スイッチ


 自分の性格が極悪なのも、ちゃんと分かっている。ただ、一人に優しくしてあげたい。そう思っているだけだ。つまり、ただ一人を除いたその他大勢は、どうでも良いってことだ。だから、それなりの対応をしているってのに、いつの間にか大事になっていた。
「へぇー。ヨウが優しい人ねぇ。天変地異? って奴? 地球がヤバイのも頷けちゃうー」
「……うるせぇ、カマ野郎」
「殺すぞ、テメェ」
 暴言を吐いたら、暴言が返ってくる。俺とこんなやり取りをするのは、俺と一緒に店を開いている恭平の恋人だ。女装が大好きだけど、ふとしたときに男言葉が出てしまうクソ野郎で、顔がとても良いのを武器に男をとっかえひっかえしてきた最低野郎だ。嫌いだけど、思ったことはズバズバ言うから、見てるだけでイライラするほどの奴ではない。だから、顔を合わせばこんな風に喋ったりもする。
「まぁまぁ、落ち着いて。二人とも。今日はクリスマスで忙しいんだしさ。ルーくんも手伝ってくれるって言ってるし」
 恭平が俺たちの間に入って、仲裁する。手伝うという言葉を聞いて、俺は「自分の店はどうしたよ」とカマ野郎に尋ねた。こう見えて、カマ野郎は対面のビルの地下で居酒屋を経営している。近くに店があると言うのと、カマ野郎自身がゲイだってことから、知り合いになり今に至る。
 元々、カマ野郎は遊び人のゲイだった。俺はバイ。そして、恭平はノンケだった。あからさまなアピールにも恭平は気付かず、相変わらずの能天気さで「良い人」と思い込んだ。いつの間にか、二人は付き合うことになっていたけれど、どういう経緯なのかは知らされていないし、聞いても居ない。半ば無理やりだってのは、なんとなく、気付いていた。
 カマ野郎も、あまりの鈍さにキレてたはずだ。それだけはさすがの俺も、同情していた。
「で、ヨウのお気に入りの田中さんは、もちろん、来るわよね?」
「忘年会だからこれないかもだってよ」
「えー! 見たかったのに!!」
 大げさに騒ぐカマ野郎を無視して、俺は仕込みを始める。基本的にふざけた野郎だから、相手にしているだけ無駄だ。それに疲れる。今日は毎年通り、忙しかった。
 12時が過ぎ、人がぞろぞろと減り始めた頃、コロンとドアにつけている鐘が鳴った。こんな時間に誰が来たんだろうかと顔を上げると、マフラーが半分取れかかって息を切らしている田中さんが立っていた。驚いて、声が出ない。
「ごめんね、ヨウ君。上司に捕まっちゃってさ……。中々、帰してもらえなかったんだ」
 笑いながら俺の前に立つ田中さんを見て、暖かいのがこみあがってくる。いつもそうだ。初めて見たときからそうだ。田中さんを見ていると、なぜか、暖かい気持ちになれるんだ。極悪人の俺が、優しくしてしまうほど。
「いえ。来れないと思ってたんで……。驚きました。何、飲みます?」
「ん、いつもので」
 取れかかったマフラーを外して、コートを脱ぐ。疲れているのか、田中さんは息を吐いてから隣の席にコートとマフラーを置いてから、椅子に座った。いつものと言われ、俺は棚からコップを取り出す。
「うっわぁー。ヨウが笑ってる。愛想振りまいてる。何コレ、クリスマスマジック?」
 カマ野郎が小声で恭平にそう言う。確かに俺が誰かに対して愛想を振りまくなんて、今まで見たことが無かったから驚かれるのも分かるけれど、ウザイ。にらみつけると「こわーい」と言って、カマ野郎が逃げる。
 田中さんはここへ来たらまず、ギネスを飲む。コップにギネスを注いで、田中さんの前に差し出した。
「やっぱり今日は混んでるね。ヨウ君、忙しかったんじゃないの?」
「少し、忙しかったですかね。まぁ、毎年ですよ」
 笑いながら答えると、田中さんは「そっかー」と言って、グラスを手に取った。
「じゃぁ、いただきます」
「どうぞ」
 微笑みかけると、田中さんも合わす様に笑った。
 今日は、付き合ってから初めてのクリスマスだけれど、田中さんは特にそれを意識しているわけではなさそうだった。クリスマスにはあまり良い思い出が無いのだろう。毎年、ここへ来ては俺に愚痴っていた。今年はたまたま、金曜だったせいで忘年会が入ってしまった。俺も、店が忙しいから、クリスマスに会いましょうなんて言えず、特に予定も立てていなかった。だから、田中さんがこうしてきてくれるのは、とても嬉しい。
「あれ、新しい子、入ったの?」
 グラスをテーブルに置いた田中さんが、カマ野郎を見る。田中さんとカマ野郎は初対面で、視線を感じたのか、カマ野郎がこっちを見て笑った。
「今日は忙しいからって手伝いに来てくれたんですよ」
「……へぇ、そうなんだぁ」
 珍しく楽しそうじゃない声が、田中さんから聞こえた。一体、どうしたのだろうかと思って目を向けると、田中さんは少し俯いてギネスをちびちび飲んでいる。何か、気に障ることでもしてしまったのだろうか。幾ばくの不安を感じて話しかけようとしたとき、「ヨウ」と恭平に名前を呼ばれた。
「……チッ」
 田中さんに聞こえないよう舌打ちをしたら、恭平が苦笑いで「話しかけたぐらいで怒るなよ」と小さい声で言う。
「で、何」
「もう人も結構減ってきたし、閉店、2時で良いか?」
 腕時計で時間を確認すると、もう1時半を過ぎていた。それから店内を見渡すと、確かに人は少ない。
「良いんじゃねぇの」
「もー、今すぐ閉めようよー。つまんなーい」
「お前はもう、帰れ」
 面倒くさそうな声を出すカマ野郎に一言そう言い放ち、俺は田中さんのところへ戻った。田中さんは何も言わず、俺をジッと見上げ、目が合うとすぐに逸らした。
「……どうしたんですか?」
「え!?」
「俺、なんかしました?」
 不安になってそう尋ねると、田中さんはぶんぶん首を振って「違う違う」と言う。じゃぁ、どうしたんだろうと様子を見てみるが、田中さんは閉店まであまり喋らなかった。
「ヨウ。先に帰っていいよ」
「は? 片付け残ってんじゃん」
 店を閉めるなり、恭平が俺に向かってそういう。
「田中さん、来てるし。なんかっきから、田中さん、様子おかしいじゃん?」
 どうやら、田中さんの様子がおかしいのは、恭平も気づいていたみたいで、チラリと俯いている田中さんを見る。
「ルー君いるし。良いよ、帰って」
 ニコニコと笑いながら言う恭平を見て、俺はあがらせてもらうことにした。田中さんの様子がおかしいのは気になっていたし、放っておけない。それに、アイツらも一応、付き合っているわけだし、早く二人きりになりたいんだろう。カマ野郎が俺を見て、早く帰れと言うように笑っている。
「田中さん。もう上がるんで、外にいてください」
「……あ、うん。分かった」
 田中さんは少し挙動不審になりながら立ち上がり、恭平に挨拶をしてから出ていった。それを見て、俺もすぐ裏へ回った。服を着替えて、田中さんがいる裏口に向かう。いきなり、グイと腕を引かれ、扉の寸前で引き留められた。
 振り向くと、カマ野郎がニヤニヤ笑いながら俺の腕を掴んでいる。
「なんだよ、離せ」
「何、これから、でぇと?」
 茶化すような笑い声が耳をつく。
「うるせぇ。お前の相手は恭平だろ」
 腕を振り払おうと力を込めるが、強く捕まれているせいで振りほどけない。代わりに睨み付けると、カマ野郎は口元だけ笑みを浮かべる。
「あの人がお気に入りなの? ヨウは」
「うるせぇな。何なんだよ、お前」
 カマ野郎が何をしたいのか分からず、つい、暴言が出てしまう。カマ野郎は笑ったまま、俺の顔をジッと見つめ「必死だなぁ」といつもより低い声を出した。おそらく、この声が地の声なんだろう。
「誰かに優しくなんてしたことないお前に、忠告してやるよ。……お前にとって優しくすることが特別なんかもしれないけど、優しけりゃ良いってもんじゃないぜ」
 そう言って、カマ野郎は俺の手を離すと、背中を向けて歩き始めた。殴りたいぐらいムカついたけれど、言っている意味が頭の中に残って身動きが出来なかった。
 誰かに優しくするなんて知らなかった俺が、田中さんだけは特別に優しくしていた。
 それが、ダメだってことなんだろうか。
「……ウゼェ」
 感情を吐き出すように、そう呟いた。

 外へ出ると、田中さんが入り口の隣に立っていた。俺の顔を見るなりに、「寒いね」と言って、手に息を吹きかけている。こんな寒いところで待たしてしまったことに罪悪感を感じて、「遅くなってすみません」と謝ったら、田中さんは笑って「大丈夫だよ」と答えた。
「あ、あの、ヨウ君」
「何です?」
 少し挙動不審になっている田中さんに目を向けると、田中さんはちょっともじもじとしていて、何をしたいのか良く分からない。
「きょ、今日なんだけど……。うち、来る?」
「え……」
 てっきり、このまま俺の家に行くもんだと思っていたから、田中さんからの申し出は意外だった。
「良いんですか?」
「ほら、ヨウ君の家ばっかりだしさ。たまにはなーって思って……。いや、明日もヨウ君仕事だしさ。ヨウ君家のほうが……」
 色々と喋る田中さんを遮って、俺は抱きしめた。こんなことぐらいで嬉しくなってしまう俺もかなり単純だが、本当に嬉しいと思ったんだ。この気持ちは隠せない。
「田中さんの家、行きたいです」
「……うん。寒いし、いこっか」
 もしかしたら、今日、様子が可笑しかったのはこのせいなのかもしれない。俺はそんなことを考えながら、田中さんの手を引き、冷たい手を握り締めた。
 タクシーに乗って田中さんの家に向かう。車内、喋ることはあまりなく、無言だった。家の中に入ると、田中さんがいきなり、俺の腕を掴んだ。
「どうしました?」
「……あの、今日、手伝いで入ってもらった子って……」
 カマ野郎の話を突然するから、一瞬、何のことか分からなかった。田中さんは俯いたまま、ぼそぼそと喋っていて良く聞き取れない。
「ヨウ君の、彼女?」
「……はい?」
 どうしてそうなったのか、分かるように説明してほしかった。
「どういうことですか?」
「だから……」
 田中さんは怒っているような拗ねているような顔をして、俺とは目を合わさない。握っている手の力が、どんどん弱まって、するりと抜け落ちた。
「今日、ヨウ君のことじろじろ見てたし。なんか、仲良さそうだったし……。俺、今までノンケ良く好きになってたから、急に不安になっちゃって……。ヨウ君、バイだって言ってたしさ。乗り換え----……」
 最後まで、その言葉を言わす気は無かった。俺は俺なりに、好きだと言うのを田中さんにアピールしてきた。今まで誰かに優しくしたことない俺が、田中さんにだけ優しくしてるってのがどういうことなのか、まだ分かっていないようだ。腸が煮えくり返るような感情が、一気に込み上げてきた。
 腕を引っ張って、田中さんをベッドに押し倒す。上から見下ろすと、田中さんが驚いた顔をしてから「ヨウ君……?」と俺の名前を呼んだ。
「まだ、分かりませんか?」
「え、何が……」
 田中さんの上に乗っかって、俺を退かそうとする腕を掴んで布団に押し付ける。
「確かに、俺たち、付き合いましょうなんて一言も言ってません。けど、好きだって言いましたよね? 俺の目には、田中さんしか映ってませんよ。他のやつなんか、眼中にも無い」
 若い奴らみたいに、逐一、好きだなんて言ったりはしないけれど、好きだと言うのは伝えているつもりだった。つもりだけで伝わってなかったのかもしれないけれど、どうしてそういう方向に考えちゃうのか、俺には分からなかった。
 今まで、ノンケばかり好きになっていたから? そんなのは、関係ない。
 俺は俺だ。
「分かりましたか?」
「……え、あ。…………はい」
 頷いた田中さんに、俺は笑みを向ける。ちゃんと、笑えているだろうか? 変じゃないだろうか? 今でもこんなことを気にしてしまうほど、田中さんのことを気にしているし、好きだ。好きで仕方ない。俺の表情を見てから、田中さんが笑ってくれた。それが嬉しくて、壊れないよう優しく抱きしめる。
「疑って……、ごめん」
「分かってくれたなら、良いです」
 今までの俺だったら、きっと、キレていたに違いない。けど、やっぱり田中さんだから許せた。カマ野郎は、優しくするだけがすべてじゃないって言うけれど、それしか出来ないんだ。俺は田中さんに、優しくすることしか出来ない。
 だから、それでいい。
「ヨウ君にプレゼントがあるんだ」
「……え?」
「でも、その前に」
 田中さんはにっこり笑うと、俺の首に腕を回して、唇を合わせた。
 正直、プレゼントなんて、要らない。
 田中さんがいるだけで、満足だ。


「そう言えば、今日入ったヘルプの奴ですけど」
「……ん?」
 半分、寝かかっている田中さんの顔を見ながら、俺は種明かしをする。少し怒っていたから、カマ野郎の説明をしていなかった。アイツが彼女だなんて、気持ち悪くて想像したくも無い。早いうちに誤解を解いておかなければならない。
「アイツ、男ですよ。趣味が女装のカマ野郎」
 はっきり言うと、寝かかっていたまぶたが見開く。
「ええええ!! 女にしか見えなかったけど!!」
 寝ぼけていたとは思えないほどの大声が、部屋に響く。
「ちなみに恭平の恋人なんで、安心してくださいね」
 そう言うと、田中さんは大きく息を吐いて「……なぁんだー」と呟いた。

+++あとがき+++
拍手コメントより、コンフリクトのクリスマスネタを書いて欲しいとリクエストいただきましたので、やってみましたー。
ヨウ君は清々しい性格をしているので、楽しいですね。
私的にアマアマで書いたつもりだったんですが、そんなに甘くないって言う……笑
ヨウ君視点だと、二面性が良く出てますね。
尽くし攻めが、いつの間にか極悪人になってました。当サイトではよくあることです。笑

リクエストありがとうございました。
SSだろうが、連載中だろうが何でもokなので、よかったらリクエストください。
お待ちしてます。

2010/12/23 久遠寺 カイリ
<<<<<<<<<<< Index >>>>>>>>>>>