憂いと勝敗
「たーくみくんはぁ、美味しいご飯とガンガン飲めるところ、どっこがいいかなー」
「……テメェ以外と行くんだったら、どこでも良いです」
「素気ないねぇ。そんな素気ないところも好きだよ」
「神様、助けろ」
本当に神様などいるのなら、この状態をどうにかしてくれるはずだと、外村拓海は切実に思った。神様など人間の脳内で作り上げた都合の良い存在であって、助けてくれるはずもない。それなのに、神頼みと言う言葉がある様に、いざと言うときはそんな都合の良い存在に助けを求めてしまうのが現状だった。
「あれ、神様に助けとか求めちゃうキャラだっけ? あ、もしかして俺のためにわざわざキャラ変えてくれたの? うっれしーなぁ」
「違います。良いから、死ね。お願いですから」
「あぁ、そうか。死んでと願ってしまうほど俺のことが好きで好きでしょうがないってことか。お前のふかぁい愛には答えてやるぞ」
どうしたらこの気持ちが伝わってくれるだろうかと試行錯誤すること自体が愚かだと、拓海は悟った。何を言おうがポジティブにしか取らないこのバカ男と会話していることが可笑しい。頭が腐ると思って、無視することにした。カタカタとパソコンで入力していると「何してんの?」と、先ほどとは打って変わって真面目な声が聞こえて驚いた。
真横には鬱陶しい存在である一輝の横顔。香ってきた整髪料の匂いに、少しだけ体が反応する。
「……っ」
「ん? シャッチョサーンも大変なのねぇ。こんな雑用しなきゃいけないなんて」
力強い目が拓海を捉えて離さなかった。目を逸らそうにも頭をがっちりと掴まれてしまい、視線を泳がすことしかできなかった。ゆっくりと顔が近づいてきて、唇が触れる。こんなことにも慣れてしまった自分の順応性を呪った。
「やめっ、ろ!」
突き飛ばす程度では離れないのは分かっているので、直前にまで近づいた顔を殴り飛ばす。そこでようやく離れた一輝を見下して、拓海は「早く星に帰れ」と言ってパソコンに向き直った。元タチとして、これ以上、こんなバカに付き合っていられない。掘られるのは1回で十分なのだ。あれ以降、襲われることは多々あったが体を許したことは無かった。
「いってぇ……。おめぇ、こっちが下手に出れば、調子に乗りやがって……」
「俺が何も言わなかったら、おめーのほうが調子に乗るだろうが!!」
「犯す。今日こそは犯す」
「やれるもんならやってみろ!」
立ち上がった一輝に拓海も立ち上がり、取っ組み合いのケンカになった。殴り、殴られ。蹴り、蹴られ。そんな子供のようなケンカをした後に残ってくるのは、憎悪だけだった。幼馴染だと言っても、昔から仲が悪かったのだ。些細なことでケンカしてしまうのも昔からで、性格が似ているから余計だった。
拓海と一輝が再会したのは、約2週間前のことだった。出会い系サイトで知り合い、互いに本名も知らせず、顔も見せずに会うのが条件だったので、顔を合わせるまでメールの相手が幼馴染の一輝だとは知らなかった。中学を卒業したと同時に一輝が遠くに引っ越してしまったため、連絡をすることも顔を合わすことも無かったのに、まさか出会い系サイトで出会うとは思いもしていなかった。
ゲイになってから、顔や金でしか見られなかった拓海はそれに飽き飽きとしていて、この出会いにある賭けをしていた。出会った相手が拓海の顔や、会社を経営しているからと言って態度を変えるようなら、今後一切、誰とも付き合わないと勝手に決めていたのだが、一輝は拓海に対して態度を変えることは無かった。挙句の果てには、じゃんけんで負けたほうがネコをやると言う賭けにも負けてしまい、拓海は一輝に抱かれてしまった。
小さい頃からケンカばかりしていて、互いに「嫌い」と思っているはずだったのに、一輝は拓海のことが好きだと言う。そんなもの、認めるわけにはいかない拓海は、必死に一輝を拒んでいた。
それにも関わらず、一輝は拓海の家に居候し、毎日のように付きまとっていたのだった。
「ってぇ……。おまえ、本気で殴っただろ……!」
「お前相手に、何で手加減しなきゃいけないんだ。ふざけるな」
座り込んだ一輝を見下ろして、拓海はパンパンと手の埃を払う。小さい頃から一輝にケンカで負けたことは無い。それは今も変わらず、手加減をしない限り拓海が負けることは無かった。
「2週間もヤってないとか、俺を欲求不満で殺す気か? そのうち、寝てるときに襲うぞ」
「お前、いい加減、自分の家に帰れよ。仮にもフクシャチョーなんだろ。仕事しろ」
拓海がそう言うと、一輝は一瞬、冷めたような目をして「そうだな」と言って立ち上がった。まさか、こんなにもあっさり言うことを利くとは思えず、拓海は目を丸くした。
「じゃぁ、俺、仕事しに帰るわ。じゃーな」
ひらひらと手を振って部屋から出て行ってしまった一輝を、唖然とした顔で見送り、脱力したように座った。ぎしぎしと椅子を軋ませて、天井を見上げた。居なくなって清々しているはずなのに、あんなにもあっさりと居なくなるとは思っても居なかった。
「……二度とくんな」
一輝が出て行った扉を見つめて、拓海はそう呟く。サイトで知り合った人間とその場でお別れなんてしょっちゅうあった。今回だってちょっと顔見知りだったからと言って、ずっと付き合っていることもない。そう言い聞かせて、拓海はカタカタとパソコンを入力していた。
鬱陶しいやつがいないせいか、仕事はとても捗った。
それから約1週間ほど経っても、一輝が拓海の前に姿を現すことは無かった。
1週間も会わなければ、存在自体も忘れかけていた拓海は、暇つぶしにゲイバーへと足を運んでいた。行きつけのゲイバーでバーテンダーと楽しく会話をし、これだけでも十分ではないかと考え始めたとき、隣に誰かが座った。
「一人?」
振り向くとそこそこ顔のいいスーツ姿のサラリーマンが、拓海の傍に寄る。顔はまぁタイプではあるが、どうみてもタチだ。これでネコだったら美味しいと思ったけれど、大体、直感は当たる。
「……一人だけど。俺、タチだぜ?」
「良いよ。君となら、一緒に飲んでるだけでも十分」
にっこりと微笑まれて、拓海は「座れよ」と隣の席を指差した。一緒に飲むだけで十分なんて言葉は、久しぶりに聞いた。体の関係を求めてこないプラトニックなのもたまには良いと、拓海は気分転換のつもりで隣に座らせた。落ち着いていて物静かな感じは、一輝と正反対で心地よかった。
「名前は?」
「拓海」
「拓海か、カッコイイ名前だ。君にピッタリ」
どうピッタリなのかは分からないが、口説かれているのはなんとなく分かっていた。顔が良いからか、それとも身につけているものがそこそこいいものだからかは分からない。また金と顔で見られている気がして、嫌気が差した。互いにタチなら、体の関係なんて結べない。それでも金と顔なら、体の関係までは望まないと言うことなんだろうか。
イライラしていると、肩に手を置かれ、耳元で「もっと良い所で飲まない?」と誘われた。鬱陶しいと思いながらも、この怠慢な気持ちを晴らしたくて拓海は「お前のおごりなら良いけど」と言い、相手を試す。
「もちろん、奢らせてもらうよ。ここもね」
「じゃぁ、良いぜ」
「早速行こうか。すぐに混んでしまうんだ」
相手が立ち上がったのを見て、拓海も立ち上がり一緒に店を出た。タクシーで移動し、30分ほど走らせたところで拓海は違和感を感じた。明らかに繁華街を抜けて、住宅街へと入っていっている。異変に気付いて、隣を見ると嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。
「てめぇ、ハメやがったな」
「簡単に引っかかるとは思わなかったよ。もしかして、なんか自棄にでもなってたわけ?」
「ちげぇよ、早く下ろせ」
表情が変わったのを見て、油断しすぎていたと拓海は自分を叱咤する。今までこんなあからさまな罠にはまったことなど無い。完全にどうかしていた。
「おい、運転手、止めろ!」
「悪いねー。その運転手もグルだから」
ルームミラー越しに運転手が笑ったのを見て、拓海はドアを開けようとドアノブに手をかける。かちゃかちゃと音がするだけで、扉はノックがかかったまま開かない。
「ここまで来れば、なんでもし放題だな。俺、先な」
「あぁ、じゃぁ、俺、その後で」
公園の脇に車を停め、拓海の腕が引っ張られた。
「無駄な抵抗はすんなよ」
マウントポジションを取られ、拓海は手を動かすが運転席に居た奴が拓海の手を取って頭の上に押さえ付ける。いくら、ケンカが強かろうがこの状態で勝てるほど無敵ではない。服を捲られて指が肌をなぞる。感じることなんて、無かった。ただ、気持ち悪さだけが襲ってきて、吐き気がする。一輝にヤられたときは、こんな吐き気、襲ってこなかったと関係ないことが頭の中を過ぎった。
「やっ、めろっ!!」
「イヤよイヤよも好きのうちってな。そのうち、好きになれるから我慢しろよ」
「ふざけんな! 誰がっ!!」
どうしてこんな分かりやすい罠にハマってしまったんだろうか。拓海は別のことを考えて意識を逸らした。こんな状態になってしまっては仕方が無い。諦めようとしたけれど諦められず、視線だけは抵抗し睨み続ける。そんな抵抗、無意味だと言うのに。睨みつけても相手が怯むことなんてない。むしろ、楽しんでいるだけだった。
「あれぇ、黙っちゃったな。ある程度、話してくれてるほうが良いんだけどなぁ」
「……るせぇ。無駄なことはしない主義なんだよ」
「ふぅん。抵抗しても無駄ってこと、分かったんだ」
ニヤリと歪む口元に憎悪を感じて、唾を吐く。容赦なく振りかざされた手が、拓海の頬を殴り付けた。
「っ……!」
口の中に鉄の味が広がる。唇の端が切れて、血が垂れるのを感じて舌でなめとる。今回は完全に自分が悪く、分かりやすい誘いに乗ったのがいけなかったのだ。そこまで注意力散漫になっていた自分に嫌気が差した。
コンコンと窓が叩かれる。
「あぁ? 誰だよ。お前、見ろよ」
「全く、お楽しみのサイチューだってーのに」
拓海の手を押さえ付けていた運転手が力を弱める。その隙に拓海は起き上って、上に乗っかっている奴を殴り付けた。
「ぐはっ!」
「……あ、テメェ!」
運転手が振り返った隙に運転席が開いて、外に居た奴が首根っこを掴んで運転手を引きずり出す。何が起こったか分からないが助かったと思い、拓海は後頭部を窓にぶつけて脳しんとうを起こしかけているサラリーマンを放って助手席から降りる。すぐに後部座席を開けて、サラリーマンを引きずり出した。
「……声、出したら喉潰すからな」
そう低い声で脅して、拳を振り上げたところで誰かに腕を掴まれた。
「おいおい、人んちの近くで警察沙汰起こすなよなー」
聞き慣れた声に驚いて、拓海は振り返った。茶色い髪の毛が目に入り、拓海は目を見開く。
「……は? なん、で、おまえ、ここに……?」
「俺んちの近くで不審に揺れている車両を発見しましたのでー、カーセックスしてんのかと思って覗きに来た。そしたら、見慣れた奴がレイプされそうになってんから最初は見てたんだけど、だんだんイラついてきてね。つい、ノックしちゃったってわけ」
そんなふざけた説明は求めて居なかった。どうして助けたのかとか、何でこんなところに居るのか、今の説明で十分わかったけれど拓海は理解できなかった。
「腕、震えてんぜ。怒ってんの? それとも、怖かった?」
子供をあやすように頭を撫でられて、一瞬、怒りが込み上がってきたがすぐに消えてしまった。怖かったと言うよりも情けなかった。今までだったら、こんな分かりやすい罠にハマったりなんてしなかったのだ。自棄になっていたわけでもないし、遊びに行っただけだと言うのについてなさすぎる。それもこれも、目の前に居るバカで鬱陶しい幼馴染のせいだと思った。
「うるせぇ、ちげぇよ」
「なら良いんだけど……。よし、コイツ、ちょっくら殺してくるか」
「……は?」
「俺、今、ものっそい機嫌悪いんだよねー。拓海が俺を宥めなかったら俺の方が警察沙汰起こしちゃいそう」
にっこりと笑う笑顔の奥に潜んでいる青い炎に、拓海は少しだけ後ずさる。
「いや、ちょっと待て。俺の機嫌が悪いなら何となく理解できるが、どうしてお前が機嫌悪くなるんだ。そんなに家の前で騒がれたのがイヤだったのか?」
「バカだなー。ちげーよ。俺が我慢してんのに、どうしてこいつらが拓海襲ってんだよ。ふざけんなよ。俺に了承を得てから、襲えっつーの。まぁ、了承なんて一生ださねーけど」
「はぁ? 意味わかんねーし」
「じゃんけんに勝ってから、拓海を襲って良いのは俺だけになったの。分かる? 誰を抱こうが構わないけど、誰かに抱かれんのは許さん。分かったな? お前に言ってんだぞ」
そんなむちゃくちゃな言い分が通ると思っているところが、拓海の神経を逆なでしていく。何を偉そうにそんなことを言っているのだろう。理解しようにも、超越した考えについていけないのが本音だ。
「……んなこと、分かるわけねーだろ。クソが」
「分かんねーから体に覚えさせるだけだな」
「ふざけんな! 離れろ! 近づくな!! 帰る!」
掴まれた腕を振り払ってずんずんと歩きだして、数歩歩いてからポケットの中に何も入っていないことに気付いた。ズボンのポケットや上着のポケットに手を突っ込んで、財布を探す。
「帰るのはさぁ、良いんだけどー。俺達が言い合ってる間に、どっか行っちまったぜ? アイツら」
クスクスとバカにするような笑い声が聞こえて、拓海は振り返った。落としたのかそれとも盗まれたのか記憶にないが、今、ポケットに入っている物が携帯しかない。それを知っているのか、ニヤニヤと笑って一輝は拓海を試すように「どーすんの?」と尋ねた。
「……歩いて帰る」
借りは作りたくないと、拓海は一輝に背を向けて歩き始める。助けてもらったことすら1つ借りを作ってしまったと思っているのに、これ以上、借りを作るわけにはいかない。歩き始めていると、後ろから付いてくる足音が聞えた。
「俺の家からさぁ、拓海の家まで電車で1時間、かかるわけですよ」
「……ついてくんなよ」
「その距離を歩くわけ? バカじゃん? 野たれ死になるよ?」
「んなわけあるか。1日や2日飲まず食わずで歩いたって死ぬか」
「つーかさー、なんでこんなところまで来てんの? 拉致られたにしては、気付くの遅過ぎ」
完全にバカにされ、拓海は振り返った。無視すればいいものを、こうして話しかけられるとつい答えてしまう。昔から、一輝に話しかけられると無視できなかった。
「うるせーよ。黙れ」
「キレるってことは、自分が油断してたと分かってんだな。拓海らしくない。お前、注意力だけは人一倍強そうなのに」
「……知るか」
どうしてこんなところまで連れて来られてしまったのか、拓海自身も分かっていなかった。拉致られるつもりなど無かった。ただ、この怠慢した気持ちを晴らしたくて誘いに乗ったのに、まんまと嵌められてしまった。こんなこと、今まで一度も無かったのだ。
自分自身が狂った気がして、頭が痛くなる。吐き気が、した。
「お前と喋ってると、人生やめたくなる」
「……は?」
「疲れんだよ。話しかけんな、バーカ」
「家まで、送ってってやんよ。何もしねーから、安心しろ」
急に近づかれて、腕を引っ張られた。振り払おうにも力強く掴まれてしまっては、振りほどくことなんてできなかった。鬱陶しい。話しているだけでこんなにももやもやとするのは一輝だけだ。ゲイでいることを諦めて良いのか、ダメなのか、答えが見つからない。
「俺はなぁー、バカでなぁ、脳なしでなぁ、いつまで経ってもガキみたいにワガママぶっこいていたいんだよ」
「……今もそうじゃねぇか」
「でもな、お前にはワガママが言いきれねーんだよ。あーあ、こんな予定じゃ無かったのになぁ。俺の超絶テクニックでお前をメロッメロにする予定だったのに、ガードが固くて手なんか出せやしない。あーあ、これが惚れた弱みって奴なんかなぁ」
空を見上げる顔が、少しだけ切なそうだった。そんな横顔を見つめて、拓海は息を吐いた。
「先に惚れた方が負けって言うけど、本当にその通りだなぁ。俺はお前に負けっぱなしだ。昔から」
空を見つめていた目が拓海に向けられて、仄かに歪んだ。笑っているのか、悲しんでいるのか分からないが、街灯に照らされた表情は一輝らしくなかった。
「俺に勝とうなんて、五十万年はえーんだよ」
拓海は一輝から目を逸らして、そう言った。
勝敗はまだ、ついていない。
受けに可愛げが無いな……。まぁ、でも、落としにくい受ってことで……笑
この二人はバカだなぁと思います。特に受けが
攻めは強引傲慢ですが、尽くし系です。料理とか出来る設定ですが、それを発揮するシーンが……笑
<<<<<<<<<<<
Index
>>>>>>>>>>>