予定は未定


 もちろん、お互い、社会人である。しかも、俺は得意先で、それなりの大企業だ。扱いが違うのはちゃんと分かっている。だから、「社会人にクリスマスなんてあるわけないでしょ」って言われても、あんまりめげていなかった。
「えー、良いじゃん。抜け出してよ」
『無理です。申し訳ありませんが、他のお客様より急ぎのお電話が入りましたので、失礼いたします』
 ガチャンと大きい音を立てて、電話が切られた。受話器を耳から離して、少し笑っていたら「斉藤部品の木原さんですか?」と部下に話しかけられ、「そうだよ」と笑った。部下は俺のデスクに資料を置くと、「チェックお願いしますね」と言って俺の前に立ちふさがっている。
「後でやっとく」
「今すぐ、お願いします」
「……何、監視?」
「そうですね。社内の電話使って、相手を口説くのも良いですが、仕事してくださいよ。課長」
 いやみったらしくそう言われても、俺は笑って誤魔化した。若い頃って言うより、入社してからがむしゃらに働いてたら、いつの間にか役職を与えられた。良い大学を出てたってのもあるんだろうけど、体が壊れそうなぐらい働いてたせいか、気付いたら課のトップにまで上り詰めてしまっていた。まだ現場で突っ走ってた方が楽しいと、仕事に対してのやる気を失い始めた頃に出会ったのが、斉藤部品の木原君だった。
 木原君は仕事に熱心で、こっちの無理な要望にもすぐ応えていた。何より、仕事熱心ってところに俺は惹かれた。気付いたら好きになってて、好きになったら誘いまくって、誘いを受けてくれたら口説きまくった。それでも、木原君は一向に、落ちてくれなかった。学歴も職も顔もスタイルも完璧な俺に落ちないってのが許せず、木原君の素性をちょっとだけ調べた。
 見る見るうちに明かされる木原君の過去。中沢とか言う冴えない男と付き合っていたようで、さわやかな外見とは裏腹に寝取られた女にストーカー行為をしていた。びっくりしたけど、それほど、木原君も彼に対して夢中だったんだろう。だから余計に、落としたくなった。
「なぁ、岡田」
「何です?」
「お前だったら、後ちょっとで落とせる相手、どうやって口説く?」
 木原君と同い年の部下の意見を求めたら、「自分で考えてください」と真顔で返された。おそらく、このチェックが終わるまではそこから退かないだろうし、俺が何を言っても無視するだろう。部下に脅されるなんて情けない話だけど、チェックを急いでいるみたいだったから、しょうがなく書類に目を通した。
 俺の頭の中は今週のクリスマスのことで精一杯だった。
「良いよ。プレゼンには俺も出席するから」
「珍しい。来てくれるんですね」
「あー、まぁ、顔出すだけで何もしないけどな。お前に全部任せるよ」
 そう言うと岡田はやっと笑って「ありがとうございます」と言った。そんでもって、もう一度、さっきと同じ質問をしたら、同じ答えが返ってきて、使えない奴だと俺は勝手に決めつけた。
 プレゼンは、24日の16時から行われるらしい。ま、1時間で終わるだろうと思いこみ、木原君とどこに行こうかと、会社のパソコンでディナーの予約したり、ホテルの予約したりなど、クリスマスの予定を立てては俺一人で浮かれていた。
 24日クリスマスイブ当日。俺の苛立ちは、最大にまで達していた。顔を出すだけだと言ってしまった手前、口出しすることは出来ず、口論にも近い会議を見つめていた。岡田のプレゼンは俺が了承したとおりに行われ、悪いところはなかった。けども。俺みたいな若輩者が課長やってること自体、気に食わないんだろう。いちゃもんを付けているのは、年配のおっさんだった。
「しーかしだねぇ……」
 ごちゃごちゃとどうでもいいことを述べるおっさんに、岡田も負けじと言い返す。元々、気の強いタイプだから、おっさんなんかに負けたくないんだろう。そして、失敗したときの責任は俺だから、余計になのかもしれない。部下が積極的にやってくれるのは見ていて楽しいから良いけれど、7時を過ぎても会議は一向に終わろうとしなかった。
 木原君は無理だと言っていたけれど、会社の前で待ってようと思っている。現在進行形だ。それなのに、自分の仕事が終わらないのは無性に腹立たしかった。
「大沢君。君は何かないのかね!」
 外を見ながら木原君のことを考えていたら、いきなり、そう怒鳴られた。岡田が恨めしそうな顔をして俺を見ている。言い合いに決着がつかず、矛先が俺に向いてしまったのが許せないんだろう。仕方なく、資料を手に持ち、言い合ってる部分のページを開いておっさんを見た。
「私としては、別に問題など無いように思いますが? 小さいことを気にしていたら、物なんて売れないでしょう?」
 これは岡田も言っていたような気がするが、俺まではっきり言ったせいか、周りも「そうですねぇ」と頷いて資料を捲っていた。みんな、こんな下んない会議を早く終わらせたいと思っている。ましてや、今日はクリスマスだし。それぞれ、みんなにも用事ってもんがあるように見えた。
「……なんか、すみません」
 会議が終わって事務所に戻る最中、岡田が小さい声でそう言う。振り返ると悔しそうな顔をしている岡田が俯いてて、「気にすんなって。9割、俺のせいだ」と背中を叩いたら、「そうですね」と同意された。それもそれで少し悲しかったけれど、間違ってないから俺はヘラヘラと笑う。この笑顔が余計にムカつくんだろう。でも、この実力重視の会社で、俺が簡単にここまで上り詰めれたのも実力があるからだ。才能があるって疎まれるなーって言う顔をしたら、岡田が俺を睨みつけた。
「次は課長の手を煩わせませんから」
「……そう言うのって、ヤクザ映画とかにありそうだね?」
「怒りますよ」
 やけに語尾を強めて、岡田がそう言った。
 そのあと、少しだけ岡田と打ち合わせをしてしまったせいか、時間は9時を回ろうとしていた。木原君の仕事はもう終わってるだろうか。まぁ、今日は遅くなるって言ってたし、日付変わるぐらいなんだろうなぁと思いながら、事務所の電気を消して岡田と一緒にロビーまで降りる。
「これから、デートですか?」
「うーん。デートになるかなぁ。ああ見えて、忙しいからねぇ。一回、日付変わるまで待ったことがあるんだよ。5時から」
「健気アピールですか? 気持ち悪いですよ」
 ズバズバと思っていることを言う岡田に「テメェ」と笑いながら言う。年も近いせいか、仕事が無ければこうやってふざけあったりもする。社内では、一番、仲が良い。
「そんなに好きですか?」
「大好きだよ、もうね、愛してるレベル」
「アハハ」
 笑いながら車まで行こうとしたとき、見慣れた人物が出入り口に立っていた。前をしっかり見ていなかったから、出るまで誰かが立っていることに気付かなかった。ツンと肘で脇を突かれ、ようやくその存在に気付く。
「木原君? え、あれ? 仕事は?」
 このクソ寒い中、外で待っていたこととか、ここまで来てくれたこととか、いろんなことが頭の中に駆け巡った。巻いているマフラーを取り、木原君の首にかけてやろうとしたところで「さわんな」と言って、手を叩かれた。表情は、物凄く怒っている。
「……どうしたの」
「帰る」
 いきなり背を向けてしまった木原君が何を考えているのか分からない。俺は必死になって木原君を追い、走ろうとする腕を掴んだ。振り向いた木原君の目には、少しだけ涙が浮いている。
 ……もしかして、泣いているのか?
 泣かすほど、俺、待たせてしまったのか?
 そんなことが頭の中に駆け巡り、岡田のことなんてすっかり忘れてしまっている俺は、人目も憚らずに木原君の小さい体を抱きしめた。木原君は何も言わないし、何もしない。
「どうしたの? 俺、怒らせた? 悲しませちゃった?」
「……この、うわきやろう……」
「はい?」
 聞きとれないほどの小さい声だった。思わず、聞き返してしまったけど、心当たりなんて全くない。浮気野郎ってどういうことだ。浮気するなんて、許せないし、俺の一番嫌いな行為なのに。木原君にも、それを説明したはずだ。
「ちょっと待って、木原君。車行こう? 寒いよ、ここ」
「帰るって言ってんだろ……」
「ダメダメ。帰らせないから。ほら、行くよ」
 渋る木原君の腕を引っ張って、ビルの裏にある駐車場へ向かう。いつの間にか、岡田は消えていて、駐車場には営業用の車と個人の車がまばらに停まっていた。ビルを見上げると、まだちらほら、電気が付いている。木原君を車の中に押し込め、運転席に回り、エンジンをかける。
 木原君は俯いたまま、何も言わなかった。
 カーナビのテレビから、絶え間なく音が聞こえてくる。車がだんだんあったまってきて、心地よくなったって言うのに、木原君は一向にだんまりを決めている。仕方なく、俺から話しかけた。
「どうして、俺が浮気野郎なの? 心当たりがないから、説明して」
 少し、口調がきつくなってしまったかもしれない。木原君は俯いたまま、膝の上で拳を握っていて、何かを言おうとしては口を閉じる。言いたいことはすぐ言う子なのに、どうして今日に限って、言ってくれないのだろうか。黙られてたら、何を考えてるのか分からない。それに言えない様な事を汲み取ってやるほど、俺も優しい奴ではなかった。
「うち、いこっか」
 こんな他愛無い話も、木原君は返事をしなかった。
 良く考えたら、ディナーもホテルも予約してたんだった。それなのに、俺の家ってどうよ。そんなことを考えながら、木原君を家まで引っ張る。本当に一言も喋らない。何を考えているかなんて、想像もしたくないし、それを分かってやろうって気にもならなかった。言えないことを考えるぐらいなら、気にしなきゃ良い。そう言うところで、俺は、木原君を甘やかす気はなかった。
「座って」
 ソファーに木原君を座らせて、エアコンをかける。最新のエアコンにこの前買い換えたから、温風はすぐに出てきた。冷たい部屋が一気に暖まる。木原君の隣に座って、タバコを銜えた。
「で、どう言うこと? 言わなきゃ分かんないし、分かってやるほど、俺は優しい奴じゃないって、知ってるよね」
 言い方は少し、問い詰めるようだった気がする。火をつけながら木原君を見ると、木原君は相変わらず泣きそうな顔をして、拳を握りしめていた。震えた唇から、「……好きだって」と言葉が紡がれた。
「好きだって言ってた……」
「え、木原君には毎日言ってる気がするけど」
「……違う奴に」
 違う奴にだと? いつ、そんなことを言っただろうか。記憶を巡らせるけど、そんなことを言った記憶はない。ぐるぐると今までの記憶を巡らすが、木原君以外、そんなことを言った記憶はなかった。
「いや、違う奴になんか言ってないけど」
「今日! ……一緒に出てきた奴」
 尻すぼみになった言葉を頭の中で反復させる。今日、俺は木原君のことしか考えてなかった。その中で、好きだと言ったのはいつだっただろうか。一緒に出てきたのは、会議を長引かせてくれた憎き岡田だ。岡田に好きだなんて……、気持ち悪いこと、俺がするわけない。
 ……そう言えば。
「あぁ……、言ってた言ってた」
「ほら!!」
「あれね、木原君の話してたんだよ。そんなに好きですか? って聞かれたから、大好きだよ、もうね、愛してるレベルって答えたの」
 はっきり言うと、木原君がまた、黙りこんだ。顔を赤くして、さっきと同じように俯いてしまう。でも、もう、それは怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもないって、俺は気付いていた。この辺の意志は、意地悪だから汲み取ってやる。
「……あれ? 勘違いしちゃった? 俺が、他の奴に大好き、愛してるって言って、誤解した?」
 笑いながら尋ねると、木原君は「……違う!」と泣きそうな声で叫んだ。そんな木原君も可愛らしくて苛めたくなる。浮気されたと勘違いして、それを言えなかったんだろう。言えない理由は、何となく分かっている。
 木原君を傷つけた、あのバカ沢って奴だ。
「木原君」
「……何」
「俺が浮気したと思ったら、その場で殴っても良いんだよ? 木原君が我慢する必要ないんだから」
 今までのトラウマを、俺が消してやりたかった。いや、俺なら消すことが出来る。だって、あんな頑なに俺を拒んでいた木原君を、落としてしまったんだから。やっぱり、俺に出来ないことはないって、思いたい。
 自信家な俺だけど、どうも、木原君には自信満々になれない。それぐらい、木原君は俺の中で特別な存在なんだ。
「……分かった?」
 確認するよう尋ねると、木原君は小さく頷いた。可愛い、凄く可愛い。そう思って抱きしめると、木原君が俺の腕を掴んだ。
「ねぇ、どうして、俺が浮気してると思って泣いてたの?」
 その質問に、木原君が答えることはない。
「俺のこと、好きになっちゃった? 素直になりなよ」
 好きと言う言葉を言ってほしいだけに、俺はそう尋ねる。でも、木原君は頷かないし、首を振ろうともしない。つくづく、素直じゃない。
「もっとね、良いクリスマスにしたかったんだけど。また今度にお預けだね。今日は、俺んちで我慢して」
 黙りこんでいる木原君の顎を掴んで、キスをする。クリスマスはまだ、始まったばかりだ。

+++あとがき+++
拍手コメントで、この二人の続編と言いますか、木原君が大沢氏に落ちたかどうかのリクエストを頂きましたので、
さっくり書いてみました。
自信家ってどんなだ。いや、うちのサイトには沢山いるぞ……!と思いつつ、厄介な自信家を目指しました。
厄介な自信家もいっぱいいるなと、書いている最中に思いましたけど、甘やかしたくて、厄介で、鬱陶しくて、でも受けには強く言えない自信家はあまりいねーなぁと……。
無い物ねだりじゃないですが、出来るだけないものを書きたかったです。
大沢氏は自分の欲望にストレートなので、とても書きやすかったです。あんまり続編とか考えてなかったんですが、こうして書く機会をくださったことに感謝したいです。

リクエストありがとうございました。
ご意見、ご感想等、お気軽にください。お待ちしてます。

2010/12/27 久遠寺 カイリ
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