苦労する人の甲斐性


「……あの……、紺野さんなら恋人の浮気現場を目撃したとき、どうします?」
 淹れて貰った熱いコーヒーカップを握りながら、紺野洋平はついに来たと思った。
 目の前にいる青年は、有野清真と言い、紺野の幼馴染にして腐れ縁である、藤木聡の恋人だ。聡と清真が出会ったのは、6年と半年前、聡が中学3年生、清真が中学1年生のときだった。同じ委員になった聡と清真は、見た目からしてタイプが違うと言うのに、身近にいるやつとは誰でも仲良くする聡に感化され、よく話すようになった。紺野に清真を紹介したときはすでに仲の良い状態になっていたから、彼らの間に何があったのか紺野は知らない。ただ、「かわいー後輩を紹介してやるぜ!」と自慢げに言ってきたことだけは、よく覚えていた。確かに、聡の言うとおり、まだあどけなさを残していた清真は、はっきり言って可愛らしかった。視力が弱いのか眼鏡をかけていて、ほっそりとした体形は、学ランを着ていないと男かどうかすら分からないぐらいだった。
 このとき、紺野は「磨けば光るんじゃねぇかな」と思っていたが、大して、清真には興味がなかったので磨く気にもならなくなった。それから3年後、聡が高校3年生になったときのことだ。学年でも優秀だと評価の高かった清真が、学年でも最下位、バカで有名だった聡と同じ高校に入学してきたのだ。それはもう天変地異、不可思議、とにかくありえないとしか言いようが無かった。こういう結果になり、両親は何も言わないのか、教師たちは何も言わなかったのかと疑問に思ったぐらいだった。それでも、清真が聡に向ける笑顔は、紺野に向けるものとは少し違う。そう気づいたのは、清真が「……あの、気持ち悪いって思うかもしれませんけど、俺、聡さんのこと好きなんです」と紺野に告白してからだった。
 よくよく考えてみれば、聡に対してはかなり誠実だった。パシリは喜んでやるし、三年の宿題だって手伝ってやっていた。自身全てを聡に捧げると言わんばかりに、清真は聡の言うことばかりを聞いていた。それは単に懐いているだけだと思っていたが、聡に近づく女同様、下心があっての行動だったのだ。このときから、聡が女に節操がないことを紺野は知っていた。年月をかけて可愛い弟のような存在になった清真から、こんな告白をされて、どう反応していいのか分からない紺野は「……まぁ、清真君が後悔しないならいいんじゃねぇかな」とその場しのぎの返答をしてしまったのだ。
 それから数日後に「俺、清ちゃんと付き合うことになったから」と聡に言われて、紺野は非常に驚いた。まさか、女に節操の無い聡が男である清真を受け入れるとは思わなかった。付き合うって事がどういうことなのか、理解しているのかと問い詰めたところ「だって、清ちゃん、俺のためにいろんなことしてくれるもん。便利じゃん」と非人道的なことを言い、紺野は聡にブチギレたのを思い出した。
 あれは近年まれに見る大喧嘩だったように思う。最終的に力でねじ伏せた紺野は、「……いつか、人柱にしてやるからな!」と言う聡の泣き言を聞いて、嘲笑った。小学校3年生ぐらいのときから、聡は紺野とケンカするたび、負けて、覚えたての言葉だった「人柱」を捨て台詞に使っていた。それは今も変わらないんだなと、バカにして、清真を家政婦扱いしていたことに対し、謝罪させると言う元々の目的はすっかり忘れてしまっていた。そう言う点では、聡も紺野も同レベルと言うわけだ。
 でも、紺野が心配していたよりも、聡は清真に対して誠実だった。付き合ってから、女に手を出すことも無くなり、「今日は清ちゃんとデート」と笑いながら話すこともあり、男同士だからと言う偏見もなく、二人が幸せならそれで良いと、紺野は生暖かい目で二人を見守ることにした。
 そして、聡の後を追うように清真が同じ大学に入学した時、清真は一人暮らしを始めた。そこに聡が居座り、半同棲が始まったぐらいに、聡の悪い癖が出始めたのだった。
 最初、女の子と歩いている聡を見つけたときは、ただばったりと出くわしたから話しているだけだと思い込んでいた。いくら、昔から女に節操が無かったと言っても、根は一途で、誰かと付き合っているときにほかの奴に手を出すような男ではなかった。だからこそ、最初のうちは聡が浮気しているなんて、紺野も信じられなかった。カフェテリアで食事をしている聡を見つけて、「去年のミスキャンバスって同じ学科だったんだな」と話を振ったところ、「違う」と短い返事が返ってきたときに違和感を覚えた。
 聡がウソを吐くとき、極端に声の大きさが変わる。大きくなるときもあれば、小さくなるときもあり、今回はとても小さい声だった。目ざとい紺野は「お前、ウソついてるだろ」と聞いたところ、浮気している有無だけを知りたかったのに、聡は全てを事細かに教えてくれた。そこから暴かれる浮気の数々。清真が知れば、どうなるか分からないぞと助言してやったが「清ちゃんは気づいてないから大丈夫」と自信満々に答えていたのだった。
 そんなはずがないと、紺野はすぐに思った。聡のことばかり考えている清真が、聡の異変に気づかないはずがない。聡の何倍、何十倍も頭がよく、清真がこんなバカ大学に来るなんて常識的に考えて有り得ない。けれど、全て聡のためだ。人生をめちゃくちゃにしても構わないと、聡に全てを捧げている清真が、浮気していることに気づかないはずが無い。
 そう思っていた矢先のことだった。清真が「あの、相談があるんですけど……」と気まずそうに、聡が居ないタイミングを狙って紺野のところに来た。
 ついに来たと、紺野は思った。
「それって、聡のことだよね?」
 コーヒーカップを握りながら、紺野は清真に確認を取った。恋人が、浮気、と聞いた時点で、清真が聡の浮気に気づいていることを思い知らされる。バレてないと思っているのは、浮気している当本人だけで、激しく能天気な野郎だなと悪態をつきたくなった。
「……はい。結構、前から気づいてたんですけど、勘違いかなーって思ってて。でも、気になったから後を追っちゃったんですよ」
 俯きながら話す清真は、かなり精神的に疲れているようで、磨けば光ると思った昔の面影は消え去っていた。下を向いて、眼鏡の隙間から見えるまつげは長く、伏目がちの落ち込んでいる姿は見ているだけで痛々しかった。ここまで清真を悩ませる幼馴染こと、能天気野郎に対して、殺意が沸いてきた。
「そしたら、女の子とラブホテル入ってくの見ちゃって……。あんなところ行けば、やることは一つですよね」
 確認を取るように聞いてきた清真に、紺野は「……一つだねぇ」とため息混じりに答える。ここは弟のように思っている清真のために、ウソをついてやったほうが良かったのではないかと答えたあとに思ったけれど、それは一時的に清真を助ける言葉にしかならず、浮気している事実は変わらないのだから、上辺だけの優しさを固めたウソを吐く必要はないと思った。
「俺……、なんか、悪いことでもしたんですかね」
 清真は右手でおでこを支えながら、呟くように言う。かなり精神的にキているようで、やつれている。恋人が浮気しているなんて、自分の不甲斐なさに恥ずかしくて言えないだろう。それでも清真は恥を忍んで、紺野に相談しているのだ。それは清真なりに紺野を信用していると言うことになる。それだけ慕ってくれているから、清真に協力してやることを決めた。それに紺野は、最初から聡の味方などするつもりもなかった。
「清真君は何も悪くないよ。あんなバカ、いっそ追い出しちゃえよ」
 紺野はにっこり笑って清真にそう言った。真剣に言うのではなく、あくまでも他人事のように軽く言うこと。それに意味がある。清真のような真面目な人に、真面目な返答をしてしまうと、本当にそれでいいのかと悩みまくるだろう。それよりも軽く言うことで、重要さを見出さないほうが、気持ち的にも余裕が持てると思った。
 けれど、この選択肢は、清真を数日間、悩ませた。
 清真がどんな決断を下したのか、紺野は教えてもらわなかった。後で追々、嫌でも知らされるのだろうと思っていたから、紺野は清真に問い詰めたりなどせず、相も変わらず、女の子を誑かしている聡を遠目から見つめていた。
 ある日の夜、ドンドンドンと忙しく扉を叩く音を聞いて、紺野はついに来た! と半ば喜びながら、家の扉をあけた。遠いくせに実家から通っている聡とは違い、紺野は清真と同じように一人暮らしをしていた。ドアを開けると聡は膨れっ面に、不機嫌さを露にして、「清真に追い出された」とぶっきら棒に言った。どういう風に追い出されたのか気になった紺野は、喜んで聡を迎え入れ、わざわざ「コーヒー飲むか?」など、優しい言葉をかけてやり甘党の聡のためにクソ甘いコーヒー牛乳を作ってやったのだった。
「で、清真君に追い出されたってどういうこと?」
 清真からの相談は聞いていないふりをして、紺野は好奇心を丸出しにして尋ねた。聡は唇を尖らせ、温いコーヒー牛乳を口に含むと、「別れようって言われた」と答え、カップをテーブルに置いた。
「つーかさ、清真から付き合ってって言ったのに、清真が俺をふるってどう思う? 有り得なくねぇ?」
 まず、この一言に、紺野はキレそうになる。お前は何様なんだと、問い詰めたくなった。
「しっかもさぁ、ちょーっと浮気したぐらいで家を追い出すってマジひでぇよ。信じらんねぇ。清真があんな人間だとは思わなかった」
 聡には悪気が無いのだろう。悪いことをしているのにも関わらず、悪びれない聡に怒りは増長する。
「あーあ、完全に俺の思い違いだった。何も悪いことしてねーってのに、追い出されるなんて、最悪だ」
 この一言で、紺野はキレた。テーブルを思い切り叩くと、聡は目を見開いて紺野を見上げる。何で怒っているのか分からないのだろう。聡は昔からそうだった。自分が悪いとは、絶対に認めない。
「……お前が悪いだろ。どう考えても」
「はぁ? 何で俺が悪いの? 女の子とヤんのなんて、男からしたらふつーだろ」
 見事に人の神経を逆撫でしてくれる聡を見ていると、紺野は殴りたくなってしまった。聡の胸倉を掴んで、無理やり引きあがらせると聡も不愉快だったようで、紺野を睨みつける。
「何だよ、離せよ。俺は今、すげぇ機嫌悪いんだって」
「だから、何だ。俺はお前のせいで機嫌が悪い。お前な、清真君のことなんだと思ってるんだ。お前の玩具じゃない。端からその気が無かったなら、付き合ったりするんじゃねぇ。清真君に失礼だろうが」
「ぅるっせえな! お前に俺と清真の何が分かるって言うんだよ! 知らないくせに、偉そうなこと言うんじゃねぇ!!」
 怒鳴り散らした聡の体が、横に揺れた。殴ると後が残るからとそんなことを考えてしまい、紺野は聡のことを殴ることが出来なかった。その代わり、掴んでいた胸倉を横に引っ張り投げ飛ばした。ガシャンと大きい音を立てて、聡は吹っ飛び、キャビネットにぶつかった。
「いっ、てぇっ……」
 当たったところが相当痛かったのか、聡の目には少しだけ涙が浮いていた。蹲っている聡に近づいて、紺野は胸倉を掴むともう一度聡を立たせる。
「何もしらねぇのはお前のほうだろうが。清真君がどれだけ悩んで、どれだけお前のこと考えてたのか、お前は分かってるのか? バカだからわかんねぇよな。……どうして清真君が、お前みたいなバカと一緒にいるのか俺は理解できん。そんでもって、お前の顔なんか見たくねぇから出て行けよ」
 紺野は聡を引き摺って外へと放り出す。追い出した清真と同じように、コートとカバンを投げて、家の扉を閉めると鍵をかけて極め付けにロックまでかける。扉の向こうから「……いつか、人柱にしてやるからな!」と負け犬の叫び声が聞こえたが、紺野はそれを無視して、清真に電話をかけた。
『……はい』
 電話に出た清真の声はこの前以上に落ち込んでいて、受話器を耳にくっつけないと聞こえないほどだった。そこまで凹むのなら追い出さなければ良かったのにと思ったけれど、清真の中で究極の決断だったのだろう。
「もしもし、清真君? 大丈夫?」
『あぁ、もしかして、聡さん、紺野さんの所に行ったんですか?』
 聡と違って頭のいい清真は、聡が紺野のところへ行ったことを見抜いていた。やはり、頭の出来からして聡とは違うのだろう。それを実感させられた紺野は「……まぁね」と答えて、落ち込んで自殺しそうになっている清真に提案をする。
「ねぇ、清真君。今回のことは俺に任せてみない? アイツはきっと、清真君のところに戻ってくるよ」
 嗾けるように言うと、受話器から『……え』とちょっとだけ喜んでいるような声が聞こえた。やっぱり清真は聡のことが好きで、浮気していたにもかかわらず、捨てることが出来ないのだ。それはもう執念に近いものがあって、紺野は苦笑する。本当はこのまま聡の悪いところばかり見せ付けて、諦めさせようと思っていた。けれども、清真がそれを望んでいない。ならば、聡が自分から清真のところへ戻るように仕向けなければいけない。これは一種の賭けであって、聡が清真のところへ戻るかどうかなんて分からない。もしかしたら、二度と戻らないかもしれないが、賭けてみるしかなかったのだ。
 本当に、聡は清真のことを家政婦としか思っていなかったのか。
 便利な奴としか思っていなかったのか。
 20年近い付き合いである紺野だからこそ、分かったことなのかもしれない。
 聡は、清真に好きでいてもらうことに、慣れてしまっている。愛情を与え続けられることに、慣れてしまっていたのだ。
「どうする? 清真君」
 後は清真次第だった。清真が乗り気ではない限り、それだけ紺野が頑張ったって意味が無い。紺野は清真の回答を待った。悩んでいるのか、受話器の向こうからは返事はなく、沈黙が流れる。紺野はソファーに座り、甘ったるいコーヒー牛乳が入ったカップを持ち上げて、口に含む。よくもこんなクソ甘いものを飲めるもんだと、先ほどまで居た幼馴染に感心し、シンクにコーヒー牛乳を流した。
『紺野さんにお任せします。俺、言うこと、聞きますから』
 やっと返ってきた返事に、紺野は満足し「よし、任せておけ」と清真に答え、それから1週間、清真と行動を共にしたのだった。

 磨けば光る。最初に直感でそう思ったとおり、清真は磨けば輝く宝石の原石だった。
 まず銀縁の眼鏡をやめさせて、コンタクトに変える。目に異物を入れることを極端に嫌がった清真を説得し、紺野は清真を眼科へと連れて行った。事あるごとに「聡を連れ戻すんでしょ?」とそそのかしたことは、少しだけ良心の呵責に苛まれたが、それ以上に改造することが楽しくてたまらなかった。
 それから美容院に連れて行き、真っ黒な髪の毛を茶色く染めて、おしゃれなどしたことがないというので、服屋へ行き、コーディネートまでしてあげた。
 無愛想に出てきた清真を見て、紺野は今世紀最大の達成感を感じた。ここまで変化するとは、思っても居なかった。普段から、いい意味でも悪い意味でも聡にしか興味が無かった清真だが、少し変えただけで誰もが振り向く美青年へと変わった。今まで、どれほど自分に対して興味が無かったのか良く分かる。細めのパンツにジャケット、インナーはロンティだけだと言うのに、体が細いせいか体のラインが綺麗に見えて着こなしているように見えた。
 はっきり言うと、聡なんかよりも、全然格好良かった。
「ねぇ、紺野君。最近、聡君と一緒に居ないよね」
 カフェテリアでコーヒーを飲んでいると、同じ学科の女の子が話しかけてきた。茶色い髪の毛をコテで大きめ巻いて、ボリュームのある白いスカートを履いていて、表現するならばふわふわとした女の子が、紺野の隣に座る。
「あぁ、ケンカしたから」
「うっそぉ。二人ともチョー仲良かったのに?」
「別に超仲良くねぇよ。アイツとは腐れ縁」
 どうしてあんなバカと一緒に行動をしていたのだろうかと、紺野は悩んだ。聡と関わらなければと言うより、聡が生まれてこなかったら、清真もまともな人生が送れたのではないかと心配してしまう。前から、紺野のことを兄と師匠と慕い、何かあるとすぐに相談してくる清真が弟のように可愛いので、つい清真の心配をしてしまう。
 清真のためなら一肌脱ぐが、聡のためだったら絶対にしないだろう。むしろ、崖に立っている聡を後ろから蹴り落とす自信があった。
「そー言えばさぁ、今、紺野君とよく一緒にいる子。あの子、チョーカッコイイじゃん。紹介してよ」
 その一言に、紺野はピンと来た。
「良いよ、紹介してあげる」
「えー、ウッソォ! やったぁ!!」
 清真の承諾なしに話を進め、清真には内緒で女の子と会う日取りを決めた。きっと、清真は最初、怒るだろうけど、これも聡のためだと言えば大丈夫な気がした。なんせ、その当本人は、連日女の子の家に泊まり美味しいご飯を作ってもらっているらしいので、充実した毎日を送っているのだ。聡は楽しい毎日を送っているのに、清真が送っていないのは何かと不憫である。聡なんか居なくても大丈夫だというところを見せ付ければ、聡も変わるだろうと信じるしかなかった。
 案の定、清真の前に女の子を連れて行ったら、不機嫌な顔をして紺野を見た。どうして、女がココに? と言う顔をして、眉間には深い皺が刻まれている。そんな顔をしていると寄ってくる女も寄ってこないだろう。
 聡のためにと言えば、清真が仕方なしに承諾することは分かっている。紺野は「二人で仲良くしてるところを、聡に見せ付ければ、アイツは戻ってくるよ」と確証も無いことを言い、疑っている清真に女の子を紹介した。それからと言うもの、積極的に女の子が清真を誘うようになり、二人で歩いているのが目に付くようになった。
 これを聡が見れば、何て思うだろうか。そんなことを考えながら、紺野は相変わらず、カフェテリアでコーヒーを飲んでいたのだった。
 女の子を紹介してから数日後、夜に清真から電話がかかってきた。
『もしもし、紺野さんですか』
「……うん? 清真君? どうしたの」
 明らかに嬉しそうな声を出している清真に、何があったのか紺野は大体予想がついていた。女の子と一緒に居るところを見た聡が、何かアクションを起こしたのだろう。そして、清真の大切さが分かり、ヨリを戻したのだ。
 声を聞いていれば、何があったのか、すぐに分かる。
『聡さんと仲直りしました。紺野さんに色々教えてもらったって喋っちゃったんで、明日、聡さんが紺野さんのところに行くかもしれません』
 清真は少し気まずそうにそういう。それでも、嬉しそうな声が聞けて、紺野はようやくホッと安心することが出来た。紺野が聡のことをどう思っていても、清真が選んだのは聡だ。聡と一緒に居ることで、清真が満足するなら、紺野はいつまでも清真の味方をするだろう。それぐらい、可愛い弟のような存在なのだ。
「そっかそっか。仲直りしたなら良いや。大丈夫だよ。聡がどれだけ突っかかってこようが、聡は俺に勝てないから」
 この前のケンカを思い出し、紺野はくすくす笑いながら清真に答える。聡が負けたと思ったとき、必ずと言っていいほど「……いつか、人柱にしてやるからな!」と叫ぶ。この前だって苦し紛れに、そう叫んでいたことを思い出して、つい笑ってしまった。
『……どうしたんですか、上機嫌ですね』
「いや、アイツさ、ケンカに負けたら必ず、いつか、人柱にしてやるからなって叫ぶんだよ。この前も、家を追い出したときにそう叫ばれてね」
『聡さんらしいですね。捨て台詞吐いて逃げ出すところが』
 ほんの少し毒々しい言葉が聞こえたが、それは紺野が張ってるフィルターによって防御された。こうして、どんどん清真に関するフィルターが張られていき、清らかで純真であると信じ込んでしまうのだった。
『紺野さん、本当にありがとうございました。紺野さんのおかげです』
「良いよ。またあのバカがなんかしたら、すぐに言っておいで」
『ありがとうございます。……じゃぁ』
 別れを告げる声が聞こえて、紺野は受話器から耳を離した。やっぱりこうして清真に元気を与えられるのは、聡だけなんだろうなと思い、一つ息を吐く。
「……聡君、またなんかしたの?」
 遠くから声が聞こえて、紺野は振り向く。ベッドの上で座っている人に微笑み、「いつものことだよ」と笑いながら答えた。


「……紺野、てっめええええ!! 清ちゃんに入らん知恵入れやがって!!」
 翌日、学校に来るなり、聡が紺野を待ち伏せするよう目の前に現れた。
「元はと言えば、お前が悪いんだろー」
 今回のことに関して、悪いところは全くないと紺野は気だるげに聡を見た。
「後で色々聞いてみたら、清ちゃんがイメチェンするのもお前が手伝ったみてぇだなぁー!」
 てっきり関わったことを怒っているのかと思えば、イメチェンしたのに関わったのが気に入らないようで、紺野は笑いながら聡を見る。一人で怒り散らしている聡の姿は滑稽で、見ているだけで笑いが込みあがってくる。
「だって、清真君、元がめちゃくちゃ良いのに、勿体ないじゃん。俺も良い目の保養になったわー。なんで清真君がお前みたいなショボイ男と一緒に居るのか、俺には理解できん。あぁ、あれか。実は床上手とか?」
「殺すぞ、てめぇ!!!」
 殴りかかろうと胸倉を掴むと、紺野は「やめろよー」とへらへらと笑って聡の手を取った。
「元はと言えば、浮気するお前が悪い。今回のことについて、お前が俺を責める要素は一つも無い」
 そうはっきり言うと、聡は言い返せなかったようで、一人地団太を踏む。こんな子供みたいな奴と、どうして関わってしまったのだろうかと、自分の運命を嘆きながら「ほら、講義に行くぞ」と言い、聡の腕を引っ張った。
 聡に聞きたいことはいっぱいある。まず第一に、イメチェンした清真を見てどう思ったのか、紺野はかなり気になっていた。がり勉のイメージが強すぎた清真が、アレほどまでに変わったのだ。聡だって心中穏やかではないはず。
「どうだった、ニュー清真君」
「……めちゃくちゃかっこよくてビビッた」
「だっろぉ!? 女の子にもめっちゃくちゃモテてよー。一緒に居る俺が大変だったっつーの」
 自慢するかのように言うと、聡の顔がだんだん険しくなってくる。
「ココ最近で仲良くなった女の大半は、清真君狙いだったなぁ。みんな清真君ばっかり見てたし。まぁ、俺は、清真君には好きな子がいるからちょっと無理じゃねぇのー? って助言してあげたわけだが」
 助言と言うより、協力していたわけだが、紺野はあくまでも女の子が清真に群がったという言い方をして、聡の反応を見る。机に顎だけ乗せて、うなっている姿はただのバカ犬にしか見えなかった。
「で、どうやって君は、あのモッテモテの清真君をゲットしたわけ? 色仕掛け?」
 からかうように言うと、聡は起き上がって「違う!!!」と叫んだ。すでに講義は始まっていて、教授から「藤木。煩い」とマイクで怒られた。どこに居ても声が大きくて目立つ聡は、教授全員に名前を覚えられていて、ちょっとでも煩かったりすると、すぐに怒鳴られるのだった。
「清ちゃんと会って、話してる時に女の子がやってきて……。笑いながら手を振ってる清ちゃんみたら、吐きそうになった」
「……は?」
「だーから! なんか、ムカムカモヤモヤイライラするって思ったら、朝から食べさせられたカルボナーラが逆流してきたの!!」
 癇癪を起こしたように怒鳴った聡を見て、紺野は大爆笑した。腹を抱えてゲラゲラと笑う。朝からあんなにコッテリとしてるカルボナーラを食べさせられたことも笑えたが、こうも見事に、策にはまってくれるとは思わなかった。
「ば、バカだろっ……、お前っ……。清真君の大切さに気づくの、おっせ……!!」
「ぅるっせーなぁ!! い、いつか、人柱にしてやるんだからなっ!!」
 昔から変わらない捨て台詞を吐いた聡に、紺野の笑い声は大きくなる。
「藤木ー!! 煩いっ!!」
 教授の怒鳴り声と紺野の笑い声が、部屋中に響いた。



一応、浮ついた〜シリーズの主人公は聡です。でも、こんななバカが主人公で良いのかと迷います。
しかし、紺野が黒幕のように見えるけど、本当の黒幕は……(略
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