吊り橋効果


 あなたしか要らないなんて、よく言えたもんだ。そりゃ、一緒に居たいって言う気持ちはお前より俺の方が強いっつーのによ、そんな言葉を簡単に言うから腹が立った。言葉に出せるほど簡単な問題じゃないことは確かでそれこそ、お前みたいなやつを好きになりすぎた自分にがっかりだよ。ほんと、がっかり。心底、がっかりしたよ。
 出会いがあれば別れもある。と、みんな言うけどさ、人と出会った分だけ別れがあるなら、最終的に一人ぼっちになるわけで、それは死ぬときなんだろうなと思った。死ぬときゃー、誰だって一人だ。そう思っていた。そう思ってたんだよ、俺は。
 それなのに、この状況、どうよ。
「動くな!!」
 言われなくてもうごかねぇってのに、ドラマでありがちな犯罪者の台詞を吐いている。突き付けられたナイフはかなり切れそうで、抵抗なんてすれば、首をばっさり切られそうだ。
 俺は、見ず知らずのやつに、ナイフを突き付けられている。どうしてこんなことになってしまったのか、自分でもさっぱり分からないし、走馬灯のように最近の出来事が頭を過ぎるのだった。
 今日、初めて、この町に来た。高校の途中で、親が転勤になったから引っ越す羽目になって、恋人っつーか、好きな人と壮絶なケンカの上、別れてこの町にやってきた。まだ言われた言葉は頭に残っていたけど、この状況になった瞬間、思いっきり吹っ飛んだ。そう言う意味ではありがたいと言うか、なんつーか。ありがたくないことは確かだ。だって、みんな外でキャーキャー言いながら俺を写真に撮ったりしてるんだから。俺は動物園の動物じゃねぇっつーの。
 でまぁ、引越しの作業もある程度終わって、息抜きがてら近くのコンビニへ行ったら、丁度強盗がレジの店員にナイフを突き付けているところだった。俯いて歩いていたから、コンビニで何か起こってるなんて見てなかったし、俺だって「金を出せ!」って叫び声が聞こえた時は固まったよ。顔を上げて正面を見ると、覆面かぶった男がナイフを持っていたわけで。
 ああ、マジ、幸先悪い。そう思った途端、店員が警報機を鳴らした。それにキレた犯人が俺を人質に、コンビニに立てこもったわけだ。
 ってことで、俺は現在進行形で、生命の危機に瀕している。まだ死にたくないとかそんな気持ちは更々なく、殺すならいっそ殺してくれとお願いしたいぐらいだった。
 強盗の人は非常に興奮していて、俺の背後からはフガフガと鼻息が良く聞えてくる。ナイフを突き付けている手も、ぶるぶると震えていて、ちょっとでも間違えたら俺を殺しちゃうんじゃないのかと疑うぐらいだった。
「善良な市民を巻き添えにするのはやめなさい! 彼には将来があるんだぞ!!」
 コンビニの向こうから、そんな声が聞こえて俺はため息を吐きそうになった。俺は善良な市民でもないし、将来なんて決められたレールを走るだけだ。勝手に決めつけるなと言ってやりたい気分になってしまった。ため息ついたら、殺されそうだから、あえてため息はやめておいた。殺してほしいと思いながらも、俺は死ぬことに対して恐怖を覚えている。なんて、矛盾した考えなんだ。
「……うるさい、うるさいんだよ……!」
 ぼそぼそと喋る声が後ろから聞えた。低い、男の声だ。その声も震えていて、何だか、とても可哀想に思えてきた。コンビニ強盗をしてしまうぐらい、切羽詰まっていたんだ。時間も深夜だっつーのに、こんな大騒ぎをしたら、俺が外に出たことが親にバレるな。そんでもって、夜中には家を出るなとかそんなことを言われてしまうんだろう。
 本当に面倒くさいと思った。
「とりあえず、出てきなさい!!」
 怒鳴り散らす声が、響いてきた。そんなこと言ったら、余計にコイツは怒るんじゃないのかと思った矢先、「うるさい!」と怒鳴る声が真後ろからした。これで俺が刺されて殺されたら、完全に警察官のせいだなと勝手に決めつけて、諦めたように目を伏せた。
 もう、こんな状態がすでに1時間ほど続いている。俺もさすがに立っているのに疲れたし、後ろに居る犯人だって精神的に疲れているはずだ。こうして、囲まれちゃったら逃げることなんて出来ないんだから、諦めたら良いのにと思ってしまった。こんなことしてしまった時点で、コイツの人生も終わってるだろ。
 俺も疲れた。きっと、後ろに居る強盗犯もかなり疲れてると思う。さっきから、呼吸をするようにため息ばっかり吐いて、体の震えは俺にまで伝わってくる。きっと、手とかも汗でびしょびしょなんだろうなって思った。
「……移動するぞ」
「へ?」
「良いから、歩き出せ!!」
 背中をドンと押されて、俺は歩き始めた。一体、コンビニから出て行ってどうするつもりなのかはさっぱり分からない。ウイーンと自動ドアは客を迎えるように開いて、俺たちが出てくると警察官たちはどよめいた。
「観念したか!」
 拡声器で叫び倒していた警察官が、喜ぶようにそう言った。
「逃走用の車を用意しろ! 10分以内だ!」
 観念なんかしたんだったら、俺にナイフ突き付けた状態で出てくるわけねーだろっつーの。高校生の俺でも分かるわと、突っ込んでやりたい気分だった。のどかな街で起こった惨劇とか言って、ニュースで報道されそうだな。もし、俺の顔がニュースで流れたら、アイツはどんな反応をするんだろうか。そんな未練たらったらの考えが頭を過ぎって、イラついた。
「く、車を用意するのは構わないが、その子を離してやれ!」
「んなことできるわけねぇだろ!!」
 警察官の声で俺の思考は遮断された。そりゃ、強盗犯の言う通りだわ。俺を解放した瞬間、全員が強盗犯に群がるのは分かりきっていること。小学生でもわかることだよ。
 春特有の、冷たい風が頬を撫でた。
 明日から新学期が始まるっつーのに、俺の人生どうなっちゃうんだろう。転校初日から、有名人とかになるなんて想像すらしていなかった。自己紹介なんかしなくても、絶対みんな、俺のことを知っちゃうはずだ。地味に生きていきたかったのに……。
 車は犯人の要求通り、10分でやってきた。どうやって車に乗り込むんだろうと考えていたら、犯人は丁寧にも俺にナイフを突き付けただけの状態で、俺を助手席に乗せて、自分は運転席へと乗り込んだ。ぶっちゃけ、この間に俺も逃げちゃえば良かったんだろうけど、逃げることもせずに俺は大人しく車に乗り込んだ。
 エンジンがかかり、車が急発進する。シートベルトも何もしてなかった俺は、前につんのめってダッシュボードに頭を思いっきりぶつけた。
「あだっ!!」
 頭をさすって起きあがると、車は国道へと進んだ。後ろからはウーウーとパトカーのサイレンの音が聞こえる。そりゃ、おっかけてくるわな。と、笑いそうになった。犯人はもう、俺にナイフを突き付けていない。
「……車から飛び降りて逃げようなんかするなよ」
 低い声が隣から聞えた。まだ、少し声が震えている。
「今、飛び降りたら、確実に俺、死にますよね……」
 100キロ近く出ているんだから、分かりきったことを言うと、「うるさい!」と叫ばれた。怒っている強盗犯にこんなこと言っちゃいけないって、何か前に警察の特番で見たな。言った後に思い出すなんて、俺の記憶も相当適当だなと思うと笑えてきた。
「……逃げ出そうと思えば、いつでも抜け出せたのに、何でお前は逃げ出さなかったんだ」
 さっきまで怒っていたのに、強盗犯は冷静にそう尋ねた。
「逃げ出そうって思わなかったから……、ですかね。変に抵抗して、死にたくなかったし……」
「死んでも良いみたいな顔してたくせに……」
「俺ね、まだ高校生なんですよ。やりたいこともいっぱいあるし、まだ死にたいなんてそんなには思って無いですよ」
 あんなにてんぱっていた人が、俺の表情を見ているとは思わず、ドキッとした。
「高校生がこんな深夜にコンビニ行くなよ」
「……強盗してたあなたには何も言われたくないですけどね」
 普通に会話してたせいか、俺はとんでもない突っ込みをしてしまった。ああ、マジ、俺、この場で殺されるかもって思った瞬間、笑い声が隣からした。
「言われてみれば、そうだな……」
「……怒んないんですか?」
「もう、疲れたんだ。怒るのにも、逃げるのにも」
 逃げ切れないことは明確だった。だから、この人も諦めているところはあるんだろう。それでもなお、車は加速を続けて行く。サイレンの音も、徐々に聞えなくなっていた。
「何で、あんなことをしたのか、聞かないのか?」
「俺にはあんまり関係ないんで」
「……聞けよ」
 聞いてほしいだけなのかと思って、俺は息を吐いた。強盗犯の事情なんて聞いても意味無いと思っていたけど、なんか妙に、この人のことを知りたくなって「言ってください」と聞いてみた。
「借金だよ、借金。首がまわんなくなって、強盗しただけ。コンビニ強盗なんて、貰える金額しれてるけど、銀行強盗できるほど度胸がなかった」
 失礼だけど、ありきたりだなって思ってしまった。借金で強盗なんて、ドラマじゃないんだからと突っ込みたくなってしまった。
「こんなことしたってどうにもなんねーのにな。捕まって刑務所行って、仕事も出来なくなっておしまいだよ。こんなんじゃぁ、俺、死んだ方がマシかもな」
「死んだ方がましなんて、簡単に言わないほうが良いですよ」
「は?」
 強盗は素っ頓狂な声を出した。俺だって、何でこんなことを言っちゃったのかよく分からない。でも、簡単に死ぬなんて言うのは良くない。俺だって、何十回も死のうと思ったことはあった。けど、死ななくて良かったと思うこともいっぱいあった。
「引かないでほしいんですけど。俺、ホモなんですよ」
「は!?」
「小学校6年生ぐらいのときですかね、自分がそうだって気付いたのは。そのぐらいになると、みんな、好きな女の子とか出来始めるじゃないですか。でも、俺は違ったんですよ。一緒に居た、友達が気になってたんです。それが恋だって気付くのに、そう時間はかかんなかった。けど、それが可笑しいって言うのも分かってて、みんな女ん子が好きなのにどうして俺は男なんだろうってずっと悩んでました。可笑しいのは分かってたんで、気持ちは伝えませんでした。ずーっと片思いしてたんです。でもね、それってすげぇ辛いんですよ。だから、死にたいって思ったこと、何度もありました。それこそ、マジで自殺しようと思って、ビルの屋上に立ってみたりもしてました。けど、そのたんびに、死んでも意味が無いって思って自分を奮い立たせたんです」
 見ず知らずの強盗にこんなこと喋って、俺はどうするつもりだったんだろうか。強盗は俺の話を黙って聞いてくれていた。誰にも喋ったことはないし、誰かに喋るつもりもなかったんだ。
「でもね、高校に入ったとき、一人だけ、俺の性癖に理解してくれた人がいたんですよ。だから、本気で死ななくて良かったって思いました」
「その人とはどうなったの?」
「付き合ったんですけどね、最終的に別れました。俺、引っ越すことになったんで。そしたら、そいつね、俺のこと嫌いになったのかとか言っちゃうんですよ。俺のこと好きなら、居なくならないでってワガママ言うんです。そんなこと言ったって、俺はまだ未成年で、親の脛かじって生きて行くしかないのに、残れるわけないでしょ。そっから、大ゲンカですよ。言いたくないことも思って無いこといっぱい言っちゃって……。別れました」
 思い出すと、悲しいって言うよりムカついてきた。あんな奴と付き合って、好きになってた自分がバカらしくなってしまったんだ。それでも少し、寂しいと言う気持ちはあった。ムカつくけど、寂しい。
「遠くに行っちゃうことで、愛情無くなるってどうなんでしょうね。俺、まだガキだからよく分からないんですよ」
「……うーん」
「別れて良かったのか、悪かったのとか考えるだけで面倒くさいんですよ。あんなの、好きになった俺が悪いのかなーってめっちゃ思っちゃうわけですよ」
「それは違うだろ」
 きっぱりと否定されて、俺は目を見張った。隣にいる強盗犯は、覆面を被っていてどんな表情をしているか分からないけど、声は凛としていた。
「その人を好きになって、得たものはあるだろ? それだけでも十分だと思うけどな」
 はっきりと言われて、すっきりした。そっか、俺は好きになって無駄じゃなかったのか。その事実が分かっただけでも嬉しい。急に嬉しくなって、泣きそうになった。
「人生に無駄なことってそう多くねぇよ」
「じゃぁ、強盗さんも強盗したこと、無駄じゃないんですか?」
 揚げ足を取る様にそう言うと、強盗は「……それはどうだろ」と苦々しく言った。この言葉を聞いた瞬間、なぜか、胸がときめいてしまった。ときめいたって分かると、急に心拍数が上がって、高鳴ってしまっているのが分かった。
「俺と、会うこと出来たじゃないですか」
「……はい?」
「それって無駄なことですか?」
 真剣に尋ねると、強盗は路肩に車を停めて、俺の顔をジッと見つめた。覆面から覗く目は、俺をしっかりと捉えて逃さない。
「……うーん。判断しにくいかな。少なくとも、君にとっては無駄な時間かもね。こんなことに巻き込まれちゃって」
「俺、強盗さんと会えてよかったと思いますよ」
「慰めてくれてるなら、ありがとう。でも、こんな経験、しないほうが良いに決まってる」
 強盗は真剣な目で、俺にそう言う。俺って凄く単純な人間だから、こうやって俺のことを考えてくれる人に凄く弱いみたいだ。強盗を見ていると、触りたくなってきた。
「違いますよ」
「……何が違うの?」
「俺、少なくとも、今、下心持ってます。強盗さんに触れたいって思ってる。強盗さんのおかげで、また明日から頑張ろうって気になった。それって、無駄なことじゃないと思うんですよ」
 多分、今日だけだから、こんなことを言えたんだ。

 人は出会った分だけ、別れがある。

 その言葉通り、強盗とは、今日中に別れるだろう。それがどんな形であれ、絶対に決まっていることだ。
「下心? 俺に?」
「えぇ、あなたにです。俺、ちょっとあなたのこと、好きになりかけてる」
「それは多分、吊り橋効果だよ。特別な状況下で、俺と二人きりになったから……、そう思ってるだけ」
 確かに強盗の言う通りだと思う。こんな状況、人生の中で1回経験するかどうかぐらいの確率だ。そんな中、強盗と二人きりになったから、こんな感情を抱いていると言われてもおかしくない。でも、少なくとも今は、そんな間違った感情を抱いてしまっている。
「でも、俺、今はあなたに特別な感情を抱いてます」
「それは間違いだよ」
「今日だけでも良いんです。間違ってても、俺がそう思ってることは真実だから」
 そう、この気持ちに間違いなんて無いんだ。思ってることは確かなんだから。俺がはっきり言うと、強盗はため息交じりに「君は強情だな」と笑って、覆面を脱いだ。茶色い髪の毛が現れて、端正な顔をしている。こんな人が強盗だなんて、誰が信じるだろうか。
「君は可笑しいよ」
「分かってます」
「俺に下心抱くなんて、可笑しいよ」
「でも、真実ですから」
 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。強盗はもう、逃げる気はないみたいだ。路肩に車を停めてから、動かそうともしない。
「多分、俺は、10年以上、刑務所に居ることになるだろう」
「でしょうね」
「それでも君の気持ちが変わらないなら、本物だろうね」
「変わっちゃうかどうかなんか、分からないですよ。未来のことなんて、俺も強盗さんも分からない。でも、変わんない気がする」
「それは間違ってるよ。そんなこと、誰も保証できない」
「自信ないけど、大丈夫な気がするんですよ。俺、可笑しい奴なんで」
 笑って言うと、強盗も笑った。こんなこと、ある意味、錯覚であってほしいと互いに思っているはず。強盗とその被害者が恋に落ちるなんて、間違いすぎてるだろう。それに、男同士なんだから。
「キス、して良いですか?」
「……良いよ」
「強盗さん、ホモだったんですか?」
「いや、俺、彼女いたよ。けど、俺も、君に触りたいと思った。キスしたいって思った」
 強盗が俺の手を取る。
 サイレンの音が近くなってきた。
 俺は、強盗の手を引っ張って、唇を合わせた。
「……何、してるんでしょうね、俺達」
「さぁ? 分かるなら困ったりしないでしょ」
「ですよね」
 もう一度、唇を合わせて、強盗の体を抱きしめる。俺より細くて、華奢な体だった。
「……自首するよ」
「そうしてください。その方が、刑期短くなりますから」
「逃げちゃったからね。微妙だけど」
「じゃぁ、俺が、情状酌量お願いしましょうか?」
「そんなことしたって、俺と君はコンビニで初対面ってバレてるんだから、仕方ないんだろう」
「でも、しますよ」
 にっこりと笑って言うと、強盗は仕方ないなと言うように笑って「情状酌量されると良いね」と諦めるように言った。
「君はどうやら惚れやすいみたいだから、待ってないことを祈るよ」
「えー、俺、惚れっぽくないですけど」
「こんな短期間で俺のことを好きになったんだ。惚れやすいに決まってるだろ?」
 そう言うけれど、強盗は俺が待っていることを望みながら、その未来にならないように祈ってるみたいに聞えた。俺も、どうして、こんな人を好きになっちゃったのか分からない。ましてや、恋人と別れたのは数日前で、その傷も癒えていないって言うのに。
「じゃぁ、俺が他の奴好きになってたら、強盗さんが俺のこと殺してください」
「俺、刑務所逆戻りじゃん」
「そんで、強盗さんも一緒に死んで。それで良いでしょう?」
 こんな考え間違ってること、考えなくても分かった。それなのに、強盗は笑って「分かったよ」と返事をした。今日、俺とあったばっかりで、俺が強盗のことを好きになったら可笑しいって言うのに、この人は躊躇いも無く俺と心中することを了承した。
 強盗もかなり可笑しい。
 ほんと、俺達、可笑しいってば。
「俺、待ってますよ。ずーっと」
「良いよ、待ってなくて」
「じゃぁ、俺が勝手に待ってるんで。強盗さんは気にしないでください」
 サイレンの音が、どんどん近づいてくる。いっそ、俺が強盗を攫って逃げたいぐらいの気持ちになってきた。全てを捨てて、二人で逃げれたらどんだけ楽なんだろう。
 そう思った。
「もう来るね」
「赤いの、見えました」
「さよならだね」
「そうですね。短い間でしたね。こんな短期間で人を好きになるんだから、人の脳みそって単純ですよね」
「そうだね」
 強盗は困ったように笑ってから、俺の頭を撫でた。
「お願いだから、俺を待たないでくれ」
「嫌です」
「辛いよ。君が待ってることを考えたら。どうして、こんなことをしてしまったんだろうって、自分を責め続けるのは辛い」
「でも、強盗さんがこんなことしなかったら、俺達出会えなかったから。言ったじゃないですか。人生に無駄なことは少ないって」
「…………そうだね」
 強盗は少し涙ぐんでから、俺の唇にキスをした。


 出会いの分だけ、別れがある。


 別れてしまった以上、これから先がどうなるかなんて俺にも強盗にも分からない。でも、人生に無駄なことなんて無いんだ。


 だから、俺たちの出会いは、まだ別れになっていないように思った。



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