手に親友と決めつけた市瀬は面倒くさそうな顔をして俺を見下し、入り口でやいやい騒いでいるクラスの中心人物を見る。学年でもそれなりに有名な大迫は、俺の好きな人であり、親友だ。彼こそが俺の親友だった。市瀬はただの幼馴染だ。そんでもって俺の秘密全部を知っている理解者、でもあった。
「で、お前、ほんまに尻まで手を出したんか」
「あれ、クセになるわ。ヤバいヤバい。大迫なんてちょっと関係なかったかもしらん」
「ド変態やなぁ。近寄るなや」
 しっしと虫を追いやるような手振りで、市瀬が嫌悪を露わにする。それでも、コイツだけは俺を見捨てないと分かっている。
「佐月!」
 名字を呼ばれて振り返る。
「数学の宿題出てたの、お前、知っとったか?」
 眩しいばかりの笑顔で大迫が俺に話しかけてくる。それを受けながら、「いんやぁ?」と気だるげな返事をして見せると、大迫は不思議そうな顔をして俺のことを心配してくる。
「どうしたん? 元気ないやん」
「そりゃぁ、大迫に先越されたーって思うたら、げんなりもするわなぁ」
「何を先越すねん」
 バカな大迫は俺の言っている意味なんて分からず、首を傾げていた。そんなバカなところも俺は好きで、見てるだけでしんどくなってくる。
「ドーテー」
「な、ななな! まだ付き合ったばかりやっちゅうねん! 何を言うてるん!?」
「行きつく先はそこやろ!? お前の失敗談、期待して待っとるわ」
「んな、キリッとして言うな!」
 失敗なんてせんわ! と怒りながら、大迫は俺から離れていく。ちょっとずつちょっとずつ、こうやって距離を置いて親友だなんて思わなくなって、いつか甘酸っぱい思い出になるんだろうか。全然甘酸っぱくないし、男臭い青春だけれど、俺は本気で大迫のことが好きだった。見てるだけでも十分なぐらい、好きだった。まぁ、もちろん、自分自身を慰めるオカズにはさせていただいて、男臭さの中にイカ臭さも混ざってしまっているが、大切な記憶になることは確かだ。怒りが目に見える背中を見送る。
「ほんまに好きやったんやな」
「……ほんまやーって前に言うたやん」
 ふざけててちゃらけてる俺だが、嘘はあんまり吐かない。そりゃ、大迫の前では嘘を吐かなきゃいけないときだって沢山あったから、大迫には嘘吐きだったけれど市瀬に嘘を突く必要なんて無い。
「ほんなら、慰めてやろうか?」
 俺だけには優しくなかった市瀬の言葉とは思えず、顔を上げる。市瀬は至極真面目な顔で俺を見つめ、冗談なんて言っている素振りではない。
「な、何を言うてるんや」
「今日、うち来いよ」
 そう言うと市瀬は立ち上がってカバンを持って、教室を出て行ってしまう。アイツに俺を慰めてやるなんて言う優しさを持ち合わせてないことは、幼馴染であるだけあって十分に知っていた。なのに、何で。やっぱり、毎日毎日鬱陶しいぐらい大迫の話と言うか愚痴と言うか、伝えられない気持ちを市瀬にぶつけまくってたから、同情ぐらいはしてくれてるんだろうか。それでもどうして、いきなり慰めるなんて。さっきまでは嫌だって言ってたのに。
「佐月ー、じゃあな!」
 大迫が俺に手を振って去っていく。初めてできた彼女は大迫の隣に並んで俺を見てから、大迫に視線を移した。そう言う女の子の品定めする視線って、凄くきついものがある。だから女なんか嫌いだし、大迫もサイテーな女を選んだもんだなとか思っちゃったけど、俺がそんなことを言ったってただの僻みとしか思われない。
 確かに女に対しては、僻んでたかもしれない。この前まで、大迫の隣にいたのは俺だったから。
 やっぱちょっとショックだなって思って、視界が滲む。これ以上、惨めなことを考えるのは性に合わないし、俺らしくない。でも、今日だけは凹ませてほしかった。それと、ちょっと慰めて欲しいってのもあって、市瀬の後を追った。
 幼馴染と言うだけあって、市瀬の家は俺んちの横にある。玄関にカバンだけ置いて、制服のまんま、市瀬の家に行く。うちはおかんが専業主婦で家にいるけど、市瀬の家は両親ともフルに働いてて、夜遅くまで帰ってくることはない。だから、たまーにうちで飯食ったりとかするような仲で、言えないことまで市瀬には言えてしまうんだから、仲は良いんだと思う。俺は。親友とかそんな括りでもないし、友達かって言われたらそうでもない。今日は大迫の彼女事件でショック受けたから市瀬の席に居たけれど、普段だったら違うグループに属している。
 勝手知ったる市瀬の家に上がり込み、階段を登る。階段を上がったら、左手の部屋が市瀬の部屋だ。ノックもせずに開けると、市瀬は既に帰ってたようでベッドに座っていた。
「ほんまに来たんか」
 市瀬はちょっと驚いた顔をして、俺を見ている。
「慰めてくれるんやろ!?」
 冗談だったのかと思って、少し大声を出すと市瀬は嫌な顔をする。
「まぁ、ええわ。俺が言い出したことやしな」
 そう言って市瀬は立ち上がると、俺の腕を引っ張った。一体、どんな慰め方をするのかと思えば、いきなり唇を塞がれた。何が何だか分からないまま、開けっぱなしにしていた部屋の扉を市瀬が閉めて、引っ張られる。ベッドに押し倒されて、市瀬が俺の上に乗った。
「……ちょ、何してん」
「何って……、慰めてんやろ? 手っ取り早く、体で」
 そりゃぁ、まぁ、手っ取り早すぎる慰め方だな。とまぁ、ちょっと、納得した部分がありつつも、どうしてそうなるんだよって言う疑問が後で襲いかかってきた。
 も、もしかして、コイツ、俺のことが好きだったとか!?
「ちょ、ちょぉ待て! 何でそうなんねん!」
 服の中に手を突っ込もうとしてきた市瀬の手を掴むと、市瀬は相変わらず何も考えてなさそうな顔で俺を見下ろしている。
「何でって、そりゃぁ、俺も大迫のことが好きやったからや」
「……は、はぁ?」
 予想してた言葉とは全く違う言葉に、脳みそが吹っ飛ぶ。
「好きなもんほとんど一緒やけど、好きな奴まで一緒やとわな。お前が大迫好きやって聞いて、驚いたわ」
「お、驚いたのはこっちや! なんで今まで言わへんかったん!?」
「男が好きやなんて、平然と言えるわけないやろ」
「言うてもうた俺はどないやねん!!!」
 怒鳴ると煩いと言わんばかりに、市瀬が嫌そうな顔をする。体で慰めるとかそんなどうでもいいことはどこかへ飛んで行ってしまった。もう、本当に脳みそが飛んでってしまったようで、何も考えられなかった。分からないことが多すぎて、俺は完全に混乱していた。
「だから驚いたって言うたやろ。好きやって聞かされた時は、俺もビビった」
「全然ビビった顔してへんかったやろ!」
「顔にでえへんねから、しゃーないやろ。お前が見てるだけで十分やって言うた気持ちは、よーく分かる。だから今日、お前がどれほどショック受けてるかも、俺はある程度、分かっとる。まぁ、お前のほうが大迫の近くにおったから、お前のほうが気持ちは大きかったんやろうけどな」
 ほろりと涙が出かけた。込み上がってきただけで、泣きそうにはなってないけど、俺のこのどうしようもない気持ちを、誰かが理解してくれる日が来るなんて思いもしてなかった。黙り込んでると市瀬の手が動きだす。
「ってえええ!! お前、俺がちょおおーっと感動してる間に、何しとんねん!!」
「慰めたってんやろ。煩いから黙れや」
 そう言って本気で口を塞がれる。何がなんだかもう目が回るぐらいいろんなことがあった俺は、わたわたと手を動かす。バンバンとベッドを叩くと、市瀬が俺から離れた。
「お前は大迫に抱かれたくて、ケツまで弄っとったんやろ?」
「せ、せやけど」
「なら丁度ええ。俺は大迫を抱きたかったんや」
「……は、は?」
「利害は一致しとる。お前は大迫に抱かれれてると思うたらええ。俺は大迫を抱いてると思うから」
 その一言で、市瀬がどれほど大迫のことが好きだったのかまで、分かってしまった。コイツもコイツで悩むことがあったし、大迫に彼女が出来てショックを受けたんだろう。胸を抉られるような苦しさを、俺の身勝手な愚痴で味わわせてしまったなら、市瀬の条件に乗るべきなんだろうか。その前に今はお互い、化膿しそうな傷を手当するのが一番な気がしてきた。
 多分、ヤキが回ってるんだ。俺も、市瀬も。
 抵抗してた手の力を緩めると、市瀬の動きが少しだけ止まった。けれど、すぐに動きだして、自分で弄ってたところを市瀬の手が撫でる。やっぱり自分と他人は違って、むず痒さが襲ってきた。
「ッ……」
「おい、乳首も弄っとったんか」
「う……、うん」
 バレたくないことまでどんどんとバレていく。俺がどんなオナニーしてようが、俺の勝手じゃないか。なのに、こんなことでバレるなんて、いきなり恥ずかしさが襲ってきた。シャツを脱がされて、ティシャツを捲り上げられる。最近、あったかいせいで汗とかかいててべたべたしてるのに、市瀬は気にする素振りも見せないで乳首を舐める。短くて固い髪の毛が、胸に突き刺さる。少し痛かった。
「ん、な、やっ……」
 思った以上に舐められるってヤバい。まぁ、自分で弄り倒したせいで、ちょっと人より敏感になってるかもしれないけど、触られるよりヤバい。なんかぬるぬるしてるし。
 俺のことなんかお構いなしに、市瀬はベルトを外す。既に勃起した俺のもんを躊躇いも無く掴み、上下に扱き始める。ほんとに市瀬は俺のことを大迫だと思って抱いてるんだろうか。下に視線を向けると、目が合う。欲情した目に、息が止まった。唇が、また触れる。
 ズボンとパンツを一緒に脱がされる。毎日やってたオナニーなんかよりも、他人に触れられるほうが断然気持ち良い。どうしてか分からないけど、もっと触ってほしい衝動に駆られる。
「あっ、ッ、んあっ……、もうちょっと、強く」
 もう少し強く握ってほしくてそんな要望をしてしまうと、俺の言う通りにしてくれる。大迫だったら、本当にこんなことしてくれるのか、そんなことを考えると俺の胸に淡い気持ちが込み上がってくる。それと同時に襲ってくる絶望。傷口が広がって痛みが全身を駆け巡る。そんな感覚に襲われた。
 忘れたい。早く。
 この痛みと苦しさから、解放されたい。
 前を弄ってた手が、後ろに回る。先走りで汚れた手と、最近、ハマっていた尻を使ってのオナニーのせいで、侵入をなんなりと許してしまう。それに驚いたのか、市瀬の手が止まる。
「……おい、お前、弄りすぎやろ」
「うるさ、だって、新感覚だった、んだもっ……」
 ドン引きしながらも、市瀬の動きは止まらない。簡単に入ることが分かったのか、指を二本に増やして良い所が分かってるかのごとく、内壁を押す。この前やっと自分で分かった良い所を、市瀬にピンポイントで押されるとは思わなかった。
「あっ……、や、ん、……いち、せ」
「俺の名前を呼ぶなや」
「だって、あっ……、おおさこだと、思えなっ……、んんっ」
 どんなに想像しても、大迫だと思えなかった。足を持ち上げられて、良い所ばっかり刺激されてるから、何がなんだか理解はとっくに出来なくなっている。指なんかじゃなくて、もっと大きいのが欲しい。そんな物欲しげな目を向けてしまったのか、市瀬は呆れたように息を吐き、「仕方ないな」と言って指を抜いた。
 それからすぐに指なんかより熱くて大きいものが、尻に当てられて中に入ってきた。市瀬の手が俺の肩を掴んでいる。指じゃないってことは、あれか。チンコか!
「おま、入れるなら、入れるって……、言えよっ……!」
「うっさいなぁ。お前はあんあん言うてればええんや。大迫やと思われへんやろ。ッ、たつ。おま……」
 名前を呼ばれてどきんと胸が軋む。名前で呼ばれるなんて、とても久しぶりだ。小学三年以来、名前で呼ばれて無い。なのにどうして今、そう呼ぶんだ。
「だって、俺、大迫やないもんっ……。あっ……! 動くな、しげっ……」
 釣られて俺まで名前で呼んでしまった。やっぱり最初から、大迫だと思うなんて無理だったんだ。俺の目の前にいるのは、どうしても市瀬茂人で大迫にはなれない。無理だって言ってんのに動いたりするから、大迫のことすら忘れそうになっていた。頭がドロドロになって、ただでさえバカな頭がもっとバカになる。
「動くなって言うたって、お前、ぎゅうぎゅうと締めつけてるやんか。気持ちええんやろ?」
 そりゃぁ、物凄く気持ち良い。最近、ハマってただけあって、他人にやられるのがこんなにも気持ち良いなんて知らなかった。このまま突かれてると、どこかに行ってしまいそうだ。それが怖くて、茂人にしがみ付く。
「あっ……、しげ、んああっ……!」
「慣れ過ぎやろ……、どんだけやっとったんや」
「三週間、ぐらい……、あっ、も、あ、イきそっ……」
「イったらええやろ。何でこんなに柔らかいねん。俺もイってまいそ」
「しげ、ッ……、あっ!」
 丁度良い強さで前を握りしめられ、数回扱かれる。そんなことされたら、ただでさえイきそうだったのに、我慢しきれなくて出してしまう。それからちょっと乱暴に揺すられて、茂人がイった。動きが止まって、ゆっくり唇が触れる。
「……随分と上手やな」
 嫌味のように言うと、茂人はいつもと変わらない表情で俺を見下ろし、パソコンを指さす。
「俺やって人並みに性欲だってあるし、大迫抱きたいなって思ってお前とおんなじように、頭ん中ではめちゃくちゃにしとったからな。基本はアレで勉強した」
「茂人、お前、ほんまに大迫好きやったん?」
「……お前が好きになる前から、好きやったで」
 そう言って茂人が俺から離れる。終わった後はかなり淡泊なもんで、ぱっぱと着替えてしまう。そうか、俺が好きになる前から好きだったなら、思いは俺よりも強い気がした。それに加えて、俺からの相談でコイツはどう思っていたのか気になってしまった。
「見てるだけで十分やったけど、誰かのもんになるって考えたら、辛いな」
「……え?」
「大迫に対してそつなくこなしてるお前見てたら、なんか意地悪したなった。……ごめんな」
 どっちが悪かったかなんて、もう分からなくなってる。
「意地悪ちゃうやろ。こんなん、虚しい慰め合いなだけや。……まぁ、慰められたんは、俺だけかもしらんけど」
 俺も市瀬も、他人には理解できないぐらいの大きい傷を負って、一時的にその痛みを忘れたかっただけだ。
 叶わない願いで、見てるだけで十分だと思っていても、そいつが誰かの物になればそれなりの苦しさは味わう。
 それは人それぞれだけれど、きっと、俺も市瀬も、かなり傷は深い。
 せやな、と小さい声が聞こえた。
 それと同時に、彼女が出来たと伝えてきた時の無邪気な笑顔が、脳裏をよぎった。

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