それぞれの七夕
Drop By Drop
そよそよとリビングに風が吹くと、ざらざらっと紙が擦れる音がした。
その音に目を覚ました夏樹はボーっとしながらリビングへ向かう。すると、目の前に小柄な竹が目に入る。
「……なにこれ」
丁寧に飾り付けをしている安芸に、夏樹は尋ねた。安芸はにこっと笑うだけで何も答えない。
何事かと思いカレンダーを見てみると、今日は丁度7月7日だった。
「七夕かぁ」
テーブルの上に置かれている折り紙を手に取って、夏樹は適当に折り始めた。
「ちょ、夏樹。それ、何!?」
出来上がった鶴を見て、安芸がそう叫んだ。夏樹は鶴を折ったつもりだったが、安芸には鶴に見えていないようだ。
「鶴だよ」
「……………………………………………………へぇ。お願いごとも書きなよ」
長い間をおいて、安芸は夏樹に短冊を手渡した。すでに自分の願い事は笹に括りつけていた。
安芸の手から短冊を受け取り、油性マジックの蓋をポンと外した。
「願い事ねぇ」
曇天の空を見ながら夏樹は願い事を考える。
きゅきゅっとペンを滑らして、丁寧な文字で願い事を書いた。
その願いは、安芸と全く同じ願い事だった。
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担当するのはホモ小説家
ダダダダダダと走る音がして、南田奈央は重たい体を起こした。またどうせ、くだらないことで騒いでいるんだろうと決めつけてリビングに向かうと、騒いでいた人物とぶつかった。
「いたっ」
ぶつかったと同時にばさーっと何かが落ちる。それは色とりどりの折り紙。リビングの床一面に落とされた折り紙の量は半端無かった。
「…………何してんの?」
訝しげに、目の前にいた畑田緑子、本名藤川篤志を見る。篤志は落とした折り紙を拾いながら「折り紙折ってたんです」とありのままに答えた。
「なんで、今さら折り紙……?」
奈央がそう尋ねると、篤志はにこっと笑って「だって、今日は七夕ですよ?!南田さんっ!!」と若さあふれる笑顔で返答する。
「あぁ、そうか。今日は七夕かぁ」
そこでようやく奈央も今日が何月何日だったのか思い出す。七夕などここ数年忘れていた。
「そうですよ!短冊にお願いごと書きましょっ!!」
「……うーん」
折り紙を一枚手渡され、奈央はその紙をじっと見つめた。もう良い歳だ。自分の願いを星にかなえてもらうほど、夢あふれる考えなど持ち合わせていなかった。
「先生はなんてお願いしたんです?」
いつもの癖で、先生と呼んでしまうと篤志はムッとした顔で奈央を見た。
「名前」
「自分もさっき南田さんって言ったじゃん」
自分のことは棚に上げて先ほどのことを言うと、もっとムッとした顔をする。頬を膨らませたその表情はどこかハムスターっぽく、奈央の顔から笑みがこぼれた。
「で、願い事は?」
「それはー……。見たら分かりますよ!」
そう言って篤志はベランダにある竹を指さした。まさかそこまで用意しているとは思わず、奈央はケラケラと笑った。
短冊には「畑田緑子が締切を守りますように」と書き込み、それをベランダへ持って行く。
先につるされていた短冊を見て、奈央の顔に仄かな笑みが零れた。
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担当編集者は恋人
「圭っ!!今日は何の日だ!?」
日付が変わるとともに、瞬がそう叫ぶ。圭介はちらっとカレンダーを見て「7月7日」と素気なく答えた。
「……だから、何の日だ!?」
「七夕でしょ?」
興味なさそうに答えると瞬が凹んだのが分かった。圭介はそれを見て、仄かに笑い立ちあがった。
こう言う祭りごとに目の無い瞬が、七夕で騒がないはずがないと思っておもちゃの笹を買ってきていた。
子供が手にもつほどの小さい竹を書斎から持ってきて、瞬に渡す。
「…………え?」
「ほら、瞬ってさ。七夕とか好きそうだから。買ってきてたんだ。美咲ちゃんと一緒に飾りつけもしてね」
ジッとその竹を見つめると短冊が二つつるされている。
「美咲ちゃんと?」
「そう。美咲ちゃんかなりやる気満々で折り紙とか100枚買ってきててさ。そんなに付かないよって言ったら、家でやるって言ってね。今日は実家に帰省中」
「へぇ」
そう頷いて瞬は書かれている短冊を読んだ。
美咲が書いた内容はやはりBLのこと<脳みそとかすぐらいの素晴らしいカップリングに出会えますように>と書かれている。
そしてもう一枚は、圭介が書かれたと思う短冊に目を通す。
「……お願いごと、読まないでよ」
恥ずかしげに答える圭介を見て、瞬は抱きしめた。
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ワトソン君の受難
ピンポーンとインターホンが鳴ったので、晃は「朝っぱらから誰だよ」とぼやきながら玄関へと向かった。
ガチャッと開けると目の前には宅配の青年が立っている。
「大久保さんの家にお届けモノですー」
そう言われ、晃はシャチハタを取りに一旦リビングへと向かう。まだ龍司は眠っていて、静かな朝だった。
伝票に印鑑を押して、晃はそのお届けモノを受け取ろうとして目を疑った。
「なっ?!」
物を確認する前に判を押してしまったことを後悔した。宅配の青年が持ってきたのはバカでかい竹だった。しかも、笹が付いている。
「え、間違えてませんか?」
「いえ、大久保さんの家で間違ってないですよ」
そう言って青年はもう一度晃に伝票を見せる。確かに、宛先は龍司だったし、品名も簡素に「竹」と書かれていた。
意味が分からないがとりあえず受け取って、それをベランダまで持って行った。無駄にでかくて、かなり重たい。その竹を眺めながら茫然としていると、かちっとライターの音がした。
振り向くと龍司が眠たそうにタバコを吸っている。
「……何これ」
「竹」
晃が竹を指さして龍司に尋ねると、龍司までもが簡素に答える。
「そうじゃなくて。お前が頼んだんだろう?」
「あー、うん。そう言えばそうだった。やっと来たなぁ。それ職人が作った竹なんだぜ?」
龍司は自慢げに答えるが、何が「職人が作った竹」なのか分からずに晃は龍司を睨みつけた。そこで龍司がテレビを付けたことにより、今日が何の日か分かった。
「願い事書けよ。どうせ、お前のことだから、金持ちになれますようにとかそんなくだらないことだろ?」
バカにするような龍司の手から短冊が渡される。そこまで用意していると思わなかった晃は目を見張った。
「……そうだな。龍司が消えますようにって願い事書いとくわ」
晃はそう言って、全く違うことを短冊に書いた。
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バスターエンドラン
丁度商店街を通りかかった時だった。健と司の目に、煌びやかな笹飾りが目に入る。
「お、今日七夕じゃん!」
それを見た健が最初にそう叫んだ。街で主催している七夕祭りが今日あるみたいだが、二人ともそんなことはすっかり忘れていた。
大きい竹にたくさんの短冊が飾られていた。それを見た健はテーブルの上に置かれている短冊を手に取る。
「なぁ、司。願い事書こうぜ!」
「……一体何を書くんだ」
司は面倒くさそうに答えながらも、ほんの少しだけ笑みを浮かべてその短冊を手に取った。
おかれているボールペンを二人一緒に手に取り、願い事を考える。
「織姫と彦星って今日、出会えるかな」
そう言って健は曇天の空を眺める。先ほどまで降っていた雨は止んだが、二人は練習できずに一緒に帰宅していた。
ほんの少しだけ雲の隙間から見える青空を眺めて司が呟く。
「大丈夫だろ。会えるんじゃねぇの?」
そう素気なく答えると健は「そうだよな!出会えるよな!」と自信ありげに答えた。なぜそんなこと気にしたのか、司には分からない。
「さて……、願い事何にしようかなぁ。やっぱり時期的には甲子園に行けますように?」
「こんなこと書いて甲子園行けるなら、どのチームも行けるだろ」
そう言いながらも司の短冊には「甲」の文字が書かれている。きっと、健と似たような考えに嫌気がさしたんだろう。
素直じゃないと心の中で呟き、健は願い事を書く。
それはまず「司」の文字から始まった。
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猟奇的な恋人
丁度恒平がレポートに取りかかろうとシャーペンを持った時だった。
レポート用紙の上にヒラッと色のついた長細い紙が落とされる。顔を上げると、純が無表情で目の前に立っていた。
「……どうしたの?」
長細い紙の上には小さい穴があいていて、穴にはひもが通されている。何の紙か分からず、それを手に取りながら純に尋ねると純は黙ったままカレンダーを指さした。
「あー、今日七夕かぁ」
そこでようやく今日が七夕だったことを思い出す。もう日付も変わる直前だ。そこまで純が待っていたことを考えると、気づいてやれなかったことを後悔した。
「ごめんね、今日日付全然見てなかった」
「……別に良いよ」
そう素気なく答えると純は恒平に背を向けてテレビを付けた。
短冊をもらったは良いが、この短冊を何処に飾るのだろうと思い恒平は辺りを見渡す。
ベランダの隅に小さい笹飾りが置かれていた。今日は朝から雨が降っていて、洗濯は全て乾燥機で済ませてしまった。
全くベランダを見ていなかったせいで、その笹飾りに気付いてやれなかった。
「ごめんね、純。折角用意してくれたのに」
「だから!別に良いって言ってんだろ!!」
そう強気に答える割には目が寂しそうだった。恒平は願い事をシャーペンで書きこみ、純を連れてベランダへ出た。
「まだ、願い叶えてくれるかな?」
恒平が純に聞くと、純は不貞腐れたまま「そんなこと俺じゃなくて、星に聞けよ」と答えた。
空を見上げると朝の雨を思わせないほどの星空がある。
「さ、お願いごと飾っとこ。まだギリギリ間に合う」
時計はすでに12時直前を指しているが、まだ7月7日だ。恒平はそそくさと短冊を笹に括りつけ、最初から付いていた短冊に目を通す。
汚い文字で書かれた願い事に、恒平は目を細めた。
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旋律
「遥さん、今日七夕ですよっ!!」
寝起き一番に、遥は光にそう言われ目を見開いた。一瞬、何を言われているのか分からずに首を傾げていると、光が遥に短冊を手渡す。
「はい、願い事。書いてくださいねっ!!」
それだけ言って光はまたリビングへと戻って行く。鼻歌で聞えた七夕に遥は笑う。
布団から出てリビングに向かうと、そこそこ大きい竹がベランダに置かれている。まだ作成途中らしく、飾りのほとんどはリビングのテーブルに置かれていた。
「光ってマメだよねぇ」
「え?」
「七夕を楽しみにしている大学生とか初めて見たよ」
ため息交じりにそう言って、遥はソファーに座った。ソファーの前に置かれたテーブルには、糊やらハサミやら色々な物が置かれている。
それを乱暴にどかしてから短冊に「光の演奏がうまくなりますように」と嫌味を込めた願い事を書く。
「えー……、俺上手くなってません?」
「まだまだってことだよ」
遥の短冊を手に取って、光はベランダに向かった。それと同時に遥も光と一緒にベランダへ行って、飾り付けを手伝った。
こうして七夕を楽しむのは初めてで、少しだけ嬉しくなってしまった。
ちらっと遠くの方にある短冊を手に取って遥は光の願い事を読みあげる。
光の願い事を見て遥は噴き出した。
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My Dear House
望が目を覚ましてリビングに行くと、誠が神妙な面持ちで折り紙とにらめっこしていた。
「……何してるんですか?」
なぜ、今さら28歳にもなって折り紙をしているのか分からず、望が尋ねても誠は真剣になっているせいか答えなかった。
キッチンへ行ってペットボトルから水を取り、コップに注いで飲みほしたところでようやく誠が望の存在に気付いた。
「お、おはよう」
「おはようございます。何やってるんですか?」
さっそく先ほど無視された件を蒸し返すと、誠はニッと笑って奥に置かれている竹を指さした。
なぜ、竹が?と思い、望がテレビに目を向けると丁度七夕特集が組まれている。
「あぁ、七夕ですか」
そこでようやく誠がなにをしていたかに気付いた。意外と子供っぽいなと内心で思い、誠の前に座った。
不器用に見えるが意外と器用らしく、誠の作る笹飾りは綺麗だった。それを一個手に取って、じろじろと眺めていると誠が「お前もやるか?」と折り紙を手渡した。
「苦手なんですよね、折り紙」
そう言って望は誠に折り紙を突き返した。
「じゃぁ、願い事でも書けよ」
そんなことにはめげずに今度は短冊を渡してきた。願い事など興味は無かったが、気晴らしに書くかと望はテーブルに置かれているペンを手に取った。
その間も誠は真剣そのもので、折り紙と格闘している。何を作っているが分からないが、朝早くから作業していたようでテーブルの上には笹飾りでいっぱいになっていた。
「沢見さんはなんて書いたんですか?」
「家が手に入りますように」
簡潔に答えた誠の願いはホームレスらしいと望は笑う。
そして、その願いに相乗するような願い事を書いて、望は誰にも見えない場所にそれを括った。
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願い事とは?
それは星のみぞ知る。
+++あとがき+++
いや、なんか暖かい気持ちになれたらなぁと思いまして……。
ほんわかとした話にしてみました。
今更「これを七夕にやればよかった」と後悔の念が襲っています。
こんな風に季節を楽しみつつ、季節ネタができたらいいなぁと思っております。
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