存在意義


 どうして、こんな奴と一緒に居るのか分からない。傲慢で、自己中で、ワガママで、俺様で、一緒に居るだけで胃潰瘍になりそうだ。
 一緒に居る意味が分からないと思っていても、離れられないのだ。俺は、そんな奴が、好きなんだから。
「はぁ? 今すぐ、買って来いよ」
「……えぇ、面倒くさい」
「お前に拒否権はねぇ。今すぐだ。分かったな」
 当本人は今ハマっているゲームに必死で、俺に金も渡さずにコーラを買って来いと命令した。基本的に、コイツは俺に対して命令口調であって、お願いなんかではない。俺だってちょっとやりたいことがあったのに、命令に逆らうとグチグチうるさいので、俺は仕方なくコーラを買いに行く。立地条件が悪すぎる俺のアパートは、近くのコンビニに行くだけでも自転車で10分かかる。コイツは10分以内に買ってこないと文句を言うのだけれど、今はゲームをしているから大丈夫だろう。俺は必死にならず、散歩がてらにゆっくりと自転車を漕いでコンビニへと向かう。
「いらっしゃいませー」
 行きつけになったコンビニで、今日は可愛い子がレジに並んでいた。俺を見るなりに、その子はにこっと笑って「こんにちは」と挨拶をしてくれた。それに合わすよう、俺も挨拶をして、まずは雑誌コーナーへ行って、週刊誌の立ち読みをする。そう言えば、今週のマガジンを買って来いとか言ってたような気もする。俺が読む前に読まれた挙げ句、どっかへ持って行ってしまう可能性があるから、俺はコンビニで立ち読みしてから家へと買って帰る。それから、頼まれていたコーラ、キノコの山、ポテトチップスののりしおを持ってレジに行く。
「セブンスターのソフト、3つください」
「分かりましたー」
 知り合いの域を超えた店員の女の子は笑いながら、タバコを取りに行く。ここでの買い物、俺の物は一つもなく、タバコだってアイツの物だ。どうせ、そのうちタバコ買って来いと言われるのが目に見えているから、俺は先に買っておく。最後の一箱を開けたのを、見ていて良かった。
「最近、あまり来てませんでしたよね」
「……そうかな?」
 店員の女の子にそう尋ねられて、俺はここ最近の記憶を思い出す。言われれば、最近は、アイツの家に行っていることが多くて、自分の家には居なかったように思う。今日だって、俺がこの前買ったゲームをやりたいと言うからうちに来ただけで、もし、ゲームを買ったなんて言わなかったら、アイツの家に行っていただろう。
 買ったばかりのソファーを凄く気に入っていて、家に居たいと言っていた。けど、俺の家にしかパソコンが無くて、詰むとすぐに攻略を見たがるから、うちでしかゲームはやらない。
「てっきりね、引っ越しちゃったのかなーって思ってたんですよ。だから、今日、顔見れて、ほんの少しだけホッとしました」
 安堵して笑う女の子の顔を見て、ちょっとだけ心が跳ねた。こんなこと言われたら、誰だって期待してしまうだろう。けど、俺にはアイツがいるから、余計なことは考えない。頭を振って、心に残るときめきを消して「心配してくれてありがとうね」と世辞のような返事をした。
「あの……、メルアドとか、教えてもらって良いですか?」
「……はい?」
「連絡とか、取れたら良いなーって……。あの、これ、気が向いたらで良いんで!」
 女の子は自分のアドレスを書いた紙を、袋の中に詰め込んで、俺に手渡した。どうして良いかも分からず、断ることも出来なかった俺は、そのままアドレスが書かれたメモを袋に入れっぱなしにしたまま、自転車を漕いで俺様がいる家へと帰った。
「おっせーんだよ! この由岐様を何十分待たせるつもりなんだよ」
「ごめんごめん。ちょっと、今週のマガジン立ち読みしてた」
「はぁ? んな暇あるなら、さっさと帰ってこいよ。マガジン、買ってきたよな」
 そう言って、コントローラーを自分の右に置いて、俺様こと斎藤由岐は俺の手から袋をひったくって、ガサガサと中を漁り始めた。確か、その中には……。
「おいぃ」
 袋の中を見つめたまま、由岐は低い声で唸る。これは非常にマズイなと思い、俺は由岐から目を逸らした。
「何なんだ、コレは」
 どうやら、女の子のアドレスが書かれたメモを見つけてしまったようで、ジリジリと近づいてくるのが分かる。顔を上げて、黒髪が目の前で揺れているのを見て、後ずさった。
「……間違いじゃないかな……」
「ウソ吐くんじゃねぇよ。めちゃくちゃ名前書かれてるじゃねぇか。朝野、悟君へってな」
 メモ用紙を目の前に突き付けられて、俺は苦笑いした。名前は前に聞かれたから、俺の名前はちゃんと覚えられていたらしい。可愛い文字で書かれた英数字を見つめて、俺は「……何だろうね」と誤魔化してみた。
「……お前、女と会ってたのかよ」
「へ?」
「さいっあくだな。信じらんねぇ」
 殴られたり、もっと問い詰められたりするのかと思っていれば、由岐は俺から目を逸らして、買ってきた荷物をその場に落とした。ゴツンとマガジンの角が俺の足の指に当たって、ちょっとだけ悶える。
「いたっ!?」
「帰る」
「はい!?」
 由岐は俺に背を向けてカバンを持つと、家から出て行ってしまった。まさか、出て行かすほど怒らせてしまった。どうして、そこまで怒っているのか分からず、俺は足の指を押さえたまま、出て行った後ろ姿をジッと見つめていた。

 大学に行っても、由岐は俺を見るなりに無視をするようになった。気分屋だから、一日経てば大丈夫かなと思っていたけれど、どうやらかなり怒っているようだった。
「あっれ、悟さぁ、最近、斎藤と一緒じゃ無いじゃん。どうしたの?」
 一人飯を食べていると、大学の友達が隣に座ってそう尋ねてきた。確かに、前までは由岐と一緒にご飯を食べていたから、不審がるのも可笑しくないと思う。
「んー、なんか怒ってるみたいでさ。無視だよ、無視」
「へぇー。アイツ、怒ったりするんだ」
「え?」
 むしろ、怒ってばかりいるのに、どうして由岐のことをそんな風に言ったのか分からず、俺は思いっきりスプーンを落とした。カチャンと皿に当たって、カレーがテーブルに零れた。
「何で、動揺してんだよ」
「由岐、よく怒るよ? むしろ、怒ってばっかりだよ?」
 何を言ってるの? と言いたくなって、俺は口を閉じた。友達は「へぇ、よく怒るんだ。意外」と言って、目を丸くしていた。
「何で意外なんだよ。俺、よく怒られるし」
「お前だけじゃねぇの? 斎藤ってさ、あんまり怒ったりしねーイメージが強いんだけどなぁ。笑ったりもしねーけど、怒ったりもしない。なんか、あんまり感情ない感じ」
 そう言われて、俺は黙り込んだ。由岐はどちらかと言うと、感情豊かな感じがする。怒ったりする分、よく笑っていた気もするけれど、それは俺の思い違いだったんだろうか。本当は、俺と居ても全然面白くないとか。
 思ってしまったら辛くなって、俺はスプーンを拾ってカレーをかき混ぜた。
「え、何、凹んでるの?」
「別に、凹んでないよ」
「そっか。なら良いんだけどさ。仲直りしろよ。最近、斎藤もあんまり元気ないみたいだからさ」
 最後の方、何を言っていたのか分からないけど、気付けば友達は目の前に居なかった。メルアドなんか貰ってこなければ、こんなことにはならなかったんだろうけど、無下に断ることも出来なかった。優柔不断な自分に嫌気が差して、俺はスプーンを刺すようにカレーをかき混ぜていた。
 由岐とは会ったのは、中学校の時だった。部活が同じになって、そっから高校も同じになって、好きだと気付いたのは高校の時だけど、その前から好きだったように思う。いつから好きになったのか、俺には曖昧でよく分からない。由岐は会った時から結構男前で、いろんな子からモテてて、告白だって俺の何倍もされていた。高校2年の夏だったと思う。花火を見に行きたいと言った由岐と一緒に、俺は近くの河川敷でやっている花火大会を見に行った。
 やはり、花火大会だから人は多くて、目に付いた屋台を食べたがった由岐と俺は、案の定はぐれた。このときは携帯も何も持っていなくて、気付けば居なくなった由岐を、俺はずっと探していた。花火大会が始まって、頭上でドンドンと花火の音が鳴っている中、俺は花火なんか眺めずにずっと由岐を探していた。
 どうして、ここまで必死に探していたのか、当時の俺にはよく分からなかった。ただ、由岐がなんか、泣いていそうな気がしたから、俺は必死になって探していた。花火大会も終盤、一気に花火が打ち上げられてきた頃にようやく俺は由岐を見つけることが出来た。由岐は、人ごみから離れた公園で、ブランコに座っていた。本当に見つかったときはほっとした。もしかしたら、家に帰ってるんじゃないかと思っていたけど、由岐はブランコに揺られながら、寂しそうに花火を見つめていた。
 俺が目の前まで行くと、由岐は少し泣きそうな顔をして、「……どこ行ってたんだよ」と小さい声でそう言った。このとき、俺は由岐に対する感情が何なのかよくわかった。泣きそうな顔をしている由岐を、俺は抱きしめてしまった。
 抱きしめた時、由岐の体が少し強張ったのをよく覚えている。見つかってよかったと言う安心感と、胸の内に抱えていた感情に耐え切れず、俺は強く由岐を抱きしめた。
 この時、殴られるかと思っていた。けど、由岐は俺の背中に腕を回して「……どこ行ってたんだよ」ともう一度、小さい声でそう言ったのだった。いつ、はぐれたか分からないけど、俺がどこか他を見ているときに由岐が屋台を買いに行って、そっからはぐれてしまったみたいだ。かなりの人が来ていたから、少し目を離してしまっただけなのに、あっという間に人ごみに紛れて居なくなってしまった。
 それから、少し経って、俺と由岐は付きあうようになった。告白なんて、しなかったように思う。
 付き合ってからも、別に由岐は変わらなかった。横暴で、傲慢で、俺様で、ワガママで、俺が言うことを利かないと殴ったりすることもたまにある。たまに俺は由岐のパシリなんじゃないかと疑うこともあったけれど、俺は由岐のことが好きだから我慢することが出来た。
 今だって、パシリに使われたりするのを嫌ってるわけじゃない。たった一つのメルアドが、こんなことになってしまうなんて、想像すらしてなかった。
 あれは違うんだって言っても、由岐は信じてくれなさそうだ。どうしよう。
 俺はもう、見捨てられたのかな。
 カレーを食べきることが出来ず、俺はそのまま食器を返して、講堂に向かった。俺と由岐は学科が違うから、大学で会うことはめったにない。このまま、無視されたら、自然消滅するんだろうかと、絶望に陥りながら俺は講義を受けていた。
 授業も終わり、トボトボと家に帰る。同じ時間に終わればいつも由岐と一緒に帰って、どっちかの家に行っていた。そんな日々が酷く懐かしくて、何だか泣きそうになってきた。怒っている以上、由岐が許すまで俺には話しかけてこないだろうし、大学内では会えないし、携帯は着信拒否させられてるし。出て行ったときに追いかけていれば、もうちょっとマシな未来になってたんだろうか。そんなことを頭の中で考えながら、俺はあの行きつけだったコンビニの前を通り過ぎた。
「あ、朝野さん!」
 コンビニを通り過ぎたぐらいに、聞き慣れた声が聞こえて、俺は足を止めて振り向いた。コンビニから出てきたのは、俺にメールアドレスをくれたあの子だった。
「こんにちは、どうしたんですか? なんか、凄く凹んでそうだったから、つい……」
「ん、ちょっとね……。仕事、放っといて良いの?」
 店の中を覗きこむと、女の子は「……ちょっとだけなら、大丈夫だから」と言って、俺を見上げた。由岐と俺は背が同じぐらいだから、あまり誰かから見上げられることなんて無いから、少しだけ新鮮だった。
「あの、メルアド……」
「……あぁ、ごめん。送って無かったね……」
 正直言うと、メルアドどころじゃなかった俺は、この話を振ってほしくなかった。この子は、俺からのメールをずっと待っていたんだろうか。携帯が鳴るたび、俺かと期待して、がっかりするようなそんな表情が目に浮かんで、申し訳なくなった。メルアドは教えられないことを、言った方が良い。
「あのさ……」
「お前って野郎は、本当に最低な奴なんだな」
 背後から殺気が滲んだ声が聞こえて、俺は振り向く。声だけで、話しかけてきたのは由岐だと分かった。俺の背後に立っていた由岐を見て、顔が綻んでしまった。顔はかなり怒っていて、ポケットに手を突っ込んでいる姿は、気だるげなのにどこかしっかりしている。久しぶりに見た由岐は、この前別れた時とそう変わっていなかった。
「由岐!」
「……テメェ、ちょっとこっち来い」
 大股で俺に近づくと、由岐は俺の胸倉を掴んで引っ張る。話しかけてくれたことが嬉しすぎて、俺の顔は笑っていたと思う。それを見た由岐が「笑ってんじゃねぇ」と、低い声で呟いた。
「メルアドをコイツに渡したのはお前だな。悪いけど、コイツ、俺のモンだから。手、出さないでくれる?」
 由岐は振り向きざまにそう言うと、茫然としている女の子を放置して、俺を引っ張っていった。ああ、なんてカッコイイんだ。改めて、俺は由岐のカッコよさを実感して、胸が熱くなった。俺のモンって言葉が心に響いて、俺は一気に嬉しくなった。
「おい、鍵出せ、鍵。鍵がなけりゃ、お前の家に入れねぇだろうが」
「あぁ、うん。はい」
「テメェで開けろよ。お前の家だろ、ここは」
 由岐に鍵を手渡そうとすると、冷たい声でそういわれた。やっぱり由岐はまだ怒っていて、ここに来たのは俺との関係をはっきりさせるためな気がして、気落ちする。どうしよう。俺、かなり由岐のこと好きみたいだから、離れたくないのに。
 俺は由岐と離れたくない。けど、由岐は俺と離れたがっているかもしれない。そんな事実を目の当たりにしたら、俺は多分、生きていけないと思う。
 家の鍵を開けると、由岐は俺の腕を引っ張って中に入る。靴もかたっぽしか脱げていないって言うのに、由岐は俺の腕を引っ張ってずんずんと家の中に入ってく。
「ちょ、由岐。待って。俺、靴、脱げてない」
「うるせぇ、とっとと脱げよ」
 そう言って由岐は、まだ履きっ放しだったスニーカーを無理やり脱がせて、玄関に投げる。由岐はそのまま俺の肩を掴んで、ベッドの上に俺を押し倒してその上に乗った。
「……ちょっ! どうしたの、由岐」
「殴るんだよ」
「……はい!?」
 どういう展開から俺は由岐に殴られなきゃいけないのか分からず、上の乗っかって睨みつけている由岐を見た。握っている拳はまだ振り上げられない。
「な、何で? 俺、悪いことしたなら謝るから」
「悪いことした自覚が無いんだな。よし、歯をくいしばれ」
 ついにその右手が振り上げられた。殴られると思って目を瞑ると、頬に衝撃は無くて、ふと力が抜ける。その瞬間をねらっていたのか、思いっきり左頬を殴られて俺は呻いた。
「いっ……!」
「超絶美男であるこの俺を手に入れておきながらも、テメェはあんな取り柄も何もなさそうな女に手を出そうとしてるんだな」
 怒っているような低い声が聞こえて、俺は目を開けた。殴られた左頬はとても痛くて、ちょっとだけ口の中から血の味がした。痛すぎて由岐が何を言っているのか分からない。
「……どういうこと? よく分かんないんだけど。殴られた意味も」
「俺が嫌いなら、そう言えばいいだろっ!?」
 由岐の顔が少しだけ泣きそうに歪んだ。俺の上に乗っているせいで、表情が良く分かる。由岐が嫌いだなんて一度も思ったことないし、現在進行形で好きなんだけどな。どうして、由岐はそんなことを疑うんだろうか。俺があの女の子からメルアドを貰ったから? さっき、喋ってたから? それだけでこんなことを疑ってしまうのか。
 一体、何故。
「嫌いじゃ、無いよ」
「じゃぁ、何で……。なんで、女からメルアド聞いてんだよっ!!」
「……………………………………はい?」
 切羽詰まったような由岐の声に、少し遅れてから返事をすると、由岐は「……え」と呟いて止まる。数秒間、気まずい沈黙の後に由岐がもう一度口を開いた。
「聞いたんじゃないのかよ……」
「何を?」
「だから、メルアドだよ。お前、何十回言わす気だよ」
 由岐の声がちょっとだけ小さくなって、呆れたような力の抜けた顔をする。俺もここでようやく、由岐がキレた理由も分かって安堵してしまった。あのコンビニの袋に入っていたメルアドを見て、由岐は俺が聞いたと思いこんだんだろう。
「俺から聞いたわけじゃないよ」
「……暗に自慢か、テメェ」
「違うって。不可抗力だよ。ごめんね、心配かけたね」
 由岐の頬に手を当てると、由岐は心配してないと叫んで俺に顔を見られないようにそっぽを向いた。歯を食いしばって、俺の上から退くと、ベッドを背もたれにして膝に額を乗せて体育座りをしている。
「……由岐?」
 起き上って真下にいる由岐の頭を触っても、由岐は反応しない。完全無視されている状態で、10分ほど放置した後、いきなり由岐は立ち上がって俺を見下した。
「何で、その場で断らなかったんだよ。この下衆が」
「……いや、詰め込まれちゃってね。捨てるのもなんだし、どうしようかと……」
 俺の返答が気にくわないのか、それとも、責めてしまった以上、自分の考えを正当化したいのか、由岐は両手を握って俺にそう言った。その姿は少しだけ辛そうで、俺もベッドから立ち上がって由岐の細い体を抱きしめた。
「貰ってきて、ごめんね」
「悪いと思ってんのか、お前……」
「凄く思ってるよ。由岐が居ない時間が超つまんなかった。自己中でワガママで俺様だけどさ、俺の隣に居るのは由岐じゃないとダメなんだなって思った」
 抱きしめる力を強めたら、由岐の手が恐る恐る俺の背中に回された。服を握って、俺の胸に顔を埋めた。
「俺はお前のことを殺したいぐらいムカついた」
「ごめんね」
「そうやってすぐ謝るところも嫌いだ。優柔不断で断れないのも嫌いだ。困ったように笑って何も言わせなくするのも嫌いだ」
 嫌いなところをいっぱいあげられてどうして良いのか分からなくなる。つい癖で笑おうとしてしまった。
「……けど俺は、そんな嫌いなところが好きなんだよ。お前のこと、好きなんだよっ……!」
 純粋にこれはセコイな、と思った。俺の服を握りしめて、泣きそうになりながら言う由岐の声を聞いて、俺は強く強く抱きしめた。なんて可愛い、可愛い奴なんだ。
「俺も、由岐のこと、好きだよ」
「あったりまえだろうがよっ!」
 ガンと、脛を蹴られて俺は由岐の体から手を離す。けど、由岐が俺の服にしがみ付いているからしゃがむことが出来ずに、俺は涙を浮かべて由岐を見た。
「……痛い」
「痛くしたんだから痛くて当たり前だろ」
 由岐の手が離れたから、俺はしゃがんで自分の足をさする。そのまま由岐を見上げると、由岐はいつものように勝ち気に笑った。この笑顔が一番好きで、由岐と一緒にいる理由の一つだ。
 この笑顔を取り戻せて、よかった。
「……好きだよ、由岐」
 もう一度、そう言うと由岐は顔を真っ赤にして俺と同じようにしゃがみこんだ。

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