焦がれた気持ちの在り方


「一大事だよ」
「……へぇ」
「これは非常にヤバい。今世紀最大の危機だ」
「……今世紀は始まったばかりですよ」
「留年……、しちゃうかも」
 気まずそうに隣にいる清真を見つめ、聡は助けを求める視線を送った。雑誌をめくりながら清真は、一つため息をついて、隣で泣きそうな顔をしている聡と目を合わせた。本当に困っているようで、聡は今にも泣きそうだ。単位が足りないのは自分のせいだし、レポートなどを出さないのも聡のせいだ。そして、課題の出来が悪いのは、脳みそのせいだ。
 恋人の頭が非常に悪いことは、清真も知っている。けれど、入学できる脳みそは持ち合わせていたのだから、大丈夫だと思っていたのに、まさか留年しそうと相談されるとは思っていなかった。大学1年生である清真は、単位も足りていて、どうしてこの大学に来たのか分からないぐらいの脳みそを持ち合わせている。だから、留年の心配はない。
「聡さんが留年すれば、俺と近づきますね」
「……清ちゃん、嬉しそうだね」
「まぁ、嬉しいっちゃぁ、嬉しいですけど。留年はしてもらいたくないですね」
 ニヤけている清真の顔を見て、聡は寂しそうに俯いた。聡が留年すれば、2年離れている清真と1年の差になってしまう。同じ大学に一緒に居れる時間が長くなることに清真は喜んでいるのだろうが、悩みは深刻だ。
「……でしょでしょ、だからさぁ……」
「俺が聡さんの勉強教えても良いですけど、2歳年下の俺から教えてもらうって恥ずかしくないですか?」
 教えても良いと言われた時は嬉しくなり喜ぼうとしたが、恥ずかしくないですかと尋ねられて、聡は返事することが出来なかった。恥ずかしい。考えてみれば、とても恥ずかしいことを頼んでいる。しかし、その恥ずかしい以上に留年することの方が、深刻だった。
「は、恥ずかしくないやい!」
 声を荒げた聡に、清真はあっさりとウソを見抜く。
「……恥ずかしいんですね。けど、留年する方がもっと恥ずかしいってところですか? あ、でも、俺より紺野さ----……」
「清ちゃん!!」
 いきなり名前を大声で呼ばれ、清真は少しだけ身を竦ませた。聡が怒鳴る様に大声を上げるのは珍しく、何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。聡はきょとんとしている清真を見つめて、大真面目な顔をしていた。
「今、諸悪の根源、黒の組織、赤い彗星、世紀末覇者、紺野の名前を出そうとしたね……?」
「……今、ちょっと、聡さんのこと、尊敬しかけました。そんなに物事知ってるとは……」
 紺野のことよりも聡がそんな言葉を知っていることに驚いて、清真は目を丸くした。
「俺が留年しそうなのは、紺野がレポート提出日とか教えてくんなかったせいなの! だから許せないの!!」
 意外な顔をして聡を見つめている清真を無視し、聡は教材をテーブルの上に置いた。今、聡は猛烈に腹を立てており、紺野に助けを求めるつもりはない。紺野に助けを求めるぐらいだったら、恥を忍んで清真に頼んだ方が何倍もマシだった。
「……聡さん。紺野さんのせいにしちゃ、ダメですよ」
 清真は目の前に置かれている教材を手に取り、ペラペラと捲る。内容は大体分かっているし、この問題ぐらいなら、聡にも教えてあげれそうだ。今、塾の講師のバイトをしているから、人に教えるのは得意である。
「まぁ、良いでしょう。教えてあげますよ」
「やったー! ほんとに!?」
「その代わり……、分かってますよね?」
 にっこりと微笑んだ清真を見て、聡は「……ちょっと」と遠慮するように後ずさった。これはマズイと思ったが、清真は教材を広げ「さ、始めますよ」と勉強を始めてしまった。
「……も、無理……。頭の中、ぐちゃぐちゃ」
 勉強を始めて数十分後、ついに意味不明な言語を話し始めた清真に、聡はギブアップする。教え方は上手いのだろうが、どうも言っていることが理解できない。日本語がアラビア語に聞えてきて、聡は机に突っ伏した。
「まだ、30分ですよ? 今の中学生なら、2時間ぐらい余裕でやりますよ?」
「だってえええ!! 清ちゃんの説明、難しいんだもん!!」
 不貞腐れて机に顎を乗せている聡を見て、清真はため息を吐いた。聡に忍耐力や集中力が皆無なのは知っていたが、ここまで酷いとは思わなかった。挙句の果てには、理解力もない。バカでどうしようもないことは分かっていたが、ここまで程度が低いとは知らなかった。
「今の説明なら、中学生でも理解してくれますけど……」
「……俺が、中学生ぐらいの脳みそ、持ってると思う?」
「高校生ぐらいはあると思ってました」
 あからさまにため息を吐かれ、聡は前に座っている清真を見つめた。教科書を見つめて、どうやって教えようかと考えている姿を見つめていると、中学生に対してもこんなことをしているのかと考えてしまう。それがバイトなのだから仕方ないかもしれないが、少しだけ腹立つ。今まで知らなかった顔だ。それを中学生が見ていると思うだけで、なぜか、嫉妬した。清真の表情全て、知りつくしていないと気が済まない。
「清ちゃん」
「……何ですか? 今、ちょっと話しかけないでください」
「俺も塾、行っても良い?」
 いきなりの提案に、清真は教材を落とした。目下に居る聡は真面目な顔をしていて、冗談を言っているようにも見えない。中学生からやり直すつもりなんだろうか。それでも、このバカな脳みそは治らないと思うが……。
「え、何でですか?」
「行きたいから」
「ダメです。絶対、ダメ」
「えー! 何でよ! いーじゃんよー!!!」
 駄々をこねるようにバタバタと寝転がって手足を暴れさせる聡に、清真は「何やってるんですか」と立ち上がって真横に座る。ぴたりと動きを止めた聡は、もう一度清真に「行かせてよー」と頼んでみるが「ダメです」と一刀両断された。それ以降、どれだけ食い下がっても、清真が首を縦に振ることは無かった。

「……あれぇ、レポートの提出日を教えてくれなかったからって、藤木聡君は俺と絶交したんじゃなかったっけ……?」
「あのことは水に流す」
「……水に流して許してやるのは俺の方だと思うんだけど。つーか、水に流すって言葉、知ってたんだな」
「バカにすんなよ!」
 バカをバカにして何が悪いのかと思ったが、紺野はそれ以上、口を開かなかった。現在、とても不審者のようなことをしていて、今すぐ逃げ出したい。はっきり言って、上にいるのがバカでどうしようもない幼馴染で無ければ逃げ出していただろう。バカでどうしようもない幼馴染は、今、恋人がバイトしている塾の塀によじ登って教室の中を覗きこんでいた。
「おーい、聡。お前、そろそろ通報される……」
「大丈夫。そこらのおばちゃんたちなら、黙らせたから」
「……才能の無駄遣いってより、本当にただのバカだな。救えん……」
 塀の前でため息を吐いて、紺野はその場に座った。塀に凭れかかって上を見上げると、聡がジッと教室内を覗いている姿が目に入る。どうしてこんなことをしているのかは大体想像付いているが、こんなにも嫉妬深い奴だっただろうか。つい、数か月前まで浮気をして恋人から捨てられそうになった奴とは思えない行動だった。それでも、こんなにも必死になってくれるほうが、恋人である清真にとっても良いことだろうと紺野は思っていた。
「……俺が、女子中学生だったら……。あの清ちゃんには絶対ホレる」
「あぁ、そう」
「清ちゃんは俺のなんだから……」
 この前までは清真が聡を追っている状態だったと言うのに、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。レポートの提出を忘れ、単位も取りきれていない聡だったが、なんとかこの数日でそれを挽回して留年することは無くなった。それで安心していたのだが、それもつかの間、いきなり「清ちゃんのバイト先へ行く! ついてこい!」と言われたのが、今日の夕方だった。なんでそんなことをするのかと追及した紺野だったが、聡は「見るったら見るの!」としか言わず、無理やり、ここまで連れてこられた。ようやく、こんなにも必死だった理由が分かり、紺野は笑ってしまう。未だ、大学内ではモテる聡だが、女の子がこんな姿を見たらなんて言うだろうか。それを想像するだけで、大爆笑してしまいそうだった。
「……それにしても、清真君は相変わらずカッコイイな。眼鏡からコンタクトに変えて正解だな。あれだけでもだいぶ、カッコイイ」
「うるさい。お前のせいで……!」
「あれぇ、もしかして、清真君がカッコよくなったから、誰かに取られそうで心配してるの?」
 上を見上げて試すように聞くと、聡がぴたりと黙りこんだ。それで確信を得た紺野は「そうか、そうかぁ」とニヤニヤしながら、聡を見上げる。塀の下にいる紺野を見つめ、聡はふくれっ面を見せた。
「だって、清ちゃん、カッコイイんだもん」
「知ってるよ。そんぐらい」
「俺、バカだし。別にそんな床上手とかそんなんでもないし。可愛くて頭が良くて床上手な女の子が出てきたら、多分、取られる」
 珍しく弱音を吐いた聡に、紺野は目を丸くした。今まで、無駄に自信を持っていて、女の子をたぶらかすのだって顔が良いからやってんだと言い切り、清真と付き合っているときだって常に追われている側だからと言って余裕を持っていた。そんな聡が、いつの間にか追う側に変わって焦っているのに驚いた。親の仕送りだけで十分に生活できると言うのに、清真がバイトをしている理由は聡のためだ。そんなのも分からず、一人、不安がっている聡を見て、紺野は微笑ましくなってしまった。
 可愛くて頭が良くて床上手な女の子が出てきたとしても、清真がそんな子になびくとは思えないと言うのに……。
「バカだなー。お前って、本当にバカだわ。日本バカ選手権とかあったら、絶対にお前、1位取れるわ」
「……るっせ。どうせ、俺はバカだもん。清ちゃんと比べたら、そりゃー、バカだろうけど」
「清真君と比べる時点でバカだわ。お前……」
 下から大きなため息が聞こえてきて、聡は目下に目を向けた。呆れた顔をして座っている紺野を見つめて、聡は「比べてなんかいねーよ」と小さい声で言った。なんだか、こんなことをしているのがバカバカしくなり、聡は一度、清真を見てから帰ろうと思った。
 先ほどと同じように、教室を見つめる。ホワイトボードの前に居た清真の姿がなく、聡はキョロキョロと清真を探す。少し左に視線を移して、思考回路が停止した。
 可愛らしい女の子の隣に並んで、何かを教えてあげている。清真はノートに目を落としているが、その女の子は清真の横顔をジッと見つめていた。あれは絶対にホレている目だ。それを見ていたら、居た堪れなくなって聡は塀から飛び降りた。
「だっ!?」
 着地に失敗して、足を思いっきりくじいてしまった。それを見ていた紺野は「……お前、本当にバカだろ」と呟いてちょっと笑っていたが、起き上らない聡を見て立ち上がった。
「おい、聡?」
「いっ、た……。痛い……」
 足を押さえて蹲っているので、紺野は聡の手をどけて靴を脱がせた。足首はあり得ないほどに腫れあがっていて、見ているだけでも痛々しい。よじ登っていた塀を見上げて、結構な高さがあるこの塀の上から飛び降りて足をくじいたのだ。もしかしたら、骨折しているかもしれないと思い、聡を持ち上げた。
「ちょ、紺野!?」
「病院行くぞ。……ほんと、お前ってヤツは!」
 バカだなと言いたくなったが、切なそうに目を伏せている聡を見たら、そんなことを言う気にもなれず紺野は聡をおんぶすると病院に向けて走った。
 大通りでタクシーを捕まえて、そのまま総合病院へと向かう。痛みが辛いのか、聡はずっと俯いたままで何も言わない。言いたいことも沢山あったが、本気で凹んでいるときに怒鳴り散らすほど悪いことをしたわけではないので、紺野は何も言えなかった。ポケットに突っ込んでる携帯を取りだして、清真に連絡を取ろうとしたところで聡に手を掴まれた。
「……紺野。清ちゃんには言うな」
「は? 何で」
 怪我をしたと連絡するつもりだったが、もう一度「言わないでくれ」と言われて、紺野は仕方なく清真に連絡をするのはやめた。家で待たせている人のことを考えて、メールを打っていると不安げな顔をされたので「清真君じゃねぇよ」と言い、携帯を閉じた。
 無駄に強気で自信満々で、バカなことしかしていないイメージの聡が、こんなにも凹んでいるのは目にしたことが無い。何をそこまで凹ませたのかと言う原因は分かっているが、理由までは分からなかった。
 病院に到着し、聡はすぐに診察室へと連れて行かれた。レントゲンを取った結果、骨は折れていなかったが、足首を支えている靭帯を損傷していると言われ、ギプスを巻かれた。
「1ヵ月ほどで治るでしょう。また1ヶ月後に来てくださいね」
「……分かりました」
 トボトボと病室から出ると、待合室に見慣れた姿を発見して聡は後ずさる。紺野が気まずそうな顔をして、手でごめんと聡に謝った。
「せ、せいちゃ……」
 紺野の隣に座っているのは清真だった。診察室から出てきた聡を見つめて、清真が立ちあがる。怪我をした原因は聞いているのかどうか分からないけれど、紺野の様子から聞いているんだろう。来るなと言われていて、見に行った挙句、怪我までしてしまったのだ。怒られると思って、聡は俯いた。
 ふと、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠める。
「心配、しましたよ」
 優しく体を包みこまれて、申し訳ないと言う気持ちより、安心した気持が込み上がってきた。心配させて悪いことをした自覚はあっても、こうして心配してくれることや抱きしめてくれることが嬉しくてたまらなかった。歪んだ考えを持ち始めていることに、罪悪感は感じなかった。
「聡さん、もう若くないんだから……。無茶しないでください」
「……失礼だな、清ちゃん。俺、まだまだ若いよ」
「じゃぁ、もう、バカなことはしないでください。心臓、止まるかと思いましたよ……」
 肩に顔を凭れさせた清真を見て、聡はごめんねと小さい声で呟いた。嫉妬して覗きに言った結果、心配させてしまった。それはとても悪いことをした気分だけれど、どこかすっと気持ちが晴れて行くのが分かった。こうして、物凄く心配してくれることで愛情を計っているようで嫌気が差した。
「藤木さーん」
 受付から名前を呼ばれて、清真がパッと離れた。骨には異常がなく、足首をひねらなければ痛みは無いので、松葉杖は用意されなかった。受付で会計を済ませている間に、紺野は帰ってしまったようで振り向くと俯いている清真の姿しかない。
「かえろ、清ちゃん」
「……歩いて大丈夫なんですか?」
「ん? うん。足首しっかり固定されてるから大丈夫だよ」
 大丈夫だと笑って見せても、清真の顔が晴れることは無かった。
 タクシーで帰ろうと言った清真を振り切って、聡は歩いて帰ることにした。無言で車に乗ることよりも、こうして歩いている方が楽だったからだ。ギプスで固定されているので、歩く分には問題ないけれど、いつもより重たい足に歩くスピードは遅くなってしまっていた。
 そんな聡の後ろを、清真が付いてくる。聡も振り向かずに黙々と前を歩いていた。ほんの小さな嫉妬からこんな大ごとになってしまい、申し訳ない気持ちにならなきゃいけないのは聡の方なのに、清真の方が気にしてしまっている。清真は何も悪くない。それなのに、気にしていることが無性に腹立った。
「……聡さん」
「何?」
「どうして、塀なんか登ったんですか?」
 尋ねられるとは思っていた。けれども、こんなにどうしようもない気持ちを言って良いのか分からず、聡は振り返って清真を見つめた。その目は少し悲しげで儚かった。
「清ちゃんが……、カッコいいから。だよ」
「……え?」
「なんか俺、今さらになって凄く焦ってるんだ。酷いことも沢山してきたのに、捨てられるのが怖い。清ちゃんが傍に居なくなっちゃうのが怖い」
 思っていることを隠すことが出来ない聡は、清真にありのままの気持ちを伝えた。清真は立ち止まって、聡の顔を見つめていた。
「どういう、ことですか?」
 言っていることが理解できなかったようで、首を傾げている。黒から淡い茶色に変わった髪の毛も、銀縁の眼鏡からコンタクトに変わったその目も、清真だと言うのは分かっている。分かっているからこそ、不安になるのだ。別人になったなんて、思ったことはない。目の前にいるのが清真だからこそ、変わって離れて行くのが怖かった。
「前まで、清ちゃんがどこでバイトしてようが全然気にならなかった。はは、バカだよねー、俺。清ちゃんが俺よりかっこよくなった途端に焦ってんの。すげー、バカみたい」
 自嘲して笑っている聡を見つめて、清真は「そんなこと知ってます」とはっきり言う。
「聡さんがバカなのは、今更ですよ。昔から、知ってます。それこそ、初めて会ったときから、コイツバカだなって思ってました。けど、俺はそんなバカで浮気性でどっかにフラフラ行っちゃう聡さんが好きなんです。好きでどうしようもないんです。他の奴なんて眼中にもありません」
 聡は清真を見つめたまま、何も言えなかった。こんなにもはっきり、好きだと言われたのは久しぶりだった。浮気したことも、バカだと言うことも、全てひっくるめて好きだと言われたのは嬉しくてたまらなかった。許していると言われても、浮気したことがずっと心残りだった。
 許してもらえないことをしていたと思っていた。
「俺はこれから、国家一種取って、キャリア官僚になって、出世街道をひたすら走り続けるつもりです」
「……へ?」
「聡さんを放すつもりなんて、今後一切ありませんから、安心してください。俺はしつこいですから、聡さんが嫌がるほど離しませんよ」
「え、あ、ちょっ、それって……」
「あぁ、分かりました?」
 にっこりと笑っている清真を見て、聡はその場にしゃがみ込んだ。足が痛いことも、さっきまで落ち込んでいた気持ちも吹っ飛んでしまう。顔を赤くしてしゃがみ込んでいる自分の姿を客観的に見て、乙女だと思った。そこらに居る女と、なんら変わりないことに余計恥ずかしくなった。
「浮気されても手放せないほど、俺は聡さんに夢中ですよ。じゃなかったら、ふつーに浮気された時点で別れてますから」
 足音が聞こえてきて、聡は顔を上げる。聡と同じ高さまでしゃがんだ清真は、蹲っている聡を抱きしめた。
「いつでも不安なのは、俺で十分です。だから、聡さんが不安がることなんて無いんですよ」
「俺だってヤキモチぐらいは焼くよ?」
「嬉しいですけど、聡さんには似合いませんよ。いつも通り、ヘラヘラしながら過ごしてればいいんですって」
 苦笑している清真を見つめて、聡は肩口に顔を埋めた。無茶なことを言われているけれど、清真がそう望んでいるならそうしてあげたいと切実に思う。いつの間にか、誠実な考えを持ち始めて自分に驚いて、変わらずに居れる様、努力したいと思った。
「早く帰りましょう? おなか空きましたよね」
「うん。早く帰ってご飯食べたい」
「今日の味噌汁は、大根ですよ」
 笑みを浮かべている清真を見つめて、いつまでもこう在りたいと、聡は思った。


「ふっかーつ! 俺、ふっかーつ!!」
「うぜぇ、一生ギプス付けてれば良かったのに」
 あの椿事から3週間後、一般男性より優れた回復力で聡はギプスを外すことが出来た。ギプスのまま大学へ来ると、女子が全員不安そうに聡を心配していたが、「だいじょーぶだよー」と笑顔を見せ、何とか納得させた。
「そんなこと言っちゃってー。紺野君だって、俺のこと心配してたじゃーん?」
「一日だけな。なんか翌日のお前見たらイラついた」
 怪我をした翌日、紺野が心配して聡の所へ行くと、何とも尊大な態度で「んー? 心配したのかね」と言われて、ギプスを付けている足を蹴ってやった。そこからケンカに発展し、清真に止められるまで二人は大げんかをしたのだが、何とも幸せそうな二人の顔を見て紺野は怒る気すら失せた。
 何があったのかは分からないけれど、二人の絆はより一層強くなったと見える。紺野にとって、それが一番、嬉しいことだった。
「まぁ、いろんな人に心配かけたし、これからは気を付けまーす」
「うわ、なんかお前が真面目なこと言ってると、異常気象なのも頷ける」
「うるせーよ!」
 癇癪を起こしたように叫ぶ聡を見つめて、紺野は少しだけ笑う。怪我をしてから、なぜか、元気が増している。それがどういうことなのか分からないけれど、清真との間に何かあったことだけは分かる。
 二人が幸せで居られたらいいと、幼馴染としてそう思う。
「あー、清ちゃん! こっちこっち!!」
「あぁ、紺野さん。こんにちは」
 目の前に現れた清真を見つめて、紺野は「元気そうだね、このバカ」と話しかける。
「……えぇ、そうですね」
「清ちゃん。バ紺野なんて放っておいて、カフェテリアいこ! 今日、新商品出てるんだって!」
「バ紺野ってなんだよ。聡にバカって言われたら、俺も世紀末な気がするわー」
 紺野は立ち上がってキーキー叫んでいる聡を無視し、講堂から出て行く。何があったかなんて詮索するつもりもないが、二人がいい方向に向かっているのは見て取れる。
「聡さん、紺野さんにバカなんて言ったら失礼ですよ」
「……えー」
「聡さんよりかは、頭良いんですから」
 にっこりと笑う清真を見て、聡は「……清ちゃん、最近、俺に言いたいこと言いまくってるよね」と苦笑いを浮かべた。

浮ついた〜はこれで最後です。今までありがとうございました。
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