自業自得 吉田君の悪あがき


「オッルアアアアアアアアア! 吉田ああああああああああ!!!!」
 悪魔の怒鳴り声が聞こえる。心当たりがあるだけに、俺は逃げ惑うしかなく、ロッカーの中に身を潜めた。こうやって追われまくってる俺の人生、一体、どうなってしまうのだろうか。ロッカーの扉にある通気口からはわずかな光が漏れ出していた。項垂れていると、唯一の光源から光が失われ、俺は顔を上げる。通気口の前には、ブルーベリーみたいな色した全裸の巨人じゃなくて、そんなもんよりもっと怖い悪魔が立っていた。
 ガダン!
「おら、出て来い!」
 がんがんと勢い良くロッカーの扉が蹴られる。それに伴い、ロッカーの中がゆらゆらと揺れ、俺の恐怖は最大まで達する。やべぇ、殺される。そう思ったものの、自ら出る気にはならず、俺は一所懸命「うるせぇ!」と反論する。こんな掃き溜めのようなところに連れてこられて二週間。まだ真夏みたいに暑い時期だ。ロッカーの中の温度は、四十度を超えようとしていた。殺される前に、死ぬ。そう思ったとき、ドアが開いた。頬を冷たい風が撫で、バチンと衝撃を受ける。
「いっ、で!」
「お前なぁ。何のためにここへ連れてこられたか、分かってんのか? オイ」
 俺の胸倉を掴んでいる悪魔は、半分キレかかっているようで、ガシガシと俺の体を揺さぶる。分かってるよ、クソが。なんて言ってみろ。この場でボッコボコだ。おかげで俺は、この二週間、生傷が絶えない。こう殴られていれば、店に出なくて済むから余計だ。何がゲイ専門の風俗だ。なーにが借金の返済だ。なーにが……、なぁにが……。
 ……実家に帰りたい。
 俺の胸倉を掴んでいるのは、この店の店長である結城だ。ガタイが良くてド派手な金髪の野郎で、店の連中からもなんか慕われてる? って言うのか? とにかく、俺にとってはただのうるせぇおっさんだ。ちょーっとヤらせてやったからっていい気になりやがってるとんでもねぇ野郎だ。あんときは拘束されてたから抵抗できなかったけど、今は違う。俺はコイツから逃れるのに、必死だった。
「お前、そろそろ東京湾に沈めんぞ」
 ヤクザ顔負けのドスの聞いた声に、ゴキュンと喉が鳴る。
「何のためにここへ連れてこられたのか、分かってるよなぁ? お前が借金返さないって言うなら、お前を埋めるか沈めるかバラすか、どれかしかないんだわ」
 山中か、海中か、コンクリートか選べってことですね、分かります。
「死にたいって言うなら、助言ぐらいはしてやるけど?」
「……………………自殺幇助で捕まれ」
「へぇ、自殺幇助って言葉知ってたんだ? あんまりにもバカだから、難しい言葉なんて知らないと思ってた」
 結城は俺をバカにするように笑い、俺を無理やり立たせる。そしてそのまま、首根っこを引っ張って歩き始めてしまった。一体、どこへ連れて行かれるのだろうか。考えたけど分からない。引っ叩かれた左頬はジンジンとしていて痛い。店の裏を通り過ぎ、店内へと連れて行かれる。え、このまま無理やり仕事させられんの!? って思ったら、部屋の隣にある小さい控室みたいなところに押し込められた。三畳も無さそうな小部屋の中には、窓が付いている。その向こう側を覗くと、ヤっている真っ最中でめちゃくちゃビビった。
「うっ!」
 叫びそうになったところで、結城に口を塞がれる。
「分かってる? これがお前の仕事。よーく見とけ」
 そう言って結城は俺の頭を窓に押し付ける。良く見とけって言われても、こんなこと俺に出来るはずがない。上に乗ってあんあん喘いでる。まぁ、声なんて聞こえてこないけどさ。そもそもやりたくないことを拒んで何が悪いの? 怒られる意味が分からないんだけど。
「明日からちゃんと出ろよ?」
「……嫌だ」
「仕事選べるような立場じゃねぇこと、分かってんよな……。あー、そうかそうか。分かった。じゃぁ、お前にぴったしな仕事、用意してやる」
「…………………………は?」
 嫌な予感しかしなかった。そもそも、俺は自分の体を売るようなことしたくなくて、わざわざ他人を囮にして逃げたんだ。まぁ、そのツケが回って来てるって言われたら、自業自得かもしれないけど、やだやだ。殴られたり蹴られたり爪剥がされたりしたけど、これだけはずぇーったいに嫌だった。
「ぴったしって何だよ」
「良く考えたら、店でちまちま売るより、一気に儲かる方法あったわ。俺としたことが、失念してた」
「は? 何それ。超怖いんですけど」
 ぐいと胸倉を掴まれ、結城の顔が近づく。
「あのさ。お前をうちが引き取った以上、ある程度稼いでもらわないと赤字なの? 分かってる? しかも、テメェ家が無いからってうちに住んでるんだろ? 少しは返そうとか思わないわけ? 根っからのヒモ体質なんですか? コノヤロー」
 あまりキツイ言い方ではないが、顔がかなり怒っている。ここに連れて来られて二週間。俺は家も無いから、店兼自宅である結城の所で寝泊まりしている。ご飯も食ってる。俺は何も出来ないから何もしてないだけで、返そうとかこれっぽちも思ってなかった。うん、なんて言えば殺される気がしたから、何も言わずに結城を凝視する。
「こんなことになるんだったら、最初、もっと酷い目に遭わせとくべきだったなぁ」
「十分、酷い目に遭ったと思うんだけど。俺」
「はぁ!?」
 物凄い形相で結城が俺を見る。二週間前、出会って早々に犯されたことは忘れてない。たかだか一回ヤったぐらいで、ごちゃごちゃ言わんでほしいものだ。
「レイプされたし」
「はぁー?! お前、喜んでたじゃねぇか。あんあんあんあん喘いで涎垂らして善がってただろ!」
「善がってねええええ!」
 俺がそう怒鳴ったときに、トントンと扉がノックされた。俺の胸倉を掴んでいた結城も「ん?」と言って、窓の向こう側を見る。既に終わったようで、無人だった。
「ハル。そこにいるんでしょう?」
 ドアの向こうから声が聞える。結城は俺の胸倉から手を離し、頭を掻きながら扉へと向かう。もしかして、向こう側に声が聞こえてたとか。あり得る話だけに、何とも言えなかった。
 ドアを開けるとほぼ全裸の人が、立っている。さっきまでそこであんあんヤってた人だ。俺は咄嗟に目を逸らし、結城の影に隠れる。
「煩いよ。声、丸聞え」
「ごめん。お客さん帰った?」
「いや。ああ言うプレイしてるってふざけて教えたら、何とか納得して帰ったよ」
 結城の前に立っている男は、どこか線の細い男だ。確か売上一番ってのは聞いたことがある。やっぱり、売上一番だから結城に馴れ馴れしく話しかけてるんだろうか。この店で馴れ馴れしく話してるやつって、この人か、俺ぐらいだった。まぁ、俺は周りに敬語使えって言われてるけど……。
「……そっか」
「へぇ、あれが吉田君か。僕、忙しくて中々会えなかったんだよね? こんばんは」
 ひょこっと結城の隣から顔を出す。にっこりと微笑まれ、俺は一歩、後ずさってしまった。なんかあの笑い方はどっか結城と似てる。威圧感のある笑みだ。
「ハルの兄です」
 ハル? と俺は首を傾げる。
「結城悠人。俺の名前」
 結城が自分の顔を指しながら、そう言った。ってことは、目の前に居るのは結城のお兄さんか。え、マジで!? なんか思考が遅れてやってくる。俺は目を見開いたまま、その自称結城のお兄さんを見つめていた。
「じゃ、僕もう、次の予約入ってるから。いちゃつくならいちゃつくで良いけど、静かにやってね」
「いちゃついてない。コイツに仕事の本髄教えてやろうと思ったけど、あっちに回そうと思って」
「あー……、そっか。吉田君、頑張ってね」
 自称結城のお兄さんは俺に手を振ると、半裸のまんまどこかへ行ってしまった。兄弟で店やってんのか、って言うか、お兄さんは働き手かよ。それにもびっくりしつつ、俺は背を向けている結城を見る。結城は振り返り、呆れた顔をして俺を見ていた。
「店で働かなくて良いから、他で働け」
「へ?」
 一瞬、俺は見捨てられたのかと思う。いや、普通に考えて、借金してヤクザに捕まってこんなところに売られて、仕事を拒んでいるんだから見捨てられても可笑しくない。それこそ、埋められたり沈められたりバラされたりしたって可笑しくないんだ。だから、見捨てられてショック受けるのは間違っている。結城はまた俺の腕を引っ張って歩き始めた。店の上にある、自宅へと連れて行かれる。
「丁度良く、仕事来てたんだわ。誰にしようか迷ってたけど、お前でいいや」
「……は? どゆこと?」
「これでお前も、俳優デビューだ」
 結城がにっこり笑う。俺の夢はミュージシャンだったけど、まぁ、この美貌だったら俳優でも良いだろう。そんな仕事が来てるなら、どうして早く言わなかったんだろうか。俺は笑顔で「しょうがねぇからやってやる」と言う。それが罠だったことは、数日後に思い知らされる。

 秋特有の乾いた風が、俺の心まで乾燥させる。俺は俳優デビューさせてもらうと聞いて、ここにやってきた。あぁ、そうだ。俳優デビューってあながち間違ってないのかもしれないが、ゲイビってのは今、初めて聞かされた。隣に立っている結城は「良かったな、主演だぞ」と言って、ケラケラと笑っている。その笑顔は、悪魔の笑みだ。どうしてこんなことになってしまったのか考えるも、しょうがねぇからやってやる、と偉そうに言ったのは、もちろんこの俺だ。断ることなんて出来なかった。
「はい、じゃぁ、さっそく始めようか」
「……は!? え、ちょ、待って待って。無理無理。心の準備とか全然出来てない」
「大丈夫だ。逃げ延びれば良いだけだ。十人から。いつも俺と鬼ごっこしてるから、鬼ごっこは得意だろ?」
 結城が笑いながら、そう言う。今回の仕事は、十人のゲイから逃げるノンケって言う設定らしい。捕まった時点で十人から犯されるらしいが、俺が逃げ延びれれば、無事に解放だけど、それは絶対に無い。と言うものの、ビデオを撮る時点で俺は捕まんなきゃいけないんじゃないかとか、そんなことを考えてしまう。
「逃げ延びたら百万だ。この企画、十回出れば借金はチャラだ。どうだ?」
「やる!」
 百万に釣られ、俺は堂々と返事をしてしまった。だっさい服を着てるのは困る、と言われ、俺は服を着替えさせられる。設定はどうやら、大学生らしい。まぁ、年齢的にも大学生ぐらいだし、問題は無いだろう。一時間、ビルの中を逃げ延びれば良いらしく、カメラは鬼を追うようだ。ハンディカメラで……。なんて低予算企画。だから俺が主役なんか出来たのか。でも、逃げ延びれたら百万円だ。まさか、これに罠が仕掛けられているとは気付かず、俺は逃げ延びる気満々で居た。
「じゃ、まずは意気込みを」
 マイクを向けられ、俺はカメラに向かってにっこりと笑う。
「絶対に逃げ延びます」
 確実なフラグが経ったと、ほとんどの奴が思っただろう。でも、逃げ延びれると思っていた俺は、渡されたカバンを背負い、部屋から飛び出した。
 下手に逃げるより、どこかに隠れた方が得策だと思った俺は、階段を駆け上がり廊下に並んでいるロッカーに目を付けた。隠れると言っても、大半の人が机の中とかトイレの中とかを想像するだろう。中に入っている用具入れを全部隣のロッカーに押し込め、俺はロッカーの中に入る。扉に付いた通気口から、外の様子を伺う。ゴツイ兄ちゃんが俺の前を通り過ぎた。捕まったら、あんなんに犯されんのか。考えらんねぇ。それから、二三人の男が、ロッカーの前を通り過ぎて行った。
 開始二十五分。四人が目の前を通っただけで、あれから音沙汰は無い。妙に静まり返っていて、何だか変な空気だ。カツンカツンと誰かが階段を上ってくる足音が、響いた。ドキンと心臓が飛び跳ねる。いくら、安全地帯だと言っても、誰かが目の前を通り過ぎれば緊張はする。見えたのは、金髪。サングラスを掛けた結城だった。
 アイツも参加してるのかよ! と突っ込みそうになる。結城がロッカーを凝視し、一つ一つ扉を開けて行く。これはマズイ。バレる! そう思った時、通気口の前に悪魔が立つ。俺の顔なんて見えてないはずなのに、にっこりと笑って「みぃーつけた」と呟く。ガチャ、と扉が開いた。
「うわああああああああああ!」
「はい、ざんねーん。百万円は無くなったなぁ」
「ちょ、やだ! やめてええええええええええ!!!!」
 結城の後ろに居たカメラマンはゲラゲラ笑いながら、捕まった俺を見る。ぜんっぜん笑い事じゃない。結城に腕を掴まれ、俺は中から引きずり出された。これでレイプ確定だ。十人に犯されるってどんな状況だよ! 考えたくもねぇ!
「やめてー、じゃねぇよ。捕まったんだから、大人しくしろ」
「ちょ、ほんと、無理! いやあああ!!」
 ずるずると引きずられて、俺はしっかりと用意されてた部屋に連れて行かれる。中にはもう、ガタイの良い兄ちゃんとかひょろっとしたおっさんとか立ってて、俺を見てニヤニヤしている。あああ、どうしよう。迷っている間にも、俺はマットの上に押し倒され、まずはひょろひょろしたおっさんに腕を拘束される。足も捕まれ、ガタイの良い兄ちゃんが、俺の服を破り裂いた。
 それからはもう、めちゃくちゃだ。
「ひ、あっ……、も、やだぁっ……、うわっ……!」
 膝が胸に付いてしまいそうなほど、体を折り畳まれ、太い指が中に入っている。ぐちゅぐちゅと音を立て、もう、何が起こってるのか脳内ではよく分からなくなっていた。悪あがきしてた、俺が悪いのか。俺が拒んだりしたから、こんなことになったのか。目には涙が浮いている。目を瞑ったと同時に、頬に涙が流れた。
 何人の奴に突っ込まれただろうか。カメラが舐めまわすように俺の体を撮っている。生き恥も良い所だ。さっきからイきたいのに、根元掴まれてて、イくことも出来ない。体全身が敏感になってて、触られるだけでもビクビク震えてた。人が変わったのか、一瞬だけ、足を押さえている手が緩む。ケツに圧迫を感じたけど、力を入れる気にもならず、俺は顔を横に向け、目を閉じた。
「うわ、前より柔らかくなってら」
 囁くような声が耳元から聞えて、俺は目を開ける。目の前に靡くのは金色の髪の毛だ。前を見ると、サングラスを掛けた結城が笑っている。捕まえただけで何もしないから、参加者じゃないのかと思ってたのに、参加者なのかよ……! 男に腕を押さえ付けられ、勝手なままに犯されてる現状が、いきなり恥ずかしくなった。
 結城が動き始める。
「ん、っ……! や、ん……」
「ほら、もっと声出せよ。気持ち良いんだろ?」
 どこのエロ親父だよ! と怒鳴りたくなったが、仕事の一環なのかもしれない。そう思ったら、いつもみたいな暴言は言えずに、喘ぐしかなかった。つか、さっきヤられてるときから思ってたけど、コイツ、上手いよな……。結城になってから、感じる度合いが変わってきた。確実に良い所を突いてくる。
「ん、あっ……、や、やっ……。んんっ!」
 結城の動きが早くなる。もうそろそろ、終わるのか。今日ははえーなって思ったけど、さっきまでいろんな奴に突っ込まれてたんだ。早く終わらせてくれるのは、コイツなりの優しさなんだろうか。俺のちんこの根元を掴んでいた指が離れる。
「あ、やっ……、イ、イくっ……!」
 我慢させられていたせいか、勢いよく飛んでしまう。結城のが抜かれて、目の前にちんこが現れる。何事かと思えば、思いっきり顔に掛けられた。唖然としたまま、俺は結城のちんこを見つめる。「はい、オッケーでーす!」と、人の声が響いた。
 服を着替え、体を洗い、身支度を整えてから俺は結城の車に乗り、家に戻っていた。俺は終始、むすっとしたまま、結城とは一切、口を利いていない。笑い声が、隣から聞えた。
「なんだよ、怒ってんのかよ」
 怒らないわけがないだろう。と言ってやりたい。顔に掛けられて怒らない奴がいるだろうか。そもそも、何なんだよ、あのビデオ企画。騙されたって言っても、過言ではない。それに関しても怒っていた。
「だって、お前、店ではたらかねーから。今回の企画は、逃げまどう奴を無理やりヤるってのがテーマだったから、お前、丁度良いじゃん? って思って」
「……じゃぁ、なんで店長様も出演してんだよ。意味分からん」
「まー、お前見つけれんの、俺だけだし?」
「はぁ?」
 どうして、そうなるんだよ。と言葉が漏れた。
「毎日鬼ごっこしてりゃぁ、お前がどこに隠れるかぐらい、すぐに分かるっつの。単純だから」
 あぁ、そもそも、俺は結城に話を提案された時点から嵌められてたってわけね。怒るのもバカバカしくなって、目を瞑ってしまう。
 俺は当分、このことを忘れない。

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